chapter18 恋
「……まだかなぁ」
早く来て欲しいと言わんばかりに体がうずうずしていた。
と、角から自分の待ち人が現れる。今日は何だか昨日と違ってより女の子らしい格好だ。
「ごめん、待った?」
「ちょっとだけだから平気だよ。あれ、ファイ君は?」
「あ――置いてきたから気にしないで」
「そっか。じゃあ何処かおススメの場所に案内して下さい」
「了解♪」
自然と差し出された手に瑠衣は迷わず手を重ねた。きゅっと力が入って握られる。エスコートするのは自分なのに、これじゃあ悠がエスコートしていくみたいだ。
元気よく二人はこの町のすぐ近くにある街へと向かった。歩いて十五分程度で着けるこの街には学生にはもってこいの遊び場が多い。アミューズメントが豊富にあって、特に女子の中ではプリクラを撮るのに週一回ほど行く場所でもある。瑠衣の場合はなかなかプリクラは撮らないのだが。
賑やかな街の様子に悠の目がキラキラ輝いていた。
織音が絶賛していたアミューズメントに入り、最新鋭のプリクラ機に入る。
「これってプリクラ?」
「そう、結構面白いし思い出になるからね。はい、くるよ」
ポーズを決めてパシャリとシャッターがおちる。数パターンそれが続き、規定の枚数を超えてボーナスショットに入った時だった。
テンプレートに選ばれたのはカップル用のキラキラハートだった。しかも画面が指示したポーズは、ほっぺにキスだった。
二人顔を見合わせ、笑う。
「出来る訳、ないよね?」
「ないない〜」
とりあえず隣り合って撮ろうとポジションに向かう。
『いくよ〜三、二――』
カウントダウンが始まる。
『一……』
シャッターがおちると思った瞬間、悠がこちらを向いた。何事かと目だけを彼に向けた。
一瞬が長い間に感じられた。そっと頬に唇が触れる。ゆっくりとその後にシャッターがおちる。
終わりの合図が出ても瑠衣はその場を動けずに居た。
一方の悠はちょっと頬を赤らめつつも普通だった。画面の指示したらくがきコーナーへと先に移動していく。
――何だかズルイ
真っ赤になった顔を隠すように俯きながら瑠衣も後を追った。
「ああ、面白い!」
他にボウリングやら卓球やらをした後、小休憩としてファストフード店で軽い昼食をとっていた。満面の笑みを浮かべる悠を見るとこちらまで楽しくなる。
でも瑠衣は薄々察していた。彼の本心が。
「特にこのプリクラがいいよね」
先程撮ったプリクラをひらひらと見せる。ほっぺにキスも露になっている。
俯く瑠衣。いやだ、もう知らないフリ出来ない――。
「……めて」
自分でも情けないと思うほどか細い声が出た。しかし悠はそれを敏感に聞き取り、笑顔をなくす。
心が張り裂けそうだ。
「無理して楽しいフリしないで……」
父親が捕らわれ、何をされるか分からない状況にある今、不安で笑っていられるはずがないのだ。デートなんてとドキドキしていた自分が恥じられる。彼はその不安を無理やり押し込めるために今日街へ出向いたのだ。忘れてしまえば、楽になると。
でもひとしきり笑った後の表情はその不安を明らかに物語っていた。
しかし指摘されてなおも悠は隠そうとする。
「確かに父様が捕らわれているのは事実。でも、楽しんでいるのも事実だよ」
必死で隠そうとしている様が余計に悲しい。
「私じゃ駄目なんだ」
「えっ?」
「私じゃ何もかもさらけ出して居る事は出来ないんだね」
信用されていないのだと感じた。
心の弱い面で繋がった人だと思ったのに。それはただの思い上がりに過ぎなかったのだ。
――違う。どんなに仲が良くても隠したい気持ちだってある……
心の隅で小さく反論が鳴り響く。しかしそれを大きく上回って信用されていない、裏切りだと思う感情が溢れ出して来る。
言ってはいけない言葉だと分かっていても口が勢いで動く――。
「隠すなんて、最低だよ」
荷物を取り、そのまま店を出た。
傷ついた彼の顔が思い浮かび、涙が零れた。
――最低なのは、私じゃない
胸が苦しくって、人通りの少ない路地の端っこに辿り着くとその場にしゃがみ込んだ。
自分には素直なままでいてほしい。隠し事なんてしてほしくない。自分の気持ちに嘘をついてほしくない。これらの感情は全て傲慢な我儘でしかないのだろうか?
心の中には今まで見てきた彼の表情が溢れていた。
「私……」
ふいに、気付いてしまった。こんな感情、何処かで覚えがあるものだと。
「私、好きなんだ――」
たった数日の仲であるが、確実に惹かれていた。
それなのに、傷つけてしまった。ただでさえ不安定な心を更に追い詰めるような真似をしてしまった……!
何よりも自分の事が許せず、嗚咽を漏らしながらも自分の胸を叩いた。
「っふ、ううっ……」
と、人の気配を感じて顔を上げてみた。
視界が滲んで誰なのかは分かりづらいが、見知った赤の髪で誰なのかすぐに分かった。
そう、今朝自分の部屋において来た精霊――
怒られる。そう思って瑠衣は自分の耳を塞いだ。
手首が握られ、耳から剥がされると同時にファイの怒鳴り声が直撃した。
「こんの馬鹿ヤロォ!」
「ご、ごめんなさい!お怒りはごもっともですが、お許し下さい〜!」
「許さない」
壁に打ち付けられ、瑠衣は逃げ場がなくなる。
見上げるとファイが真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「瑠衣に辛い思いをさせる何かがある以上、俺はそれから守る。主の意向など関係ねえ。主に苦痛を与えたくないのは誰だって同じだろ。黙ってみていられる訳ねえし」
「ちょ、ちょっと……」
「ん?」
「いつも思うけど、どうして呼び捨てなの……」
「ああ、別にいいだろ?」
主と言いつつも敬う心がないなんて、矛盾している奴だ。
それでもお前と呼ばれるよりはマシだ。特別な人に名前を呼ばれているようで。
優しくファイが瑠衣を包み込む。
――今は、この温もりに甘えさせて……
再び泣き始めた瑠衣にファイはその理由を問い詰める事が出来なかった。ただただ側に居る事しかどうしようもなかった。