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chapter35 暴走

 どんどんと締め付けられていく。深く、棘が突き刺さっていく。血が点々と零れる。

 そんなに酷くない怪我を負ってもぴーぴー騒ぐようなタイプのファイの契約主は何も反応を示さない。

 光を失った目が、冷酷だった。

 ――こんなのが、あの人な訳がない!

 電流を流して発火させる。

 が、雨のせいでその火はすぐに消えてしまった。

 これは本当のピンチだ。

 もっと沢山のチカラが必要だ。そう思い、チカラを使おうとした。

 その時、激しい動悸がクートを襲った。

 「!?」

 茨に巻かれつつも、のたうち回るクート。苦しさに喘ぐ。

 この動悸が何なのか、彼は知っていた。契約主の代償が尽きつつあるという事だ。

 精霊は契約主と契約を交わし、契約主の体力を代償にしてチカラを発揮する。ところが、代償となる契約主の体力がなければ問題外だ。

 更にこの代償となる体力は凡人ならそれほど知れている程度であるのに対し、クートの契約主は病人だ。それも、生きる意思すら忘れているような、命の尽きかけた人間だ。僅かな体力も残されていない。

 きっと今頃、彼女は熱を出し始めて苦しんでいるだろう。荒い呼吸音が耳に届くようだ。

 本当は彼女を護りたかった。

 彼女の病気を治して、生きる希望を与えたかった。

 でも、今のままでは自分は代償を求める死への案内人に過ぎない。

 いっその事、ここで力尽きた方がいいのかも知れない。

 契約を破棄され、何とか少しでも生きながらえる方が彼女も幸せかも知れない。

 滅多に見せない彼女の笑顔がもっと見たかった。ずっと側に、居たかった――。

 無駄な抵抗をやめ、身体を預ける。

 が、薔薇がどんどん建物を包むように茨を伸ばしていく様を見て、危機感を感じた。

 「標的は、オレのはず、だ!なのに、何故……!」

 彼の言葉は瑠衣に届いていた。

 だが、身体が言う事を聞かない。何故こんな事になっているのか、事態の把握すら出来ていないのだから。

 職員室の方向から悲鳴が上がった。茨が侵入したのだろう。

 ――このまま放っておいたら、傷つけちゃう!クートも……!

 クートが虚ろな意識を閉じようとした時だった。

 「もういい……!」

 正面から瑠衣の体を抱き寄せたのは、ファイだった。

 それでも尚、茨は成長し続ける。止まらない、止められない。

 ファイにも容赦なく茨が襲う。だが、彼に触れる寸前で突然発火して燃え失せる。

 「俺は無事だ!ここに居る!目を覚ませ、瑠衣!」

 ――私はちゃんと意識がある!でも、身体が!

 その叫びを聞き届けたのか、ファイは瑠衣の身体を突き飛ばす。背中を軽く打つ。逃げられぬように手首をしっかり捕える。

 彼の唇が瑠衣の唇に重なる。

 その瞬間、全てのコントロールが瑠衣に戻った。

 茨も動きを止めたかと思えば、細かい粒子となって散った。クートがそのまま倒れこむ。

 前の自分なら彼を突き飛ばして文句を言っていた所だろう。でも、彼は必死で止めてくれたのだ。確かに約束を破らずに自分を救い出してくれた。それが、何よりも嬉しくて。

 暫くそのまま目を閉じていた。

 ようやく彼の唇が離れた。目を開き、彼の顔を見る。

 「……ファイ」

 「瑠衣?」

 再び瞳に光が戻ったのを確認し、ファイは瑠衣を抱きしめた。

 「良かった……!」

 「ありがとうね、ファイ」

 とても頼もしい精霊だと心から思った。

 「でも、私一体どうしてあんな事に?」

 「――人の抑え切れない怒りや憎しみが時折闇と結びついて暴走を始める事があると聞いた事がある。たぶん、そうだろ」

 「そう言えば」

 ファイが気を失った時、抑えきれぬ憤りを感じたのは確かだ。

 でも、あのチカラは完全に樹の精霊――リンゼのチカラであった事はファイも勘付いているらしい。あえてその事に触れようとはしない。

 あのまま暴走を続けていたら、どうなっていただろう。全く関係のない学校の教職員、まだ学校に残っている生徒に被害を加えていたかも知れない。そう考えるとゾッとする。

 ――本当に、止めてくれて良かった

 瑠衣はファイの胸に顔をうずめた。

 「……泣いているのか?」

 「うん」

 「やる事はまだ、残ってんぞ」

 荒い呼吸をするクートの姿。もう、彼には戦う余力など残っていない。

 「ファイ、悪いけど壊れてしまった校舎直してくれる?出来るなら、記憶操作も」

 「それは俺達の仕事だ」

 低く響いた声。

 振り返ればそこにはカシオと悠の姿が。遅れて後ろに蓮斗がやって来る。

 カシオが魔法をかけている間にも悠が声を上げた。

 「どうしてこんな無茶を……!」

 怪我していると見込んで救急箱を持ってきたらしい。悠が駆け寄り、応急手当をしようとする。が、瑠衣はそれを制した。

 クートを見据え、瑠衣は言う。

 「貴方の願いって、契約主の病気を治したいって事だよね?」

 きっぱりと言い当てられ、ぐうの音も出ないクート。いや、出したくとも出せないほど衰弱しているのだが。

 「とりあえず、今はあの子の元へ行った方がいいと思うよ」

 「え?」

 「……私達も一緒に行こう」

 カシオが風の魔方陣を発動させる。次の瞬間、周りの景色が変わり、クートの契約主が待つ病院の屋上へと転移した。

 ぼろぼろの身体を一心に奮い立たせ、自らの姿を人間同様に変化させる。そして走り出す。皆がそれに続いて階段を駆け下りる。

 彼は迷わずに自分の契約主の病室へと走る。

 彼女の部屋の前には複数の看護士が居た。掴みかかってクートは叫んだ。

 「サラは……サラは!」

 「君は、一体……?もしかして、さっきからサラさんが虚ろに言っているクートって君の事かい?」

 「そうだ!」

 「もう殆ど残されていない最後の力を振り絞って彼女は貴方を待っていたんですよ。取り乱さないで、落ち着いて入ってくださいね」

 続々とやって来るメンバーを見て、看護士が知り合いなら君達もと病室へ入れてくれた。

 先日やって来た時とは一変、彼女の周りに医療機械がズラリと並べられていた。ピッピッと鼓動を感知して鳴る音がやけに響いている。

 マスクを付けられ、荒い呼吸を繰り返す彼女はとても生きているとは思えない青白い肌をしていた。目のしたには隈が出来てしまっている。

 彼女は死に近づいていた。


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