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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
82/130

「16話-希求-(終編)<戦>」

あことしに代わってゆーひょんが入隊試練を執筆。

果たして全員無事に入隊できるのか?


※約6,200字です。

2018年4月22日 15時40分過ぎ

藍竜組 グラウンド

ゆーひょん



 あことしたっての希望で入隊試練だけ私が執筆するわね。

戦闘描写が難しいとか何とかでお願いされたけど、私も決して上手くはないから期待しすぎないでちょうだいね。


 じゃあ、本編スタートよ。


・・・


 先制攻撃をするべく地を蹴ったあことしを待ち受けていたのは、暁さんの重くも基礎がしっかりした槍裁きだった。

あことしはあまりの俊敏さに脳の処理が追い付かず、柄で旋毛(つむじ)辺りを叩きつけられてしまった。


「う゛っ!!」

目の前が白黒しているのか、すぐに立ち上がれないあことしに暁さんは溜息を吐きながら槍を一回転させる。

するとあことしの手に握られていた筈の槍が吹き飛び、数m程飛ばされた。


「まだ、やる?」

暁さんは腕を組み、必死に起き上がろうとするあことしに冷たく声を掛ける。


「はぁ……ぁ……や、やり、ます……」

あことしは、さっきまでの優しい笑顔の暁さんとのギャップで体が強張っている。


 ここは私が喝を入れるべきなんでしょうけど、これは入隊試練。

片桐が消えた今でも、どこかでもっと強い殺し屋が活躍しているかもしれない。


 そしたらここで躓いている場合じゃないわよね。

私だって藍竜さんと当たる事になったし、あことしが勝つと祈るしかないわ。


「暁さんに……勝たなきゃ……みんな、俺のせいで……」

あことしは流れ出す涙を乱暴に砂の付いた袖口で拭くと、ふらりと立ち上がった。


 だけどあことしは槍を取りに行こうともしない。

なんで!? 槍が無きゃただでさえ不利なリーチが更に広がっちゃうじゃない!


「能力は使いません。でも勘は使いますよ」

あことしは自分の頭を指差し、ファイティングポーズをとった。


 あことしの体術はボクシングがベース。

だけど独学だし、誰かのことを研究した訳でもない。

それで本当に勝てるの?


「どうぞ?」

暁さんは構えでボクシングだと分かったのか、一歩引いて閃光の如く槍で突いた。


「……」

あことしは一瞬目を閉じたと思ったら、そのまま飛び上がり走りゆく槍の上に乗ったのだ。

それから槍の上を走るあことしを薙ぎ払った暁さんは、私達に当たらないように反対側に飛ばす。


 だがそこには――


「ふぅ、やっぱ勘って当たりますね!」

あことしがローリングをして拾い上げたのは、最初に飛ばされた入隊試練用の槍だ。


「それ、勘じゃない。経験」

暁さんは右足に重心を置いて腕を組むと、

「もっと自信持つといいよ」

優しい笑顔を見せて言った。


「ありがとうございます! でも俺、これでもエーススナイパーだったので」

あことしは仕事モードの凛々しい顔つきになると、槍をぐるっと回してみせた。


「そうだね」

暁さんはあことしの槍を飛ばそうと薙ぎ払うと、あことしはバク転をしながら綺麗に避ける。

それから突きの動作に入ろうとする暁さんに対し、あことしは――


「どうぞ、刺してください」

と、両手を大きく広げて腹を見せたのだ。


「――っ!?」

暁さんはあことしの行動に一瞬躊躇い、突きの動きが遅くなった。

それはColoursの復活ライブを控えていること、そして俺達が殺し屋として再び活動する事を考えてのこと。


 多臓器から大量出血なんてことになったら、ライブなんて数か月以上は無理。

暁さんがそこまで頭回らない方だとは思えない。


 つまりこれは――


「俺、賭け事に敗けた事……無いんですよ」

あことしはその隙をついて暁さんの腕に控えめではあるが、刃先で傷をつけた。


 ――暁さんの心理と優しさを利用した、あことしの無能力状態の賭け事。


 最悪自分は死ぬかもしれない。

それよりも暁さんに勝つことを選んだあことしなりの一世一代の賭け。


 なんなのよもう。ヒヤッとしたじゃない。

「心で敗けた。凄いね」

暁さんは軽く頭を振って言うと、藍竜さんに傷つけられた腕を高々と見せつけた。


「はぁぁぁぁぁぁ……死ぬかと思ったぁぁ」

あことしは真っ先に私の元に走ってくると、槍を置いてぺたんと座り込んだ。


「ほんっとよ!! ヒヤヒヤしたんだから!!」

私が眉を吊り上げて怒鳴ると、藍竜さんが背中をポンと叩いて、

「俺は優しくない」

槍を私の眼前スレスレに向けて言った。


「……行ってくるわよ」

私が肩をぐるりと回しながら言うと、あことしが座り込んだまま親指を立ててくれた。



 メンバーに見送られ、さっきまであことしと暁さんが戦っていたグラウンド中心部に歩を進める。

2番目ならプレッシャーもそこまで無いかと思ってたけど、あことしの勝ち方を見てから心臓の鼓動すら煩く感じた。


「よろしくお願いします」

私が一礼して言うと、藍竜さんも一礼し返してくれた。


 多少重い槍なら普段の武器と比べて軽い。

だけど相手は槍使いの藍竜さんだから、無能力状態で戦うとはいえ油断しないようにしなきゃよね。


 そんな私を励ましてくれるかのように風が吹き始め、金色に染めた髪と頬をそっと春風が撫でた。


「どこに目を付けている?」

どう技を繰り出そうか考えていると、藍竜さんの声が真後ろからした。


 バッと振り返っても姿は無く、正面にも居ない。

おかしいわね……声は真後ろだった筈なのに!!


「遅い!!」

藍竜さんの怒号の0コンマ何秒かするかしないかで、私の腹は車にぶつけられたぐらいの衝撃を受けていた。


 それに伴いゴキと何かが折れる音が体の中で響く。

肋骨じゃなきゃいいけど、どこの骨が折れようが歌唱に影響は出る。


「どこ……よ……」

私はそのまま宙を舞い、落ちる寸前で上空から石突(いしつき)を腹に食い込ませる藍竜さんの姿が見えた。


「ア゛……」

骨が折れる音より気になったのが、ありえないぐらいのレベルの差。

背やリーチは私の方が圧倒的に有利なのに、総長をやっているだけあって強さの格が違う。


 それに暁さんと違って遠慮や優しさがまるで無い。

完全に私を敵だと思って殺しにかかっている。


「こんなところで……」

私は骨が痛もうがどこが痛もうが無理矢理サッと立ち上がり、

「私だってエースだったの……私だけ敗けなんて格好つかないじゃない」

自分にしか聞こえないように呟き、槍を構え直した。


 その時にサラッと槍から落ちた砂に目線を遣った私は、一か八かで槍を藍竜さんの目の前に投げた。

普段から何倍以上も重い武器を扱っている私からすれば、こんな槍は赤子よりも軽い。


 絶対勝ちたい。

その想いも乗せた槍は、強くなってきた春風に乗って砂を巻き上げて飛んでいく。


 そう、こんなのは当たらなくていいの。

風さえ起こしてくれれば、ね!!


 私は槍が飛ぶルートの少し左側から走り込み、ちょうど槍を弾いた藍竜さんの腕に噛みついた。

「いったいなぁ!!」

藍竜さんは冗談半分で笑いながら言うと、

「今俺と戦った記憶飛ばすけど、後で誰かに聞いて思い出せ」

私の腹に手を(かざ)しながら微笑んで一礼をしてくれたから、私も薄れゆく記憶の中で一礼したわ。



 要するに、戦いが終わったから能力使ってくれたのよね。

解放する能力は相手の自分に関する記憶を飛ばし、あらゆるものから解放するんだから。


 だから藍竜さんとの戦いは、あことしからオノマトペだらけの説明で聞いただけなの。

とはいえ、断片的に思い出せば日にちを追うごとに戻るから今は9割方戻った状態で話せていると思うわ。


 そのおかげでピンピンなんだけどね!

じゃあ、茂と騅さんの戦闘まで少し時を進めるわね。



・・・


 

 茂と騅さんの戦いは、結構あっさりとしていた記憶なの。

何せ経験の差が歴然と現れちゃった試練だったからね。


「よし……まずは――」

騅さんが槍をぎゅっと握り締め一歩踏み込んだ時には、彼の左腕と金髪の毛先を茂が繰り出した矛先が掠めていた。

その後残心の如く前を見据えたまま槍をゆっくりと下す様は、お世辞抜きで美しかったわ。


「弓道は個人競技なので、すみませんね」

茂は淡々と言葉を置いてくると、槍の柄を肩に乗せて私達の元に戻って来た。


「はやっ!!」

あことしが立ち上がって茂に向かって叫ぶと、茂は首を傾げた。


「別に挨拶する必要も無いでしょう。自分が集中出来たタイミングで攻撃すれば良いんですから」

茂のこういう所が私達も好きだけど、まさか騅さん相手でも変わらないとは思わなかったわ。


「まぁそうね。騅さんの場合は背後を取られなければいいんだから、ね」

私が軽くフォローを入れると、戻って来た騅さんは放心状態だった。


 私達に比べたら、この世界に入ってまだ日が浅い騅さんの事だから理解が追いつかないのよね。

でも地頭は良いって聖が言ってたから、今後が楽しみね。


「今の茂、絵に描いておきたい」

佐藤はこれから颯雅さんと戦うというのに、地面に何かを描き始めた。


「あれ、格好良かった。何て言うの?」

佐藤は残心の姿を石でスラスラと描いてみせると、私を眩しそうに見上げた。


「武道や芸道の世界にある、残心ね。技を終えた後も構えをすぐに解かずに次の攻撃に備える心構えの事を言うの」

私が人差し指を立てて説明すると、佐藤は目を細めて頷いた。


 そして写真に収めた絵を見て何度か頷くと、私に礼を言い、

「残心をテーマにした衣装も作ってみるよ」

と、嬉しそうに槍を担ぎながら言った。


 なにそれすっごく楽しみじゃない。

残心なんて剣道やっている聖も、弓道やってる茂も喜びそうだし、私も柔道有段者だから正直すっごく嬉しいわ。

まぁあことしは格好良ければ文句言わないから、大丈夫だと思うし!



「神崎さん、衣装作らないといけないから試練早く終わらせて」

佐藤が中央まで歩み寄りながら言うと、颯雅さんは佐藤を睨みつけ息を吐いた。


 それから挑発の意を示しているのか、左手を前に突き出し2,3回扇いだのだ。

それも敵と看做(みな)した表情だったことから、これまで通りお遊びの試練じゃないと佐藤に態度で表しているようだ。


「美しい何かを掴めればいいけどな」

佐藤が槍を抱えて目を伏せると、颯雅さんが新幹線くらいの速さで佐藤に向かって来た。


 このままだとぶつかって宇宙の彼方に飛んで行っちゃう!!

でも佐藤は直前まで考え込んだ様子を見せると、

「今の姿だ!!」

って、矛先同士をぶつけながら声を張った。


 ビリビリと互いの覇気のようなものが散り、互角と分かったのか数秒もすると互いに矛先を離した。

「Resolute Geraniumは、直訳すれば毅然としたゼラニウム。その姿――芸術に通ずる!」

佐藤はゆっくりと口の端を上げると、表情を一切崩さない颯雅さんを称え拍手をした。


「そうかよ」

颯雅さんは佐藤の事を笑いもせず、拍手をしている間は攻撃も仕掛けなかった。

ただ、気が済むまで待っていたのだ。


「だけどマイスウィートハニーにあって、神崎さんには無い美しさがあった」

佐藤は確かめるように一歩ずつ颯雅さんに近づくと、

「後鳥羽の威厳に見えて、名家のプライドのようで――繊細で護りたくて、それでいて表情は無い美しい顔」

槍を脇に挟んで、両手で颯雅さんの頬に触れようとする。


 芸術の事となれば後先考えないところがある佐藤だけど、これは何かの作戦よね?

じゃなきゃあんな無謀な事しないわよ、ね?


「何の真似だ」

颯雅さんが数歩引いて佐藤の手から逃れると、佐藤は「じゃあいいや」と、面倒そうに呟き、

「どこが違うのか考えようとしたんだけど、もういいや」

と、槍をハンマーのように振り回しながら言った。


 颯雅さんは振り下ろされる直前に弾き返すと、佐藤の槍は回転しながら宙を舞う。

佐藤は巨体からは想像も出来ない程のジャンプをすると、2mくらいまで舞い上がった槍を見事にキャッチした。


 それから高度を保ったまま颯雅さんに斬りかかると、颯雅さんは右肩に向けて槍を滑らせる。

だが佐藤は追撃を見事に躱し、更に槍を大きく振り下ろす。


 すると颯雅さんは目にも留まらぬ速さで佐藤の左右の肩を狙い、佐藤は槍を横に向けて何とか弾く。

その時に槍が真っ二つに裂け、佐藤は目を見張った。

だがそうして地面に降り立った佐藤は、ポケットから手鏡を取り出し前髪をチェックする。


「大丈夫、美しいな……」

佐藤はすっかり手汗でぺちゃんこになった前髪を整えると、待っている颯雅さんに向けて手鏡を向けた。


 てっきり太陽の光の反射でもしたのかと思いきや、佐藤はただ見せているだけのようだ。

「前髪あがってるよ」

佐藤が前髪をよく映そうと鏡を少しずつ上に向けると、颯雅さんは手鏡を矛先で弾いてしまった。


 惜しかったわね。

後少しで目玉焼きになりそうだったんだけど。

でもどちらにせよ、薄く雲が掛かっちゃったから無理そうね。


「ちょっと待ってて」

佐藤は手鏡が地面に落ちる前に回収すると、汚れが無いか入念に見ている。

 そりゃそうよね。

それ、聖が誕生日プレゼントにあげた手鏡だもの。


 万が一割れていたらと思うと恐ろしいわよ。

彼にとって自分の美しい姿は拠り所でもあるし、それを聖がくれた手鏡で見るから良いのよね。


 他の鏡を戦闘中に見るなんてことはしないもの。

特別なのよ。


 颯雅さんのことだからそのことぐらい、心を読んで察しているんでしょうけどね。

「……」

佐藤は突然悲しそうな表情を浮かべると、颯雅さんの前まで歩を進めた。


「マイスウィートハニーがくれた鏡だから、もう弾かないで」

佐藤が大事そうに手鏡を抱えて言うと、颯雅さんはやっぱり分かっていたみたいで小さく頷いた。


「約束」

佐藤が小指を差し出すと、颯雅さんは自ら絡める形で指切りげんまんに参加した。


 その時偶然にも太陽が薄い雲の切れ端から顔を出し、佐藤が意図していない形で颯雅さんの目元に太陽の光が差し込んだ。

だけど歌はまだ途中。

視界が半分遮られた状態の颯雅さんは、片目を瞑って何とか耐えている。


「ゆ~びきった」

佐藤が笑顔を見せると、颯雅さんは佐藤を突き飛ばし大きく振りかぶった。

想像以上に日が強くなっていた午後の日差しに、目はかなり限界を迎えていたようだった。


「ごめんなさい」

佐藤はあえて視界が確保出来ている側に走り込み、すれ違い様に袖口を斬って走り去った。



 そのまま私達の所まで来ると、膝を抱えて俯いてしまった。

「こんな俺の事をマイスウィートハニーはどう思うかな」

佐藤は元から傷つきやすい性格をしていて、自分を悲劇のヒロインだと思い込む時も多々ある。


 その割には他人を傷つける事を(いと)わないところがあって、私達もそこに悩まされることはあるけどね。

でも自分が意図していない形で勝ったのは、どんなことであれ悲しいと思うわ。


「大丈夫よ。入隊試練は片桐時代と同じ、勝ち負けが大事なんだから、勝った事を伝えたら喜んでくれるわよ」

私が隣でしゃがみ込んで背中を擦りながら言うと、佐藤は手鏡を取り出して抱きしめた。


「そうだよ! 佐藤が1番格好良かった!!」

あことしが私と反対側にしゃがんで言うと、茂は勝手にしろと言わんばかりに背を向ける。


「目、大丈夫? 何本?」

暁さんが颯雅さんの目の前で指を3本立てて言う。


「3本?」

颯雅さんがじっと目を細めながら言うと、暁さんは何度も頷いた。


「医者行く?」

暁さんが心配そうに肩を叩いて言うと、颯雅さんは笑顔で首を横に振った。


「天候は仕方ないな。味方してくれる時もあれば、脅威になる時もある。今回に関しては、Coloursの想いの方が強かったってことだ」

藍竜さんは全員分の槍を回収して言うと、出口に向かって歩いて行く人物に「あ」と、声をあげた。


 その人物が誰なのかは、誰もがすぐに見当がついた。

だって私とあことしが死んだ事にして、実際私が声を失う事になった人物でもあるから。


 だけどリゾゼラの皆さんは、その人物の姿に嬉々とした表情を浮かべていたのだった。

ここまでの読了、ありがとうございます。

作者の趙雲です。


無事に全員入隊できて良かったです。

次回以降もColours再開に向けて動き出していきますので、乞うご期待くださいませ!


次回投稿日は、9月26日(土) or 9月27日(日)でございます。

それでは良い1週間を!


作者 趙雲


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