chapter15 主従関係
作者が主人公の瞳の色を間違えて描写していました。すみません。
その都合により、このchapterで出てくる人物の外見を多少変更しましたので、その程了解をよろしくお願い申し上げます。
「!」
突如発せられたチカラの気配に三人が気付いた。
今のは確かに水の波動だった。メリッサが現れたのだ。
――もしかして……!
「織音!」
「行きましょう!」
女性陣がお手洗いへと入る。全ての個室が空だった。瑠衣の姿は何処にも無かった。
ただの生理的行動だからと油断した。一人で離れる事をさせてはならなかったのだ。その油断がこの結果を招いた。
彼女達からの報告を受け、ファイとカシオは舌打ちをした。
また向こうに新たな切り札を作ってしまった。しかし切り札どころかファイにとっては戦うためのチカラそのものを掻っ攫われたも同然なのだ。下手に動けば瑠衣の身の保障は出来ない。
――護るって言ったのに……護りきれてないじゃねえか
自嘲的な笑みをつい浮かべる。
体制的に圧倒的にこちらが不利となった。でもだからと言ってこのまま逃げ腰で待ち構えてはいられない。そんな性質なのだ。
煮えたぎる思いのままにファイは走り出していた。
「ちょっと!ファイ君!」
「……駄目だ。頭に血が上ると耳がない」
かと言って一人では行かせられない。行けば必ず負ける。そう知っているのだから。
逃げ出した犬でも追いかけるようにぞろぞろと一向はファイの後を追った。
『……な、さい』
真っ暗の世界の中で語りかけてくる声。ハープのように透き通った美しい調の声だ。
遠くから淡い光が近づいてくる。
それが寸前に近づくまで人の姿を形取っていたとは気付かなかった。白銀に輝くドレスを身に纏い、彼女はこちらへと語りかけてくる。
『おかえりなさい……』
帰ってきた感じではない。
それでも我が子を迎える母のように温かな眼差しをおくっている。
淡い水色の編みこまれた長髪に、自分と同じ緑の瞳。雰囲気は瑠衣よりお淑やかだ。でも自分と同じものを感じさせる。
精霊の特徴である長い耳の持ち主でもあった。
ふと彼女が後ろを振り向いた。
『――、――なの?』
そのまま彼女が遠ざかっていく。
『――……、――!』
誰かの名を呼んでいるのだろうが、分からない……。
気付けば見知らぬ部屋に横たわっていた。少し平衡感覚がおかしいようだ。まるで何処か別の世界に行って空間が歪んでしまったかのように。
あれは本当に起こった出来事だったのだろうか。それとも今まで眠りの中で見ていた単なる夢――幻だったのだろうか。
それよりも一体ここは何処なのだろう?薄暗くてよくは分からないが、窓一つない狭い空間だ。
立ち上がるとずっしり片足に重みがかかった。不自然に思い、足を見ると黒い物体が絡み付いていた。鎖だ。
壁もコンクリートではなく煉瓦で作られている。現代ではなかなか珍しい建物と言えるだろう。どのみちここは少し古い年代の建物であると言う予測は着いた。
「ようやく気が付いたのかな?」
重々しく扉が開く。そこに立っていたのは自分よりか幾らか年上の少年だった。耳にピアスをし、目にはカラーコンタクトが入れてあるようだ。茶のメッシュを入れた金髪で、如何にもガラが悪そうな不良少年だった。
服装が嫌いなパンク調だったのでむっと瑠衣は相手を睨んだ。
嫌いなのはそれだけでない。完全に見下しているその態度も気に入らない。
しかし相手はケラケラと笑い出す。
「まあそうやって嫌ってくれるのは別に構わないんだけどサ、自分の置かれている状況分かってる?」
「これでも分かっているつもりだけど?」
「ああ、そうですカ。せっかくある程度の情報を与えてあげようと思ったのにネェ?」
語尾が横文字調にしてくるのも鬱陶しい。
しかしある程度の情報は欲しいものだ。向こうから提供しようとしているのだ。一応有難く頂戴しておくか。
「教えてよ。ここが何処なのか」
「誰がタダで教えると言ったかなぁ?」
ツカツカと歩み寄ってきたかと思えば突然瑠衣の顎を捕らえて仰け反らせた。
本能がこの行動がどういう意味なのか察して警鐘を鳴らす。
咄嗟に身を引いた。その勢いで仰向けに倒れる。
反射的に起き上がり、相手を見るとまた笑みを浮かべていた。
「あ〜あ、気が変わっちゃったな……」
「最初からそれが狙いだったんでしょ!」
「あ、ばれちゃってたぁ?んじゃもういいや〜」
ひらひらと手を振って相手は退却していった。
あんな軽い男にもう少しで唇を奪われる所だった。今更悪寒が走って震える。
――はしゃいでみすみす相手に攫われるなんて、馬鹿だなあ
織音と悠はきっと心配しているだろう。ファイは――。
呆れているだろう。
こんな間抜けな契約主を助けに来てくれるだろうか。彼らは核さえ取られなければ新たな契約者を見つけることも可能だろう。
必ずしも助けに来ずとも問題は無いのだ。
――もしかして、このまま私……
かつてこんなに不安に駆られた時があるだろうか。ずっと助けに来ると根拠もなく信じていたけど、今は易々と信じられない。
これが絶望と言うものなのだろう。
にしても、ここは冷える。一応上着は着てあるものの冷たい風が吹き抜けているように体の体温を奪っていく。
手を擦り合わせ、僅かな温かさを感じながら部屋の隅っこに丸まった。
時計を持っていないので今どんな時間なのか分からない。
時間の感覚がないままに時は流れていく。
もうどれだけここに居るのか分からない。変化のない部屋を見ていると時が止まっているようにしか思えないのは当然だ。
手足の先から徐々に感覚が失われ始めていた。暗くてどんな様子になっているのか確認出来ないが、血色の悪い紫がかった色になっているだろう。
――これじゃあ一日も持たないかも
死にたくない。大切な人が死んでしまったからこそ、自分は生きたい。
「……たいよ」
涙が零れた。
例え必要不可欠だと思われていなくとも。
「生きたいよ……だから助けに来てよ、ファイ――!」
次の瞬間、凄まじい音が響いた。建物もグラリと揺れた。
遠くから罵声のような人の声がする。走ってくる足音も聞こえてくる。
「――!」
幻かと最初は思った。でもその声はどんどんこちらへと近づいてくる。
乱暴に扉が開いた。
紛れもなくそれはファイだった。手に宿していた炎を消し去り、ファイはそのまま瑠衣に駆け寄った。
「瑠衣!無事か!?」
「ファイ……ファイ!」
瑠衣はファイにしがみついた。今は離れたくない。
一瞬の間があって、ファイが瑠衣を包み込むように抱きしめた。
「悪い、怖い思いをさせた」
「私が悪いの。呑気に一人になるから……」
いつもならべたべた引っ付かれるのが嫌いでも、今はそう思わなかった。とにかく側に居てほしい。手の届く場所に居てほしい。その思いの方が強かった。