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chapter24 正直な気持ち

 「ただいま……」

 学校から帰って来た瑠衣とファイを待ち受けていたのは隅っこでしゃがみ込み、震えているメリッサだった。

 瑠衣の机の上には粉々になったカップの破片が散らばっていた。

 何をしたのかは十分明白だった。

 「メリッサ」

 「な、何よ……」

 振り返ると髪の毛を逆立てて怒っている瑠衣の顔が目に入った。

 「家の物を触るなって何度言ったら分かるのぉぉ!」

 怒鳴り声が隣近所にまで響き渡った。

 こんな事になってしまったのはあの日、三人で話した結果じゃんけんで決めようという事になってしまったからだ。

 見事織音と悠に負けてしまった瑠衣は正直まさか自分が引き取らなければならなくなるとは思ってなかった。こんな我儘精霊を家に連れて行きたくなどなかった。ファイだけでも十分手を焼いていると言うのに。

 彼女がここに来て三日経つ。彼女はどうもあれこれと調べまわりたくなる性格らしい。初日に家の物は触らないように注意したのだが、それを聞かずに触る度にトラブルを引き起こす。

 今回彼女が壊してしまったのは瑠衣のお気に入りのマグカップだった。

 さすがのメリッサも瑠衣の気迫ある怒りモードには叶わない。そう知った今ではおしおきを怖がる犬のように帰りを待っている。

 「三日連続であれこれ壊されるこっちの気持ちを分かってほしいものだよ……」

 ミニ掃除機で破片を吸い取りながら泣く泣く瑠衣は呟いた。

 ふと壁にかかっているカレンダーに視線を移した瑠衣はある事に気付いた。

 「あ」

 「どうした?」

 「……明日、私の誕生日だった」

 自分の誕生日の事すらすっかり忘れていた。それほどこの数週間は非常識で疲れる毎日だったからだ。

 そしてはっと気付く。

 ――もし悠に誕生日の事言ったら、お祝いしてくれるかな

 この前の謝罪がてら再びデートにでも行こうか。そう思い、携帯電話に手をかけた瞬間だった。

 突然ファイがふらりと傾いだかと思えばそのまま横に倒れた。

 「ファイ!?」

 「おい!?どうしたっていうの!?」

 額を触ると熱された鉄板のように熱かった。そう言えば朝からちょっと調子が悪いとか言っていたような……。

 ――本人が大丈夫だって言うから特に心配してなかったけど……

 「これは単なる風邪だな。たぶんこの前あたしの水を浴びたせいだろうけど」

 「……何処まで迷惑かけたら気が済むのよ!ファイも、メリッサも!」

 うっすらとファイは目を開けたかと思うと謝罪を短く述べた。

 「……悪い」

 全く極端な性格の変化だ。いつもならぎゃあぎゃあ喚くくせに。

 まあそれが出来ない程弱っていると言う事なのだろうが。

 「瑠衣、火を灯せるものはない?」

 「呼び捨てしない!えっと、アロマキャンドルならあるけど」

 「それでたぶんいいと思うから火を点けて持ってきて」

 「こき使うのね……」

 「あ、それより先にベッドに持ち上げるよ」

 「えっ!?そんな所占領されたら私の寝る場所がないじゃない!」

 「つべこべ言わない!」

 とりあえず二人がかりでファイの身体をベッドに寝かせる。

 夕食を済ましてからアロマキャンドルに火を点け、ファイの近くに置く。

 メリッサ曰く、炎の気を強くしておけば回復するらしい。

 呼吸の荒いファイ。人間なら濡れタオルを額に置くが、炎の精霊である彼にとっては更に悪化していくだけだ。

 「一つ聞きたい事があるんだけど、いい」

 「何?」

 「瑠衣はファイの事、どう思っているの?」

 「え?」

 「その……彼氏とかにしたいかって事!」

 そんな事を突然聞かれても困る。

 「別に。それにあくまで私は人間でファイは精霊だし……。私達の間にそんな仲が生まれるとはあまり思えないかな」

 「……本気で、そう言ってるの?」

 突如襟首を掴まれ、壁に押し付けられた。メリッサがとても思い詰めた表情をしていたので何かまずい事でも言ったかと口を噤んだ。

 「精霊だとか人間とか関係ない。一度好きになってしまったらそう簡単に割り切れるものじゃないよ。そんな隔たりを主が持っていると知ったらこいつはかなり怒るでしょうね」

 「……メリッサこそ、あの人、蓮斗の事はどう思ってるの?」

 「あんたの予想通り、あたしは蓮斗の事が好きだけど」

 あっさり認めたメリッサ。

 「相手が人間であろうとも好きなものは好きだから。あり得ないとか言ってほしくないし」

 「……確かにちょっと突っかかるような言い方だったかも。ごめんね、メリッサ」

 「あたしも少し頭にきてカッとしちゃったし。お互い様でしょ」

 どうやらメリッサは現代のツンデレと呼ばれる性格らしい。素直じゃないところがとても可愛らしさを感じる。

 と、ううんとファイが唸ったので瑠衣は慌てて口を塞いだ。ちょっと大声で喋りすぎたかもしれない。

 壁にかけてあった時計はもうすぐ八時半を示そうとしていた。そろそろ風呂に入らなければ。

 「それじゃあ時間だからお風呂に行ってくるね。悪いけど、その間宜しく」

 「今日はこいつ寝込んでるからゆっくり入ってくれば?たまにはリラックスしたいでしょ?」

 「……ありがとう」

 思いがけない彼女の労りに瑠衣は心から感謝した。

 着替えなどを持って安心して自分の部屋を出た。

 それを見送ったメリッサはふうっとため息を一つ着いてからファイの元へ視線を向ける。

 普通に見ればただ眠っているように見える。だが――。

 「乙女の会話の盗み聞きをするなんてつくづく最低な男ね、あんたは」

 返事はない。

 「更に冷や水を浴びせて風邪をひどくしてあげましょうか?」

 「やっ、それは勘弁してくれ!」

 メリッサの一言でファイは飛び起きた。

 しかし体調が悪いのも、熱があるのも事実なのでふらふらと再び仰向けにベッドに倒れた。

 それでも意識はまあまあはっきりしていた。

 目が潤んでいるのは熱のせいがほとんどだろうが、先程聞いた瑠衣の台詞のショックも含まれているだろう。

 「あんたも典型的だよね。あの人にそっくりな子に惚れちゃうなんてさ。おまけに契約主だし、運命的なモノを感じるってところ?」

 「お前も人の弱みを握って弄ぶクセ、直ってないんだからよぉ〜。そうだよ、惚れてるよ。何か文句あるか?」

 「言っておくけど、一応これでお互い様なのよ?あたしの蓮斗への想いもしかと耳にしたんだろうしねぇ?」

 「……ああ、お前と居るとやっぱし調子悪い。喋ってても疲れる一方だ」

 そう言って掛け布団の中に潜ったファイ。今さっきの言葉がメリッサの逆鱗に触れていた事も露知らず。

 「こっちだって願い下げだ馬鹿野郎ぉぉ!」

 ファイの悲鳴はルンルン気分で風呂を楽しんでいた瑠衣の元まで確実に届いていた。


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