chapter22 心の扉
「どうせ壊れる関係なら、いっその事俺がぶち壊してあげるよ」
メリッサに指示をする契約主。彼女がこちらへと歩み寄ってくる。
精霊達の顔から血の気が引いた。彼女が人間に近づくとしたら一つしかない。瑠衣の魂を取り込むつもりだ。自分は強くなり、更に相手のチカラも封じてしまう一石二鳥の利益がある魂狩りをしない訳がない。
咄嗟に動こうとしたファイだったが、彼らの居る場所には水の気がたっぷりある。あの場に突っ込むのは危険だ。
マリアナとカシオがチカラを使おうとしたが、突如として現れた水によって手と足を縛られてしまった。
その間にとうとう瑠衣に手が届く範囲にメリッサが到着してしまった。先程の反動で動けない瑠衣はただただその姿を見ることしか出来なかった。
メリッサがその場に屈み、こちらへと手を伸ばしてくる。その手は小刻みに震えていた。
「どうして……?」
振り絞るように瑠衣は声を出した。
「どうして望んでいない事をするの?」
「……何よ、この女。何でも知っているような口調で偉そうに」
「分かるわ。貴方が躊躇っている事が。主に付き従う事が果たして本当に正しいのか迷ってる」
「――っ」
かつてない動揺を見せるメリッサに主が眉を顰めた。
チラリとファイを見てからメリッサが契約主と対峙した。
「メリッサ……お前すら裏切るのか?」
「裏切るんじゃない、正当な答えを出すべきだという事よ。もう、もう終わりにしよう?蓮斗」
「お前も所詮は感慨にふける使えない駒だったと言う事だな。信じてたのにねぇ。その信用を裏切るなんてねぇ」
とは言えど、精霊に見放された契約主など恐るるに足らずだ。ファイが炎で契約主を囲む。メリッサのチカラならこんなもの、一瞬にして消せる。だが彼女が炎を消そうとはしなかった。
一方の契約主は無防備になった事をようやく自覚し、炎に怯えてしゃがみ込む。
このままでは見殺しにしてしまう。ファイが人殺しになってしまう。
壁を伝って立ち上がり、フラフラとファイに歩み寄った瑠衣はそのままファイの胸に顔をうずめて言う。
「もう十分よ、止めてあげて」
「でもこいつ、何も反省してねぇだろ!メリッサを良いように使って、人の繋がりを馬鹿にしやがって!」
「理由も聞かずに判断していいものじゃないでしょ!」
瑠衣に叱られてしまってはファイも逆らう事は出来ない。炎を消し、ふてくされてぷいっと横を向いた。
ごほごほと咳き込む契約主に瑠衣は近づく。さすがに一人では危険だとファイもそっぽを向いている場合ではなかった。瑠衣と少し距離を置きつつも側のポジションにスタンバイする。これなら逆襲に襲われてもそれなりの対処が出来る。
だが瑠衣には分かっていた。彼らにはもう抗おうとする気力もないと。
「ふんっ、結局チカラで捻じ伏せたじゃないかぁ」
負け惜しみを言う契約主に瑠衣はきっぱりと言った。
「力にこだわるのは力で捻じ伏せられた経験があるからでしょ」
「……力で誰かを捻じ伏せるのはこの世界、常識のようなものじゃないかぁ。金だの権力だので下を差し置く。そして奴隷のように扱おうとする。責任を逃れるために人を使い捨てる。違うのかなぁ!」
「違うよ」
迷いのない返答に契約主はたじろぐ。
「確かに使い捨てたり、裏切りもあったりする。けど、そればかりがこの世界の全てじゃないよ」
ないはずの光が差し込むような調。はっと契約主が顔を上げれば瑠衣の微笑みが目に入った。無防備で無垢な光のオーラが見えるようだった。
「少なくとも私はそんな風には思わない」
差し伸べられた手を自然と取っていた。何とか自分の足で立ち上がり、少し目下の位置の彼女の顔を見る。
「悲しい事や辛い事もあるけど、それと同じくらいに楽しい事や嬉しい事もたくさんある。決め付けて失望していたら、あるはずの幸せも見逃しちゃうじゃない。まだまだ先の長い人生、そうして終わるつもりなの?」
過去に体験した事がふと蘇ってくる。
ずっと仲間だと思っていた奴等。なのにある日、皆自分から離れていってしまった。
絶望を感じ、荒れる毎日。でも……。
ほとんど相手にはしなかったが、声をかけてきた奴もいた。あいつ等に少しでも心を開いておけばここまで孤独になることはなかったのだろうか。
今からでもまだ間に合うと言うのならば――。
メリッサが頷く。
「……オレの負けだよ。負けだ負け。戦う気が失せちゃったぁ」
「蓮斗、あたしがね、あんたと契約したのは……あたしに似てたからだよ」
態度そのものは素直じゃなく、素っ気無いが。それでも頬の赤みから照れているのが分かる。
「何もかもを封じ込めて、押しつぶされそうになっていたのが同じだったから。よくよくその気持ちが分かったから……」
「メリッサ……」
固まった頬の筋肉をゆっくり緩めて久々の笑顔を見せる。
今なら確信を持って言える。彼女に、メリッサに出会えて良かった。
二人の様子を優しい目で見守る瑠衣にファイがぽんっと肩を叩いた
「人って変われるものなんだな」
「ええ。諦めずに思いをぶつけていけばね」
人の生み出すこの奇跡こそが最大のチカラなのかも知れない。
とりあえず落ち着いて円形に並んで座る。それでもメリッサと蓮斗は少し隙間を空けていたが。
緊迫した赴きで織音が口を開く。
「いくら和解出来たからってそのまま許せるほどじゃないと思うんだけど」
彼女の言うとおり、タダでは許せない。禁断の魂狩りによって一人の関係ない人間が命を落としたのだから。
「そりゃ、そうだろうねぇ」
「まあ、しょうがないって感じ?」
二人とも、それなりの覚悟はあるようだ。
「天帝も恐らく地を震わせるような笑みを浮かべて帰りを待ってるぞきっと」
「うう、あの方の、お怒りは、怖いです……」
「下手したら核を破壊されてしまうかもな。俺でも腹に据えかねる」
進められて行く処分の話にメリッサが突然ストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、今すぐあたしを天に還すつもり!?」
「当たり前だろ!取り込んだ魂も輪廻に戻さなければならねえし、お前も地上に置いとく訳にもいかないだろ」
するとメリッサの目が潤みだす。ギョッとした次の瞬間には大声で泣き始めていた。
「やだやだ〜!まだ還りたくないぃぃぃ!お願いだから、それだけはやめてぇぇ!ここに居させてぇぇ!」
まさに玩具をねだる子供のような様だった。彼女がこんなタイプだったとは意外だ。
駄々をこねて暴れるメリッサ。そんな彼女は誰の手にも負えなかった。
悠とカシオを除いては。