chapter19 すれ違い
受験に集中するため、これ以降の更新は一月ほど停止させてもらいます。
なお、受験が終わり次第、更新を再会しますのでどうかそれまでご辛抱のほど宜しくお願いします。
泣きはらした顔を家族に見られ、どうしたのかと問われたが適当に流した。
シャワーで体を清潔にした後は学校の準備もそこそこにベッドに倒れこんだ。
帰ってからファイとは一言も喋っていない。
話してはならないような張り詰めた空気が漂っているため、話題を切り出せないのだ。
――いつもなら思いっきり詮索するくせに
明らかにいつもと様子が違うと、調子が狂いそうだ。
今の瑠衣にはファイの背中しか見えない。どんな表情をしているのか、何を考えているのか窺い知れない。
もしかすると、これでも主を気遣ってくれているのだろうか。
「……ありがとう」
それだけ言って瑠衣も背を向けた。
瞼が重かったので、あっさり眠りに着く事が出来た。
背を向けていたファイが横目で瑠衣が眠った事を確認する。
そして外で様子を窺っている精霊に入って来いと合図を送る。
壁をすり抜けて入ってきたのはカシオだった。
「どうやら俺の予想は当たっていたようだな」
「何の」
「お前が人間に――契約主に恋心を抱いてしまった事」
頭がいいだけあって、何でもズバズバ当ててくるのがイラつく。
「それで?俺を止めにきたのか?」
「止めようとは思わない。でも、我が主の幸せをお前が邪魔するようなら許さぬと言う事だ」
「忠告かよ。もうお前と戦うのはやめておきたいな。でも、その心配はないさ。今日の様子でもう知っちまった。瑠衣は、悠に惚れてるって。だから俺はもう――」
何も望めない。
「そうか。じゃあ、あの質問の答えとして受け取る」
「……」
目が覚めたら瑠衣の姿がなかった。自分を置いて織音の元へ行くわけがない。じゃあ行く先は喧嘩ばかりする相手の所。
悠の家に押しかけた時、カシオが冷静に二人は仲良くデートだと言った。
「お前、重ね見ているだろう。あの方と」
「……確かに似ている。でも、瑠衣とは別人だろ。第一、もう数百年以上は経っているし。あの人が姿を消した時からな」
あの人が指すのは一人の精霊だった。
今は火、水、風、土、雷の五人だが、以前にはもう一つの属性が存在していた。それが、樹の精霊だった。
当時の樹の精霊は女で、ファイとはよく話をしたりする仲だった。ファイ自身は特別な存在として認識していた。恐らく彼女も。
だが彼女は突如姿を消した。天帝は何か知っているのだろうが、何も言わなかった。
あれから今でもその思いが抜け切れていないのだ。また何処かできっと出会えると信じているから……。
そして瑠衣に出会い、契約を交わした。しかし彼女の人柄があの人に似ているのだ。彼女に恋心を抱いているのは、彼女をあの人に重ねているからだろうとカシオは言いたかったのだ。
何処かでそう思う心はあるだろう。でも過去は過去だ。その区切りはついている。そして瑠衣が彼女である確立はほんの少しの確率でしかない。本人でないと簡単に結論付けられる。
「……俺が駆けつけた時には既に我が主は一人で、彼女を傷つけてしまったと悔やんでいた」
「――そうか」
「そういう場合は優しく慰める事を許可する。言いたい事はとりあえずこの位だからそろそろ帰る」
「ああ、じゃあな」
再び壁をすり抜けて出て行ったカシオを見送り、ファイはふうっと息を着いた。
今はまともに瑠衣の事を見れそうにもない……。
でも避けることも叶わない。
――いっその事、新しい契約主でも探すかな
未練がましく瑠衣の側に居たいと思う自分が情けなかった。
「……」
「ああ、瑠衣、一体何をしたらこうなるのよ……」
「何をしたらって私何もしてないもん」
横目でチラリと見れば、女子に愛想を振りまくファイの姿が。今までくっ付いて離れなかったのに、これはどういう風の吹き回しなのだろうか。
ちやほやされて、笑みを浮かべるファイの姿は自分の知る姿とは似ても似つかない。
「おまけに悠君とは会ってないみたいだし。今日も久しぶりに家へ行こうって言うのに乗り気じゃないしさ」
「だって……、酷い事を言っちゃったんだもん。きっと向こうだって会いたくないでしょ」
いつになく奥手な瑠衣にイラッとした織音は急に瑠衣の襟首を掴んだ。喧嘩だと思い込んだ女子数名から悲鳴が上がる。ファイもはっとしてこちらを向く。
「逃げてたって何も変わらないじゃない。さっさと行くわよ!」
「えっ!?ちょっと、えぐっ……」
織音がファイをちらりと横目で見た。どうやら織音は全てを見透かしているようだ。
纏わり着いてくる女子を何とか追っ払い、ファイは二人を追う。
自分で動けない人形のようにズルズルと引きずられていく瑠衣と目が合った。目は行きたくない、助けろと言わんばかりだ。
――ここで引き止めて、その事がカシオに知れたら確実に殺されるな……
彼の猛攻を思うと行かせたくない思いが引っ込む。
「織音さん、何を、そこまで、意固地に、なって、るんです、か?」
「マリアナ、ちょい耳貸して」
早足のまま、マリアナに耳打ちする。
その途端、マリアナの目がキュピーンと輝きだした。そして意味ありげな笑みを浮かべ、親指を立てる。一体何の話をしていたのか何となく予想がつくのが嫌だ。
彼女らが目論むのは悠との進展だろう。
唯一の助けの綱だったファイでさえ助けようとしない。
――護ってくれるんじゃなかったの……
行動の矛盾に瑠衣は心の奥でガッカリした。やはり、あの言葉は単なる飾りでしか過ぎなかったという事だ。
悲しかった。何かが崩れ落ちていくような感覚。
ずっと望んでいたはず。一つ何かする事に口を出して欲しくないと。それが叶ったのに、ちっとも嬉しくない。
「……」
しばらくして悠の家へと辿り着いてしまった。呆然と立ち尽くす瑠衣を余所に織音がチャイムを鳴らす。
だが、返事はない。
もう一度押してみる。
と、突然メイドが扉を吹き飛ばす勢いで飛び出してきた。
「悠様!……あら?」
どうやら覚えてもらえていたらしい。
中へと案内されると思った次の瞬間、瑠衣はメイドに肩を掴まれ揺さぶられた。
「貴方、この前悠様とお出かけになりましたね!悠様が何処に行ったか知りませんか!?」
「へ?」
どういう事なのか理解できず上擦り声を上げる瑠衣。
涙目でメイドが訴えた。
「悠様が、数日前からお帰りにならないのです!」
全員の顔が強張った。