chapter30 壊れたモノ
「!」
巨大なチカラを感じ取り、ファイが反応した。
――この感じは、クートだ!奴が、とうとう現れた!
「悠!奴が来た!」
「何だって!?」
次の瞬間、ゴウウッと地響きするような音がした。物質が焦げた臭いがする。
音のした場所は恐らく瑠衣達が居た部屋だ。しかしあの部屋にはマリアナが居る。
「マリアナがついているが、加勢しに行くぜ!」
「カシオ!」
契約主の呼び声で風のテレポートを使い、カシオが姿を現した。
「まさか奴が仕掛けてくるとはな……。少しは度胸がついたか」
「感心している場合じゃねえだろ!」
律儀にツッコミを入れてから廊下を走り出すファイ。それにカシオと悠が続く。
一応走ってはいるものの、マリアナがついている以上それほど危険だと言う認識はなかった。心にはゆとりがあった。
だが。
『……く、早……て、ファイ』
――!?
空耳かと最初は思った。だが、確かに瑠衣の声が聞こえていた。いや、耳ではなく頭に直接流れてきたという方が適切かも知れない。
彼女が訴えている。早く来いと。
『じゃないと……ナが』
――マリアナが……危険なのか?
答えはない。
「マリアナ!」
織音と瑠衣の声が耳に届いた。部屋に雪崩のように入った。
そして目の前にある光景に自分の目を疑った。
マリアナが倒れていた。冷酷と言える感情の見えない目をしたクートが彼女の襟首を掴み、無理やり立ち上がらせる。
攻撃を仕掛けようとしたカシオの前にマリアナが突き出される。咄嗟に後ろへと飛ぶ。
「仲間同士だから攻撃出来ないだろう?」
「くっ……!」
「誰だか知らないけど、核を取り出さずに集めているらしいな。でも、そんな甘っちょろい考えじゃ願いも叶えがいがない」
よもや抵抗する力も残っていないマリアナの胸に手を突っ込む。
「悪いけど、君の核は頂いていくよ!」
「あ!」
全員が何も考えずに前へ駆ける。必死で阻止しようと手を伸ばす。
それは一瞬の出来事だっただろう。だが皆にはとてもスローモーションに思えるような時間だった。
クートの左手が引き抜かれた。しっかりと握られていたのは白い輝きを放つ核そのものだった。
核を抜かれてしまったマリアナは床に倒れ、薄目を開いたまま動かなかった。
もはや抜け殻と化してしまったマリアナの身体に織音は恐る恐る触れてみる。すると、たちまちマリアナの身体は弾けて消えた。
「それじゃあ今度はメリッサから頂こうかな?彼女なら楽勝だしね」
「貴様っ!」
風の刃が舞う。それと同時に炎も混じって飛ぶ。
「やっぱり結束されるときついものがあるな……」
そう呟いたかと思うと、クートは窓ガラスをすり抜けて外へと出た。後を追ってファイとカシオも外へと出る。
「今日はここまでにするよ。俺は、負けない。マリアナの核と融合したらまた来るさ」
「待て……!」
眩い光を発して瞬時にクートは姿を消した。
気配も完全に消失していた。雲隠れのように姿を消すのだけは上手い。なかなか彼本体を誘き出すのは大変そうだ。
気を取り直して家の中へ戻ろうとしたその時だった。
パキンッ……
ガラスが割れるような音が大きく響いた。
続いて鈍い音。何かが倒れたような音。
「ちょっと!しっかりして!織音ぇ!」
中に入ると意識を失っている織音を抱えてほぼパニック状態に陥っている瑠衣の姿があった。後ろでは悠がオロオロしている。
すぐさま瑠衣の隣に屈み、彼女の背中をさする。
「気を失ってるだけだ……。落ち着け」
しゃくり上げ、瑠衣はぐっと唇を噛み締めて溢れる感情を制した。
ファイが側に居るのだと思うと安心感が胸に広がる。そのおかげで平静を取り戻す事が出来た。
カシオが悠を見ていた。悠は何が言いたいのかを察した後、首を左右に振った。
「それで、さっきの音は何なの?あの音の直後に織音が突然倒れて……」
「それはな――」
「契約の解除」
きっぱりとカシオが告げる。
「契約の解除は精霊が消滅、すなわち核を奪われた時と契約主の死によって成される。今の場合はマリアナが消滅してしまった事によって自動的に契約が解除された」
「そのせいで気を失うの?」
「ファイ、言ってないのか?」
横目でファイを見る。ファイが神妙に告げる。
「契約の解除が成される時、契約主となっていた人間は精霊に関する記憶をすべて失う」
「あっ……」
思い出した。マリアナが前の契約者と契約を破棄した時に言っていた事を。
視線を織音に下ろす。
あの瞬間、マリアナと共に居た――いや、ファイが学校へと転校生としてやって来た日以降の記憶が消えてしまった。そういう事になる。
「んっ……」
「織音!」
ゆっくり開かれた目が瑠衣を捉える。
突如目を見開いたかと思えば織音は勢い良く起き上がった。
辺りを見回し、織音が瑠衣に問う。
「ここは、何処?」
この台詞で先程の話が事実である事を認識させられた。
何と答えればいいのか分からず、瑠衣は沈黙する。
更に彼女は悠を見てこんな反応をした。
「この人、王子様っぽいね!もしかして……瑠衣の彼氏?」
「そんなんじゃないよ」
にこりと悠が否定した。瑠衣がえっと思わず短い声を上げた。
紳士らしく織音をエスコートして玄関へと送る悠の姿に瑠衣は呆然としていた。
確かにお互い想いあっていた。あっていたはずなのに、どうして――。
一体何がこうもこじれさせてしまったのだろう。
瑠衣は今日、大切な何かを失ってしまった。
決して取り戻せない、とても大切だったモノを……。