chapter2 目的
とりあえず落ち着いて話を聞くために部屋を片付け、お茶を入れるために一度一階へと降りた。
勿論、お咎めなしではいかなかった。
「さっきの物音は何だい?」
祖母が首を傾げて聞く。少し模様替えをしていただけだと答え、ポットに手をかける。
「お茶するならここで飲めばいいじゃないかい」
「やっぱり自分の部屋のほうがリラックス出来るしね」
あまり説得力の無い理由を並べ、何とかすり抜けてきたものの。
部屋に戻ればファイが物珍しそうに部屋を物色しているし。
「あ、帰って来た」
「人の部屋をウロウロするな!」
「わわ、ポットが!」
バランスを崩し、倒れそうになっていたポットを慌てて掴み、テーブルへと叩きつけるように置いた。カップもガチャンと凄まじい勢いで置かれる。
さすがに瑠衣が怒っている事に気付き、肩をすくめるファイ。
無愛想な顔をしたまま適当にチョイスしてきたフレーバーティーを注ぐ。
「こんな事が続くと思うと、悪夢から覚めないようでたまらないわ」
「悪夢って……」
「んで、色々聞きたい事があるからちゃんと答えてよ」
「うっ、おう」
カップに口を付けながらファイが頷く。口元を意識すると先程の口付けを思い出して全く嫌になる。
自身も紅茶をすすり、質問を始める。
「望みを叶える為に戦うってどういう事よ?それも、同じような精霊とって」
「ああ、そのままの意味だ」
「何がそのままの意味よ!」
「下級精霊はこの世にウヨウヨ居る。だが、俺達五大精霊は特別で、ちゃんとした姿を持ち、確立した人格も持つ。そして下級精霊とは比べ物にならないチカラを手にしている。そのため、色々と不便な事が多い。自由も制限される。だから天帝が数千年に一度、五大精霊のうち核を全て集めた一人だけ願いを叶えてやろうって封印を解き放つのさ。いわば、請願権争いって奴だな」
何故かファイは天井を見つめた。
「核って何?」
「言うなれば精霊の魂って奴。それが奪われた精霊は存在が消滅する」
何とも言えない。似たような存在同士が自分達の命を懸けて戦うなど、どんなに望みがあろうともあまりにも酷で。
「大抵の場合、願いって言うのは限られているんだけどな」
「そうなの?」
「……苦役からの救いって奴だな」
ふいにファイの瞳が歪んだ。神妙な空気に瑠衣は手にしていたカップをソーサーに戻す。
「生まれた時から自由を奪われ、ただ世界の糧となる精霊はどうしても求めてしまうのさ。自由を」
「じゃあ、自由を願うの?他の精霊も」
「そうだ」
「……」
話を整理してみて、瑠衣は初めて彼らは好きで精霊をしている訳でもないと悟った。
人間側の見解なら、不思議なチカラを扱い便利で憧れる存在だろう。しかし彼らにとっては精霊としての立場が辛いのだ。
そして自由を欲する。天帝によって自由を与えられるために戦うのだ。苦役から逃れるために。
確立した人格を持っているのなら尚更孤独には耐えがたいだろう。
そう思うと気の毒で仕方が無い。
「ファイも、そう望むつもりなのね」
「まあそうだな」
「でも、どうやって自由を獲得するの?精霊である以上はその責務からは逃れられないんでしょう?」
「そこでだ。俺は天帝にこう願おうと思う」
「どう?」
じっと真剣な面持ちで瑠衣を見つめ、言う。
「人間になりたい、と」
「!」
驚きで目が点になった。
「に、人間になりたいって、別にそんな人間だって楽じゃないのよ?確かに制約は軽くなるだろうけど、社会は厳しいし人付き合いも大変だし」
「そこでだ、俺は前回戦いを勝ち取った炎の精霊の後を継いでから一度も人間とは接した事が無いんだ。だから、人間がどんな生き物なのか教えてくれよ」
「う、う〜ん」
「心配はいらないぜ。契約者になった以上は俺はお前を絶対守るから」
誇らしげな笑顔に思わず瑠衣は断るに断りきれなかった。
まあどちらにしろ、迷惑を被る事には変わりない。だったらさっさと望みを叶えて自由になってもらった方が気分がいい。
紅茶を飲み干し、おかわりを継ぐ。湯気立つ温かい紅茶が冷めたカップを温める。
――絶対お前を守るから
何処かの金持ち坊ちゃんが言っていそうな言葉だなとつい笑みを零した。
「あ、一つ言い忘れてた」
「ん?」
「お前が狙われるのは精霊やそれに使わされた奴等だけじゃねえぞ。普通に契約者となった人間も手出ししてくるから要注意だぜ」
「……それじゃあ誰を信じて誰を疑うべきなのか分からないじゃない!普通に商店街を歩いていたとして、すれ違うその一瞬で攻撃を受ける危険性だってあるって事でしょ!?もうのこのこ外に出ていられないじゃない!」
「そう言われてもなあ。精霊同士は気配でその存在を確認出来ても契約者の判別は出来ないからな」
「使えない奴!」
「何だって?この精霊様に使えない奴なんて言うのは何処のどいつだよ!」
「私だ!」
ぎゃあぎゃあと口論が始まる。
その後結局瑠衣がお茶のセットを持って部屋を出て行き、その口論は終了した。
――あんな奴と共同生活を送らなければならないわ、狙われるわで私の人生メチャクチャじゃない!
イライラを台所のスポンジにぶつけた。
「瑠衣?」
「はい?」
祖母が恐る恐るこちらを見ていた。よほど、怖い顔をしていたらしい。
にへらと笑顔を作る。
「あの、あの本どうだった?」
「え?」
そう言えばあれを持っていくとき、祖母にもし祖父のメッセージがあったら伝えると言ったっけ。
「ああ、あの本ただの白紙だったよ。きっとおじいちゃん何か本を書こうと思って製本はしたものの、中身は書けなかったんだろうね」
「そう……」
祖母が悲しげな顔を見せる。
見ていられなくて、瑠衣は祖母に背を向けた。
カチャカチャと食器を洗う音だけが台所に響いていた。沈黙を隠すかのように。
「失敗したのか」
「そのようです」
黒髪を腰までおろした女が宙に手を掲げながら言う。
ちっと舌打ちをした男がソファにもたれかかった。そのまま頭をクシャクシャ掻く。
「急ぐ事はありませんよ。次の手を打ちましょう」
「何を呑気に!」
勢い良く立ち上がった男は次の瞬間、女の頬を殴っていた。
バンと激しい音を立てて女が床へと倒れる。
「何のためにお前を目覚めさせ、契約者になったと思っているんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
女はただただ謝る事しか出来なかった。