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chapter13 恐れるべき存在

 何だか身体が重たい。

 慣れないベッドで寝てしまったせいだろうか。

 そっと目を開けてみると自分と大して変わらぬ大きさの物体が乗っかっていた。

 「……今すぐそこから退きやがれ!このセクハラ精霊!」

 膝を反射的に手前へと引き、乗っかっている頭にキックを入れる。

 「うぎゃっ!」

 悲鳴を上げ、ベッドから転がり落ちる不届き者。しかし彼も黙って痛みを堪えるほど行動力が無い訳ではない。

 「いきなり何すんだよ!」

 「人の上で寝ているエッチが悪い!」

 「しゃあないだろ!俺が寝ていた場所が取られたんだからよ!」

 「取られた……?」

 置いてあるベッドの数は丁度4つだったはず。誰一人漏れなく寝れるはずだ。

 自分の横にあるベッドを見ると、そこにはカシオが寝そべっていた。なるほど、これでは場所が足りなくなる。

 ――ってかいつの間にこいつが来ているのよ!

 「〜だからって私の上で寝ないでよね!」

 「別に乗っかろうとした訳じゃなくて、寝て気が付いたらこんな状態だったんだよ!」

 「どれだけ寝相が悪いのよ!」

 「仕方無いだろ!夜中に奴が――」

 「?奴って?」

 しまったと思ってももう遅い。責めて悠の所へ行ってから話そうと思っていたのだが。

 更に不運な事にマリアナも織音も騒々しい二人の言い争いで起こしてしまった。何事かと目で問うている。

 全く何処までも予定を狂わせてくれるものだ。

 「実は夜中に悠の父親がこの部屋にやって来たんだ」

 「えっ!?どうして私達がここに泊めてもらっている事を知ったの?」

 「あの男、偽者だったのさ。それも別の精霊が送り込んだ使いだった」

 「何だって!」

 瑠衣はすぐに察しがついた。彼がここに来た理由はただ一つ。自分達を抹殺しようとしたのだ。

 つまり悠が毛嫌いされていたのは、そうする事で精神的に追い込むためだったに過ぎない。悠には回りくどい方法を取ったものだ。

 「俺は何となく違和感を覚えていたからな」

 カシオもいつの間にか起き上がっていた。

 元々疑り深いカシオの目をすり抜けるのはなかなか難しい。それで直接的には動けなかったと言う所か。

 しかしカシオの目を盗んで仕掛けようとする行動力があるのは、彼女しか居ないだろう。自分が、最も恐れなければならないチカラを持つ水の精霊。

 いつかは対峙する時が来るとは思っていた。だが水の前では彼のチカラは完全に打ち消されてしまう。つまり対抗するチカラは持ち合わせていないと言える。マリアナも影響力が少ない分期待は出来ない。カシオで何とか凌げる程度だ。

 そしてあの性格。カシオはきっちり綿密なシナリオを見積もるが、彼女にはそんな物が一切無い。瞬時の判断で戦いを進めていくのだ。そのため、動きが読みづらい。

 「ファイ……?」

 「ん?ああ、何でもない。それよりさっさと起こしてきたらどうだ?」

 「ああ、そうしたい所なのだが――」


 「これではお前でも出来ないだろう」

 「うっ……」

 悠は未だに眠っている。

 その隣にはでかい犬が寝そべっていた。犬種はゴールデンレトリバーだ。

 あまり怖いと言う感情を抱かないファイでさえたじろぐ。その犬はしっかり目を開けていて、こちらを見ているのだ。

 精霊の姿がどうやら見えているらしい。更に興味を持っているのか鼻がうずうずしている。今にも飛び掛って来そうだ。

 「さすがのファイ君もあの大型犬には叶わないってね」

 余裕綽々で織音が言った。

 しかし隣に居る瑠衣も顔が青ざめていた。

 「犬は犬でも……大きいと怖いよう、織音ぇ」

 ううっと嗚咽を漏らしながら織音の影に隠れた。マリアナはいつの間にやら部屋を離脱したらしい。

 瑠衣は犬そのものは大丈夫なのだ。だが、この大きさでは飛び掛られたらまず絶対倒されるだろう。そう思うと確かに怖いのは当たり前なのかも知れない。

 とうとう我慢ならなくなったのか犬の目がキラキラと光る。

 嫌な予感ほど、当たると言うものだ。

 「わふっ!」

 「えっ、ちょっ、待ってえぇぇぇ!」

 二人まとめて押し倒されたファイとカシオ。

 更に犬は頬をスリスリと寄せてくる。それだけではない。唾液たっぷりの舌でベロベロと顔をやたら舐めまくる、

 「ほうら、こっちおいで〜!」

 「……わん!」

 織音が何とか犬を誘き出した時には二人の顔は犬の唾液だらけになっていた。

 思わずぷっと吹いてしまった瑠衣は瞬時に睨まれるハメとなった。

 「お前も味わえ〜!」

 「いや〜そんな顔のままこっちへ近寄らないで〜!」

 追いかけっこが始まり、ドタバタと騒音が立つ。

 う〜んと小さく唸り声がして、次の瞬間布団が一気に捲られた。ベッドにもたれていたカシオの頭に見事布団がかかる。

 「全く……騒々しいよ?」

 「あ……ごめんなさい」

 「まあこんなに賑やかなのもいいかも知れないけど。おいで、リリー」

 名を呼ばれた愛犬、リリーは主人の下へと即座に駆け寄った。悠は微笑んでリリーの頭を撫でてやる。

 リリーの喜び具合から彼がどれだけ愛情を注いで育てているのかが窺えた。その時、瑠衣の胸がキュンと少し締め付けられた。

 彼を真っ直ぐに見つめる瑠衣の姿を見てファイは無意識に目を逸らす。そしてベッドの方に目をやって、ああっと声を上げた。

 「おい、カシオ!」

 カシオは顔を布団で完全に覆われていた。

 慌てて悠とファイがカシオを引きずり出す。

 「ああ、大丈夫かい!?返事をしてくれ!カシオ!」

 酸欠状態でへろへろになっているカシオを見て織音と瑠衣はあははと顔を見合わせて笑うのだった。



 大道寺の館で朝食が始まる頃。

 人気ひとけの少ないとある狭い路地裏で男と女が話していた。

 「あたし、貴方と付き合う気はないのだけれど」

 「そこを何とか!君のような子に出会えたのはこれが初めてなんだ」

 必死で口説こうとする男。

 表情一つ変えなかった彼女がようやく笑みを浮かべる。それがOKサインだと取った男は想いのままに抱きしめる。

 彼の頭にはこれからの薔薇色の人生が描かれていた。

 だが、急にその思考は停止する。びくっと身体を硬直させる。

 「あたしの目当てはね、貴方のソウルだけなのよ」

 男の胸に入れ込ませた手を引き抜く。すぶっと鈍い音と共に青白い光を放つ塊が飛び出す。

 もう既に男には意識が無かった。そのまま力無く倒れこむ。呼吸も鼓動も停止していた。当然だ。神から授かりし人間の核を奪われてしまったのだから。

 手にしたソウルを女は口へと入れる。彼女の身体が淡い青色に光り輝き出す。長い耳がウェービーの金髪から露になる。

 水の精霊は妖しく笑みを浮かべて立ち去る。抜け殻となった男の身体が放置されたまま。


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