「17話-燈籠-(終編)<弐>」
河川敷で語る2人。
からすさんの口からは何が語られるのか……?
※約2,800字です。
2018年5月4日 16時30分頃(療養期間終了まで 後6日)
河川敷
如月龍也
『覚えてる~? 龍也にはちょっと縁起悪いかもだけど、見晴らしのいい河川敷』
そんな連絡を貰ったのが、今から1時間半くらい前の事だ。
からすは颯雅の母親――神崎佳奈美さんが、どうしてここで亡くなったのを知っているのだろう。
俺の思考を読める訳ではないから、これは情報を辿ったと考えるのが自然なのだろうな。
ではいつから?
颯雅と出会った時に、身辺調査でもしたのだろうか。
それなら藍竜の父親に依頼した記録から見つけられる気もする。
まぁ本人に問いただしたところで、こう返ってくるのが関の山だろうな。
"天才情報屋だからねぇ"と。
俺がそうして思考を巡らせていると、いつの間にか目的の河川敷に着いていた。
今日は命日でも何でもないが花束も購入済みだ。
とはいえ佳奈美さんとは、颯雅と初めて会った時に挨拶したのが出会いで、それからは会えば颯雅の事や世間話をするぐらいだったがな。
「……」
俺は土手から河辺に目を遣り、からすの姿を探す。
あのもじゃもじゃ頭は相当特徴的だから、すぐ見つかるだろう。
5月とはいえ、遮るものの無い西日は体に堪える。
しばらく目を皿のようにして探すと、雑草や野花が生い茂る河辺に体育座りをし、西日を背後に受けるからすの姿が目に入った。
どうやら先に来ていたようだ。
そのまま花束が崩れないよう胸に抱いて、からすの側まで歩を進める。
「あ~、ありがとう」
草を掻き分ける音で気付いたのか、からすが首だけ振り返って微笑む。
「あぁ」
俺が隣に腰かけて返事をすると、からすは遠くにある橋を見遣る。
「ここだよね」
からすは再び俺の方を向くと、神妙な面持ちで言う。
「ここだな」
それに対し、俺はふぅと息を吐いて言った。
それから、"佳奈美さんが、藍竜の父親に殺されたのは"と、心の中で続ける。
どうして殺し屋は、悲しみの連鎖を生むのか。
いつも強盗や事故死や自殺等に見せかけて消し、遺族の感情の行先を壊してる。
隣で複雑な表情をするからすだって、今まで何人葬ってきたのだろうか。
直ではないとはいえ、何人に恨まれているのだろうか。
一体、何人に殺したいと思われているのだろうか。
いや、今は考えるのを止めよう。
折角からすが立ち直って、こうして呼び出してくれたんだ。
ふとからすの右隣に目を遣ると、俺と似たような――むしろ同じ花束が供えてあるではないか。
詳しくない為残念ながら花の種類は分からないが、黄色やオレンジを基調とした花束だ。
初めて会った時の佳奈美さんのイメージにピッタリの、太陽のような花束。
すると俺の視線に気付いたのか、
「これ? 店員さんにイメージ伝えたら出来てた」
と、からすが微笑を浮かべる。
「そうか。俺も隣に供えさせてもらおうかな」
俺が隣にそっと花束を置いて言うと、からすは小さく頷く。
2つ並んだ花束はやはり同じもの。
もしかして――
・・・
数十分前……
途中にあった花屋に立ち寄った時の事だ。
「あれ? 先程も同じイメージを聞きましたが、もしかしてお知合いですか?」
女性店員に訊かれ、俺も店員と同じように首を傾げてしまった。
「…………?」
それからしばらく考えても、俺からは何も言えなかった。
いや、何かに蓋をしているような感覚があったのだ。
・・・
――あれは、からすだったのか。
さて、そろそろ話を進めないとな。
呼び出したとはいえ、からすだって暇ではないだろう。
「ここに呼んでくれたということは」
俺がからすの隣に腰かけて言うと、からすは膝の間に顔を埋め、
「まぁ……病めるのは人間だけじゃなかったって事で」
と、へらへら笑う。
そこまで言われると、思い当たるのは1人しか居ない。
からすからの宿題を提出したばかりのあの人だろう。
「……竜斗か?」
と、俺が少し間をあけて言う。
からすはそれに対し、
「うん。菅野に言ったんだよ。病めるのは人間だけだって」
と、消えそうな声で呟く。
「……」
俺が先を促す為にも黙って聞いていると、からすは目を伏せ、
「でも実際は動物とハーフの俺でも精神を病んだとさ」
と、自嘲気味に言った。
更に沈黙を貫く俺に、からすは面倒そうな顔をし、
「だから、人間がちょっとでも入ってたら病むように出来てるんだなぁ。面倒くさいなぁって思ったんだよねぇ」
と、俺にとってというよりも純・人間にとっては理解しがたい事を平然と言う。
そしてしばらく俺の顔をじっと見ると、眉を下げ、
「迷惑かけてごめんね」
と、自分を抱き寄せて言った。
まぁ俺としては迷惑かけてくれる方が良いから、ありがたいんだけどな。
黙ったままどこかに消えてしまうよりも、ずっと。
「迷惑はかけるもんだろ?」
俺が軽く笑ってみせると、唇の裏に一瞬突っかかった八重歯が顔を出す。
俺の笑顔を見たからすは刹那ハッとした顔をし、すぐに微笑みの下に隠した。
それからゆっくり立ち上がると、そよ風に揺れる河面を見つめる。
その様は、故人を懐かしむ訳でも寂しさを感じてる訳でも無かった。
だが何かあと1つピースが足りていないような、西日で影になっている部分が完全ではない何かを隠してるようにも見えた。
「優太も奥さんももう居ないけど、2人がきっと導いてくれたのかなぁ」
からすは背中で手を組むと、ぐっと伸びをする。
「……」
俺は漂う心の中の情報から感じ取っていた。
その先にあった、"龍也と親友として生きる道を"という言葉を。
何でだ? なぜ言わないんだ?
俺の記憶が完全ではないから? からすにとって大事な何かが、今の俺には欠けているから?
「まぁ優太はずっと俺の中で生きてるし、思い出だって引っ張り出せるし、いいやぁ」
からすは俺の疑問なんてつゆ知らずで、何かを諦めたような笑顔を見せる。
「……?」
どうして諦めるんだ? 俺のせいならそう言ってくれ。
そう問い詰めたい自分と、今ここで訊いてもからすを傷付けるかもしれないと思う自分が拮抗する。
こんな状況なら尚更今ではない、そうだろう?
「まだ6日あるんでしょ?」
からすと肩に乗る烏達が一緒に首を傾げる。
一瞬、何の事か分からなくなったが、
「あ、あぁ」
と、返事をした時には、治療期間の事だと合点がいった。
それからしばらく、からすはしばらく空を見上げて思案を巡らせ、
「じゃあねぇ……6日後の朝でいいや」
と、適当に言い放つ。
「あぁ。その前に最後の治療を終わらせてもらうようにする」
俺が頭の中でスケジュールを整理しながら言うと、からすは小さく頷いた。
はっきり言ってからすの適当さには、昔程ではないだろうが順応してるつもりだ。
「また、お花持って集合ね」
そうお茶目に笑いながら言うからすは、幼少期の記憶と重なって幼く見えた。
「分かった」
俺が真剣な表情で言うと、からすは花束を指差した。
なるほど。
手を合わせていこう、とな。
そうして2人で立膝をついて手を合わせたが、6日後にまた献花されても迷惑だろうか。
そんな心配を跳ね飛ばすように、佳奈美さんがどこかで微笑んでくれているような気がした。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
西日の影に隠れたモノは何でしょう……?
さて、次回投稿日は7月17日(土) or 7月18日(日)です。
それでは良い1週間を!
作者 趙雲




