「第7話-燃える暗号-」
現在も過去も何かしらで燃え上がるモノがある。
それが暗号であっても、感情であってもきっかけさえあれば燃え上がる。
※約4,300字です。
2018年4月某日 夜
藍竜組 裾野、菅野と騅の部屋
騅
僕は今日受け取ったメールを確認していると、藤堂からすさんからもメールが来ていた。
「……あれ?」
件名は書かれておらず、添付ファイルと「これで認めれば?」と、書かれていた。
その写真を早速見てみると今度はしっかり顔が写っており、あの2人だと思わざるを得なかった。
それから歩容認証の資料を取り出し、何回見比べてみてもやはり……光明寺誠という小学校からの付き合いになる友人にしか見えなかった。
小学校のときは、イジメから助けてくれた。高校生になって再会したときも、僕の事を覚えていてくれた。
それに後醍醐家の継承者に女性が入ることも教えてくれて……本当に助かった記憶しかない。
少し変わった人だけど、僕を恨むような事はない。
……どうしてだろう。
そう言えば、"BLACK"にも居なかった……といっても過言ではないし、もう1人はお兄さんなのかな。
ほくろも同じ位置だし、顔もどことなく似ている。
ただ、今まであんなに僕に色々してくれたのに……そう思うと、少しだけ腹が立つ。
そのうえ、今日は空気も澄んでいて晴れているのに星が見えない。
う~ん、関係無いんだろうけど何だか不安だ。
2018年3月某日 夕方
藍竜組 総長室
騅
総長は重要な事を報告するということで、まず僕と菅野さんを呼び出した。
その後に全員にアナウンスするというのだ。
早速総長室に入ると、総長は藍竜組専用アプリに完成した地図の画像を僕らにだけ送った。
点で出来た『明日ここに来い』という文字と、大きな星型を貫く何か。
それが指し示すのは……どこだろう?
すると画面を眺めながら指でなぞっていた菅野さんが、「ん?」と、言葉を漏らした。
「あれ? 俺と騅、鳩村はん、総長、副総長のを繋げると……矢に見えますね」
色分けされた文字を追い、何度かなぞってもらうと確かに左斜め上から右斜め下に向けて星を貫いている。
「そうだろう。矢が示しているのは片桐組だ。そして矢が貫いているのは、藍竜組と後鳥羽家……」
総長は地図を指で指し、副総長もその言葉に頷いた。
「即ち片桐か佐藤が怪しいのだが、赤穂組を疑う情報屋も居るそうだな?」
すぐに続けられた総長の言葉にも、副総長は頷く。
赤穂組とは、ここ数年で出来たという新興勢力……ただ、血も涙もない浅薄な人間関係と価値観が売りの組だ。
門番には元片桐組エースを使っているとか。
「赤穂組は派手だから乗り込むなり、遠方から砲撃するなりしてくるからな」
総長は煙草に火をつけながら言うと、僕は恐る恐る手をあげた。
「あの……赤穂組って、赤穂家の方々が経営されているんですか?」
若干声は震えていたが、僕には裾野さんの話に出てきたあことしさんの事が気にかかった。
総長は紫煙を燻らせ、煙の漂う先を眺めながら煙草を口から離し、
「そうだ。赤穂家の次男と母親が経営しているが、兄弟4人全員……いや、1人は片桐組に行ったと嘆いていたな。三男だったか? 鳩村に訊く」
と、ノートパソコンを総長机から持ってきて、メールを送った。
総長はメールの文を打ちながら、「そう言えば」と、言葉を零した。
「昨日は火事を心配してくれたが、手紙には炙り出さなければ見えない記号があった。そこには1~20の数字があったが、騅と菅野は11だった」
と、続けて言われたとき、菅野さんは昨日の事を思い出したのか僅かに赤面していた。
たしかに炙り出しはライターでも出来る、それなら煙草の火でも可能だけど、それが分からなかったから?
「ありがとうございます……」
僕は口元に手の甲を当て目を逸らす菅野さんを見かね、代わりに礼を言うと、
「あぁ。返事が来た。あことしという男で、赤穂家三男、赤穂組の人間とは血が繋がっている。それと……」
と、総長が淡々と話し始めたとき、菅野さんはガタッと身を起こした。
「あことしって、裾野が話していた……スナイパーやけど賭け事が得意っちゅー奴やなかった……?」
僕に向け、目を泳がせながらも笑みを浮かべる菅野さんは、やはり1番裾野さんの過去語りをよく聞いている。
……申し訳ないけど、僕は賭け事が得意ということしか覚えていなかったから。
「はい! そんなことを言っていたような――」
と、僕が返事をしようとすると、総長は目を見開き、
「そうだ、裾野とは同期だ。メールには……劣等感も勉強の出来が悪いこと、近接より狙撃が得意な事から生まれて、赤穂家が今まで手を出さなかった賭け事を極めた、とある」
と、多少早口になりながら言った。つまり賭け事もスナイパーも赤穂家には必要無かったということだろうか。
だとしたら酷い話だ。せっかくの個性を……。
「そのうえ、あことしはこの存在を知っていてかつ、自分から相続権すら放棄した。お前らと居ると劣等感しか生まれないって……これは厄介な男だ」
総長は煙草を灰皿に押し当てると、副総長を一瞥した。
「……」
副総長は複雑な表情を浮かべていたが、どうしてだろう……。どうして総長は副総長を見るんだ?
そうして何分過ぎただろう?
副総長は段々総長に対して怨みのようなものを感じたけど、菅野さんは耳元で、
「副総長さ、ああ見せてはるけど……ほんまは感謝したいってオーラ出てんねんで」
って、ニシシと歯を見せて笑いながら囁いた。
それは総長も分かっているのか、優しい眼差しで見上げている。
若干だが副総長の方が身長が高いから。
「あの……」
それでも僕らがどうしていいのか分からなくて、指示を仰ごうとすると、
「すまない。明日片桐組に集合で頼む、時間は全体アナウンスで告知するが……片桐湊冴という男は早起きが苦手だから、11時30分だろうな」
と、ゆっくり立ち上がりノートパソコンを右腕に乗せて歩き出す総長。
本当に人をよく見ているなぁ。
副総長はその後を追い、遠慮がちに距離を取る。
「わっかりました!」
菅野さんは全てをオーラで見透かしているから、恐らく楽しいのだろう。
満面の笑みで普段やらない敬礼なんかをしている。
……菅野さんが味方で良かった。
ほっと心地の良い溜息をつくと、部屋を出てから俯きがちな頬を突かれた。
「安心オーラバンバンやん、明日きっと誰かと戦うのになぁ……あっ、もしかして俺が味方で良かった思てる?」
図星だ。霊媒師にでもなれそうな……。
でもそう嫌味を返したくても、菅野さんの笑顔は釣られて笑ってしまうような綺麗で親しみやすい笑顔だ。
僕は大人しく、心の中では白旗を振りながら微笑むことにした。
明日はいよいよ……全隊員が片桐組に乗り込むとき。
時刻は片桐組のホームページに出るらしいが、パスコードが要る。
藤堂からすさんのガードを破れる者は、この世に存在しないので……皆諦めはついているようだが。
……ちなみに先に乗り込もうとすると、警察やそれ以上の何かが出動するので誰もやろうとはしない。
警察には勝てても、それ以上に勝てる人……いや組織すら無い。
不思議なモノだ。
だけどそれを殺し屋の頂点を決めるという目的だった"BLACK"で、覆せるものなのかすら怪しい。
何はともあれ、明日を待つしかない。
僕はそこまで書き終えると、誠に会いにいくことを心に決めた。
流石に今夜ではないけど、どこが嫌だったのかくらいは教えてくれるかもしれない。
もしかしたら、お兄さんに何か吹き込まれたとか?
……とりあえず、会って話さないことには分からない。電話やメール、CAINだって良いのかもしれないけど、お兄さんが関わるなら本心が見えない。
それなら、鳩村さんに居場所を訊こう。あまり藤堂さんを頼る訳にもいかないし……。
そう思って部屋に入れていただいたまでは良かったのだが。
こたつに座って訳を話すなり鳩村さんは、10cm程の焦げ茶で中世時代を思わせる偶像を独りでに動かし、僕の目の前に突きつけると、
「やめ、て……はな、はなし、ても、分か、らない……騅くん、こ、殺され、ちゃう……」
と、まるで偶像が話しているかのように左右に動かした。こうするのは、鳩村さんが吃音を気にしていらっしゃるから。
「でも、僕なら――」
僕は誠と同級生だったのだ。1対1なら、分かってくれるかもしれない。
そう言おうとすると、鳩村さんは偶像の細長い手で僕の頭をコツンと叩くと、
「あ、相手は、きみ、のこ、と……消す気、だよ?」
と、偶像越しに睨みあげる鳩村さんの目は、少しだけ目力が弱まった気がする。
「……それでも僕は!」
これなら押してみようか、という僕の考えがいかに浅はかだったか、この数秒後に思い知る。
鳩村さんは僕を横目で睨みながらノートパソコンを起動させ、誰かにメールを送った。
「総長に言ったから!」
それから咳き込んでしまった鳩村さんは、パソコンを勢いよく閉じてしまい、薬を取りに台所へとフラつきながら歩いていった。
「勝手ですね!」
肺の縫合を龍也さんにやり直してもらっても元から肺が弱かったらしく、未だに薬に頼る生活なのに僕は声を荒げてしまった。
「あ、鳩村さん、その……」
言い過ぎたんです、ごめんなさい。その一言が何故か口から出てこない。
口は開いていて、鳩村さんも僕が何か喋ろうとしていることに気付いて振り返ってくださっているのに。
「いいよ……」
薬を飲み終え、飛び出ているかと思うくらい皮を押し出した喉を鳴らすと、
「ほ、ほん……と……ね? 総長の、とこ……行って?」
と、僕の両肩を後ろから優しく叩いて立ち上がらせると、背中をグングン押して部屋から追い出されてしまった。
意外と力あるのかな……?
とりあえず、総長にお会いしないと。
総長室前で一旦深呼吸をしてから入ると、煙草の香りが鼻をくすめた。
「お待たせしました」
僕は部屋にあったカーキのジャケットを羽織り、シャキッとした格好はしてきたのだが、総長はいつも通りの黒スーツ。
「あぁ、光明寺兄弟に会いに行くそうだな」
と、パソコン用メガネを外しながら言う総長は、40歳を過ぎたこともあって大人の渋みを感じる。
「はい、僕は本気です」
ここで引いてしまえば、信じて頂いている総長に迷惑が掛かる。
僕はぎこちなく一歩踏み出し、自分が出来る限界であろう凛とした声で部屋を響かせた。
すると総長は右手でこめかみを押しながら、
「それなら連れていってほしい人が居る」
と、左手で操作していたスマフォを下し、じっと僕を見つめる真摯な目にその場から動けなくなってしまった。
「……は、はい!」
僕は裾野さんか菅野さんだと思い、久々に会えることを考えて頬が緩むと、
「……」
総長は僕の表情を楽しんでいるのか、表情を変えないまま見つめていた。
あ~裾野さんと菅野さんに会える!!
それだけでユーカリが急に育つのではないか、と思い込めるぐらい明日が楽しみだ。
作者です。
23時丁度の投稿で喜んでおります。
最近寒暖差が激しいのでお気を付けて!
次回投稿日は、1月28日(日)です。
良い一週間を!!
作者