chapter16 信じる心
鎖を炎で溶かし、ファイは瑠衣を抱きかかえた。自力で立てない程弱っていたのだ。
女子なら誰でも憧れるお姫様抱っこをされ、さすがに瑠衣が顔を真っ赤にした。こんなのを織音の前では晒したくないものだ。
「行くぞ」
すぐさま入り口付近で交戦している仲間達の元へと向かう。
長い階段を上っていくと眩しい光が差し込んで瑠衣は思わず目を瞑った。
しかしその光はただの電球の光だった。暗い場所に閉じ込められていたため目がおかしくなっているらしい。
にしても、年代を感じさせる建物だ。電球と言っても現代のようにカバーなどがなく、電球そのものが剥き出しの照明タイプだ。
煉瓦も一部赤茶色が黒ずんでいる箇所が無数にある。
「ねえ、ここって何処なの?」
「えっと、織音は幽霊屋敷の丘って言ってたけど?」
「ええっ!?もしかして、ここってそこにある幽霊屋敷そのもの……?」
丘そのものが幽霊屋敷の土地となっていて無断では立ち入れない区域となっている。瑠衣の家からはさほど距離はない所だ。それではあの契約主はこの幽霊屋敷の所有者なのだろうか。
広いエントランスに出る。
対峙する織音達と先程瑠衣を弄んだ少年。水の精霊が姿を現す。
織音がこちらに気付いて駆け寄った。勢い良く瑠衣に飛び込んでくる。
「瑠衣ぃ〜!」
「ごめん、心配かけて」
「何言ってるの!瑠衣が無事ならそれでいいよ!」
「そんなままごとみたいな事して何が楽しいのかなぁ?」
冷や水を浴びせられたような感覚だった。
下らない茶番を見るかのように物憂げな表情を浮かべる少年。
「ままごと?」
「そうさ、ガキのままごと」
「なっ……」
「だってそうでしょ?馬鹿みたいにむれて嬉しがってさぁ。そんなの見ているとぶっ壊したくなるんだよね〜」
我慢ならなかったのかマリアナが進み出た。今まで見せた事のない真剣な眼差しがあった。
「何?その目。誰もあんた達に賛同してもらおうとは思ってないし。賛同されてもまとわりつかれてうざいだけだから」
「何も知らないのですね」
おどおど調ではない。よほど頭にきているらしい。
カシオとファイがひくっと顔を引きつった。
「人の本当の強さは、心の精神力なのです!力的な強さはこの人間の創り上げた社会にはなんの価値もないんです!思いやり、行動する事こそが一番の強さなんです!だからチカラだけを求めて、他者を捻じ伏せる貴方達はただ上辺だけを振りかざしているに過ぎないんですよ!上下関係なんて、本当は存在してはならないんです!人間を軽んじて命の価値を勝手に下げて弄ぶなんて人間から見ても我々精霊から見ても許しがたい事です!」
長ったらしい力説が続き、頭がグルグル回っているファイ。
さすがにここまで長文を聴かされると頭がおかしくなってしまいそうだ。当の本人が立派な事を述べているのは間違いないのだが。
黙っている様子から何か心に届くものがあったのだろうと期待したが、あっさり裏切られた。
二人とも狂ったかのように笑い出す。軽い呼吸困難になるまで笑い、急に冷めた表情に戻って一言。
「だから?」
びくっとマリアナの肩が揺れた。
「自分の持つ考えなんて覆せないよ?そんなに力説されても簡単にはねぇ」
「こういう時はやっぱり捻じ伏せあいになるんじゃない。矛盾が生じているわよ、マリアナともあろう正当主義の子が」
すなわち、言葉は受け付けない。受け付けるのはチカラのみと言うことだろう。
力ずくで人の考えを捻じ伏せてはならない。マリアナがそう言った以上、手は出せない。手を出せば正当化する事に変わりない。
「その考えをもっているがばかりにのたれ死ぬがいいわ!」
水が帯状になり、こちらへと向かってくる。
「そう簡単にやられる訳にはいかないんでね!」
カシオが気流でドーム状に周囲を囲む。水はドームに触れた途端、宙へと弾き返されていく。
と、いつの間にやらメリッサの契約主の姿がなかった。攻撃に視線を集中してしまっていたため、気付かなかった。
一体何処へ?
「あれ、契約主が、居ませんね」
「へっ、大口叩いておきながら逃げ出したんだろうよ」
特に何もしていないのにも関わらず威張るファイ。
だが彼の言った事は大間違いだった。
次の瞬間、ファイの立っていた床が持ち上がり、水が噴き出した。水をかぶってしまったファイがひゃあと情けない声を出す。
しかし地面から飛び出してきたのは水だけで終わらなかった。水流に乗って契約主までもがドーム内に潜入してきたのだ。
異変に気付いても時は既に遅し。
「死ねぇ!」
手に隠していたナイフを振り回す。反射的に皆が飛び退いたものの、瑠衣は手の甲を僅かに切られていた。マリアナの長い黒髪も先端が切れ、短くなっていた。
なおもナイフを振り回すため、皆それぞれ散り散りになる。
「そう、それを待ってたのよ」
突如出現した水の柱の中にそれぞれが閉じ込められてしまった。
カシオが風の刃を使って悠と共に抜け出す。マリアナも噴き出し口を土で固めて水を制し、織音と脱出した。
ただし、こちらの瑠衣とファイは――。
「やべえ、俺のチカラじゃ無理だ。勝てねえ」
「ちょっと、何諦めてるのよ!このまま黙って捕まっているつもり!?」
「そうは言われても……」
「ファイ!今助けるから待ってろ!」
カシオ達がこちらへと向かってくる。
が、メリッサが素早く立ちはだかった。
「そう簡単には行かせない」
「くっ……!」
手間取っている合間に契約主が瑠衣達に近づいていた。
――大丈夫。人がこの水の中を潜り抜けられる訳が……
ないわけがない。精霊が水の中の侵入を許さないはずがない。
――もしかして、ピンチ?
「そうそう、その恐怖した顔が気持ちいいよぅ〜。もっともっとゾクゾクを味わわせてよ、ねぇ?」
とうとう水の柱に飲み込まれるようにして入ってきた契約主。瑠衣達には逃げ場が無い。
ファイを仰ぎ見るも、彼も絶望を感じているらしい。青ざめている。
ナイフが真っ直ぐにこちらを指していた。左の胸――心臓を狙っているのだ。
ぎゅっとファイの服の裾を握った。そっと目を閉じる。
私は信じている。彼がどんなピンチからでも護ってくれると。
ぽうっと温かな光が体の内側に発生していく。
「えっ?」
濡れた服や髪がみるみる乾いていく。ほとんど奪われてしまった熱が普段以上に自分の体内に発生していくのを感じた。
そうだ。どんなに苦手な水であろうと威力さえ勝れば弾き返せる。
試しに炎を生み出してみる。ごうっと唸って天井まで達する火柱が発生した。
「なっ!?」
「……いけるぜ」
全力で炎の威力を上げていく。ここまでのチカラは無かったはずなのに、一体このチカラはどこから溢れているのだろう。
水の柱は呆気なく水が蒸発した事により消えうせた。