chapter28 願いのためなら
その日の帰り道だった。
それぞれが散り散りに別れ、同方向である瑠衣と蓮斗が共に歩いていた。結局悠とは何も話せずじまいだった。
チラリと後ろを見れば、ファイがむすっとした表情でこちらを見ていた。メリッサも浮かない様子だった。
「蓮斗」
「?」
ふいにメリッサが蓮斗を呼び止めた。
何をするのかと思えば突然メリッサは駆け寄り、蓮斗を抱き寄せた。
瑠衣とファイは思わず顔を赤らめてしまった。当の本人はと言うと最初は驚いていたものの、すぐに平静さを取り戻す。
「あたしは蓮斗の事、契約主以上だと想ってるからね!浮気も厳禁よ!」
「メリッサ、そんな事を言いたかったのかい〜?」
「そういう事で、手だしたりしないでよ!」
「何で私にそんな事言うのよ!」
「だって悠とギクシャクしてるから乗り換えたりするのもアリかなって思ったからよ!」
図星を言われ、ううっと瑠衣は呻いた。
勝ち誇ったような笑みを浮かべたメリッサに、蓮斗が慣れた様にキスをする。
――この人、やっぱり軽そう……。言っちゃ悪いけど、タイプじゃない
苦笑してファイを見た。
二人の様子を真剣な眼差しで見つめる彼に思わず叩く。
「何すんだよ!」
「人のそう言う所を真剣に見てるんじゃないの!」
いつもの喧嘩だ。
互いに顔を見合わせ、ふふっと笑った。こんな喧嘩、日常茶飯事だったのに何時からしなくなったんだろう?
逃げ出したくなるような重いわだかまりが嘘のように弾け飛んだ。
はっと気付けば蓮斗とメリッサがニヤニヤと笑みを浮かべていた。まさかこの二人、謀ったのか。喧嘩だろうが何だろうがこの重々しい空気を晴らすために。
おかげで気分が随分楽になった。ファイの方も少しは吹っ切れたようだ。
そして前方を向いた。
「えっ……?」
自分の家の前に人影がある。
「どうした?」
「あの子、誰?」
指を指す。
闇を纏ったような真っ黒の少し幼い少女が居た。
その少女が口の端を引き上げ、不気味に笑った。
「頂戴……?」
こちらへと向かってくる。
「大事なモノ……頂戴!」
眩い光が発せられるのと同時に身体を電気が走った。
「きゃああ!」
全員が突然の攻撃を避けきれず、まともにくらってしまった。
瑠衣は雷の時は足を揃えて立っておけば感電する事はないと言う祖父母からの入れ知恵を思い出してそのように実行した。嘘のように身体を流れていた電気が止まる。
背後でドサリと言う音がした。
「メリッサ!」
蓮斗が駆け寄る。ファイも多少のダメージをくらっているものの、まだ戦える状態だ。
「電気を当てられてしまった以上、メリッサはもう動けないぜ」
「え?」
「水は電気をよく通すからな。漏電の仕組みみたいな感じでな」
つまり、メリッサにとって電気は致命傷を負わせるモノであると言える。
そこまでダメージを受けているなら太刀打ち出来るはずがない。案の定、メリッサは意識を失ったまま目を開けようとはしない。
さっさとこの場を片付けて彼女の治療をしなければ。
「ファイ」
「分かってるさ!」
地面を蹴り、ファイが少女に急接近する。
彼女は再び雷光を繰り出す。それを擦れ擦れでかわしながらファイは進む。
「くらえ!」
炎の球を少女目掛けて投げつける。
逃げようとした少女だったが、球の速度に叶うはずもなく。
背中から命中し、燃え上がった。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!」
少女の身体が溶けていく。パチパチと僅かな火花を散らしながら少女は欠片一つ残さず消滅した。
焦げ跡を靴で踏みしめ、ファイが虚空を睨む。
「やってくれるぜ、クート……!」
と、突然立ちくらみがした。そのまま身体を支えていた力がごっそり抜けた。
まだ調子が万全でないのにチカラを使いすぎたか……。
ぽふっ
柔らかい衝撃。
「ちょっとファイ、大丈夫?」
心配そうに翡翠の瞳が覗く。
胸の奥が鷲掴みされたように苦しい感覚。こんな表情、見せたくないのに。
しかし身体が動こうとする元気は残っていないようだ。
「悪い、動けそうにねえ……」
本当に情けない。
何をこんなに弱気になっているのだろうか。自分らしくない。
瑠衣がよろけながらもファイの肩を担いで、歩き出す。
もうどっちが盾となり、支えとなっているのか分からない。
――それでいいのですよ
忘れられるはずのない声がしたように感じた。とうとう幻聴まで聞こえる様になってきたのか。相当まいっているようだ。
ファイは自嘲の笑みを浮かべた。
「……いくら弱っているとは言えど、そう簡単には参ってくれないと言う事か」
灰色の雲の上でクートは呟いた。
今度は誰を狙うか。カシオも精神力がかなりある。小手先の技ではダメージを与えられない。
マリアナは精神力こそ低めだが、雷属性を受け付けないチカラの属性の土だ。狙うには不向きだと言える。
「……待てよ」
名案が浮かんだ。
「あいつ等は出来るだけ近くに居るようにしているが、それぞれの生活がある以上隙は出来る」
雲の一部が盛り上がり、人型となる。
新たな使者はその手に溢れる破壊のチカラに狂喜した。
思わずクートも笑みを浮かべる。
雲の切れ間から下界を見る。斜め下には見慣れた病棟の姿。そして窓側で眠る契約主――。
その刹那、クートは瞬間移動して契約主の眠る病室へと転移した。
白い肌が病気の進行を物語っているようだ。女の子のチャームポイントの一つである頬の赤みはほとんど見受けられない。瞼も少し腫れているように思える。
そっと指どおりのいい髪に触れる。
「沙羅、オレは絶対にこの争いを制してキミを……」
その愛しさに、クートは想いを寄せた。
何としてでも願いを叶える。
彼女と、これからも共に今を生きていける道を繋げるために。




