chapter23 シナリオ
突然メリッサの動きがピタリと止まった。空気の渦が彼女の胸元に発生していた。
はっと皆の注目がカシオに向けられた。が、彼が横目で悠を見ているので彼がそう命じたのだと悟った。
茶の目を鋭く光らせるその姿はいつもの穏やかな性格を感じさせなかった。
「父さんは何処か、今すぐ答えて貰う。さもないと、そのまま核を取り出す」
「――っ。あんたの父親は奥の部屋に居る」
逆らうべきでないと判断したのかあっさり居場所を吐いたメリッサ。メリッサを解放し、悠は目もくれず奥にある鉄の扉を開く。
広がる青白い空間の真ん中に縄で縛られている人影。
その人物は悠と同じ茶の瞳を驚きで見開いた。
「は、悠……。来ちゃ駄目だ。お前は逃げなさい」
「何を言ってるんだ父さん!僕は父さんを助けに来たんです!それに、もう心配ありませんよ」
逸る気持ちを抑えて慎重に縄を解く。
感動の再会に親子はひしと抱き合った。ふと悠の父親と瑠衣の視線が重なった。
彼の顔はみるみる青白くなる。様子のおかしい父親に悠が気付き、腕を離す。
まるでこの世の終わりだとでも言いたげだった。
一間あって悠の父親は口を開いた。
「君は……あの厳崔老のお孫さんだね」
厳崔。それは祖父の名前だった。何故祖父の名前を知っているのか。
更にその視線が横に移る。そこにはファイが居る。だが精霊と関わりのない者には見えない。はずなのに。
彼は確実にファイの姿を捉えていた。
「見えて、いるのか?」
思わず発した声に悠の父親が頷く。
「珍しい人間だな。本当にごく僅かしか居ない目の持ち主とは」
「えっ!この人、見えて、いるんです、か!?や、やだ、恥ずかしい……」
「マリアナ、それ今言う事じゃないでしょ」
「俺は知ってたけどな。我が契約主の父親である蒼石様が数少ない精霊探知の持ち主だと」
本当に珍しい存在があるものだ。
「その父親があたしの邪魔をしようとしたものだから人質に使わせて貰ったんだけどね」
メリッサが呟く。
確かに精霊の存在を知り、敵である契約主の父親となれば人質としては最高の条件だっただろう。
「それより、貴女は契約主になってしまったのかい?」
「えっ?……はい」
「……悪い事は言わない、今すぐ契約を解除しなさい」
突然の言葉に耳を疑った。
場の空気が凍りついたかのようだった。
「何を言い出すかと思えば……」
ファイがきっと悠の父親を睨んだ。
「そう簡単に契約は断ち切れない事を知ってて言ってるのか?」
「でも出来ない訳ではない。そうだろう?」
「……っ、確かにそうだがっ。でも、それは……」
瑠衣も記憶の底から思い出す。
最初、マリアナは別の人間と契約をしていた。それをマリアナは一方的に断ち切ったのだ。
その時、精霊と関わった日々や事柄を含む全ての記憶が消去されるのだ。
そうなれば、この争いの中で出会った悠の事も、祖父が死んでからのほとんどの記憶がなくなってしまう。
無論、精霊の存在すらも。
――全ての記憶が消えてしまったら悠の事も忘れちゃう……。マリアナやカシオも、メリッサも、蓮斗も。ファイも……
「それは……出来ません」
迷いを振り払って瑠衣はそう告げた。
「この先、どんな危険が迫ってきたとしても、私は契約は解除しません。解除させもしません」
「瑠衣……」
「約束してくれたでしょ?私をちゃんと守ってくれるって。それを信じてる。だから何が起こっても大丈夫だと思ってるから。出会えた精霊達や人達の事、忘れたくない」
既に引き戻るつもりはなかった。
悠の父親は頭を振った。
「君は何も知らない……。だからそんな事が言える」
「何も、知らない?無知でも私は構いません。死のうが何だろうが、後悔だけはしたくありませんから」
これ以上話を聞いていたら本当に失くしてしまいそうで瑠衣は無理やり終止符を打つ。
「それで、厳崔老は納得したのかい?」
その一言で悠の父親がまだ瑠衣の祖父の死を知らなかった事に気付いた。
酷ではあるが、言っておくべきだろう。
「祖父は、数週間前に死にました」
「……死んだ?」
「ええ。最期まで異世界の事ばかり考えていたようでしたけど」
「……」
さすがに悠の父親もそれ以上は何も言えなかった。言っておかねばならない事があるのに、口が動かなかった。厳崔と共に知ってしまった真実を……。
起こってほしくなかったシナリオが見事に進行していた。
彼の心情などお構いなしに、メリッサ達の話に戻る一行。
「それで、メリッサは強制送還、契約主も記憶を消されるって事でいいか?」
当人以外誰も異議を唱えなかった。蓮斗も納得したかのように反論しなかった。
そんな契約主の様子を見てメリッサが飛び掛った。追い倒すなり、上に馬乗りになるとポカポカと叩き始めた。あまりにも大胆な行動に皆唖然とする。
「蓮斗はそれでいいの!?せっかく自分の心の整理がついたのにまた振り出しに戻って!あたしは、忘れて欲しくない!あたしと一緒に過ごした日々も、今の気持ちも全部全部……!」
「メリッサ……、でも」
「周りの目とか気にしないで言えばいいじゃない!自分の本当の考えを!じゃなきゃ今までと変わってないよ?」
しばらく黙り込んだ後、蓮斗は静かに言った。
「無理は承知の上だが、メリッサを残してやってくれないかな?」
それが彼らの素直な主張なのだろう。
声を荒げようとした織音を瑠衣が制する。
瑠衣は感じていた。彼らには既に離れがたい絆が出来てしまっている事。それを無理やり引き剥がしても、心が壊れるだけだ。
「ねえファイ、どのみちこの戦いを制するには核が必要なんでしょ?だったらメリッサも手元に置いておけばいいんじゃない?」
「じゃあ取り込んだ人の魂はどうするんだよ?」
「何とか分離させて、その人の魂だけ天に送ったらその魂は輪廻に戻れるでしょ?」
「ま、まあ天帝がそうするだろうけど」
「そして手元に置くためにメリッサは誰かの家に引き取っておけばいい、って事だな。契約主とさすがに元のまま暮らせる訳にはいかないし」
理解の早いカシオが結論を述べる。
確かにこれなら魂も輪廻に戻るし、それなりのペナルティも与えられる。仲間は多いほうがいい。一石二鳥だ。
「全ての核が揃って天へ還ってから天帝からの罰を受ければいいじゃない。遅かれ早かれ還るならもう少し居てもいいじゃない?」
「そう……ね。天帝からの罰の方が重いだろうし」
自分達が罰を与えるより天帝に任せた方が厳粛な処置が取られるだろう。
それなりに配慮して考えたペナルティなので、両者とも納得する事が出来た。
「それじゃあ取り込んだ魂を天に還すよ」
メリッサが自分の胸に手を当てた。すると真っ白な光の球が一つ身体から剥離して出てきた。
それを天に向かって放り投げると、一目散に天井を突き抜けて消え去った。それで魂還しは完了らしい。
「んで、誰がこいつを引き取るんだ?」
ファイの声に瑠衣、織音、悠は顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。