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chapter9 単純な戦法

 「ね、ねえ……」

 気分が悪いと言わんばかりに瑠衣は低い声で言う。

 「どうしてこんなにくっ付くの?」

 「ん?」

 瑠衣の肩に頬杖をついて覗き込むファイにそんな質問をぶつける。

 傍から見ればこいつは好意を抱いているとしか思えないだろう。彼らにはあまりにも人の目を気にしなさすぎなのだ。

 もしこれで二人は付き合っているのだとか、お似合いカップルとか言われてからかわれたら立ち直れない。

 そんな諸問題を全く理解せずにファイは答える。

 「お前は俺のだ。側に居るのは当然の事だっての」

 近くにいた女子がきゃっと短い悲鳴を上げた。これは完全に誤解される。

 さっと瑠衣はファイの頭を後ろへと押し退けた。弾みでファイは自分の座席へと着席する。

 くるっと後ろに身体を捻るなり瑠衣は怒った。

 「どうして普通の態度が取れないの!」

 「普通の態度ってどんなだ?」

 「普通男の子ってこの時期はよほど特別に想う人としかここまで親密にしないの!」

 「俺ら親密なのか?」

 「皆から見ればそう見えるんだって!だから少しはわきまえて!」

 彼らのやり取りを聞いて腹を押さえ必死で笑いを堪える織音。

 彼女にも瑠衣の怒りが飛んだ。

 「そこ!笑わない!」

 「だって、必死でファ……藍君を離そうとしているのが可笑しくってさ」

 離れろと言っても離れられない状況にある以上、無理な願いであると彼女は言いたいのだ。

 空中に浮いているマリアナもくすくすと笑っていた。しかしファイに睨みつけられ肩を縮こめる。

 納得いかないと細い目でファイを見つめ、正面へと向き直る。

 が、周囲が興味津々とこちらを見ていた。

 「もう、どうしてこうなるのよ〜!」

 こんな日々をもう五日も過ごしている。


 昼休み。彼らは学校舎の裏庭に集う。

 弁当を皆で囲みながら話をするのだ。

 「あれから襲撃ないね」

 「とは言えど、油断は禁物、です。少し警戒を、緩めた、頃合を見計らって、来るのが彼の、考えです、から」

 「いつでもかかってこい、と言える位の警戒は必要って事ね」

 「まあそういう事になるな」

 瑠衣手作りの弁当を美味しそうに頬張るファイ。

 その様子を見て織音は思う。きっと将来いいお嫁さんになるだろうと。

 「あの精霊って風なんだよね?」

 「ああ、風の精霊だ。あいつの思考はずば抜けていてかなりの戦術に長けている。だから注意が必要だ。まあそれ以外の精霊も注意すべき部分はいくつかあるが」

 「有効な技とかないの?」

 痛い所を突いたのかむうっとファイが珍しく唸った。

 「土の力も炎の力も風に対しての影響力は少ないからな。逆に影響を受ける側に炎は入るし、状況的には不利だ」

 「それじゃあマリアナの時みたいに反撃に出る事も出来ないじゃない!」

 「反撃、か……。こちらから仕掛けるのもいいとは思うが、それなりの戦術が必要になってくる。俺で案が浮かばないって事は、お前にも有効な提案はないだろうけど」

 「見下しているのはむかつくけど、図星だから怒れない……」

 今にも頭から焦げた黒煙が出てきそうな二人だった。

 そんな二人に光明が差し込むように織音が口を開いた。

 「要は風の攻撃を受けなければいいって事よね?」

 「まあ確かに。でも奴は攻撃だけじゃなく防御にも長けているからな……」

 「あの精霊、何でも頭ごなしに組み立てて考えるタイプでしょ」

 織音の読みは当たっていたらしい。マリアナがはっとして顔を上げた。

 どうやら上手くいきそう戦術を考え出したらしい。織音が勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

 誰も聞いてはいないが、念の為にと耳打ちして内容を伝える。その奇想天外な内容に三人はえっと声を揃えた。

 「そんな単純でいいのか?」

 「大丈夫大丈夫、保障する。もし駄目ならいくらでもチャンスは作れるはずだから」

 彼女の目は確信に満ちていた。



 「……声が聞こえる」

 空中で風は色々な声を集め取っていた。

 ターゲット達の会話も聞こえる。どうやら作戦を練っているらしい。

 ――何を考えようと無駄でしょうに……

 人間は無力だ。手にかければ簡単に命を奪う事など出来る。その分際で精霊に立ち向かう術を探そうとは傲慢にも程がある。

 今まで風に乗せられ聞き取れていた声が急にしぼんだ。声そのものは辛うじて聞こえるものの、何を言っているのかさっぱり分からない。

 『大丈夫大丈夫――』

 自信に満ちた声音。

 風を司る精霊、カシオは眉を顰めた。鋭い眼差しが眼下にある建物群のぽっかり空いたスペースに向けられる。学校の裏庭だ。

 何処にいようとこちらは把握しきっている。既に彼らは掌に踊っているに過ぎない。

 それなのに果てのない闇――即ち不安は胸に蔓延っていく。

 「カシオ、降りておいで」

 聞き慣れた声。そのおかげでいつもの沈着冷静さが舞い戻ってくる。

 ちょうど自分の真下で見上げている契約主の姿を見た。

 ――あの方の望みこそ叶えるべき願い。そのためならこの身が打ちひしがれようとも構わない

 「今降ります」

 瞬時に舞い降り、そのまま跪いた。

 「また、見ていたのかい?」

 「はい。奴等、今度は戯れて何か謀をしているようです。牽制して参ります」

 出会った頃から驚く事を知らない契約主の目は少し潤んでいるかのように思えた。それが何故なのかカシオには分からない。否、気付かぬフリをしているのだ。

 踵を返す。契約主は何も言わない。

 本当はこうして契約主の本心から逃げているだけなのかも知れない。

 だが、これは自分の戦いなのだ。それに協力させているのは他でもなく自分だ。その恩恵として望みを叶えて差し上げたいだけ。

 と、突然地面が揺れ動いた。マリアナの仕業だろう。

 土に触れなければ何も影響はない。そう思い、地を蹴る。

 先程まで戯れていたはずなのにこれほどの行動力とは少し侮りすぎたようだ。

 コンクリートが盛り上がったかのように思えた。しかし少し隆起しただけで引っ込む。

 「……?」

 異変に気が付いたが時は既に遅かった。

 防御をしていないただ宙に浮いただけのカシオの背後にはファイの姿が。

 拳に炎を纏わせ、そのままこちらへと振り上げる。

 防御する暇もなくカシオは殴られた。意識が数瞬吹っ飛んだ。彼の拳は一番威力がある事を今更ながら思い出す。

 落下していく中で何とか意識を取り戻したカシオが素早く風の壁を纏おうとした。

 だが、次の瞬間には土のドームの中へと突入していた。狭い空間にある空気は僅かだ。こうして風そのものを奪う作戦だったのかとようやく理解した。

 身動き一つ取れなくなるほど絞り上げられる。外から見れば彼を象った土のモニュメントが完成していた。

 「いっちょあがり!」


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