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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
85/130

「16話-希求-(終編)<後・前>」

淳ちゃんの口から語られる、騅編では語られなかった"彼"の裏側。


※約6,000字です。

分割投稿していた1話分をまとめました。

2018年4月28日 13時過ぎ

しげちゃんのスタジオ

あことし



「龍が遅れたのは菅野の事で――皆、知ってるんやな」

淳ちゃんは途中まで言いかけると、俺達の心を読んだのか溜息と一緒に言葉を零した。


 それから今も呼吸が整わないすそのんのんに目を遣ると、

「龍がなかなか落ち着かんと(おも)てん車に乗せてってお願いしたんやけど、練習遅れさせてほんまごめん」

申し訳なさそうに頭を下げた。


 声が重いから地面に落ちていく。

ただ下を向いているだけじゃ、こんなにも重苦しく落ちてこないのに。


「貴女のせいじゃないでしょ。……ねぇ、その様子だと菅野くんは――」

ゆーひょんが言いにくそうにキョロキョロしながら言うと、淳ちゃんは小さく頷いた。


「その事も話しておこう思てん。ちょっと時間ええかな」

淳ちゃんは苦しそうに言うと、しげちゃんを遠慮がちに見上げた。


「構いません。私達も貴女や裾野に救われてきた身ですから、話を聞きますよ」

しげちゃんは重い空気と前髪を嫌そうに振ると、椅子を取りに部屋の奥へと駆けて行った。


「……」

ほんの少しの間だけど、空気が張り詰めていて息を忘れるような痛い何かが流れる。


 菅野くん、本当に大丈夫なの?

すそのんのんや淳ちゃんを傷つけてないよね?


 見たところ、物理的には何ともなさそうだけど……もしかしたら隠してるのかもしれない。

すそのんのんなら、淳ちゃんの為に自分を犠牲にしちゃいそうだから。


「お待たせしました。礼は不要なので、どうぞお話ください」

しげちゃんは俺達の分まで運んでくると、椅子を円形に並べた。


 話しやすいように考えてくれたのかな。

すそのんのんも座ったことで大分落ち着いてきたのか、タートルネックで隠れた首元を擦っている。


「それでは――」

淳ちゃんは深呼吸をすると、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。



・・・


(龍勢淳視点に移ります)


2018年4月24日 深夜

神崎医院 後鳥羽龍(裾野聖)の病室

龍勢淳



 この時間なら誰も来ない。

お見舞いも終わったところだから、竜斗はもう寝ているだろう。

そう思い、龍の病室を訪ねると安心した声で迎えてくれた。


「どうぞ」

龍はいつもの優しい声で椅子を用意すると、座るように手でさしてくれた。


 何でやろ? 顔が疲れきっている。

少し前からずっとやし、今日は理由聞いてみようかな?


「ありがとう。何悩んでるん?」

私が両膝に手を置いて身を乗り出して言うと、龍は微笑みながらベッドの縁に足を組んで座った。


「いや、彼の事がな。名前は聞いていないが、大切な人のようでな……思い出そうとすると、脳に何かが(つか)えてしまう」

龍は頭を抱えながら言うと、苦笑いを浮かべた。


 その理由を私は知ってる。

だけど口にしてはいけないのも知ってる。


 龍が竜斗を自立させる為、紅夜さんがナトロンで固めて記憶を引き出せなくしていること。


「そうなんや。その……彼は、龍のことどう思ってるんやろな」

私が天井を見上げて言うと、龍は微笑みながらこう言った。


「彼がどう思っているかは分からないが、俺は話していて楽しいと感じている。だから恐らく、親友だったと思っているのだが」

と。

 それから指を組んで、

「どうだろう。勝手に思うのも良くないか」

と、自嘲的な笑いを零した。


 私はこの時、記憶は一部欠けてても2人はちゃんと見えない絆で繋がっている親友だと再認識した。

その絆に心が少しだけ温まったが、背後から龍とは正反対の冷たい何かを感じ、ゆっくり振り返ると――


「なぁ、何話してるん?」

優しくはあるが、どこか棘のある声で竜斗が部屋に入ってきた。


「龍……どういうつもりなん?」

竜斗は一歩ずつ何かに操られているかのように近づくと、

「なんで? 2人とも何も話さへんの? まさか2人で俺を捨てようと……してるん?」

私の両肩を掴んで立ち上がらせ、壁に押し当てた。


 竜斗は両親の離婚を機に、父親と2人暮らししてた。

ある年の槍の試合で反則勝ちをした竜斗の命の危険を感じ、父親は関東に逃がした。


 でも迷子になった末に攫われ、待っていたのは人間オークション。

そこで太田兄弟の目を盗み、相棒を探す為とはいえ助けてくれた龍は命の恩人やと思う。


 自分で言うのも何やけど、私との出会いもきっと竜斗の中で光となっている……といいな。

だからきっと、私と龍に見限られるのを1番怖がっているんだと思う。


 悪く言えば依存なんやけど……ここまで酷くなったのは今回が初めて。


「なぁ、何も隠さんでもええやん? なぁ?」

竜斗は口調こそ優しいけど、目は血で濁った殺し屋の目だ。


 どうしよう。

彼が怖い。


 いつもは楽しそうに笑って、ぷりぷり怒って、わんわん泣く感情豊かな彼が、こんな喪失しきった顔をするなんて。


 どうして……身動きが取れない。


 そうだ。

もう、この人は……精神的に限界が来ている。


「何で答えてくれへんの?」

竜斗は躊躇いもなく私の首に手を掛けると、

「俺をまた売るんなら、居なくなってくれへん?」

ゆっくりと気道を塞ぐように絞めようとした。


「何をしているんだ!?」

だけど龍がその手を掴むと、竜斗は急に目の色が戻って、

「龍……今の……」

と、涙を目に溜めて呟いた。


 竜斗は今の龍の表情から、自分の記憶を失くす前の龍が見えたのかもしれへん。


「淳は君を売るつもりはない。そもそも俺にはまだ覚え直せていない事柄だとは思うが、そんな――」

龍が竜斗の両肩に手を置いて、諭すように言うと、

「じゃあ龍は、淳と違ってずっと側に居てくれるん?」

竜斗は私を横目で睨みながら言った。


「不安にさせた事は本当にすまない。だが君は今、淳を傷つけようとしたんだ」

龍は無意識に流れた竜斗の涙を指で掬うと、竜斗は深く深く溜息を吐いた。


「ごめん。カッとなって……龍もほんまに……俺、ちょっと休むわ」

竜斗が寂しそうに歩きだすと、龍は心配そうに胸を押さえた。



・・・


(あことし視点に戻ります)

2018年4月28日 13時20分過ぎ

しげちゃんのスタジオ

あことし



 話し終えた淳ちゃんは、すそのんのんと目が合うと互いに辛そうに頷き合った。

ほんの少しだと思うけど、空気が軽くなってきたかな?



「せやけど龍が退院した後、竜斗は煙草を買いに――」

淳ちゃんが最後にそう付け加えると、すそのんのんはカッと目を見開いた。


「どうして彼がそんなことを?」

すそのんのんが慌てて言ったその一言に、答える人は誰も居なかった。



 俺達に、淳ちゃんが前話してくれたことがあったんだ。

菅野くん――竜斗くんが何で煙草を吸わないかっていう理由。


 それは、将来子どもが出来た時に赤ちゃんの肺が悪くなる可能性があるからだって。

今から始める必要は無いんだって、すそのんのんが竜斗くんに繰り返し言ってたんだ。


 何度も、何度も吸おうとする度に言ってたんだって。

だから誰も答えられなかった。


 これを言ったら、すそのんのんが自分の意志で竜斗くんの記憶を失くした事を否定することになっちゃうから。

思い出した時に気付いてほしいから。


 皆多分、同じ気持ちだと思う。


 それにしたって、竜斗くんの依存具合が振りきりすぎている。

普通、すそのんのんに迷惑掛けないようにって考えない?



 すると、すそのんのんは落ち着いた様子でこう言葉を零したのだった。

「騅から菅野について報告されているが、事は深刻のようだ。だが刺激すると危ない面もあるらしい」

だけど言葉を発するごとに辛そうにふらついていて、気力で頑張って耐えているようにしか見えなかった。


「龍くん!」

淳ちゃんはふらついたすそのんのんを支えようとしたが、すそのんのんはそっと手で制した。


「大丈夫だ。辛くはないか」

すそのんのんは、淳ちゃんの肩に手を置いて眉を下げた。


 首を絞められそうになった淳ちゃんが見たのは、見た事もない竜斗くんの狂気の目だったんだろうし。

精神的に苦しいと思う。

俺は勿論その場に居なかったけど、想像だけはできる。


「ありがとう……でも私……」

淳ちゃんは躊躇いがちに首元を見せると、そこには掻き(むし)った跡があった。


「ちょっとこれ!!」

ゆーひょんは飛び掛かる勢いで駆け寄ると、傷つけないよう慎重に傷を見た。

流石お医者さんだし、こういう時だって冷静だよね。


「……何も知らない医者なら入院を勧めるわよ? でも私は菅野くんの件が落ち着いてからでも遅くないと判断する」

ゆーひょんは淳ちゃんに真剣な表情で向き合うと、

「傷は深いけど、絶対治るから。生きて見せてくれてありがとう」

目を細めてぽんと頭を撫でた。


「貴女1人で責任を負うつもりですか?」

しげちゃんはゆーひょんの真後ろに立つと、腕を組んで疑っている表情で言う。


「そうよ。万が一の事があったら許さないつもり」

ゆーひょんがしげちゃんにウィンクして言うと、

「でしたら、リーダーとしてColours全員に責任を負わせますので悪しからず」

と、しげちゃんが目を伏せた。


「まぁいいわ。佐藤が聞いてないのが心配だけど」

ゆーひょんは手鏡に夢中な佐藤に溜息を零し、俺に笑いかけた。


「2人ともありがとう」

淳ちゃんは弱々しい声で礼を言うと、立っているのが辛かったのか席についた。


「すまないな」

すそのんのんはゆっくり椅子に座り直すと、俺達1人1人に礼をした。


「菅野は、今よりも戻った後が怖い」

佐藤は手鏡から一瞬目を離すと、すそのんのんを優しく見下した。


「一生、女の首に手を掛けた事を悔やみ苦しむ」

それから冷たい目になった佐藤は、誰かを頭に思い浮かべて話しているように見えた。


「……悔やんでいるのか」

すそのんのんはそんな佐藤に軽く首を振ると、呆れた顔で呟いた。


「まだ、ね」

佐藤は寂しそうな顔をすると、また手鏡に目線を戻した。



 佐藤が思い浮かべていたのは、すそのんのんが片桐組を抜けざるを得なくなったあの裏切りの事だ。

結果的には抜けて良かったと言えるんだろうけど、佐藤が裏切るなんて誰も思わなかったから。


 でも自分を貫き通す強さがある佐藤だって、こんなに長い間後悔してるんだ。

これって竜斗くんに耐えられるのかな。


「そうか。だが騅は俺の話さえ出さなければ普通だという報告もしてくれている。少し様子を見るか」

すそのんのんは細い棒1本でなんとか支えられてるような声で言うと、ふぅと息を吐いた。


「本当にすまなかった。遅刻の件も、彼の件も」

続けて言ったすそのんのんは、抱きしめたら泣いちゃいそうな程寂しい顔をしていた。


「構いませんよ。さて、新曲の"Breakthrough"が完成したのでデモを流したいのですが、龍勢も聴きます?」

しげちゃんは一瞬で空気をColours色に戻すと、軽く手を叩いた。


「はい、是非聞かせてください」

淳ちゃんはさっきとは違い笑顔を見せてくれたけど、どこか作り物っぽかった。


「……」

俺は明らかに無理をしている淳ちゃんに帰ってもらった方が良いか、とも思った。

だけど躊躇う皆の中で、1つの答えが出ていた。


 曲名はBreakthroughだよ?

俺は意味分からないけど、皆の表情を見ると今にピッタリなんだよね?


「意味は打開、突破。本来は私達Coloursの復活までの苦難の突破を詞にしたのですが、どうやら当てはまるのは私達だけではないようです」

しげちゃんが上手い事言ったって顔をすると、淳ちゃんは面白かったのかふふっと笑ってくれた。


 たしかに、しげちゃんのドヤ顔ってあんまり見られないから面白いかも!


「何が面白いんです?」

しげちゃんがムッとした顔で言うと、

「茂~? 鏡見せてもらいなさい?」

って、ゆーひょんがすかさずフォローに入った。


「結構です。それでは流しますよ。この曲は復活ライブでも演奏しますので、スコアもデータで送付致しました」

しげちゃんはスマフォを目にも留まらぬ速さで操作すると、4人のスマフォでグループトークの通知音が鳴った。


 それぞれに礼を言い、データを開くと2人の歌ソロの後に2人で歌うパートが目についた。

最初は佐藤1人、次にすそのんのんとしげちゃん、そして俺とゆーひょん。

そしてサビが始まる流れ。今までに無くてすっごく良い!!


 しかもそれぞれの歌詞も2人に合ったもので、俺達のもまさに今回の事が詞になっていた。

それと散々キーボード目立たないって文句言ってたせいか、ゆーひょんのパートも多い。

やっとしげちゃんに伝わったのかな? よかったね、ゆーひょん!


 やがて曲が流れ始めると、柔らかくて優しいメロディーが俺達を包んでくれた。

困難があっても前に進め、突き抜けていけと背中を押してくれる数々の言葉に、俺達自身も勇気をもらえた。


 しげちゃんがまたこんな良い曲作っちゃったら、ファンで毎年やってくれてる人気曲投票大荒れだね!

同時に楽しみでもあるけどね!


 盛り上がったまま最後の音符を奏で終え、また静かな空気が流れ始めると俺達は無意識に拍手をしていた。

「何ですか、水臭いですね」

しげちゃんは恥ずかしそうにしているけど、やっぱり自信はあったみたい。

それと、また作詞作曲が出来るようになった嬉しさもあるのかな。



「ありがとうの気持ち」

佐藤が珍しく満面の笑みを見せると、淳ちゃんも含めて笑い合った。


「いいですから。ほら、練習しますよ」

しげちゃんはすそのんのんと淳ちゃん以外の肩を叩いて言うと、自主練の時間を伝えてくれた。


「2人は休んでていいわ。ここで寝ててもいいし、話したかったらいつでも声掛けてちょうだい」

ゆーひょんは2人に声を掛けると、しげちゃんにも許可を取っていた。


「ありがとう。譜面読み込んでおく」

すそのんのんはさっきよりも明るい表情で言うと、譜面を見ながらエアギターで弾き始めた。


「ありがとう」

淳ちゃんも笑顔が増え、少し表情が柔らかくなった。



 音楽の力って凄いって思うけど、背中をいくら押したって自分が動かなきゃ聴いただけになっちゃう。

俺も色んな人に届けているからこそ、もっと頑張らなきゃなって思うし。


 この後、ちょっとでも明るい気持ちで帰ってもらえたら嬉しい。

そう思いながら、新曲の練習を終えた。



 そうして迎えた5月2日。

すそのんのんが意味深な事を言っていたあの日の3日前に、すそのんのんから連絡が来た。

ここまでの読了、ありがとうございます。

作者の趙雲です。


騅編では菅野さんの闇の深さに謎が残りましたが、

淳ちゃん編では片鱗が続々と見えてきます……。


次回投稿日は、10月25日(日)でございます。

それでは良い1週間を!


作者 趙雲

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