「17話-燈籠-(終編)<壱>」
親友のピンチに、龍也さんはどうするのか。
※約6,700字です。
2018年5月4日 14時頃(療養期間終了まで 後6日)
自宅 自室
如月龍也
『何か手伝えることがあれば手伝うぞ』
からす宛のCAINのメッセージ。
いつもなら1秒も経たない内に既読がつき、気分次第ではすぐ返信をくれる。
それなのに既読すら付かない。
胸騒ぎがする。
記憶が完全に戻ってないにしても、からすは親友だ。
だからこんなにも落ち着かないのだろう?
そうだ、今まで一度も無かったのだから、それがからすからのサインかもしれない。
助けなければ!!
逸る気持ちを抑え、電話のアプリのアイコンをタップする。
CAINのアプリすら開けない状態なら、通常の電話の方が繋がるかもしれない。
――1コール、2コール、3コール。
心中の焦りを体現するか如く鳴り続ける呼び出し音。
その無機質さに苛立ちすら覚え始めた頃に機械音声が流れ、繋がらなかった旨を伝えられる。
「おかしい、よな?」
いつの間にか部屋中を歩き回っていたらしく、僅かに積もった埃が周囲に散っていた。
何かに巻き込まれ、誰かに拘束されているなら犯人が意気揚々と出る確率が高い。
だが誰も代わりに出ないなら、最悪は事故でまだ発見されてないということになるのか!?
それなら、黒河組の総長である黒河月道が何かしら掴んでいる筈だ。
そうだろう!? からすは上司だと言っていたんだ。
そう言い聞かせながら黒河の連絡先を探したが一向に見つからず、思わずスマフォを床に叩きつけそうになった。
「ん? 黒河は颯雅や湊と同じバンド――Resolute Geraniumだよな?」
と、振り上げたスマフォを見上げながらふと呟くと、頭の中が驚く程スッキリした。
俺はゆっくり手を下し、颯雅に黒河の連絡先を教えるよう連絡を取った。
たしか湊は別の仕事で手が離せない状況だったから、頼れるのは颯雅しか居ない。
そうして半分祈るような気持ちで颯雅からの返事を待っていると、偶然スマフォを見ていたらしくすぐに連絡先を教えてくれた。
「ありがとな」
感謝の言葉が届く訳ではないが、ついそう呟いてしまった。
それ程からすの危機に焦燥感を覚えたのだろう。
黒河に電話を掛ける時も、何度も番号を見直してしまったのだからな。
――1コール、2コール。
また嫌な音が続くのか、と肩を落としそうになったが、2コール目が鳴ると同時に機械音が消え、
『はぁ……知ってるけど』
溜息混じりの黒河の声が聞こえてくると、俺は思わず声をあげてしまった。
『まだ何も言ってないけどな』
俺が苦し紛れに返すと、黒河は小さく舌打ちした。
『あんたの事だから、どうせ藤堂さんでしょ』
黒河の苛立った声色は、俺の耳を駆け抜ける。
やはり何か掴んでいるのか。
また焦りそうになるが、ぐっと堪える。
『どうなんだ?』
神経を逆撫でしないよう気を付けて言葉を選ぶと、黒河はふぅと息を吐き、
『あんな藤堂さん、相手してらんないんだけど』
と、参った様子で言ってきた為、今度は先程とは違う嫌な予感が体中を駆け巡る。
『暴れてる、のか?』
声が震えてないか不安になりつつも言葉にしてみると、黒河は小さく唸り、
『違う。何にも話してくれなくなった』
と、少し思い詰めた声色で言う。
『…………』
今まで颯雅が思い出させようとしてくれた記憶と、実際に会ったからすの記憶を頭の中で並べる。
からすは基本へらへら笑い、ひらりと躱しながら適当な事を言う。
仕事に対して真摯に取り組むものの天才が故にそれが早く終わるだけであって、適当に仕事をしてる訳ではない。
あとは何だろう。
からすと話していて、向こうが黙りこくってしまう事が無い気がするな。
俺は逆に考え込んで黙ってしまう時もあるが、からすは特に咎めないし話すまで待ってくれる事もある。
『いや、あんたまで黙らないでくれる? 電波悪いなら移動すれば?』
そうして物思いに耽っていると、黒河から呆れかえった声が返ってきた。
『何も話さない、からす』
俺が確かめるように呟くと、黒河は面倒そうに溜息を吐く。
『そう。話しかけても無視される。反射機能からして聞こえてはいるし、食欲はあるみたい』
黒河は淡々と言うと、スマフォを乱雑にどこかに置いた。
音からしておそらく机だとは思うけどな。
なるほど、黒河は相当気が短いようだ。
電話も手短に済ませたいのだろう。
『黒河組に居るんだな?』
直接会って話した方がスムーズだと思い、そう切り出すと、黒河はスマフォを拾い上げる。
『居る。入口まで来たら連絡して』
黒河が俺の返事を聞く前に切ってしまうと、残された俺の耳には機械音のみが響いた。
組織のトップがここまで人に対して横暴な態度を取るのもどうか。
だが黒河がこういう人物だと知れ渡っているからこそ出来るのだろう。
俺が小さく息を吐き、CAINを開くと颯雅からトークが来ていた。
『黒河に連絡を取ったって事は、黒河組に行く用事か? 念の為住所送っとくからな!』
颯雅の優しさに俺はスマフォを両手で挟み、礼の言葉を呟いてしまった。
よし、黒河組へ急ごう!!
2018年5月4日 15時頃(療養期間終了まで 後6日)
黒河組前
如月龍也
颯雅が送ってきてくれた住所を頼りに向かうと、そこには大規模な研究施設のような建物が聳えていた。
門は俺の身長の2倍程はあり、格子からは甘い匂いが漂っているが、詳しい者ならそれが毒であると分かる。
その先に見える建物はコンクリート打ちっぱなしの壁で、どことなく最上階に居るだろう総長の威圧を感じる。
さて、門の前まで来たのは良いが勿論施錠されている為、黒河に電話を掛ける。
先程とは違い、1コールが鳴った瞬間に機械音が切れた。
『待ってれば?』
だが、その冷淡な一言と共にブツッと切れてしまった。
おそらく建物のどこかから見ているのだろうが、それにしても切り方が雑というか何というかな。
まぁここで上手くやらなければ、からすに会わせてもらえなくなるかもしれない。
それは親友として困るんだ。
ふぅと息を吐いて拳を作ると、黒河が来るまでの僅かな間だがからすの事を考える。
からすに関する記憶は完全ではないが、記憶喪失になってからの態度と今までの態度はほぼ変わらない。
むしろ、俺に対しての適当さが減ったように感じる。
それは俺がまだ完全なる俺では無いからだろうか?
彼なりの気遣い、なのだろうか。
それとも、もう大事な人を失いたくないから俺に対して丁寧になっているのか?
そうだとしたら、もしそうなら、悲しいというよりも寂しさを感じる。
俺は、いつも通りのからすが見たいんだけどな。
「早く来れば?」
黒河の呆れかえった声に顔を上げると、隔てていた筈の門が開かれていた。
そこまで夢中に考えていたのか。
親友が迷惑を掛けている時に、わざわざ迎えに来てくれたのだから礼を言わないとな。
「こんな時にありがとう」
俺が歩み寄りながら言うと、黒河は踵を返し足早に歩き去る。
その際に背負っている護身用と思われるライフルが顔を出す。
尻程まである艶々の黒髪のポニーテールを結っているのは、牡鹿のアクセサリーの付いた髪ゴムだ。
おそらく長年使っているのか、ところどころ金箔が剥がれている。
それから黒河の心から漂う情報を拾ってみれば、不快や苛立ちという感情が見当たらない。
どうやら気分を害した訳ではないようだ。
それにしても俺よりも大分身長が低い筈だが、威圧や漂う権威のオーラのせいか小さく見えない。
いや、膝下ぐらいまである漆黒のブーツに仕掛けがありそうな気もする。
何せ颯雅に身長を聞いた時は、168cmだと言っていたからな。
とはいえ、きっと中性的な見た目と低身長で女性に間違われ、嫌な思いをしてるのかもしれない。
ここは触れない方が身の為だろう。
「ここだけど」
黒河が急に足を止めた為、危うく衝突しそうになりぐっと足の指に力を込める。
しかもいつの間にか俯いていたらしく、再び顔を上げてしまった。
そこで目に入って来たのは、無機質な白い壁に他の色が入る隙間の無い程の黒い扉。
「あぁ。開いてるのか?」
俺が黒河を見下して呟くと、黒河は何の躊躇も無く扉を開け放つ。
その先に広がるのは、僅かばかりの光を感じられる程度の世界。
藍色だと思われるカーテンが遮光性のせいか、ベッドの上で体育座りをするからすがぼんやりとしか見えない。
「はぁ……」
黒河が扉を閉めた後、面倒そうにスイッチを押すと数回明滅し、人工的な光が部屋を照らす。
からすは眩しそうに顔を伏せ、光が照明だと分かると小さく息を吐く。
「黒河?」
それから黒河の名を呼ぶ声は、どこか弱っているようにも感じた。
「は?」
だが黒河は容赦なく冷たい言霊を降らせる。
「誰も入れないでよ」
からすは顔を伏せたまま、普段は決して見せない弱い姿を俺達の前に晒す。
記憶を失う前の俺はこんなからすを見てたのだろうか。
今にも泣きだしそうで、今にも消えそうな彼を。
「何も言わないんだから、親友を呼ぶのが効率的だと思っただけだけど何?」
黒河は鬱陶しそうな顔をし、からすを理解出来ないモノとして見下す。
「はぁ……」
からすはそんな黒河に対し、感嘆の溜息を吐き、
「清々しいくらいに効率的だよ、ほんっと。黒河っていっつもそうだよね~」
と、膝から少し顔を出し、黒河を見る目は憧憬すら感じた。
「あっそ。じゃあ行くから」
黒河は俺に一歩前に出るようにベッドサイドを指差すと、さっさと部屋を後にしようとした。
「待ってよ」
それを止めたのは、完全に顔を上げたからすだ。
何回か泣いたのか、頬には乾いた涙の跡が見える。
「必要無いでしょ」
黒河はそれに気付いているのか分からないが、吹雪を思わせる冷たさで言い退ける。
「じゃあ、自分の首斬り落としちゃうよ?」
からすが吹雪に負けまいと首を斬るジェスチャーを見せると、黒河は舌打ちし、
「勝手にすれば? 組としては困るんだろうけど」
と、俺なら考えもしないような一言を平然と言う。
本当に首を斬ったらどうしてくれるのか。
そう掴みかかりたくもなったが、黒河なりの作戦でもあるのだろう。
「ふふっ……やっぱ、黒河は人間離れしてるな~」
だが俺の予想に反し、からすは黒河の返答に微笑した。
「気持ち悪いんだけど」
黒河は心底嫌そうな顔をしたものの、部屋を去ろうとはしない。
「で~? 龍也はどうしたの~?」
からすは少し間延びした声で、俺に向かって微笑む。
ようやく声色や口調に、いつもの適当さが滲み出てきたな。
ということは、人間と烏のハーフには人間離れした思考の人が必要なのだろうか。
そう考えると、黒河が総長というのも意外に適任なのかもしれないな。
「あぁ。食事は摂ってるみたいだな」
俺が顔色を窺いながら言うと、からすは視線を窓側に移し、
「餓死は嫌だからね~」
と、へらへら笑う。
それに釣られ俺も微笑んでいたが、一方黒河はというとベッドの縁に座り目を閉じている。
邪魔しないようにしてくれているのだろう。
「……」
俺はどう話し始めようか悩んでしまった。
というのも、からすの心の情報を辿ったところ、早朝に奥さんが亡くなったらしい。
遺体が既に無いのは黒河が処理してくれたからだそうだが、大切な人を護れない自分にも置いて逝ってしまう人間にも疲れ果ててしまった、と。
誰もが認める天才情報屋で、自分の身も家族も自分で護れるのに。
血の繋がりが無い大切な人は、皆目の前から居なくなる、と。
なるほど。
だが、からすは1人だけ大切な人を忘れてるな。
「からす、だけじゃない」
俺は踏ん切りをつけ、言葉をじっと待ってくれたからすに声を掛ける。
「分かってるよ~? 龍也も俺と似たようなもんだって」
からすは複雑な表情で俺を見上げる。
「……」
俺がすぐに思い出せるのは、颯雅の母親が殺し屋である藍竜の父親に殺された事。
あれは一体、誰が依頼した仕事だったんだろうな。
藍竜や龍、竜斗達と関わってきた事で私闘や依頼の無い殺害はご法度である事を知った俺には、これが永遠の謎になるのだろうか。
いや、今はからすを助けなければ。
絶対に後悔する。
「心の底で龍也が来るんじゃないかって思ってた。でも、もう疲れたんだよ」
からすは胡坐を掻き、壁に寄りかかって息を漏らす。
「人間に対して感情的になったり、人間に感情的になられたりするの」
そう続けて言うからすは、どこか遠くを見て言う。
俺の不完全な記憶では一部しか補填出来ないが、元相棒の優太と奥さんの事だろう。
特に元相棒は幼少期からずっと一緒だったんだろうから、からすも元相棒も何度も感情的になっただろう。
「もうさぁ……どうして人間より――」
と、言いかけたからすに、先程までは沈黙を貫いていた黒河がライフルを向けようとしたのだ。
俺はすかさず黒河の右肘を掴み、銃口をからすとは反対側に向けた。
これで暴発したとしても、壁以外に被害は出ないだろう。
それにしても、なぜからすに銃口を向けるんだ!?
人間離れした思考とはいえ、からすが居なくなるのは組として困るんじゃなかったのか!?
「うっざ」
黒河は華奢な腕からは想像もつかない力で俺の手を払い、
「邪魔しないでくれる?」
と、爛々とした目で睨み上げたのだ。
その行動、言動に疑問を感じた俺は、再び心の情報を手繰り寄せる。
黒河は大声で先の言葉を掻き消すより、ライフルの銃口を口に突っ込んだ方が早いと思ってる、だと!?
ということは、このまま俺が止められなかったら――恐ろしい。
だが今ここで言い返して、黒河との人間関係を拗らせるのは得策じゃない。
それに苛立った黒河と言い争ったところで、からすを傷つける結果になるかもしれない。
それだけは、何としても親友として防ぎたい。
それにはやはり、少し時間を置くべきだろう。
その間も黒河の瞳には殺意が宿っていたが、数十秒もすると段々薄くなってきた。
それからからすの不安そうな表情も少しずつ和らいできた為、俺はからすに目を遣り、
「親友として一言言わせてくれ」
と、凛とした声で言うと、黒河は再びベッドの縁で目を閉じ、空気と同化してくれた。
「んえ?」
からすが首を傾げると、枕の側に身を寄せていた烏達も同じ動きをする。
もうここを逃したら、からすは葛藤の森の中を彷徨う事になると思い、
「俺はずっと現世に居る」
と、自分の胸を2回叩きながら言った。
からすはベッドからゆっくり足を下ろすと、俺の目の前で歩を止める。
肩にはいつも通り烏が乗り、からすの表情や動きの変化に合わせ綺麗に動く。
「からすが全うするその日まで、俺はからすの親友だ」
俺がからすの目を真っ直ぐに見て言うと、からすは一切感情を出さずにゆっくり頷く。
俺はからすの力強い雰囲気を感じ取り、前を向いてくれたのだと察したせいか、
「ふぅ。よかった」
と、思わず声が漏れてしまったが、からすは嬉しそうに下を向き、
「ありがと~。じゃあ、ちょっとだけ考えたいから部屋出て~ばいば~い」
と、照れ笑いしながら俺の背中をグイグイ押し、黒河の事も軽く押した。
その勢いで部屋を出されると、バタンと勢いよく扉が閉まった。
なんだ、いつものからすじゃないか。
いや、よかった。いつものからすが居るじゃないか。
「黒河」
俺はさっさと行ってしまおうとする黒河を呼び止め、
「ありがとう」
と、時間を取ってくれた事と話しやすくしてくれた事に対し礼を言う。
「別に」
黒河は一瞬振り向いたが、すぐにポニーテールを振ってその場を後にした。
「ありがとう」
俺はもう聞こえないと分かっているが、からすにも黒河にも改めて礼を述べた。
説得に応じて歩きだしてくれて、そしてからすに会わせてくれて。
本当にありがとう。
さて、帰ろうか。
と、一歩踏み出したところでCAINの軽快な通知音が鳴る。
『覚えてる~? 龍也にはちょっと縁起悪いかもだけど、見晴らしのいい河川敷』
そのからすからの言葉に、俺は思わず頬が緩んでしまった。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
次回投稿日は、7月3日(土) or 7月4日(日)です。
それでは良い1週間を!
作者 趙雲




