「16話-希求-(終編)<序>」
リゾゼラのライブは無事行われるのか!?
そしてあことし達が得たものとは?
※約16,000字です。
(+2話まとめました)
2018年4月20日 20時前
武堂館 入り口前
あことし
う~ん!! 武堂館広~~い!!
俺が大きく伸びをしていると、佐藤としげちゃんは目の前の階段付近って感じがしたからゆーひょんと向かったんだ。
まぁ勘だけどね!
そしたら無事に2人と合流できたんだけど、まだすそのんのんと淳ちゃんが来てないんだよね。
開演時間は20時30分からだし、20時開場と同時に楽屋に行ってリゾゼラの皆さんに挨拶したいんだけど、見当たらないんだ。
まさか物販に寄ってるとか?
でもすそのんのんが約束に遅れそうな時は連絡くれるし、淳ちゃんだっていい加減な人じゃないしなぁ。
「もう聖ったら何やってるのよ~」
ゆーひょんは腕時計とにらめっこしながら頭を抱える。
というのも、すそのんのんが差し入れ担当だからこのままだと手ぶらで行くことになっちゃうんだ。
「連絡しといた」
佐藤がスマフォの画面を見せながら言う。
「ありがとう。早く来るといいけど……」
俺はスマフォ画面に映し出された、19時58分という文字に胸がきゅっと締め付けられた。
リゾゼラの皆さんにどう謝ろうか。
ずっと黙ってるしげちゃんは1番心配なんだと思う。
そのまま59分に表示が変わった瞬間、こっちに向かって必死に走って来る2人が見えた。
「よかった……あれ?」
だけど、もう1人走って来ているような?
もしかしてすそのんのんのストーカーとか?
あえて変装しないことで俺達は正体を隠せてるけど、すそのんのんがイケメンだから付いて来たとか?
でも違う気がするなぁ。
「すまない。急ごうか」
すそのんのんは全然息が上がってないけど、付いて来た人は少し休んだ方が良さそう。
「えっと……淳ちゃんともう1人の方は大丈夫?」
俺がハンカチを差し出して言うと、淳ちゃんは笑顔で頷いた。
だけどもう1人の方は辛そうに顔を伏せている。
「とりあえず、歩きながら向かいましょうか。導線は確保しておりますので」
しげちゃんはサラッと全員の点呼を済まして言うと、先頭を歩きだした。
「久しぶりに走ったな」
鷹みたいに鋭い声で言うその人は、なぜかすっごく懐かしく思えたんだ。
「Bacchusさんのグッズを全て買い占めたら問題にもなりますよ。1番人気のメンバーですから」
すそのんのんは呆れかえった顔で言うと、「これでも半分なんですよね」と、両腕に5つずつ紙袋を抱えたその人を見て呟いた。
Bacchusさんは、暁さんのことだよ。
リゾゼラもColoursもバンドネームで活動してるからね!
ちなみに、リゾゼラはそれぞれの楽器メーカーとか名前でバンドネームを付けてるんだって!
「すまなかったね~。教祖パワーで買い占めるところまではいったんだけど、やっぱり現場離れて長いせいか知名度ゼロだったな」
その人は紙袋を持ち直しながら言うと、淳ちゃんに目線を遣って、
「この子も俺の事知らなかったし」
と、寂しそうにガクッと頭を下げた。
ということは、片桐組鷹階元役員の教祖様ってこの人?
でも当時はすっごくオーラあって、白い法衣みたいなの着てたから皆がお金を出してまで従ってたんだよ?
それで、その人が突然辞めて東北で鷹匠になるって言ったから、賭け事で勝ったお金を送ってたんだけど……。
「本当ですよ。俺と淳が居なかったら、今頃ライブ中止の対応がとられていてもおかしくはないです」
すそのんのんは眉を吊り上げてキツく言うと、その人は更にガックリ肩を落とした。
一体どんな揉め事が起きてたんだろう?
だけど2人で解決してたからギリギリになったってことなら、説明すれば分かってくれそうだよね!
「新田さん。半分に分けたグッズは、ファンの方々で分け合っていただけたので大丈夫ですよ」
淳ちゃんが落ち込みきってるその人――新田さんに声を掛けると、新田さんは小さく頷いた。
あれ!? 新田さんってことは、やっぱり教祖様だ。
フルネームだと新田鷹史さんっていうんだけど、スナイパーの腕よりカリスマ性で上りつめた人なんだ。
「お久しぶりです」
俺が控えめに話し掛けると、新田さんはパァッと笑顔になって、
「いつも寄付金をくれてありがとう。おかげで東北の鷹たちも元気にしてるし、鷹匠を東北全域に広められたよ」
と、本当に嬉しそうに語ってくれて、俺まで笑顔になっていた。
「東北の鷹を紹介しますってニュースでもよく取り上げられてますよね!」
俺の隣を歩くゆーひょんも話に混じってくれて、新田さんはキラキラな笑顔を見せた。
するとゆーひょんが俺の耳元で、
「あんたが賭け事で勝ったお金を送ってる人って、新田さんだったのね」
と、笑顔のまま歩いている新田さんを横目に言った。
「そうそう! 鷹階だったし、すごい人だから」
俺が理由をしれっと言うと、ゆーひょんは苦笑いをしながら、「理由……単純ね」って、1トーン低い声で呟いた。
そうして歩いていると、ちょうどリゾゼラの楽屋の前でしげちゃんが足を止め、
「20時丁度ですね」
って、溜息混じりに言うと、コンコンと強めにノックをした。
「はい。どうぞ」
藍竜さんが渋い声で返事をすると、しげちゃんはゆっくりと扉を開けた。
ゆっくり開けるのは音や会話の漏れを防ぐのもあるけど、ちょうど本名で呼んでる時だったらマズいからっていうのもあるんだ。
「失礼します。ギリギリになってしまい、申し訳ございません」
しげちゃんが深く頭を下げると、藍竜さんは後ろ頭を掻いて、
「あぁ……外の騒ぎを収めた人たちが居るとスタッフから聞いたが?」
と、片眉をあげて言った。
やっぱり演者にも伝わるような騒ぎだったんだ。
新田さん、すごいなぁ。
「お恥ずかしながら、私と龍勢が収束に当たりました。そして、この方が当事者の新田鷹史様です」
って、すそのんのんが丁寧に手のひらで差して言うと、新田さんが紙袋を抱えながら会釈をした。
久しぶりの旧友だから大人しくなったのかと思っていたら、新田さんは急に走りだして、
「見に来たぞ~~!! 藍竜~~!!」
って、紙袋ごと抱き着いた。
扉は閉まっているけど、本名を大声で叫ばれた藍竜さんは唇に人差し指を当てて、
「一応、ライブ会場ではバンドネームで呼んでくれ。誰が聞いてるか分からない」
って、衣装が汚れてないか確認しながら言った。
「そうだな、そうだな、うん。えーっと……Les Paul? だっけ?」
新田さんが紙袋から落ちた物が無いか確認しながら言うと、藍竜さんは腕を組んで2,3回頷いた。
藍竜さんはボーカルだから楽器メーカーも何も無いんだけど、昔Les Paulのギターを持ってたんだって。
「物販買い占めトラブルは今回が初めてだから、もしやとは思ってた。誰のを買ったんだ?」
藍竜さんは戦利品を覗き込みながら言った。
すると新田さんは紙袋を地面に置き、1つずつ取り出しては藍竜さんに自慢げに見せ始めた。
だけどどれもBacchusさん、つまり暁さんのカラーのものや、暁さんプロデュースのグッズなんだ。
その様子を見た暁さんは複雑そうに帽子を目深に被り、楽器も見えないように立てかけた。
黒河に至っては、興味無さそうにライト付きの鏡をぼうっと眺めている。
「全部Bacchusのだ! ベースも上手い、スタイルも良い、そして何よりもLes Paulに絡まれて困惑する仕草も良い!!」
新田さんは役員時代の面影が完全に消えたヲタクの顔で、鼻の穴を広げて藍竜さんに詰め寄って言う。
「ColoursのベースのS.lunatuyとは大違いだ。あっちは絶対変態だからな」
と、付け加えた新田さんに対し、しげちゃんは語尾を消すくらいの咳払いをした。
たしかに、暁さんは比較的変態が多いベース担当なのに変態じゃないってことでも有名だったっけ。
佐藤が前に言ってたけど、その代わりファンが変人ばっかっていう噂はあるみたい。
でもそれを言ったらしげちゃんも、世間で言われている方々と比べたら変態じゃないと思うんだけどなぁ。
俺達Coloursは顔出ししてないけど、ファンミーティング、ライブ後の握手とかもやってるから人間性も見えやすいのかもしれないけどね!
リゾゼラはちなみにアンコール、ライブ後の握手、ファンミーティングとか何もやらないんだ。
それはクールなバンドって事でやってるのもあるし、暁さんを護る為って颯雅さんから前聞いたんだ。
「そうか、そうか……分かった、ありがとう」
藍竜さんは真後ろで困惑している様子の暁さんを庇い、愛想笑いをしながら頷いた。
「じゃあ俺とこの子は先に客席行っとく。楽しみにしてる!」
新田さんはリゾゼラの皆さんに手を振ると、紙袋を抱えたまま淳ちゃんと部屋を出て行った。
それから藍竜さんは俺達に目線を遣ると、
「待たせて申し訳なかった。Coloursの用件を聞こう」
って、ライブ前なのに若干疲れた顔で言った。
「開場時間を過ぎているにも関わらず、ありがとうございます。こちら、皆さんで召し上がってください」
すそのんのんは高級そうな紙袋からいくつか袋を取り出すと、藍竜さんと暁さんがそれぞれ受け取った。
「Black Knight、クロワッサンだよ」
暁さんがカウンターに袋のまま並べて言うと、黒河は目の色を変えて袋を開け始めた。
黒河ってなぜかクロワッサン大好きなんだよね。
お母さん違いの兄弟の騅くんか、後醍醐家が関係あるんだろうけど、詳しくは知らないんだ。
「……美味しい」
それから無言で1つ食べてしまうと、すそのんのんを睨みながらも恥ずかしそうに呟いた。
「どういたしまして」
すそのんのんが黒河に何か含みのある笑顔を向けると、暁さんがもう1つの袋を開けて「わぁっ」と声をあげた。
そこにはいちご専門店の店名が書かれた袋があって、中身はピンクや白、真っ赤な色のいちごが沢山入っていた。
見てるだけでヨダレが出そうなくらい美味しそう!!
「いちご専門店……!! 今度、一緒行って」
暁さんは衣装の黒いグローブを外すと、すそのんのんの両手を掬い取った。
あれれ? いちごが好きなのかな?
次の誕生日には、いちごを送ってみようかな!
「勿論ですよ。他にも専門店が近くにあるので、お時間の許す限り回ってみましょうか」
すそのんのんが微笑みながら言うと、暁さんは何度も頷いた。
「ありがとう! いちごなら手やグローブも汚れないしいいな。これはハチミツレモンジュースか?」
湊さんは暁さんが机に置いた袋から取り出して言うと、すそのんのんは「そうですよ」と、笑顔で返事をする。
「おぉジュース!? ありがとうな、冷やしておこう」
藍竜さんは暁さんを呼んで一緒に冷蔵庫にしまうと、颯雅さんはニッコリと笑い、
「ありがとな」
と、Colours全員を見回して言った。
「H.Sakura、そろそろ皆様はお時間なのでは?」
しげちゃんは、差し入れで盛り上がるリゾゼラの皆さんに聞こえないように言った。
「そうだったな」
すそのんのんは顔を引き締めて言うと、
「それでは、私達はここで。演奏楽しみにしております」
って、頭を下げてから言った。
それから俺達は挨拶を済ませ、客席へと向かった。
・・・
武堂館のステージは円型になっていて、演者は中央の小さい円からせり上がって出てくる。
だけど他にも色んな設定が出来るから、アーティストにも人気なんだよね!
俺達もここに立つ。
このキラキラなステージに立って、皆を感動させたい!!
願わくは一緒のステージにあげたいし!
だから今はリゾゼラのファンの空気もちゃんと感じとかなきゃ!!
客席に移動した後、新田さんと淳ちゃんと合流した俺達はペンライトの電源を付けて待った。
「あい……じゃない、Les Paulは頼れる男だが、突っ走ってないか?」
新田さんは観客達の熱気に負けないように声を張った。
「そうですね。皆さんを引っ張ってくださる方ですが、どなたかストッパーが居ないといつまでもアクセルを踏んでしまいますね」
すそのんのんが少しだけ困った顔をして言う。
すると新田さんはカラッとした笑顔を見せ、
「だろうな! 昔から変わらない。まぁあの様子だと、誰かしらやってくれてるみたいだけどな! あと、弟にも迷惑をかけてないか?」
って、暁さんカラーのペンライトを眺めながら言った。
そっか……新田さんは、暁さんが藍竜さんの弟ってことも知らないんだ。
ただ、弟が居るってことしか藍竜さんも言ってなかったってことなんだね。
「そうですね。一時期はかなり険悪だったと思います」
しげちゃんは俺達の間でギリギリ聞き取れるくらいの声量で呟いた。
「今ではちょっと距離をとってるみたいですけどね!」
俺が颯雅さんから聞いたことをそのまま言うと、新田さんはホッと胸を撫で下ろし、
「そうか……ならいい!! Bacchus!!!!」
開演時間と共に"漆黒の咆哮"が流れると、吹っ切れた顔で叫んだ。
新田さんって、藍竜さんに迷惑掛けたくないから今日はオーラ消してるだけ?
普段はきっとバリバリ教祖様なんだよね。
でもそれじゃ人を集め、崇めさせてしまうから普通の人みたいにしてるんだ。
「私もそう思いますよ」
って、俺の心を読んだ淳ちゃんが囁いて、俺が振り返ると満面の笑みを浮かべていた。
やがて照明が極限まで暗くなると、ステージがせり上がってくる音がほんの少しだけ聞こえてきた。
だって、明るくしちゃったら真下の人達は顔見えちゃうかもしれないからね。
一応対策として目を閉じてるって聞いたことはあるけど、見えたら謎のクールバンドとしてはアウトだもんね。
そしてバッと照明が明るくなって、円型に並んだ5人を見たファンの方々は皆笑顔で声援を送っていた。
それに俺達の目にも――目はサングラスとか特殊な眼鏡で見えなくても、ステージを楽しもうとしている笑顔が映った。
ねぇ皆。
俺達もファンの方々からこう見られてるのかな?
俺は颯雅さんカラーのオレンジ色のペンライトを振りながら目を輝かせた。
衣装は佐藤の実家であるSugarだし、デザイナーにはチーフデザイナーでもある佐藤のお父さんがついてるんだ。
やっぱり、リゾゼラは俺達とはまた違う魅力がある。
ふと淳ちゃんの横顔を見ると、同じオレンジ色のペンライトを振りながら見入っていた。
そうだよね、自分がいいなと思ったバンドが復活するんだもん。
嬉しい、というか幸せだよね!
よし、俺達もそう思ってもらえるように頑張ろ!!
・・・
藍竜さんのMCから始まり、復活について話をする姿をじっと見つめるファン。
その中に不満そうな顔や、怒ってる顔をしている人なんて居なかった。
皆、よく戻ってきてくれたって安心した顔をしていたんだ。
そのまま始まった最初の曲は"Restart"。
リゾゼラのデビュー曲と暁さんのベースソロに、皆は桜色のペンライトを振りながら飛び跳ねて応えた。
次曲から5曲目までは既存曲で皆もノリやすそうにしていたけど、6曲目は今までとは全然違う曲調だった。
すっごい強そうな曲というか、激情がこもってて心がググッと動いた。
それに歌詞の中に散りばめられた、"BLACK"の出来事に俺達は歌詞を書いた人がいつもと違うことも察しちゃったんだ。
だって藍竜さんがあの事を書くとは思えないんだもん。
だからきっと――
「この曲は、ギターのBlack Knightが作詞作曲を担当した。作詞、作曲それぞれの経験はあったのだが、全てに携わりたいと言ってきたんだ」
藍竜さんは曲終わりにファンに向かって語り掛けると、黒河のファンは一際大きい声援をあげた。
「ありがとう。それで次の曲はColoursのリーダーでベースのS.lunatuyから、曲を提供してもらったんだ!!」
その後に俺達の方を見ながら叫んだ藍竜さんの言葉に、ファンは歓声をあげてくれたんだ。
全然音楽の方向性が違うのに、リゾゼラのファンの皆さんにも支持されてるんだ。
俺はそのことに驚きすぎて、その後に何か言ってたのに聞きそびれちゃったけど、
「……歌詞をよく聞いてくれ。この曲には、俺達への期待とリゾゼラ独特の激情がしっかり込められている。曲調はリゾゼラに寄せているが、コーラスが多いあたりColours要素もある。最後まで聴いてくれ!!」
途中から聞こえてきた声と嬉しい分析に、俺は右隣に居るしげちゃんの肩を叩いた。
「もしかしてこの曲が!?」
前後に居るファンには聞こえないように声を張ると、しげちゃんは何度も頷いた。
「ドラムもデケデケ、でしたっけ? とにかく激しくしておきましたので、ご満足いただけたかと」
しげちゃんはドヤ顔をして言うと、暁さんカラーのペンライトを控えめに振った。
なるほど、藍竜さんのドラムのイメージはデケデケなんだ。
う~ん、分かるような分からないような。
そして最後の曲だと前奏の間にMCが入ると、観客のボルテージが更に上がってきた。
だけどColoursと同じくマナーの悪いファンは見当たらず、ぶつからないように配慮がしっかりなされている。
そうして大盛況のまま曲が終わると、通例通りアンコール無しで幕を閉じた。
俺達は少し残って話し合い、ライブ終わりも挨拶しておこうということで決まった。
残念なことに、新田さんは明日の朝早く新幹線で東北に帰る為、ここで別れることになったんだ。
今日、リゾゼラのライブを見て俺は思ったんだ。
ううん、きっと4人も同じ事考えていると思う。
だって皆の目にも俺の目にも、熱い希求の炎が灯されていたから。
2018年4月20日 22時過ぎ
武堂館 リゾゼラの楽屋
あことし
熱い希求の炎を燃やしたまま向かった楽屋への道は、ライブ前の浮いた気持ちとは全然違った。
次は俺達なんだから、それを伝えなきゃ。
その気持ちでいっぱいだった。
それとスタッフさん達から取り置き分ですって言われて、それぞれのメンバーのグッズが1セットずつ入った袋を貰ったんだ。
勿論俺は颯雅さんのだし、皆もそれぞれ同じ楽器のメンバーにしたんだ。
その後皆でお礼を言うと、スタッフさん達は嬉しそうに頭を下げた。
ライブ前とは違って強めにノックをするしげちゃんに、藍竜さんの返事も引き締まったものだったような気がした。
そして楽屋に入ると、リゾゼラの皆さんは待ちかねたって感じの顔をしていた
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございました。グッズまで取り置きしてくださって」
しげちゃんは暁さんのグッズに少し頬が緩んでいたけど、すぐに真剣な表情に戻して、
「Coloursも近々復活ライブを行います」
って、覚悟を決めた顔で言うしげちゃんに、俺達もキリッとした面持ちになった。
「前に会った時より顔つきが変わったな。特に蒼谷は――提供してくれた"Break your bounds"を聴けば分かる」
藍竜さんは腕を組んで頷くと、しげちゃんに熱い視線を送った。
「ありがとうございます。必ず成功させますので、よろしくお願い致します」
しげちゃんが俺達に目配せをすると、皆で頭を下げた。
「楽しみ」
頭を上げると、微笑む暁さんとちょうど目が合った。
わぁ……やっぱ格好いい!!
ファンの皆さんも顔が見えなくても、佇まい? も格好良いから1番人気なのも分かる。
「俺らこそ宜しくな!」
颯雅さんは目を細めて右手を軽くあげた。
「……」
黒河は興味無さそうに脚を組み直して、俺達から目を逸らした。
その横で湊さんは優しく微笑んでいたんだ。
・・・
俺達はその後軽く挨拶をしてその場を後にし、行きと同じメンバーで帰路についた。
ゆーひょんの車に乗り込んで、エンジンがかかると同時に掛かった曲は俺達の曲で――
「デビュー曲じゃんこれ! 佐藤の声わっか!!」
俺が笑い転げて言うと、ゆーひょんも釣られて笑ってくれた。
10年前くらいの俺達なんて、誰が最初に声変わりするかで盛り上がった記憶しかない。
この曲はインストバンドだった俺達が、バンドの形変わって最初の曲。
しげちゃんが初めて作詞作曲した曲。
すそのんのんが菅野くんと出会って色々大変だった時でもあるけど、ずっと内緒にしてたのは本当に凄い。
いつも深夜に屋上で練習して、鳩村さんもたまに聴きに来てたって聞いたよ。
「わっかいわね~! この私達が今の私達を見たらどう思うかしらね!」
ゆーひょんは笑顔で半分振り返って言うと、すぐに前を向いた。
「う~ん……どんなことがあっても続けなきゃって思うかな~?」
俺が素直な気持ちを話すと、ゆーひょんはハンドルを指でトントンとリズミカルに叩いた。
「やっぱ? 私も同じ事思った。ファンが居るからって理由も勿論大切だけど、片桐組の同期が5人しか居なかったってもう運命よ?」
ゆーひょんは赤信号で車を停めると、こっちを振り返ってビシッと指差した。
「だから絶対一緒なの。活動再開までそれぞれ色々あったけど、集まれたのって結局そこじゃない?」
そう話したゆーひょんは、青信号になるのと同時にアクセルを踏みながら前を向く。
「そうだね! またやりたいから頑張ったんだよね!」
俺がシートを両手でドラムみたいに叩くと、ゆーひょんから悲鳴があがった。
どうやら特別の革らしくて、傷つけると大変みたい。
「ごめん」
窓の外に目を遣りながら言うと、目に飛び込んできたのは藍竜組の隊服の人だった。
武器を筒状の何かで隠しながら歩いている。
あれ? 片桐組が無くなったってことは、俺達って――
「組織!! ゆーひょん、どうしよう!?」
俺が窓に両手をついて言うと、ゆーひょんはドンって音に驚いて車を路肩に止めた。
「ビックリした……事故起こすとこだったわよ。それで? どうしたのよ」
ゆーひょんはハッとしてハザードをつけ、サイドブレーキを上げながら言った。
「ごめんね。さっき藍竜組の人を見掛けて思い出したんだけど、すそのんのん以外皆無所属になっちゃったから、この先どうしようって思って」
って、俺が段々俯きながら言うと、ゆーひょんは溜息を吐きながらハンドルに突っ伏した。
「ここ最近特に表の仕事が忙しかったから、全然気にしてなかったわ。じゃあ明日、聖以外で集まれたら集まりましょっか」
ゆーひょんは肺の空気を全部吐きながら言うと、どんどんハンドルにめりこんでいっちゃった。
出会った時からそうだったけど、ゆーひょんってやらなきゃっていっぱい考えると重いって思っちゃうんだよね。
だからこの空気を崩さなきゃ!!
「それならリゾゼラの皆さんも呼んじゃう?」
俺が運転席のヘッドレストを掴んで言うと、ゆーひょんは首を横に振って、
「それは迷惑でしょ」
って、生気がこもってない声で言うと、
「まぁ、裏の仕事がメインなんだし生き甲斐でもあるからね。皆疲れてるから、連絡は明日しましょ」
逆再生みたいに姿勢を戻しながら言った。
「よっしゃ!」
俺が拳をつきあげて言うと、ゆーひょんは肩を上下させて首をぐるっと回した。
・・・
そしてこの2日後にすそのんのん抜きで集まった俺達は、黒河が最近立ち上げた黒河組ではなく藍竜組に入る事に決めた。
理由は皆それぞれ違ったけど、あることだけは一致していたんだ。
"また一緒に集まりたい"
すそのんのんが藍竜組に移って佐藤が組を立ち上げた時、残された俺達の心には穴が開いていた。
3人は一緒なのに、ずっと何かが足りなくてモヤモヤしてた。
だから今度はずっと一緒に居られるように、どんな厳しい試練を与えられたとしても藍竜組に入ろうって。
それは佐藤も同じだったみたいで、すそのんのんの事を追い回してたって聞いて驚いちゃったんだ。
「じゃ、行くわよ。せっかく茂がアポ取ってくれたんだから。それで、聖には藍竜組の隊服を着て驚かせるわよ!!」
ゆーひょんが4人分の椅子を片しながら言うと、皆で頷いた。
・・・
約束の時間は15時。
少し余裕をもって藍竜組に行った俺達の目の前に立っていたのは、颯雅さんだった。
「来ると思ってたぜ」
颯雅さんは藍竜さんから聞いたのかなぁ。
「おぉ~、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます~!!」
って、ゆーひょん、しげちゃん、そして俺が言ったんだけど、佐藤はガックリ肩を落としてる。
颯雅さんと俺達はそんな佐藤を置いて歩き始めたんだけど、
「なんだ、神崎さんか」
って、佐藤が首を傾げて言ったら、ゆーひょんは背中を思い切り叩いて、
「あんた露骨にガッカリしてるんじゃないわよ!」
って、声量は抑えてるけど眉を吊り上げて言った。
「マイスウィートハニーが案内してくれると思ってた」
佐藤が背中を擦りながら言うと、ゆーひょんは肩を竦めて、
「まずは感謝から始めるの。で、聖には藍竜組の隊服を着て驚かせるって決めたじゃないの」
って、言うと、佐藤は目を丸くした。
「ごめん、飛んでた」
佐藤は右足と右手がたまに一緒に出たり、首をぎこちなく動かしたりしてるから、緊張してたんだろうなぁ。
「颯雅さんには謝ってちょうだいね?」
ゆーひょんが眉を下げて言うと、佐藤は颯雅さんに声を掛けて、
「ガッカリしてごめんなさい」
って、めっちゃ素直に言うから、俺達はロボットみたいに顔が固まった。
だけど颯雅さんは優しく微笑んで、
「気にしてねーよ」
って、こっちに向かって言ってくれて、
「こっちだ」
と、分かれ道で左を指差しながら言った。
「すそのんのんは普段ここで役員をやってるんですよね?」
俺が颯雅さんに話し掛けると、先導していた颯雅さんが振り返り、
「そうだな。評価面談でも1番担当されたい役員No.1らしいぜ」
って、自慢げに話してくれた。
たしか、すそのんのんと颯雅さんは幼馴染だもんね!
それにすそのんのんは頭良いのは勿論だけど、人の話聞くの上手いし話してても楽しいもん。
皆話したくなるよね!
そうしてすそのんのんの話で盛り上がっていると、向こうから歩いてくる女性隊員たちが、
「あの人たまに来る人だよね!」
「カッコイイ!! 暁副総長もスタイル良くて顔見たいっていっつも思うけど、あの人も推せる!!」
「そうそう! 暁副総長はすぐ会えないイケメン、あの人はたまにだけど顔見られるイケメン!!」
とか色々話してて、颯雅さんも人気なんだなぁって思ったよ。
てか、そうだよね!? 暁さんって同性愛に興味無い俺でもビックリするくらいだもん。
すそのんのんと身長変わらないから188cm? しかも脚長い!
それでライブの日はマスクで顔半分見えなかったのに、全部見えたらどうなんだろう?
でも暁さんって、あんなに見た目も性格も恵まれてるのに何か隠してるような?
だけど何となく探っちゃいけない気がする。
これは頭がよくないなりに察してるって言えるのかな。
「モテモテですね~」
俺が考え込んでいると、ゆーひょんが颯雅さんを小突いて言った。
「ありがたいことにな。だけど暁さん程じゃねぇよ」
颯雅さんは総長室の前で足を止めて言うと、胸の前で手を振った。
そして総長室の扉をノックすると、藍竜さんの返事が聞こえてきた。
「失礼致します」
颯雅さんが先に入り、その後に俺達が続くと藍竜さんと暁さんが迎えてくれたんだ。
「本日はお時間を取っていただき、誠にありがとうございます」
しげちゃんが一歩前に出て挨拶をすると、藍竜さんは頭を下げようとするしげちゃんを手で制した。
「挨拶はいい。用件は?」
藍竜さんはお茶の用意をしようとする暁さんの腕を引くと、威圧を感じる目で見回した。
用件を伝える為にしげちゃんが頭を下げようとすると、
「私達を藍竜組に加入させてください、お願いします!!」
って、深々と頭を下げて叫んだのは、ゆーひょんだった。
「ゆーひょん、どうして貴方が」
しげちゃんが不満そうに呟くと、ゆーひょんは頭を下げたまま、
「1番迷惑をかけたからよ。このくらいはさせて」
って、声を震わせて囁いたんだ。
俺はゆーひょんの気持ちを踏みにじりたくなくて、彼の隣に並んで頭を下げた。
すると佐藤も隣に並んで下げ、しげちゃんも堪らず頭を下げた。
「ありがたい話だがな――」
藍竜さんが暁さんを隣に座らせて言うと、颯雅さんが俺達の前に歩み出て、
「藍竜さん、俺からもお願いします」
なんと空気全部を震わせる声で、俺達以上に頭を下げてくれたんだ。
その姿は俺の為に色々やってくれたすそのんのんにも見えてきて、俺はハッとさせられたんだ。
事務的な事は任せろって言ってくれた、あの頼もしい姿。
それに颯雅さんが頭を下げるなんて、俺はドラム仲間としてしか関わりは無いけど見た事ないんだ。
だからそれなりの覚悟があって、俺達の為に行動してくれてるんだよ。
今度は俺達がもっと前に進まなきゃ!!
そう思った俺は隣に居る佐藤とゆーひょんの腕を引いて、
「俺達の為に頭を下げてくれてるんだよ!」
って、声を抑えながらも強く言うと、2人は頷いた。
ゆーひょんはしげちゃんにも伝えてくれて、改めて颯雅さん以上に頭を下げた。
「もういい」
藍竜さんは全員に頭を上げるようにジェスチャーをすると、
「暁は?」
って、目を伏せて言った。
藍竜さんから目線を向けられた暁さんは小さく頷くと、
「蒼谷、ゆーひょんは即日役員?」
って、首を傾げて言った。その時にちょっと耳にかかった髪がふわっとしてて綺麗だったなぁ。
「あぁいや、ゆーひょんだな。藍竜組の隊員達と評価面談することになるから、人間力が高くて頭が良くなければ務まらない」
藍竜さんはゆーひょんに優しい笑顔を向けて言った。
「菅野は?」
暁さんがピッタリ閉じた長い脚に拳を置いて言うと、
「あいつはな……頭脳派の隊員達からかなり不満が出てるから、その分をゆーひょんに移せたらいいんだが」
藍竜さんは困惑した顔をして、痒かったのか耳たぶを何度も触った。
「……頑張ってるよ?」
暁さんが悲しそうな顔で言うと、藍竜さんは弱ったって感じの顔つきになった。
そしたらゆーひょんが2人の前に出て、
「ちょっと待ってもらえますか! 私がいきなり役員って、反発はないんですか?」
って、腕を大きく広げて言った。
そうだよね、元片桐組なんてすぐバレるだろうし元敵だもんね。
だけど藍竜さんは淡々とこう言ったんだ。
「ある。だが片桐組の荒くれ者をまとめていたお前なら出来る」
藍竜さんは、重量級の武器を扱う人たちの集まりである象階を仕切ってた実績をかってたんだ。
ゆーひょんは腕を組んだり腕を擦ったりすると、
「たしかに象階は暴れん坊の集まりでしたけど、それは自分が食われないように必死だっただけなんです」
って、後味悪そうに呟いた。
「あの、しげちゃ――蒼谷さんは?」
俺はゆーひょんの助け舟のつもりで藍竜さんに提案すると、
「頭は良いが、人間力がちょっと」
って、愛想笑いで言われたから、バッとしげちゃんの方を向くと、
「なるほど、仕方ありませんね」
って、あっさり引き下がってたから、俺は苦笑いをしながら後ずさりをした。
そこに颯雅さんが歩み寄ると、
「4人とも藍竜組に入れるのか?」
って、飛んでった話を原点に戻してくれたんだ。
「当たり前だ。片桐組エース経験者3人に元佐藤組総長だから、素質としては問題無いだろう」
藍竜さんはドンと構えて頷いて言った。
それに対して俺達がそれぞれお礼を言うと、
「そこ確認しとかねぇと、進む話も進まねぇだろ」
颯雅さんが呆れたように言ったんだ。
「暁が頷いたら話は進むだろ」
藍竜さんは当たり前のように言ってるけど、俺達は隊員じゃないから分からないんだよね。
「伝わらねぇよ。リゾゼラと藍竜組にしか」
颯雅さんが首を横に振って言うと、暁さんは目を伏せて、
「ごめん。それ、4人に言わなきゃ。困った? よね」
って、無意識だろうけど流し目で言ってて、俺は目を見開いた。
これが大人の色気ってやつなのかなぁ?
そう思いながらしげちゃんを見ると、俺でも分かるくらいには動揺してた。
「暁さんは謝らなくていいだろ?」
颯雅さんが藍竜さんに向かって言うと、
「申し訳ない」
って、暁さんに見惚れてた俺達に首を捻りながらも謝ってくれた。
それから席を立った藍竜さんは、
「話は変わるが、隊員になるにあたって大事な試練があることは裾野から聞いたか?」
って、腕を組んで言った。
だけどそんな話、すそのんのんから聞いた事ないような?
俺が忘れただけかな、と思って3人の顔を見てもピンと来てないみたいだった。
「分かった。説明すると、本来なら俺と槍で戦ってかすり傷をつけられたら入れるというものだ。だが、今回は特別に役員にやってもらう」
藍竜さんは試練用の槍をデスクの下から持ってくると、
「ルールは普段と同じく互いの武器は槍。よって、菅野と戦う人間が1番苦労するがどうする?」
って、俺達の前でグルグル振り回しながら言った。
見てる分には軽そうだけど、きっと物凄く重いんだろうなぁ。
そうなるとスナイパーの俺が1番不利? しげちゃんも弓だからキツいかな?
あれ? 役員ってたしか菅野くんの他は、騅さん、鳩村さん、すそのんのんだよね?
すそのんのんには声を掛けないとしても、あと1人はどうするのかな。
「あと1人は颯雅でいいか」
藍竜さんは、うわ言みたいに言うと颯雅さんの肩を叩いた。
「俺!? 槍の経験ねぇし、藍竜組に属した事もないぜ?」
颯雅さんは槍を無理矢理握らせた藍竜さんに驚いてるみたい。
「それ言ったら、鳩村と騅も槍の経験無い上に武闘派じゃないぞ~? 武闘派がそれでいいのか~?」
藍竜さんが槍の柄で腕を軽く押しながら言うと、颯雅さんは観念したみたいで、
「分かった、やるよ!」
って、ちょっと投げやりに言ってたのが面白かったなぁ。
そんな颯雅さんに藍竜さんは嬉しそうにフンフンと頷くと、
「入隊試練は普段なら多少手を抜くが、今回は手を抜かなくていい」
って、悪役のボスみたいに悪い顔をしながら言った。
「勿論だ!!」
颯雅さんは戦うのが好きっぽいイメージもあってか、すっごく喜んで言ってる感じがした。
それでも俺達4人の意志は固く、
「受けさせていただきます!!!」
って、皆で一緒に言ったんだ。
2018年4月22日 15時20分過ぎ
藍竜組 グラウンド
あことし
俺達の決意を聞いた藍竜さんは、一瞬微笑んで頷くとキリッとした表情になって、
「それなら今から役員を招集する」
って、威圧感たっぷりな声で言うから、4人で背筋を伸ばして「はい!!!!」って、言ったんだ。
すると藍竜さんは役員に電話を掛けて集まるようにお願いし始めて、最後に菅野くんに掛けた。
だけどどうやら電話に出ないみたい。
菅野くんなら神崎医院に居るし、スマフォも普通に使える環境な筈だけどな。
それから何回も電話して、暁さんからもやったみたいだけど出なかったんだ。
「申し訳ないが菅野だけ応答が無いから、代わりにやってくれ」
藍竜さんが顔の前で手を合わせて言うと、暁さんは何度か躊躇ったけど頷いてくれたんだ。
「振り分け、決める?」
暁さんが自分を指差して言うと、藍竜さんは首を横に振り、
「ここは入隊希望者に決めてもらおうか」
って、絶対ウラがある笑顔で言った。
その言葉を聞いた俺達は自然と円になって、
「相性で選ぶのはプロの殺し屋としてアウトだよね」
俺が切り出すと、ゆーひょんは何度も頷いた。
「じゃあ、じゃんけんで1番最初に勝った人が暁さん、2番目が鳩村さん、3番目が騅さん、最後が颯雅さんね!」
ゆーひょんが顎に手をやって悩みながら言うと、しげちゃんはスマフォに打ち込んで、
「メモしておきましたので、決めましょうか」
って、握り拳を突き出しながら言うから、俺達も後から「最初はグー」って続けると、
「1番に勝つのはあことしだろうな」
って、颯雅さんが呟いたのが聞こえた。
「なら、颯雅は誰と当たると思う?」
藍竜さんが声を抑えて言うと、颯雅さんは何か3文字くらいで呟いてたけど、よく聞こえなかった。
「あいこで――」
4回くらい皆でパーを出してあいこになってるけど、いい加減決めないと待たせちゃうよね。
それなら賭けちゃおうかな?
次は皆グーを出すから――
俺が直前まで握っていた拳を広げると、3人の拳は握られたままだった。
昔から勘が当たるんだけど、意識しないと当たらないから使ってなかったんだ。
その方が平等って感じするし。
でもあまりにも決まらなさすぎだから、つい使っちゃったな。
「あことしはやっぱ強いわね~」
ゆーひょんは指を組んで高くあげながら言うと、指の隙間から何か覗いていた。
「あことしは青龍さんですか」
しげちゃんは残念そうに目線を逸らすと、手首を回す準備運動を始めた。
「1番大変そう。頑張れ」
佐藤はしげちゃんとゆーひょんを交互に見て言うと、
「今の絵になるからじっとしてて」
って、スマフォで2人の写真を撮りながら言った。
それからのじゃんけん結果は、ゆーひょん、しげちゃん、佐藤の順番だったんだ。
ということは、ゆーひょんが鳩村さん、しげちゃんが騅さん、佐藤が颯雅さんだね!
あれ? じゃあさっき颯雅さんが呟いた3文字って、「佐藤」だったのかな?
だとしたらすごい!! 勘が当たるのかなぁ?
「じゃんけんだと早いね」
佐藤が俺に笑いかけて言うと、
「王道ですからね」
しげちゃんが腕を組んで自信満々そうに頷いた。
「さて、決まったならグラウンドに行こうか。鳩村と騅には先に行ってもらうように言ってある」
藍竜さんは部屋の奥から槍を持ってくると、暁さんと俺達4人に手渡した。
おぉ……結構ずっしりしてるなぁ。
重さで例えるとお米3袋分? えっと、1袋10kgだから――30kgかな?
作りは装飾も何もない1本槍って感じで、イカサマなんて絶対出来ない雰囲気があったんだ。
だけどこれ、新しい感じがするなぁ。
「2人の分は俺が持って行く。気にしないでくれ」
2本を軽々と肩に乗っけた藍竜さんは、気遣う俺達に向かって手で制して言った。
でもこれをすそのんのんは10歳で使いこなしてて、菅野くんも――
「これ、最近変えたから。裾野、菅野の時、より? 重い」
暁さんが重そうに持つ俺の横で涼しい顔をしながら言ってくれた。
「やっぱそうなんですね! ……大丈夫かな」
俺が槍を持ち直しながら言うと、暁さんは顔を覗き込んで、
「勘、すごかった」
って、目を細めて言ってくれたんだ。
暁さんなら副総長だから俺の勘が当たるのも知ってるだろうし、言い当てられても嫌じゃないな。
一応勘を使ってみると、緊張を解こうとしてくれてるだけみたい。
藍竜さんは威圧って感じだけど、暁さんはマスクしてるのに色気があるよね!
それに俺と話すのが楽しいって空気も感じられるから、こっちも嬉しくなっちゃうな。
これが大人の余裕? なのかなぁ。
「あ、ありがとうございます! 全力でやりますよ!!」
って、俺がファイティングポーズをとって言うと、暁さんは指でOKマークを作ってくれた。
その指の皮の厚さとマメの多さから、ベースも全力でやってるんだなって事がビリビリ伝わってきたんだ。
そうして話している内にグラウンドに着いて、騅さんとも合流した。
長い金髪が綺麗で身長は暁さんよりも少し大きいから、190cmくらい?
大人しそうに見えて、拘りのスイッチ押したら凄い話してきそうで闇が深そうだなぁ。
んん!? あれ? 騅さんってもしかして"BLACK"の時に菅野くんと一緒に居た人!?
なんなら気配消して向かってきた人だよね!?
しげちゃんの事だから情報知ってるだろうけど、大丈夫かなぁ。
だけど鳩村さんがいらっしゃらないような?
それとも俺が会った事ないから分からないだけ?
待って、藍竜さんが困った顔で電話してたってことはもしかして――
「肺の調子が良くない、か……まぁ突発的に症状が出る場合もあるとは聞いていたが」
藍竜さんは鼻の下を軽く擦って独り言を零すと、
「ゆーひょんが鳩村だったよな? 肺の調子が悪いから、代わりに俺がやろう」
って、ウィンクをしながら軽く言ってみせたから、ゆーひょんは勢い余ってコケるフリをした。
「待ってください、肺の調子が――」
って、ゆーひょんが続けて言おうとすると、
「医者なら呼んであるから問題無い。絶対的な信頼を持っている医者なんだ」
と、藍竜さんは軽く首を横に振って言った。
その後颯雅さんに目配せをすると、2人で笑い合っていたんだ。
ということは俺達も知ってる人なのかなぁ。
「では改めてルールを説明する。入隊試練は1組ずつ行う。順番はじゃんけんで言ってた順番でいい。それといかなる能力も使用禁止。よって今持っている槍が全てだ」
藍竜さんはペンみたいに軽々と槍を振り回すと、
「条件については、体のどこでも良いから俺達にかすり傷を付けられたら合格、挑戦者が戦闘不能状態になれば失格。質問は?」
腕を組んで俺達に見えない圧を掛けて言う。
片桐組と入隊試練はほぼ同じ。
役員がやるかエースがやるかの違いだけど、頭じゃなくて実力で決まる試練なら俺は強く出られる。
それに俺達には後が無い。
ここで受からないと、すそのんのんに心配かけたままになっちゃう。
サプライズだってしたいし、ファンからの歌詞募集だって気持ちよく選べない。
だから――
「特にありません!!」
俺が勢いで槍を地面に突き刺して言うと、藍竜さんは感心してくれたみたいで何度か頷いた。
「それならまずは暁とあことしだな」
藍竜さんは俺と暁さんを交互に見て言うと、グラウンドの中心に行くように促してくれた。
いよいよ暁さんとの試練が始まる。
俺は一歩ずつ地面を踏み固めて進むと、深呼吸をした。
腕のリーチ、力の差、背の高さ、どれをとっても不利。
だけど絶対勝たなきゃ。
胸に手を当てて呼吸を落ち着けると、俺は先制攻撃をするべく地面を蹴ったのだった。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
次回投稿日は、9月5日(土) or 9月6日(日)です。
それでは良い1週間を!
作者 趙雲




