「17話-燈籠-(前編)」
龍也さんは無事スタジオに戻れるのか?
※約8,000字です。
※前編をまとめました。
2018年4月10日 17時30分前
某スタジオ
如月龍也
からすと別れた後、エレベーターのボタンを押し一歩下がった。
すぐに来るだろうから、あまり目の前で待っててもな。
とは思ったものの、扉上部のディスプレイは2階と表示されたままだ。
あくまでも今ある俺の記憶ベースだが、上下してるのであれば動いてる事が分かる表示がある筈だ。
「……」
そこまで短気ではないが、故障していたら大変だ。
ここは2階まで行って確かめてくるとしよう。
ちょうど側に非常階段もあるようだし、扉も施錠されてない。
念の為自分が通った後は施錠し、2階へと向かった。
「ここも開くのか」
2階の非常扉も難なく開き、不用心過ぎると思い口走ってしまったが、聞かれる心配は無いようだ。
というのも――
「いやぁ、鈴木さんの商品は素晴らしいですね! ぜひ今後とも使わせていただきます!」
後ろ姿だから表情は分からないが、開いたままのエレベーターの前で小躍りして言う男性の姿が見えた。
「いえいえ! こちらこそ、今後ともお付き合い出来れば幸いです! それでは――」
と、営業マン風の男性――鈴木さんが扉を閉めようとボタンに手を伸ばすと、またエレベーターの前の男性が声を掛けてたのだ。
これではしばらくどころか、数時間は動かないのではないか。
少々鈴木さんが気の毒ではあるが、会社同士の付き合いの事はよく分からない。
変に割って入る話でもないだろう。
俺は2人に気付かれないようそっと扉を閉めると、3階まで極力ゆっくり上った。
足音で気付かれはしないだろうが、その間にエレベーターが動けばという淡い期待も込めてる。
――ヴーン……
「おぉ」
俺が3階の非常扉を開けた瞬間に機械音がした為、ディスプレイを確認すると1階と表示されてる。
これは好機だ。
途端に足取りが軽くなり、勢い余ってエレベーターのボタンを強めに押した。
数分後に乗り込み4階に着くと、廊下には誰1人居なかったが非常扉の右横の壁が若干凹んでいた。
そのうえ扉は修繕中の貼り紙がされていた為、あのまま非常階段を上っていたらと思うと寒気がする。
「どの階も非常扉が開いてて助かった」
俺が呟きながらスタジオに戻ると、黒河と暁さんが音合わせをしている。
それに対し颯雅、藍竜と湊は譜面を手に何か話し合ってる様子だった。
だが湊が真っ先に気付き、暁さん達に向かって大きく手を振ってくれた。
「おお、龍也のおかげで湊が落ち着いた。さっきは申し訳なかった」
藍竜は申し訳無さそうに頭を垂れて言う。
よかった。
あの後謝れたなら俺は別に良いのだが。
「ああ」
湊は藍竜と目を合わせず言葉を捨て置いた。
固く握られた拳は赤く腫れ上がっている。
「どうでもいいんだけど。冷泉湊は青龍暁に謝って」
黒河はギターを避けて腕を組み、10cm以上は高い湊を睨みあげた。
すると黒河の右横から顔を覗かせた暁さんが、
「いいよ。黒河がさっき――」
と、言いかけたが黒河は「うるさい」と、言い放った。
「湊の代わりにビックリさせた事謝ってたんだぜ?」
颯雅はイタズラ笑顔で黒河を小突く。
「本当最悪」
黒河はそれに対し、目を閉じ颯雅と故意に距離を置く。
何だ。
こうして言い合う事が多いようだが、本当は仲が良いのか?
暁さんとは先程も音合わせをしていたようだから、仲は良さそうだ。
それに、彼には強く言い過ぎないよう気をつけてる。
「迷惑かけて悪かったな」
湊は黒河と暁さんの元に行き、深く頭を下げてる。
それから顔を上げた湊はどこか嬉しそうに、
「またクロワッサン焼いてくる」
と、黒河を見つめて言う。
「いらない」
黒河は不機嫌そうに顔を背ける。
湊がわざわざ嬉しそうに言うのだから、黒河はきっとクロワッサンが好きなのだろう。
それにしてもどうして断るのか。
好きなら焼いてもらえば良いと思うのは俺だけだろうか。
俺の推測が合っているのかは分からないが、暁さんが不安そうに顔を覗き込み、
「いらない?」
と、僅かに声を震わせる。
黒河は暁さんの表情を見て一瞬目を見開くものの、
「うるさい。好きにすれば?」
と、腰程まであるポニーテールを艶やかに振って言い放った。
それに対し湊は暁さんと目を見合わせ、
「楽しみにしててくれ」
と、はにかみながら言った。
あくまでも俺の印象だが、リゾゼラは言い合っては笑ってを繰り返してる。
最初スタジオに入った時もあんなにぶつかってたのに、仕方ないものとして前に進もうとしてる。
そこは大人のバンドらしい所なのだろうか。
記憶のせいか、バンドといえば高校生のイメージで一度ぶつかると大変という印象だった。
少し考え事をしてると颯雅が肩を小突き、
「龍也、ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」
と、声を抑えて言う。
俺が颯雅の方を向き耳をそばだてると、
「リゾゼラをもっと知って欲しいんだ」
と、メンバーに見られないよう顔を伏せた颯雅は、俺ですら聞き取れるギリギリの声量で言った。
颯雅はそのままの姿勢で更に声を殺して、扉を指差し、
「龍也が敵に囲まれる少し前、リゾゼラも嫌な予感を感じ取ったんだ。それで湊が――」
と、黒河、暁さんと談笑する湊を一瞥して言った。
「急いで龍也の元に行こうとしたんだけど、エレベーターがなかなか来なかったんだ。それで非常階段の扉に向かったんだけど」
颯雅はそこまで言うと、ゆっくりと眉を下げ、
「こう……壁を殴ったんだよ。ここ防音扉挟んでんのに、こっちまで聞こえてきたんだぜ」
と、ジェスチャーを交えて話してくれた。
なるほど、あのエレベーター遅延に湊も巻き込まれていたとは。
あれはそう言えば、営業マンと取引先と思われる男性が話し込んでいたせいだったな。
それと非常階段の扉は修繕中と書かれていた筈だ。
途中でエレベーターが動いてくれたから引き返す必要が無くなった訳だが、湊にとっては少々災難だったようだ。
「大変だったからな」
営業マンの鈴木さんが、と言いかけて口を噤んだが、颯雅には筒抜けだったから笑みを浮かべてる。
「その後――」
颯雅はなるべく再現してみると呟き、当時の事を話してくれた。
それを俺なりにまとめたのが以下の通りだ。
・・・
湊が部屋を出てすぐ、藍竜が高窓から敵情を偵察した。
「片桐組の残党だ」
藍竜がこちらを振り返って言う頃には、苛立った様子の黒河がギターケースから護身用の小型ライフルを取り出してた。
「青龍暁、窓の下にしゃがんで」
立ち上がった黒河がスコープ等準備しながら冷淡に言うと、暁さんは忍者の身のこなしで位置につく。
「3カウント後、窓を5cm開けて。その後銃声が聞こえたら閉めて」
と、スコープを覗きながら言う黒河に、暁さんは小さく頷く。
「3,2,1――」
黒河の3カウント後、月まで一直線に描くが如く鋭い光線の後劈く銃声が耳を震わせた。
そして、音も無く窓が閉じられた。
その数秒後、垂直に高々と投げられた缶コーヒーが全員の視界と脳をジャックした。
「手出し無用」
黒河は全員の意識にあった言葉を吐き捨てると、
「は? うざ」
続けて舌打ちし、ライフルを手入れし始めた。
「黒河、指示ありがとう」
暁さんが黒河の隣に腰を下ろし、斬撃の音に片耳を塞いで言った。
すると黒河は目を逸らし、「別に。あのぐらい当然だから」と、口ごもってしまった。
「よし、練習再開! 相談あったら俺のとこ集まれ」
藍竜が手を叩き、全員を奮起させ俺が帰って来た時の状況になったらしい。
・・・
「――って、感じだったぜ」
颯雅は終始嬉しそうだったが、よく考えたら颯雅は全員の邪魔にならないようあえて何もしてなかったのか。
そんな俺の思考に気付いたのか、
「まぁそうだな。暁さんと黒河で十分だろ」
と、颯雅はへにゃりと眉を下げて言う。
なるほど。じゃああのライフルは黒河だったのか。
あの正確無比な射撃と集中力には驚かされたな。
そう思いながら黒河を眺めていると、黒河は不機嫌そうに睨んできた。
「ありがとな」
俺が礼を言うと、黒河は会釈もせずに視線をギターに向ける。
まだ若いのもあるだろうが、顔にも一切皺が刻まれてない。
今まで笑った事が無いのか。
それとも笑顔を見せる時を決めてるのか。
「新曲やるか!」
藍竜が手を叩き注目を集めて言うと、暁さんは柔らかい笑みを浮かべ、
「出来た?」
と、ベースを肩に掛けて言う。
「あぁ。スコアも持ってきたから、すぐにでも練習しよう」
と、藍竜が暁さんと似たような笑みで言う。
だがそれを手で制したのは、ギターを背に回しスマフォを弄る黒河だった。
「先にこれ聴いて」
黒河は俺達を近くに来るよう手招いて言うと、再生ボタンを押した。
その瞬間耳、脳、体を駆け巡ったのはギターの雄々しい音だ。
音楽には疎いから、ここまでギターが目立ったイントロを何というか分からない。
だが、技術は確かなことは素人の耳でも分かる。
やがてイントロが終わると詞が始まり、思いやりに満ちた声が響いてくる。
内容をよく聞いてみれば激しい後悔と誰かを励ます力強い詞で、まだ聞きたい聞きたいと体が自然に求めてしまう。
これが黒河の世界観なのだろう。
ふと藍竜の反応を見てみると、一音一音に耳を傾け頻りに頷いている。
その様は音楽にノッているようにも見えるが、俺には黒河の詞と曲を採点してるように見える。
次に暁さんに目を向けると、恥ずかしそうに顔を伏せている。
その頃ちょうど2番に入り、ベースの音と思われる鋭くも心地良い音に驚愕を覚えた。
湊と颯雅にも目線を遣ってみると、2人は既に指やスティックを動かしエアーで演奏している。
2人のそんな様子を鬱陶しそうに時折目を遣る黒河の目の奥には、何とも言い難い温かさを感じた。
最後に荘厳な雰囲気で曲が終わると、黒河は停止ボタンを淡々と押した。
「デモ歌の声――最近2人でよく居るとは思ってたが?」
藍竜が暁さんの肩に手を回し含みのある笑顔で言うと、黒河は面倒そうに溜息を吐いた。
「黒河が――」
暁さんが手を払いながら言おうとすると、
「ふざけないで。藍竜司に内緒にしたかっただけ。前は曲を付けようとしたのに邪魔されたし」
黒河が腕組みして藍竜を睨みあげた。
「ほぉ? サプライズね」
藍竜は黒河の言葉の後半には耳を貸さず、目を伏せ噛み締めるように言った。
「"BLACK"の事歌ってんだな」
颯雅が「非情な現実とかな」と、言葉を足すと湊も颯雅と頷く。
"BLACK"に関する記憶は薄いが、非情な現実という例えは秀逸だ。
幾つもの命が失われ、文字通り選別されたものだと記憶している。
「自分の気持ちを整理しておきたかったから、で? どうなの?」
黒河がスマフォを尻ポケットにしまいながら言うと、暁さんが柔らかい笑みを向ける。
「曲調も緊張してて好き、かな」
暁さんが独特な表現をするのが時折気になる。
彼は誰かを傷つけまい、自分を傷つけまいとどこか慎重に発言している。
理由はきっと今は仕舞われたままの記憶の中にあるのだから、下手に聞きださない方が良いだろう。
漠然としたものだが、底なし沼と言うべきか明けない夜と言うべきか、とにかく安易に考えてはならない何かを感じる。
「前作詞してくれた曲も良かったけど、今回は更に良い曲に仕上がったな」
湊が目を細めて言うと、黒河は興味無さそうに尻程まであるポニーテールを手で払う。
それに対し暁さんが微笑ましそうに目線を遣ると、藍竜が大きく息を吸い込み、
「さて、俺の覚悟も聞いてもらおうか」
と、全員を見回して言う。
その様はリーダーと誰もが分かる程堂々としており、頼もしさを感じた。
「覚悟?」
暁さんが首を傾げると、藍竜は暁さんを見上げ、
「新曲の話。Coloursに俺達の実力を見せつける。その為に飛びきりの団結力と熱意をぶつける」
と、凛々しい表情で言った。
「あっそ、譜面は?」
黒河がそんな藍竜を一蹴すると、藍竜は黒河にだけは少々ぶっきらぼうに譜面を手渡し、
「俺が歌う意味を伝えて、あいつらを奮起させる!」
と、触れたら火傷しそうな声で言ったのだ。
一体、藍竜司にはどれだけの熱量があるのか。
いや、俺が記憶の無さが理由で感じ取れないだけで、メンバーには尋常ではない量を伝えているのだろう。
その原動力は何だろう?
「……歌う、意味」
暁さんがぽつりと呟くと、藍竜は暁さんの腕を小突き、
「難しく考えるな。お前なら出来る」
と、肩を数回叩いて満面の笑みを見せて言った。
「30分後に黒河の曲と新曲を合わせる」
それから全員に声を掛けると、颯雅や湊、黒河も頷き楽器の準備に入った。
「……」
藍竜はその後声出しの為スタジオの隅に歩いていったが、無言でその姿を見つめる暁さんはどこか寂しそうだった。
・・・
練習から合わせてる様子まで見学させてもらい、やがて休憩に入ると藍竜が首を傾げた。
「暁。プレイが地味だけど調子悪い?」
マイクの電源を切り、スピーカーの上に置いた藍竜は、暁さんを心配そうな目で見る。
「え――」
暁さんは藍竜の言葉が想定外だったのか、瞳の奥の暗い何かが一瞬顔を出す。
だが黒河がギターの首を支えながら2人の間に入り、
「プレイが地味じゃなくてスラップが下手なだけ」
と、割れかけた暁さんの爪を見下しながら言い、
「練習しとけば?」
爪をカバーする何かを手渡し、踵を返した。
「うん、ありがとう」
暁さんが黒河の背中に向かって言うと、背を向けたまま「指弾きするなら少しは気にすれば?」と、口ごもりながら声を掛けた。
藍竜は暁さんと黒河の様子を見て、更に首を傾げ困惑している様子だった。
すると颯雅が肩を叩き、俺が見学してる方まで連れていき、
「もう少し優しく言った方がいいんじゃねぇか?」
と、練習に勤しむ暁さんを気にしながら言う。
「そうか?」
藍竜が肩を竦めて言うと、
「気を付けろよ」
颯雅は湊を一度振り返り、さっと離れ湊に声を掛けながらその場を去った。
「ありがとう」
藍竜は完璧に理解してる様子ではなかったが、聞こえてないであろう颯雅に素直に礼を伝えていた。
何だろう。
このバンドは音楽以外ではどこかがいつも歪だ。
完全に分かり合える仲良しというのも珍しいだろうが、音楽の事になればその歪さが全くと言って良い程出ない。
・・・
やがて練習が一通り済んだのか、藍竜がマイクの電源を切り、
「曲が形になったから、今日はここまでにしよう」
と、声を掛けると、
「あっそ。もう少し練習していくから先に帰れば?」
黒河は藍竜と目を合わさず、冷たく言い放った。
「兄さん。どうだった?」
暁さんがベースを抱えたまま駆け寄った。
「ん? さっきのスラップか? 良くなってた」
と、藍竜は笑顔を見せて言ったが、暁さんは愛想笑いで頷き、
「うん、ありがとう。先帰っていいよ」
と、ぎこちなく手を振って言った。
「あぁ」
藍竜はそのぎこちなさを感じているようだが、気付かないフリをして軽く手を振った。
「龍也も一緒に帰るか」
湊に話し掛けられるまで燈籠の如く見守っていた俺は、一瞬肩を震わせた。
「そうだな」
俺が真剣に音合わせをする2人を振り返って言うと、藍竜はスタジオを後にしながらふぅと息を吐いた。
2018年4月10日 20時前
某スタジオ 4階廊下
如月龍也
「今日の事で確信したけど、どっちもどっちだな」
颯雅は眉を下げ、肩を竦めてみせた。
「ん?」
藍竜はスティックケースを肩に掛け直す颯雅を見遣る。
なるほど。
颯雅は藍竜と暁さんの違いについて言いたいのか。
それなら一言でまとめて言った方が良いか。
「暁さんは心の中に言葉を溜め込んでるが、藍竜は逆ということか」
俺が呟いてみると、颯雅は口元を若干緩め、
「それだ。だから何となく上手くいかないんだ。前々から推測はしてたけど、憶測で言いたくなかったからな」
と、遠ざかるスタジオの扉を振り返る。
颯雅に釣られて振り返った藍竜は再びふぅと息を吐き、
「まぁな。自分や相手が傷つかないように言葉を選ぶ暁とは正反対だ」
と、どこか自嘲気味に言う。
だが藍竜からは暁さんと比べられてきた経験が見えてこない。
むしろ両親や友人からは愛されていたような心情しか感じられない。
颯雅は藍竜の言葉に軽く笑い、
「分かってたんだな」
と、言い終えた後は一瞬寂しそうな表情をした。
「だからリゾゼラの音楽に磨きがかかる。それは暁も分かってる」
藍竜はきっと颯雅の表情の変化には気付いていない。
そうか、藍竜は良い意味でも悪い意味でも鈍感なのか。
それなら気付かせないと分からないのか。
他にも傷付いてる人物が居る事も。
「何の根拠もないだろ。暁さん"も"傷付いてる」
俺があえて強調して言うと、藍竜は鼻で笑ってみせた。
「仲良しこよしの皆手を繋いで大合唱じゃ出来ない音楽を作ってるんだ」
それから紡がれた藍竜の言葉に、俺は背筋が凍った。
「だから感謝してるんだ。伝わらないのは承知の上でな」
藍竜はエレベーターのボタンを押しながら言うと、何かを我慢したまま溜息を吐く。
エレベーターが徐々にこちらに近づき、深淵に招くが如く扉を開ける。
偶然か俺達が乗り込む時に天井の照明が明滅したが、1階へ案内し始めると平常通りに戻ったのだ。
・・・
既に日の落ちたスタジオ前の通りには春風が通り、俺達の頬を撫でていく。
もうリゾゼラが奏でていた音楽は聞こえない。
外に出ると雨の匂いも花の匂いもしない無機質な場所だったのか、と気付かされるな。
だったら尚の事、誰も犠牲になって欲しくないものだ。
「犠牲の上に良い音楽は成り立たないと思うけどな」
俺が不思議そうに見上げる藍竜に声を掛けると、藍竜は闇の顔を見せる空を仰ぐ。
「犠牲が嫌いならColoursの音楽を聴いてみればいい。あいつらは純粋に片桐組の元同期5人でやっていきたい、誰かを励ましたいって思って作ってるから」
そう悔しそうに語る藍竜からは初めて"俺には作れない"という想いが見えた。
そう言えば、彼らに関わっていても音楽を聴いた事は無い。
今度聴いてみるとしようか。
「まぁ俺はいつか――いや、1年後までに思い切り感謝を伝える曲を作る。その時まで一緒に――」
藍竜は何かを堪えたと思えば、瞼が開かなくなる程目を閉じ、
「無し!! 暁と黒河、あと――湊も姿見えないし絶対に言うなよ!」
と、暁さんと似たような言葉の消し方をし、顔の前で手を振ってみせた。
それに対し颯雅は軽く笑うだけだったから、
「うっかりは誰にでもあるからな」
と、追い討ちとも取れるかもしれない言葉を掛けると、藍竜は予想に反して明るい笑顔を見せ愛車へと駆け寄った。
「気を付けて」
藍竜は扉を開けて言うと、軽々と乗り込んで走り去った。
「俺達も帰るか!」
颯雅は藍竜の車を見送ると、腕を大きく広げて言った。
何かを成し遂げる為には犠牲が必要な場合もある。
それがなければ中途半端なものが出来てしまうのだろうか。
ただ俺は……傷付くのは俺だけであってほしい。
そう思ってしまうのは、自己満足のエゴなのだろうか。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
前編をまとめたので、+約7,000字増えました。
それでは良い1週間を!
作者 趙雲




