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chapter32 時間制限

 次の日の放課後。

 織音を何とかかわして森川総合病院前へとやって来た。この病院はこの町では一番大きな病院で、重宝される施設の一つだ。数年前に一度建物を建て替えているので、外見はまだまだ綺麗だ。

 玄関入り口の前には既に蓮斗と悠の姿があった。

 「待った?」

 「ううん、そんなには」

 「それでは早速行きますカ」

 「あ、そうだった」

 悠が白い封筒を瑠衣に差し出した。

 「僕の父様から。中身は見てないけど」

 その場で開封する。

 中の便箋にはボールペンで綺麗な文字が並んでいた。

 『瑠衣さんへ

  突然の手紙で申し訳ないと思っている。だが、どうしても知っていてほしい事があるので、筆を取った次第だ。

  五年前、君の御祖父さんから君の出生にまつわる話を聞いた。たぶん君は知らないだろう。

  君が生まれて数週間後、病院から帰ろうと道を歩いていた時、突如空から一筋の光が落ちてきて君の身体に吸い込まれていったそうだ。その現

  象を目撃したのは御祖父さんだけだったそうだが。

  本に眠っていた精霊を目覚めさせ、天帝と話をしてみると、凄い事が分かってしまってね……。』

 その先に書かれていた事に瑠衣は目を疑った。

 『その光は精霊の魂であろうと。その魂は身体に取り込まれてしまったのだろうと。

  つまり、君には精霊の魂が取り込まれているんだ。

  ちなみに呼び出した精霊はファイ君だ。でも、天帝は話の内容の記憶は抹消してしまったようだ。

  その話をした後、天帝は君を差し出せと要求した。しかし御祖父さんはこれを断固として拒否した。そのせいで呪いをかけられてしまった……。

  精霊と関わっていればいずれ天帝と会う時が来るだろう。その時、君が危険にさらされるのは明白だ。

  悪い事は言わない。今ならまだ間に合うから、精霊達に関わる事をやめなさい。普通の人間として、生きる道を選んで欲しい――。それが御祖父

  さんの願いだったから。』

 思わずその場にしゃがみ込んでしまいそうだった。

 あふれ出しそうになる思いを必死で噛み締める。

 「何が書いてあった?」

 悠の問いかけに瑠衣は自分でも強張っていると分かるほど頼り無い笑みを浮かべて答えた。

 「ううん、別に。ただ、私のおじいちゃんへのメッセージみたいで、これを墓前にって」

 咄嗟にここまで嘘を付ける自分はどうなのやら。

 その理由に一応納得して先に歩き出す悠。

 知られてはいけない。誰一人、身内でも。

 二人の後について行きながら瑠衣は思い返す。確かに自分と良く似た存在を感じた事はあった。そして、何故だかカンでメリッサのアジトもズバリと当ててしまった事もあった。それらの不思議な現象にもこれで説明がつく。

 しかし何だかそれだけじゃない恐れも湧き起こっていた。

 かつての精霊で、女性と言ったら……。

 ――きっと、あの人は……ファイの想い人である樹の精霊なのだわ。それが、私の中に――

 と、考えすぎて、立ち止まっていた悠の背中に激突した。

 「ちょっと、大丈夫?」

 「ああ、平気平気!ちょっと考え事してただけ」

 「それってさっきの手紙の事で?」

 「一応病人の前だから、静かにしろヨ」

 蓮斗の忠告で何とか追求を避けられそうだ。

 二回ノックして、返事があったのをきっかけに扉が開かれる。

 とても病院とは思えない華やかな飾り。全部ドライフラワーで作られているようだ。一人の看護士がそれをせっせと壁に貼り付けている。その傍らにはベッドに座る一人の少女。

 マリアナと同じ黄土色の瞳がこちらを見据えた。

 「Who are you?」

 「ああ、彼女の友達の代わりで来たんですよ」

 「まあそうですか。ごゆっくり」

 英語で彼女に何か話した後、いそいそと看護士は部屋を出た。

 それを頃合いにカシオ・ファイが姿を現す。

 「Oh!」

 「俺たちは普通に解釈できるけど、和訳出来るようにしましょう」

 「そうしてくれると有難いよ、カシオ」

 そう言ってカシオは空気に魔法をかける。

 彼女の放たれた言葉が普段の日本語になっていた。

 「あなた達も精霊の持ち主なのね」

 「そうです」

 「……私を殺しにきたの?」

 恐怖に満ちた表情ではなかった。生への執着心がまるでなかった。

 瑠衣はふるふると首を横に振った。

 本当は傷つけたいくらいだった。でも、この様子ではクートのした事は彼女の命令ではないようだ。

 ふうっと軽く息を着いて、彼女は言う。

 「まあ、私もそれほど長くはないんだけどもね」

 「?」

 「私、もう一ヶ月もつかどうかって所なのよ。だから、今死んでも変わらないわ。明日も明後日も、いつ死んでもおかしくない身なんだから」

 彼女は諦めているのだ。どうあがこうとも、迫り来る死からは逃れられないと。

 クートは願いのためなら……と言っていた。彼がどうしても叶えたい願いが何となく分かってきた。

 「精霊がチカラを使うと主の体力を消耗するのは知っているな?」

 「勿論よ」

 「そのせいで寿命が縮んだんじゃないのか?」

 「――知らないわ。そんな事、興味ないもの。彼は、今まで話し相手の居なかった私に楽しみを与えてくれた。その楽しみなくしてここまで生きれなかったと思うわ。だから、いいの」

 自らの命を削ってでも彼女は欲しかったのだ。心を許せる存在が。

 とても契約を解除しろとは言えそうにない。

 「いずれ私は近いうちに死ぬわ」

 「それはどうなるか分かりませんヨ〜?」

 蓮斗が以前瑠衣に見せたピエロを思わせる笑みを浮かべた。

 「運命の神様は気まぐれですからネ。死にたいと思っている人が生き、死にたくない人が死んだりするものですカラ」

 「……」

 「今日はこれで失礼します。でも、次は」

 「次なんてもうない。さようなら、皆さん」

 振り払うように別れを告げる彼女。

 何を言っても無駄だと判断した者から順に病室を出て行く。最後に瑠衣だけが残った。

 まだ居たのかと言わんばかりに彼女の目が細められた。

 「また会えるよ」

 びっくりしたように彼女は目を丸くした。

 「see you again」

 それを言い残して瑠衣も病室を後にした。

 カシオの魔法が切れる直前に、日本語で彼女は言った。

 「時間制限(タイムリミット)目前にして、何を……」

 時間の残されていないこんな時に限って、迷いは生じるものだ。


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