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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
79/130

「16話-希求-(中編)」

あことしの口から語られる、あの日の裏のお話。

Coloursへの強い想い。


※約30,000字です。(分割投稿していた分をまとめました)

※本小説の11話再起の前後編の裏話がございます。

2018年3月25日 13時過ぎ

しげちゃんのスタジオ

赤穂俊也(あこう としや)



 沢山の何かが奪われ、何かを奪った"BLACK"の1週間前のこと。

しげちゃんに呼び出されてスタジオに集まった俺達は皆、なんで呼び出されたのか何となく察していた。


 全員が"あの事"だろうと口を噤む中、しげちゃんは溜息を1つ零してこう切り出した。


「今日から"BLACK"終了――いえ、無期限の活動休止にします」


 その言葉に皆何も言えなくなっちゃって、実際俺もふざけたり盛り上げたりしようとも思わなかった。

だって、この中の誰かが殉職しちゃったら。

そんなの絶対嫌だけど、あり得ない訳じゃないから。


「分かった。それなら、表向きの理由の発表は茂に任せてもいいか?」

すそのんのんはいつもの無表情のまま、しげちゃんに一歩近づいて言う。


「構いません。(もと)よりそのつもりでしたから」

しげちゃんは少し残念そうな顔はしてたけど、一本調子で言い切ってた。


「じゃあ帰る。発表頼んだ」

佐藤は手鏡をジーパンの尻ポケットに仕舞って言うと、そそくさと出て行っちゃった。


 だけどゆーひょんは俺と同じで、まだ戸惑ってて動けなかったんだ。

だから、俺は皆に一声かけた後、

「また会える?」

って、泣きそうな声で訊いちゃったんだ。


 そしたらすそのんのんもしげちゃんも、ゆーひょんだって笑顔になったんだ。

「あことしがそう言うなら、世間に発表する日を1日遅らせましょう」

って、しげちゃんは気を遣ってくれるし、

「敵同士で会わない事を祈る」

すそのんのんは自分の胸に手を当てて言ってくれて、

「よし、じゃあ明日スタジオに集まりましょ! 念の為、全員楽器持参で!」

ゆーひょんは佐藤にCAINでメッセージを送りながら言ってくれて、俺は耐えきれなくて顔を覆ったんだ。



 そこには、すそのんのんを劣等感なんかで裏切ってごめんなさいって想いもあったから。

それは何でかってのはね、実はこの日の午前中に聞いた告白を夜……片桐副総長に密告しようと決めていたから。


 菅野くんにしか分からないであろう順路の字を付け足して、内部から壊す戦力と合流させようとしていた事を。

当時は我武者羅で、劣等感の犬みたいに吠えてたけど、本当にバカな事したなって反省してるんだ。



・・・


 その翌日、しげちゃんが顔出ししないで会見を開いて放った一言が、透理さんもご存知の"表向きの理由"だよ。

「全員の将来を考える時間をください」

しかもその一言だけで、質問は一切受け付けずに出て行ったんだもの。


 ちなみにリゾゼラはColoursの1日後に発表したんだけど、藍竜さんがファンクラブ全員に一斉メールを送信したんだって。

多分、しげちゃんの会見が一部の反感を買ったからかな。

う~ん、それでもリゾゼラにも批判的な声があったらしいんだよね。


 どっちもいつ再開するか、言ってなかったから。


 だって死ぬかもしれないんだし、当たり前だって考えるのは殺し屋だけだよね。

だから今だけは批判されて、帰ってきたら実力で受け入れちゃおうって勝手に決めてたんだ。


・・・


 そんな中始まった"BLACK"は、何をしていても内心ずっと後悔してた。

すそのんのんと菅野くんは、普通に会える筈だったのに。


 俺のせいで2人共殺す事になったら?

でもこの時は、一石二鳥だと訴える劣等感の思うままに菅野くんを攻撃していたんだ。



 だから菅野くんとの戦闘から逃げた後、電気も付けないで閉じこもってた。

そこにゆーひょんが爆破で出来た穴から下りて来て、肩を叩いてくれたんだけど、声が聞こえないんだ。


「ゆーひょん、どうしたの?」

それでかえって冷静になれた俺は、隣に座って欲しくて床をポンと叩くと座ってくれた。

爆破で耳が聞こえなくなった訳じゃなさそうだなって思ったから、菅野くんとの戦闘の感想を言ったんだけど、何も返してくれない。


 やっぱりどこか悪いのかなって思ってしばらく黙ってたんだけど、目が慣れてきた時にゆーひょんが口パクでこう言ったんだ。

「わたし、たつやさんがしんだって、うそついちゃったから、こえをうしなったみたい」

って。


 それからも声が出ないのに、ゆっくり説明してくれた。

「わたしののうりょくって、うそをつくとこえをうしなうでしょ? ごめんなさいね、からーずのこと。にど、こえをうしなったらもうもどらないから」


 俺は理解が追っつかなくて、ずっと目を泳がせてた。

1回は政治家だった時に吐いた嘘で3時間声を失ったって聞いたけど、二度目は無いってなに?


 もう戻らないって、どういうことなの?

もう……喋ったり、歌ったりできないの?

Coloursは、片桐組で音楽大会があったから同期で結成したバンドだよ?


 他の人じゃ駄目なんだよ。

その時はジャズのインストバンドだったけど、1回すそのんのんと佐藤が抜けてからロックバンドになって、また2人を誘ったじゃん。

2人の過去は水に流した上で、このメンバーでまたやろうって言い出したのはゆーひょんだよ。


 それでイチから2人ともギターを覚えてくれたよね。

佐藤はギターボーカルをやるって聞かなくて、すそのんのんは最初からリードギターが良かったって笑って。


 皆で顔を伏せてリーダーを指差しで決めた時も、皆でしげちゃんを指してたよ。

しげちゃんはすそのんのんだったし。


 それでいいじゃないって皆の事をいつも笑顔で包んでくれたのに、ゆーひょんが1番大丈夫だって思ってたのに。

ゆーひょんが危なくなっても、頭が良くない俺が犠牲になればいいって思ってた。


「なんでよ!! なんで嘘なんか吐いたの!?」

だから俺は何も考えずにゆーひょんに掴みかかっていた。

龍也さんが生きてるなんて、ゆーひょんが声を失って初めて知ったのに。


「ごめんね。わたしがいちばん、だいじょうぶだっておもってたでしょ。でもこれで、すくわれたひとはいるわ」

ゆーひょんの右目から光るものが流れると、慌てて袖で拭った。


「かってに、ながれちゃったわね。きにしないで、あことしはなにもわるくないの」

それどころか、俺の事を抱きしめてくれて背中を擦ってくれていた。


 部屋の外から足音がするまで、ずっと。

だけど、足音がしていつものように2人で距離を取って立っていると、入って来たのはしげちゃんたち。


 それぞれ(すす)だらけになりながら俺達の所に来てくれた嬉しさと、ゆーひょんの事を話さなきゃって気持ちでぐちゃぐちゃになっていた。

俺はゆーひょんが声を失ってから、もうずっと壊れていたんだって初めて気付いたんだ。


 ここから先はしげちゃんが冷静にちゃんと説明してるから、今度は総合病院に行った後の話をするね。


・・・



 総合病院には途中までサンチュリーで向かってたんだけど、神崎医院には颯雅さんの味方とかしか入れないからって降りちゃったんだ。

その後走って総合病院に着くと、深夜だったし誰も居ないしでバタバタしてた記憶しかないんだよね。


 でもしげちゃんとゆーひょんの顔見た瞬間に職員さんの目の色が変わったから、やっぱ2人は医療の世界で有名なんだなって思ったよ。

よく分からないんだけど講演してるらしいし、きっと凄い先生なんだろうなぁ!

……このぐらいしか、覚えてない。とりあえず、どっちも凄い!


 それで気付いたら診察室の前のソファでしげちゃんと2人で座ってたんだけど、他の皆がどこ行ったかは分からない。

違う場所で診察なのかな。


「……」

しげちゃんは自分から話さないし、俺も今は話す気分じゃない。

だからかな、いつの間にか活動休止発表の前の日の事を思い出していたんだ。


・・・


――活動休止発表前日 14時頃


 ゆーひょんの提案通り皆がスタジオに集まると、いつも通り皆それぞれ楽器のセッティングを始めていた。

これも明日からは出来ない。


 バイクしか持ってないからドラムは持って帰れないし、部屋にある電子ドラムで我慢しなきゃかぁ。

流石にゆーひょんの車に乗せてもらうのも悪いし、もらい事故があったら壊れちゃうよ!!

折角、邪魔にならない所に沢山イラスト描いたのに。


「裾野、チューニングいいですか?」

いつも通り、しげちゃんがすそのんのんにチューニングをお願いしてる。

絶対音感っていいなぁ。

ギターとベースのチューニングって、出っ張ってるのをくるくる回してるし楽しそう。


 こんな事思えるのも、今日で最後かもしれない。

自分がすそのんのんに消されるかもしれない。

怒らない訳ないし、すそのんのんなら絶対分かるよ。


 でも今の今まで何も言ってこないなんて。


「あことしはチューニング大丈夫ですか? 今日やる曲に合わせてあります?」

ちょっとボーっとしていると、しげちゃんからツッコミが入った。

実はチューニングって、ドラムもやるんだよ。


「大丈夫だよ~!」

スティックを回しながら笑顔で言う俺を、皆が微笑ましそうに見てくれる。


「それでは始めますよ。最初にやる曲は――」

しげちゃんが毎回前日までに練習する曲を決めてくれるから、準備もやりやすいんだよね。

あーあ、バイクと同じメーカーのドラム叩くの、これで最後にしたくないな。


 生きて帰って、すそのんのんにごめんなさいする。

遺体じゃ何も話せないもん。



 2時間くらいして、ザ・いつも通りって感じの練習が終わると、ゆーひょんがそそくさと帰る佐藤を引き止めた。

「Coloursの再開日がいつか分からないんだから、それぞれの白紙の譜面に一言書いちゃいましょ! 足りなかったらあげるわよ」

ゆーひょんは、4枚の白紙の譜面を取り出すとウキウキで振りながら言った。


「なにそれ楽しそう! 俺だったら、すそのんのん、しげちゃん、佐藤、ゆーひょんに書けばいいんでしょ? 1枚足りないからちょうだ~い」

俺は丁度皆に何か言いたい所だったから、誰よりも早く書きたくてゆーひょんの手から譜面を引っ手繰っちゃった。


「そうだった。再開するまでの楽しみって事で、再開日まで見ちゃいけないから絶対守るのよ? ゆーひょんからのお願いよ」

ゆーひょんは本当にキラキラで嬉しそうで、乗り気じゃなさそうだったしげちゃんも皆に背を向けて何か書き始めていた。


 ちなみにすそのんのんには謝罪の言葉、佐藤には感謝の言葉、しげちゃんには労いと作詞手伝うよって言葉、ゆーひょんにはずっと相棒がいいなって言葉を書いたよ。

詳しくは絶対俺から言わないよ。内緒!


 それから書き終えた俺達は、三つ折りにしてそれぞれに渡したんだよね。


・・・


 あ~楽しい思い出だなぁ。

でもすそのんのんと佐藤、どうしてるかな。

怪我とかしてないかな。


「――!! ――し!! ――とし!!」

遠くから何か聞こえるけど、もしかしてずっと居ちゃマズかったのかな?


「あことし!!!!」

って、耳元で叫ばれて俺は吃驚(びっくり)してソファから落ちそうになったんだ。

すぐにしげちゃんが支えてくれたけどね!


「ありがとう、ごめん」

お尻から落ちたせいか、支えられた時に触れた気がしたけど気にしないでおいた!

なんだろう、同性だから嫌なのかなぁ。しげちゃんとは長い付き合いなんだけどね。


「構いません。ゆーひょんの件ですが、やはり外科的内科的治療でも難しいとのことです。治すには、解放系の能力か自分の努力という――」

ここまで聞いて、俺は思わずしげちゃんの胸倉を掴んでいた。


 だけど何も言えなかった。

もちろん滅茶苦茶怒ってたよ。


 なんなら少し前の俺ならここで、「医者なら治してよ」って、何も考えずに言ってたと思う。

だけど今は分かる。

声を失ったゆーひょんに、何で嘘を吐いたのって言ってから気付いたんだ。


 ここでしげちゃんに言ったら、専門は違っても同じ医者のゆーひょんも傷つけることになるって事に。

ゆーひょんだって何も考えずに言ったんじゃない。

その時は嘘って分からなかったんだよ。


 言って、声を失って初めて知ったんじゃないのかな。

それでも治らない声に本当はすっごく不安で俺の所に来たんだと思う。

それなのに、凄く酷い事言っちゃった。


 たとえそれが予想通りだったとしても、俺は嫌だよ。

傷つけていい事にならないから。


「……ごめん。俺の能力でも治せないのに、掴みかかっちゃった」

胸倉から手を離すと、少しだけ手に煤が付いた。


「いいえ。それでしたら何で治せるか、賭けられませんか?」

しげちゃんは目を逸らす俺を不思議そうに見つめる。


 分かってる。しげちゃんは真面目で融通が利かないのも分かってる。

でも賭け事が出来る能力で、絶対やりたくない事ぐらい察してよ!!


「絶対嫌だ!! 相棒の命に関わる事を賭けるなんて嫌だ! そのぐらい……そのぐらい分かってよ!」

左目から溢れ出す涙に視界を取られたけど、しげちゃんに心の中のものを全部吐き出してしまった。

それでもColoursとしての命に関わるのに、賭け事で治療法を見つけろなんて無理。


「すみません。ですがどうするんですか? 外傷はありませんし、楽器や武器の鍛錬は問題ございませんよ」

しげちゃんは本当に分かってるのか心配になるけど、多分内心で疑問だらけになりながらも理解してくれてる。

だってさっきから目が泳ぎっぱなしだもの。


「ありがとう。じゃあ佐藤とすそのんのんに話さなきゃ。2人はどうしてるか知ってる?」

俺がちょっと詰め寄って言うと、しげちゃんは一瞬首を傾げてからこう言った。


「佐藤はかなり無事ではありませんが、一命は取り留めております。数日あれば、面会出来る状態になるでしょう」

と。

それにしても、淡々と言いすぎだよ。


「ですが裾野に関しては存じ上げません」

しげちゃんは俺とほぼ身長が一緒だから気が楽だけど、立ち振る舞いのせいか高く見えるのがずっと気になる。

ピーンとした姿勢なのかなぁ。


「それなら賭けてあげる」

俺はしげちゃんの真似をして背筋を伸ばすと、しげちゃんは苦笑いを浮かべて頷いた。

すそのんのんなら生存確定だろうし、場所だけならすぐ分かると思う。


 ソファをテーブル代わりにポケットからトランプを取り出して並べていく。

所謂ひとりトランプで場所を探るのも俺の能力なんだけどね――あれ?


「位置は分からないけど特殊な病院? しげちゃん、何か知らない?」

覗き込んでいるしげちゃんを見上げて言うと、胸ポケットを探り始めた。


「それでしたら、ここかもしれません」

って、メモ用紙を取り出して言うから見せてもらうと、そこには≪神崎医院≫と書かれていた。

携帯だろうけど電話番号も書いてあるし、これはすぐ会えそうな予感。


「おぉ凄い。しげちゃんが電話して~」

手を合わせてお願いすると、しげちゃんは何のためらいもなく連絡してくれた。


 ただ、電話の声を聞く限り暗雲が立ち込めているのはすぐ分かった。

「……そうですか。ありがとうございました」

そう言って電話を切ったしげちゃんが、ゆっくり首を横に振る。


「貴方が"BLACK"で菅野や神崎の敵だったことから、神崎の父上様に断られました。致し方ありませんが、一先ず3人で練習再開します?」

しげちゃんは精一杯気を遣ってくれてるけど、本当はもっと強い言われ方でもしたんじゃないかな。

でも俺が後ろ向きだと支えられないから、頑張らなきゃ。


「うん! 早く皆で譜面に書いてくれた言葉見たいし、5人揃うまでは準備しなきゃね!」

って、いつもより頑張って笑顔で言うと、しげちゃんは小さく頷いてくれた。



 これで少しずつ希望が見えてきたかな!

もっともっと頑張れば、劣等感も消えて皆戻ってくれるよね?


 どこかに希望があると信じれば、求めていれば救われるよね?



2018年4月2日 10時過ぎ

しげちゃんのスタジオ

赤穂俊也(あこう としや)



 俺達が希望を求めて集まったのは、いつも練習しているしげちゃんのスタジオ。

1か月も離れていなかったのに、とても久しぶりに感じられた。


 それに今居るのは、俺としげちゃんとゆーひょん。

これは1回解散した時に残されたメンバーだよ。


 そっか。

またこのメンバーなんだ。


 そう考えるとちょっと寂しい気もするかな。

でも俺がしょぼくれてたら絶対空気悪くなるから、少し前の事を思い出させちゃおうかな。


「そうだ、ここってリゾゼラも最初使ってたんだよね!」

ゆーひょんの肩を何度も叩いて言うと、しげちゃんは懐かしそうに遠くを見た。


「そうですね。今は他のスタジオを借りているようですが、時折いらっしゃると成長に驚かされます」

スマフォを気にするゆーひょんも見遣って言うしげちゃんは、何だか寂しそうだった。


 自分が教えた暁さんが自分を超えていくのは嬉しいんだろうけど、頼ってくれなくなるのが寂しいんだろうな。

俺も似たような経験……ないとも言えないから。


 しげちゃんに比べたらほんの少しだけだけど、俺って黒河の射撃指導もしてたんだよ。

意外? 誰にも言ってないから、誰も知らないよ……だって1週間だけだもん。


 俺、エーススナイパーだったのに。


「う~ん、そうかな? 藍竜さんの歌にはいつもびっくりするけど、暁さんはしげちゃんみたいな安心感がまだ出てきてないよ」

そんな過去の事を吹き飛ばすようにしげちゃんの前に回り込むと、しげちゃんは目を丸くしてる。


「安心感、ですか? なるほど、ドラマーらしい言葉ですね」

しげちゃんは俺のドラムが目に入ったのか、少し目を細めて優しく言ってくれた。


「えへへ。リズム隊はいちれん…………いちれん――」

ちょっと前にしげちゃんが教えてくれた言葉を言おうとしたけど、全然思い出せない。


 なんだっけ?


「一蓮托生ですね。意味は結果がどうなろうとも、行動や運命を共にすることとも言った気がしますが、何度でも言うので忘れたらまた訊いてください」

しげちゃんは俺の頭の悪さに呆れてたんだろうけど、言い終わる頃には微笑んでくれてたから怒ってはないみたい。


「そうそう! 喧嘩してもすれ違っても、俺達は一蓮托生じゃなきゃだって言ってくれたんだった!」

胸の前で手を叩きながら飛び跳ねて言うと、しげちゃんは柔らかい笑みを浮かべる。


「はい、互いにベースとドラムを選んだ時からの運命です。さて、そろそろゆーひょんとのコミュニケーションについて考えたいのですが」

しげちゃんはどんな時でもColoursのリーダーだから、メンバーを無視するなんてことはしない。


 あ~俺も考えてはいたけど、無視してれば喋るかな~って楽観的に考えてなくもなかったから。


「それなら安心してちょうだい」

ゆーひょんの口調だけど関西っぽいイントネーション、しかも大分高めの声で言われ、俺としげちゃんは動揺してしまった。


 ついに性転換でもしちゃったのかと。

まぁやったところで、バンド活動にも殺し屋稼業にも影響無いからいいけどね。

う~ん、医者の仕事には影響あるのかな? ま、素人だから分かんないや。


「そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔しないでちょうだい。後ろに隠れてるじゃないの、声の元が」

ゆーひょんの口調そのままで関西風女子声だから、しげちゃんは完全に明後日の方を向いてる。


 関わらないでおこうの印だ。


「あ~……今は~その、面白い音声再生アプリがあるんだね~? イノベーション? だね!」

俺は苦笑いをしつつその場を取り持とうとするけど、ゆーひょんは呆れ顔をしてる。


「もう2人して酷いんだから! 一応音声アプリも試したけど、イントネーションごちゃごちゃだし私の声との乖離(かいり)が酷いのよ。だから、淳に頼んだのよ」

ゆーひょんは後ろに隠れていた淳ちゃんを俺達の前に出しながら言うと、ゆっくりと眉を下げ、

「これで茂は今日の方を向くかしら?」

と、心配そうに言う。


「はい。基本的には立ち入った事には関わらない質なので、すっかりあことしに任せてましたよ」

しげちゃんは俺に会釈をして、小声で礼を言ってくれた。


「別にいいんだけどね! てか、淳ちゃんの心読み通訳いい感じだね」

って、親指を立てて言うと、淳ちゃんは微笑みながらゆーひょんの背中にまた隠れた。


 なるほど、今回は完全に心読み通訳に集中するんだね!


「さて、それでは練習を始めましょうか」

しげちゃんが機材を準備し始めると、俺達も使う分の機材は必ず手伝う。

これはColoursの決まりだよ!



 これであとはすそのんのんと佐藤を迎えるだけだと心から思っていた俺達。

だけどこの後、絶対起きないと思ってた事件が起きるなんて思いもしなかったんだ。


 これは事件って言っていいのかな?

でも事故って言われちゃうと嫌なんだ。

嫌だな……これってもうわがままなのかもしれない。


 だってよりによって、"BLACK"後の練習再開初日にだよ?


 だから絶対起きないと思ってたし、"事件"にしたい。

事故って1%でも起きちゃうかもしれないって、前にゆーひょんが言ってたから。


「言いそびれていてすみません。練習の件ですが、既存曲であれば佐藤と裾野の分を録音してあるのでそちらで合わせましょうか」


 きっかけはバンドマンなら誰でも言いそうな一言だった。

佐藤とすそのんのんが居ないから、いつも通り練習する為に音声を流す。


 しげちゃんは、その方がやりやすいんだよ。

だって……Coloursのリーダーなんだもん。


 だけど俺としげちゃんは、Coloursのリズム隊。

この2人が居る時点で、俺達の上を泳ぐギターパートは録音音声なら要らない。


 それにあの2人なら、後から俺達に合わせて練習できるもん。

それなのに、録音した音声を流したいなんて――俺のドラムじゃ駄目って事でしょ?


 それって、リズムの根っこのドラムは要らないって意味?


――お前のやってることは、赤穂家にとって不必要だ!! すぐにでも辞めろ!! そんな棒も銃も折ってしまえ!!

――俊也ちゃん!? そんな野蛮なモノ捨ててちょうだい!! 狙撃銃なんて卑しいったらありゃしないわよ!!

――あのさぁ……赤穂家の歴史も家訓も分かってる? あ~あ、ましてや物を叩く楽器かよ。野蛮人と一緒。

――あぁ、楽器を演奏する人間なんて奴隷と一緒。奴隷を動かせる演出家こそ至高。


 あの人達と一緒だよ、しげちゃん?

Coloursの中っていうか、片桐組同期の中では過去の事も全部共有してるから、知った上でじゃん。


 最低。


「茂」

立ち上がり、ドラムスティックを床に投げ捨てた俺を見た彼は、あだ名で呼ばない俺を不思議そうに見つめる。


「最低だよ」

無意識だけどいつもより1トーン低い声で言う俺に、彼は理解が追いついてないのか眉を潜める。


「どこが最低なんですか。ギターの音が無ければ、ゆーひょんが音を取りづらいでしょう。全く、スティックを投げるなんて貴方らしくもない」

彼は床に転がるスティックを拾い上げ、スネアドラムの上にひょいと置いて背を向ける。


「一蓮托生を忘れた俺みたいに、茂も俺の過去を忘れた?」

声のトーンが戻らない俺を振り返る彼は、マズい言い方をしたかと目を泳がせる。


 何でちゃんと俺に分かるように言わないの?

俺は呆れを息で漏らし、儚い笑みを浮かべ、

「分かんないなら分かるように言うよ。録音したギター流さないと音取れないなら、ドラムは要らないんでしょ? ゆーひょん、そんな事思ってないよ」

と、気まずそうに目線を逸らすゆーひょんに、いつものように笑顔を見せて言う。


「そうね。私はリズム隊が居れば問題無いわよ。じゃあ――」

声は心を読んでる淳ちゃんのゆーひょんが、軽く手を叩き練習を再開させようとしたが、彼は疑念があるのか首を捻る。


「どうしてドラムが要らないという思考に至ったんですか。少なくとも私は、ギターが音を取れるような弾き方を維持できるかを確認したいので流したいと思いますよ」

腕を組み、まるで理解できないといった顔で見つめる彼。


 嫌だ。そんな顔しないで。

必要無いって思わないでよ、お願い。


 親兄弟には、必要無いならとことん極めてやろうって気持ちでやってこられた。

だけどもし……万が一今まで一緒にやってきた仲間に思われたら、俺はどうすればいいの。


「だって、リズムの根っこはドラムだよ? 確認なら、1人の時にやればいいじゃん。それにあの2人なら、後から合わせられるもん」

同じように腕を組み、眉を吊り上げてみせる俺に、彼は小さく溜息を吐く。


「リズムの根幹を担うのはドラムで、ギター2人が後から合わせられるという点には同意します。ただ、録音音声でも練習しておかなければ土台さえ作れません」

一歩も引く気は無いのか、彼はすそのんのんよりも冷たい無表情で見下す。


「土台なんて出来てるよ! 新曲じゃないんだったら尚更!! いくら久しぶりだからって――」

そんな練習じゃ意味無い、と叫ぼうとした俺の言葉を消したのは、2,3回手を叩いたゆーひょんだった。


 それから俺と彼の肩を叩き、

「聖に会いに行きましょ? あの子、きっと待ってるわよ」

と、いつもの優しい笑顔を向ける。

この時には声の違和感とかもうどっか行ってたよ。


 それで昔からこの笑顔が大好きだから、俺はすぐに頷いた。

すると彼も渋々頷き、「車を出しますよ」と、呟いたのだ。


 彼の車はATだったかな。

車種は興味無いから分からないけど、深海みたいな色で格好良い。


 俺とゆーひょんが後部座席に乗り込むと、助手席に淳ちゃんが乗ってくれた。

何だろう、今はゆーひょんが側に居てくれた方が良い気がしたんだよね。


「……」

扉が閉まってエンジンが掛かると、車が前進していく音やウィンカーの音しか流れてこなくなった。


 ただ、ゆーひょんが淳ちゃんに向かって会釈して笑顔を向けていたから、さっきの言葉は淳ちゃんと相談して言ったのかな?

「…………あことし」

2人の無言のやり取りを見ていると、彼が遠慮がちに声を掛ける。


「先程はすみませんでした。配慮が足りない発言、でしたね」

それから消え入りそうな声で言うから、心から反省してる気持ちが伝わってきた。


「いいよ、俺こそごめんね」

だからかもしれないけど、俺は無意識にそんな言葉を零していたんだ。


「だけど……」

ゆーひょんの肩に頭を乗せ、ぼんやりと空を見つめていると、ゆーひょんはしげちゃんにスマフォ画面を見せている。

何か文字を打って見せてるのかな?


 別に寝るつもりはないんだけど、すそのんのんが無事かどうか知らないっていうのが不安で――


 その時、ふんわりと全身を包み込んでくれそうな曲が俺の耳から脳へと入り込んで来た。

こういうのって、何て言うんだっけ?


「あら、茂ったらありがとね! ヒーリングラジオなんてイキじゃない!」

ゆーひょんは弾けそうな笑顔を見せ、恥ずかしそうに目線を逸らすしげちゃんの肩を叩く。


「それは貴方が――」

って、しげちゃんが言いかけると、

「神崎医院にも掛け合ってくれたんでしょ? 車乗る前に電話してたじゃない?」

重ねるどころか押し潰すくらいの声量で遮るゆーひょん。


 だけど言ってるのは淳ちゃんだから、相当声張ってるよね。

何を遮ってたんだろう?


「いえ、貴方の名前と神崎医院の連絡先を共有して頂いた龍勢の名前を出したら許可が貰えました。……ありがとうございます」

しげちゃんは助手席の淳ちゃんに一礼し、赤信号のタイミングでゆーひょんにも頭を下げてた。


 それに対して淳ちゃんは優しく微笑んでいて、ゆーひょんは大きく頷いてたよ。

皆、すそのんのんの為に動いてたんだなぁ。

俺も何か頑張らなきゃ。


「そろそろ神崎医院に着きますよ」

しげちゃんはレバーを動かして車をバックさせると、一発で駐車させた。

俺はバイクしか乗らないから分からないけど、満足に後ろが見える状態じゃないのに凄いなぁ。


「?」

車を降りた後、しげちゃんをぼんやりと見つめていると、首を傾げられちゃった。


「ごめんごめん。一発で駐車って何か凄いなぁって思えて――ほら、行こ行こ!!」

理由を言わなきゃって思ったけど、上手く言えなくて濁してその場を後にしちゃったんだよね。


 でもすぐ振り返ると、ほんのり耳を赤くしたしげちゃんが俯いてたから、無音シャッターアプリで写真撮っておいた。

後でColoursのCAINに共有かな! ちょっと楽しみ。



 神崎医院に入ると、ふとすそのんのんの相棒の事が頭に浮かんだんだ。

一応俺と戦ってるってことは怪我もあっただろうし、行方知れずだったらここに居る可能性もあるよね!


「あのさ、菅野くんってここに入院してるのかな。病室の前に行くだけでもいいから、ちょっと寄りたくって……い~い?」

普通に心配で呟いてみたんだけど、皆頷いてくれた。


 てことは入院してるのは事実っぽいね!!

賭け事した訳じゃないけど、勘が当たると嬉しい。


「それなら、龍勢に案内してもらいましょう。よろしいですか?」

しげちゃんがゆーひょんの背後に居る淳ちゃんに優しく言うと、淳ちゃんは微笑んで頷いてくれた。



・・・


 菅野くんの病室は、すそのんのんの病室の5部屋隣だったよ。

そこまで遠くないし、この2人って仲良しだからお互いの部屋に行ってお話とかするのかなぁ。


「静かだね」

病室の前で歩を止め、ゆーひょんの後ろに隠れたからここみたいだけど、何も音がしない。


 寝てるのかな。

だけど誰もお見舞いに来てないの?


「すそ……!!」

すると病室から誰かを呼ぼうとしている声が、廊下まで聞こえてきた。


「すそ……すその……!!」

関西のイントネーションだから、多分菅野くんだと思う。

だけどどうしてすそのんのん?


 もう目覚めてるのも知ってるだろうに。


「……行きましょうか」

悲しそうな声で言うしげちゃんはゆーひょんに目を遣って促してるけど、一体どうして?


「そうね。菅野くんのお見舞いなら、また今度にしましょう」

ゆーひょんまで俺の背中を押して、早く行くように促す。


 やっぱりすそのんのんが気になるのかな?

それって相棒として、だよね?

俺がゆーひょん心配になるのと一緒の。


 それに菅野くんには淳ちゃんが居て、すそのんのんにも弓削子さんが居る。

もし気になるの方向が恋だったら、ふ――そうだ、不倫になっちゃう!


 でも片桐組では何年も結婚秒読みだってからかわれてたとはいえ、俺に向かってくる菅野くんの眼は――10年以上殺し屋やってても、正直恐ろしかった。


 相棒を返してっていう気迫と覇気だけじゃない何かを感じた。

間違っても恋ってことは無いだろうし、そうなると俺にはさっぱり分からないけどね。


「分かった。ごめんね、戻ろっか!」

だからこそ、素直に従えたのかもしれない。

このままここに居たら、すそのんのんに真っ直ぐ向き合えない何かを聞いちゃう気もしたし!



 行きとは違ってすっかり足取りが重くなっちゃったけど、菅野くんの無事が分かったならいいや。

すそのんのんの相棒なだけあって結構強かったから、俺より先に殉職とか勿体無さ過ぎる!


 そう思い直して足取りを軽くする俺の前に現れたのは、ツインテールの似合う黒髪のかわいい看護師さん!

「裾野聖さんの関係者の方、ですよね? こちらでぇ~す!」

看護師さんはアイドルみたいな癒される声で言うと、すそのんのんの病室の前まで案内してくれた。


「お姉さん、かわいい!!」

案内した後、可愛らしく走り去っていく背中に言葉を投げると、看護師さんは嬉しそうに飛び跳ねた。


 へぇ~! 神崎医院ってお堅い町医者感あったんだけど、あんなかわいい子も居るんだ~!

入院できたら、是非ともここがいいな!


「どうぞ」

俺が看護師さんに手を振ってる間にノックをしていたらしく、しげちゃんを先頭に病室へと入っていく。


「え!? 待ってよ~」

その後を追い、病室に遅れて入ると意味ありげな顔で微笑むすそのんのんが居た。


 半身を起こした状態のすそのんのんは、高そうな生地の真っ黒でサラサラそうな病院服を着ていた。

「今日は見舞いに来てくれて本当にありがとう。そう言えば、黒河は何か言っていただろうか?」

しげちゃん、ゆーひょんも俺も何の事か分からなくて顔を見合わせていると、淳ちゃんは首を横に振った。


 え? てことは、さっきかわいいって言ったり、是非ともここに入院したいとか思っちゃったりしたけど、あれ黒河ぁ!?

ハニートラップの名手なのは勿論知ってるけど、見たのは初めてだったからびっくりした。

あれなら身内引っ掛けるのだってできるよね……怖い怖い。


 それはしげちゃんもゆーひょんも同じ事思ってたみたいで、首を捻ったり頭を抱えたりしていたよ。

そうだよね……何なら違う変装されちゃったら、二度目も騙されそう。


「案内してくれただけやわ。ちなみに私は、ゆーひょんの通訳でこの場に居るんやけど……事情知ってる?」

淳ちゃんの言葉から何かを察したのか、すそのんのんは小さく頷く。


「淳もありがとう」

それから零した言葉に、俺は思わず視線が泳ぐ。


 それは俯きながら呟くすそのんのんが、今にも泣きそうだったから。

だって、きっと菅野くんの事も考えて言ってるんでしょ?

看病しながらでも俺達の練習には出なきゃだし――それなら、俺達も前と同じくらいの練習は難しいのかな。


 後でしげちゃんに相談してみよっかな。


 すそのんのんはしばらく顎を擦っていたけど、俺達に視線を向けると柔らかく微笑んで、

「すまない。大きな怪我は無いから、心配は無用だ。後はそうだな……今夜は誰も呼んでないから、時間の許す限りゆっくりしていってほしい」

って、いつもよりも優しく言うから、俺達は違和感を覚えたんだ。


・・・


 勿論当時は気づかなかったけど、もうこの時にはさ……菅野くんの事を記憶から消してたんだよね。

すそのんのん、ずっと言ってくれなかったから、メンバーで騅くんの小説を読んで初めて知ったんだもん。

何なら記憶喪失だった期間も会ってないから知らなかった!!

 なんだっけ? そうそう、閑話休題。


・・・


「そっか! 怪我なくて良かった!! ねぇすそのんのん、退院したら戻って来てよ!」

記憶喪失とか知らなかった俺は、ただ純粋に戻ってきて欲しくて明るく言っちゃった。


「Coloursに、か? 気持ちは嬉しい。ただ、ゆーひょんが声を失った原因はそもそも俺にあるだろう?」

すそのんのんは、俺に月の光みたいな優しい微笑みを見せてくれたけど、どんどん雲が増えていっちゃった。


「俺が言葉足らずだったせいであことしを裏切らせ、ゆーひょんは相棒だから同じ行動をしなければならなかった。それに龍也さんの生死は……冷静な状態の.........誰だったか、ある人でない限り見分けられなかっただろう」

完全に曇った声で言うすそのんのんは、菅野くんの事をかっていた。

あれ? 菅野くんの名前を口にしなかったのは何でだろう?


 だけどすぐに溜息を吐き、

「その人の当日の行動は颯雅に聞いたんだが、冷静なようで冷静でない事をしたのではないか? 例えば、脈を確かめる……とかな」

まさに当日菅野くんがやった行動を当ててみせたから、ゆーひょんと顔を見合わせて目を丸くしちゃった。


でも何で菅野くんの名前を呼ばないの?

って、どうして聞けなかったんだろう。

それだけ当時は自分の事で頭がいっぱいだったのかな。


「……図星なのか。まぁいい。俺が言いたいのは、(ここ)(わだかま)りがある状態でColoursには戻れない」

すそのんのんは左胸を擦り、申し訳無さそうに床を見つめる。


 本当はここで散々に謝って戻って来てって叫びたかった。

でもすそのんのんだから、言えば言う程何かで傷付いちゃう繊細なとこがあるし何も言えなかった。


 俺の勝手な劣等感のせいなのに、このまま何も出来ないのかな。

ゆーひょんは何を考えてるかな? 俺に声を掛けようとしてる?

う~ん、しげちゃんは何か考え込んでるなぁ。


 しばらくして何かを察したすそのんのんは、しげちゃんに目線を向けて、

「茂なら分かっていると思うが、声を治すには解放する能力を持つ藍竜総長に依頼する必要がある。ただ、俺から依頼するのは元敵対組織の人間を助けてくださいとお願いするようなものだから難しい」

と、少し悔しそうに言葉を零してる。


 本当はすそのんのんからお願いしたかったんだろうなぁ。

そっか、俺達が片桐組だったから……無理なんだよね。


「貴方の仰る通りです。ですが敵対していた藍竜組の――しかも総長になんて簡単に依頼出来ない事を分かって言っているんですか?」

しげちゃんは、今にもすそのんのんに掴みかかりそうなくらいの勢いで言う。


「簡単には出来ないだろう。だが"BLACK"で片桐組の経営幹部は逃げ、役員も散り散りになり、建物も灰と化した事による事実上の崩壊は紛れもない事実だ」

って、しげちゃんを鋭い眼光で見上げ、

「藍竜組の人間からの依頼は難しくとも、あの御方なら元敵からの依頼イコール一般的な殺し屋からの依頼だとお考えになる」

うってかわって急にふんわりとした笑みを見せて言うすそのんのんは、納得のいってない顔をするしげちゃんを見て溜息を吐いた。


「不安なら俺の名前を出しても良いぞ? 例えば……そうだな。藍竜組筆頭役員の裾野聖から、総長への任務依頼許可を頂いたのですが――」

と、しげちゃんの真似をしながら言うすそのんのんの言葉を、「真似しなくていいですから!」って、しげちゃんが遮っちゃった。


「すまない。だが能力による副作用は能力でしか治せない事は良くご存知だから、その点をしっかり伝えれば問題は無いと……思う」

すそのんのんは最後自信無さそうに言葉を切ってたけど、しげちゃんはその言葉を聞いた瞬間掴みかかってた。


「思うですって!? 貴方それでも役員ですか!?」

しげちゃんは珍しく熱くなってるけど、多分藤堂さんみたいな適当さを感じ取ったのかな。


「勘違いしないでほしい。"BLACK"終了から然程時間が経っていないから、片桐組からの引継ぎ等でご多忙ではないかと案じただけだ」

すそのんのんは本当に人のことを良く見てるし、考えてくれてるなって改めて感心しちゃったな。


「……すみません。一先ず貴方の組の総長にアポを取ってみますが、刺客放ってきたら貴方に出向かせますからね」

しげちゃんは内心めっちゃ心配だからかスマフォを持つ手が震えてるけど、すそのんのんはそれを知ってて笑顔で頷いてる。


 たしかに、急に敵対組織のボスに連絡とか怖いよね。

俺ならすそのんのんに取次だけして欲しいとか思っちゃう。

話すのは頑張るけどとか言って……これだから、結局エース止まりだったのかぁ。


「よっし、それなら次は総長説得できなくてもできてても、佐藤も連れてこない? すそのんのんに会いたがってそうじゃん!」

俺が暗い気持ちを蹴飛ばして提案してみると、ゆーひょんは大きく頷いて親指を立ててくれた。


「あのですねぇ。あと2~3日で面会できる状態ですよ? いくらなんでも快復まで待っていられませんし、それまでにはゆーひょんの声が戻ってますよ」

しげちゃんは頭を抱え呆れた顔で言ってるけど、ゆーひょんはスマフォに何か打ちこんでて数秒もすると笑顔になった。


 そしてCAINのトーク画面を見せると、

「2~3日後に聖のお見舞い行くわよ。面会できる状態になれば、CAINのビデオ通話してもらえばいいじゃない。ほら、佐藤もOKだって」

ドヤ顔で自慢げに言うゆーひょんに、しげちゃんは肺の空気が無くなりそうな程の溜息を零す。


「凄いよ、ゆーひょん!!」

俺はとにかく嬉しくて、ゆーひょんとハイタッチをしてたなぁ。


「はいはい、ありがとうございます。……という訳で、佐藤が面会できる状態になり次第また来ますよ」

しげちゃんはゆーひょんに軽くお礼を言って、すそのんのんにも会釈をしてたけど、疲れた声で言ってた。


「分かった、何度もすまないな。帰りも気を付けて」

すそのんのんは目を細めて手を振ってくれたから、俺とゆーひょんは両手で振り返した。

しげちゃんは疲れ切ってるから、小さく頷いただけだったよ。


 その隙に入る時に撮った照れ顔しげちゃんをグループチャットにあげると、すそのんのんは聞こえるように笑い声をあげてくれた。

車内でしげちゃんに散々説教される羽目にはなっちゃったけどね!


・・・


――2日後。


2018年4月4日 10時過ぎ

木田家 ゆーひょんの部屋



 片桐組が消えちゃったから、実家に帰れない俺はゆーひょんの部屋で共同生活を送ることになったんだ。

ちなみに午前中だとゆーひょんはお医者さんの仕事でほぼ居ない。

仕事は淳ちゃんが居なくても出来るように、事務の仕事に一時的だけど移ってるんだって。


 だからグループチャットを眺めているか、気が向いたら賭け事をしに行くんだけどね。

電子ドラム叩くのは午後って決めてるし。

あれ? これってもしかして、暇人生活?


 そんな現実から逃げようとベッドに寝っ転がってCAINを起動させると、佐藤から面会できる状態になったと連絡があって即スタンプを送信しちゃった。

だけど、しげちゃんはまだ藍竜総長のアポが取れないみたい。

理由はすそのんのんの言う通り"BLACK"後の引継ぎで、他にも色々あるみたい。


 それなら俺は面会予約でも入れようかなって文を打ってる最中に、しげちゃんから面会予約を取ったって連絡が来た。

あ~あ、俺って何もしてないよ~。

強いて言えば、ありがとうのスタンプを送ったくらい。


 しげちゃんだってお医者さんの仕事で忙しいだろうし、ゆーひょんに至っては既読すら付けてない。

すそのんのんと佐藤は、ありがとうの一言だけ。


 でもどうしてこんなにあっさり予約が取れたんだろう?

すそのんのんってめっちゃ人脈作ってるし、お見舞いしたい人って沢山居るよね?


 もしかして、神崎医院だし淳ちゃんが何かしてくれたのかな~?

それかしげちゃんがめっちゃ頑張ってくれたか!


 どっちにしたってさぁ……暇人の俺が何もしてないんだよ?

どうすればいいの?


 俺って何が出来るんだっけ?


 誰にとっても小さな疑問なのかもしれない。

だけど小骨はずっと俺の喉に引っかかったままで、ずっと俺を苦しめ続けている。


 意外な人のあんな姿を見たら尚更。


「佐藤、聞こえますか。通話許可は龍勢より頂きましたので、遠慮は無用ですよ」

しげちゃんのスマフォでCAINのビデオ通話を繋ぎ、佐藤に向かって手を振るゆーひょん。


「うん、大丈夫。分かった」

佐藤は普段口数が少ないから、簡単な返事しかしてくれない。


「これからすそのんのんの病室に行くよ~」

だけど、すそのんのんの事を話題に出すと嬉しそうに「おぉ」と、声をあげた。


 そうして近況報告とかしている内に、すそのんのんの病室の前に着いてしまった。

だけど誰かが病室から出そうな気配がしたのか、

「……隠れて」

と言い、淳ちゃんは俺とゆーひょん、しげちゃんを少し前の廊下の角まで連れて行った。


「……」

柔らかい笑みを浮かべ病室を出たその人は、名残惜しそうに扉を見つめる。

そして口の端を歪め、何か口パクで言った気がするけどここからじゃ分からなかった。


 でもそんな人には見えなかった。

少なくとも、敵として戦っている時は真っ当な殺し屋だったよ。


「……!」

淳ちゃんはその人物を見た瞬間笑顔になり、駆け寄ろうとした。


 だけど普段と様子が違うと思ったのか、俺達の方に振り向き、

「ここで少し待ちましょう」

と、急に雨に降られた女の子になって、寂しそうに笑った。


 それからしばらくしてゆったりとした足取りで去るのを見送ると、しげちゃんはこう言葉を零した。

「"また来るね"ですか。菅野海未に自覚は無いかもしれませんが、所謂"俺の男"という空気が出ていますね」

と。


 しげちゃんが少し前に片桐組で同性愛を取り締まった時に、愛を充分に受けなかった人は偏愛に走りがちだって言ってた。

もしかして菅野くんは、誰かからの愛が足りなかったの? 母親と途中で別れた……とか?

両親のどっちかを先に亡くしたとか? 兄弟に何か問題があるとか?


「放っておくとマズいの?」

不自然にならないように淳ちゃんがゆーひょんの心の声を代弁する。


「"俺の男"の空気なら、俺がマイスウィートハニーに執着してるでしょ? その一歩手前の状態」

って、淡々と言うから俺とゆーひょんは転びそうになる真似をした。


「それすっごくマズいじゃない。てか、自覚あったのね」

ゆーひょんは心の底から呆れたような声を出すと、佐藤は苦笑いした。


「佐藤はともかく、彼に関しては裾野がどう気付かせどう立ち直らせるかの問題です。私達は関わらない方が良いでしょう」

しげちゃんは腕を組み、スマフォを睨むくらいに見下していたから、主に佐藤に釘を刺したかったみたい。


「よく分からないけど、しげちゃんが言うならそうするよ。でもあの空気が無自覚って怖すぎる」

思わず頭を抱えて座り込んじゃったし、俺は恋愛の事とか本当に分からない。

だけど菅野くんはきっとすそのんのんが居ないとダメな人になりかけているんだよね。


 そこだけは何となく分かる。

佐藤とは桁違いに依存したい欲が大きい気がするもん。


「……」

何か視線を感じる。

そう思って振り返ると、精神科医っぽい神経質そうな人が居て、猫みたいに飛び上がっちゃった。


「何か御用ですか」

しげちゃんは俺の前に立って両手で眼鏡を掛け直す。

やっぱ威圧感あるなぁ。


「……」

精神科医っぽい人は、何も言わずに立ち去った。


「しげちゃん、ありがとね! 何だったんだろう、あの人」

って、病室をノックしながらしげちゃんの方を向くと、しげちゃんは首を横に振った。


 てことは、片桐組の情報にも医者として会った事も無いんだね。

不思議な空気を持っている人だったなぁ。



「入ってくれ」

ノックの先の答えは、すそのんのんじゃない声で返ってきた。


「颯雅が来てるんやな」

って、呟いた淳ちゃんの顔が少しだけ綻んだから、俺は小さく息を吐いた。

さっきはどしゃぶりの雨だったのに、しとしと雨になってきた気がする。


 病室に入ると、颯雅さんと湊さんがすそのんのんの側に居た。

そう言えば、リゾゼラは近日活動再開するって発表してたような。

いいな……俺達はまず皆集まれないのに。


「お疲れ様。精神科医って怖いね! すっごく睨まれちゃったんだよ」

俺が場を和ませたくて明るく言うと、すそのんのんは気まずそうに目を逸らした。


「あぁ……あれも実は黒河なのだが」

すそのんのんは言い辛そうに申し出てくれたけど、どんだけ俺達を警戒してるの黒河!!


 あ~あ、二度も騙されるなんてifの話だと思ってたのに。


「えぇ!?」

しげちゃんとゆーひょんは揃って驚いてるし、淳ちゃんは心の声を代弁したあと颯雅さんと湊さんに挨拶をしてた。


「黒河は颯雅と同じくらい龍の事が心配らしいからな」

湊さんはすそのんのんと颯雅さんの方を優しく見下している。


「湊、あまりからかわないでくれ」

颯雅さんは困った表情をして目線を下げる。


 すそのんのんは若干微笑んでるくらいだけど、俺の勘では動揺してるかな!

黒河が他人を心配するなんて、部下でも上司でもあった俺からすると有り得ないもん。


「今日は佐藤も呼びましたよ。ビデオ通話ですけど」

しげちゃんがスマフォの画面をすそのんのんに見せると、佐藤は「おぉぉ!!」と、病室内に響き渡る歓声を上げた。


「お互い元気に入院出来ているようだな」

すそのんのんは柔らかい笑みを見せると、佐藤も声を抑えてはいるが笑い声を漏らす。


「退院したら、Coloursやろう。リゾゼラも再開するって」

佐藤が珍しく説得の第一声をあげると、すそのんのんは「う~ん」と考え込んでしまった。


「リゾゼラと同じタイミングで再開なんて素敵じゃない?」

ゆーひょんは大きく手を広げ、言い終えると颯雅さんと湊さんの方を向く。


「……」

すそのんのんは目を伏せていて、迷っているようにしか見えなかった。



 すると廊下から足音が聞こえてきて、病室のドアが3回ノックされた。

「すまない、今日は龍也さんも呼んでいるんだ」

すそのんのんは颯雅さんと湊さんと目配せしてから言うと、「どうぞ」と、いつもより声を張って言った。


「……」

俺とゆーひょんは、気まずさから自然と目を合わせて瞳の中で会議をする。


 淳ちゃんは勿論、颯雅さんと湊さんにも筒抜けだろうけど、すそのんのんとしげちゃんには内緒でやっておきたかった。

月並みかもしれないけど、メンバーの前では2人の連携が凄いって所見せたいじゃん?

……元から思ってないかもしれないけどね。


 その間にも、俺とゆーひょんが死体として菅野くん達に紹介しちゃった龍也さんが迫って来る。

彼は俺達をどう思ってるんだろう?


 今回の件にどのくらい関わってるんだろう?

たくさん浮かんだ疑問と動揺を隠すように微笑んだ俺は、彼がすそのんのんの側に行くその一歩一歩を見守っていた。


 そしてすそのんのんの側に来た龍也さんは、一言挨拶すると颯雅さんと湊さんにも目を遣った。

「……ゆーひょん、声を出してもらっていいか?」

龍也さんは、俺とゆーひょんを何もかもお見通しって目で見て言ったんだ。


「……」

ゆーひょんは淳ちゃんに代弁しないように心で言ってるのか、目を伏せたまま何も言わない。


 う~ん、やっぱり自分を責めているのかな。


「出ないんだな。……この件はそもそも、原因は俺にあるだろ」

龍也さんは、顔を上げないゆーひょんに優しく諭すように言う。


 ゆーひょんとすそのんのんは、その言葉を否定するように首を横に振るんだ。

ていうことは裏切った俺も悪いけど、もしかして大元はこの人なのかな。


 全く関わりはないけど、すそのんのんから話は聞くから他人じゃない。

ん? これは友達の友達ってこと?


 すそのんのんの友達が大元?

頭がこんがらがってきたよ。

何でそんな事したの?


「どうして? 龍也さんがそもそもこんなややこしい事しなければ良かったじゃないですか」

俺は龍也さんの左側から回り込んで言ったけど、彼の表情に驚かされちゃった。


 誰かの為なのか、う~んって考え込んでる顔してたから。

てっきり大元らしく悪い顔でもしてるのかと思ってたのもあるし。


「……ただ、俺は兄弟をこれ以上危険な目に遭わせたくなかったんだ」

龍也さんは、湊さんと颯雅さん、そしてゆーひょんの背後に居る淳ちゃんに目線を送って申し訳なさそうに言った。


「何それ……何で――」

でも俺には全く理解出来なかった。

兄弟に申し訳ないとか、危険な目に遭わせたくないとか。


 俺にとって兄達は劣等感だけ植え付けて捨てた人達としか見られないし、何より要らなかったから。

その思いを抱えたまま、龍也さんに掴みかかろうとした俺を止めたのは――すそのんのんの細くて強い手だった。


「自分が死んだことにしたい時は、理由はどうあれ誰かを愛するが為と敵を騙す為の行動だ。但し、龍也さんの場合は敵を騙すといっても2人の事ではない」

すそのんのんは、安心できる柔らかい声で俺を包んでくれた。


 でも俺達じゃないなら、敵は誰なの?

他に裏切った太田兄弟とか?


「片桐総長と副総長だ。そうだよな、茂?」

って、俺の左後ろに居たしげちゃんを射るように見たすそのんのんは、鷹みたいに鋭かった。


「……そのようですね。片桐総長による如月さんの拷問が2018年3月28日となっております。ですがこのデータ、妙なんですよね」

しげちゃんはスマフォの画面を全員に見せながら言ってくれたんだけど、最終更新日が今日になってる!?


「え? なんで?」

思わず心の声が漏れ出たのか、淳ちゃんがゆーひょんの声を代弁する。


「今朝からすが入れたんだろ? ……あいつにも辛い思いをさせたな」

龍也さんが風に吹かれちゃいそうな声で呟く。


「なるほど、やはり藤堂さんでしたか。たしか今は新たな組織の発足準備や"BLACK"の後片付けで多忙の筈ですが、多少余裕が出来たのでしょう」

しげちゃんは顎の下に手を遣って考え込んで言った。


 俺には情報屋の事も、すそのんのんが言っている事も100%理解できない。

だけど、死んだことにしたのは誰かのことを助けたかったからなんでしょ。


「そっか、死んだことにして助けたんだ。2人が言うなら、これ以上は言わないよ」

俺は全員に精一杯の笑顔を見せて頷いてみせた。


 俺さ……また少しだけ成長出来た、かな?


 なんて精一杯の笑顔を見せていると、佐藤はしげちゃんに画面を向けるように言っている。

何か用でもあるのかな?


「あことし、夜月忍(やげつ しのぶ)がもう少しで退院だって。退院の日が分かったら、CAINで連絡する」

佐藤は相変わらず何言っても淡々としてるけど、言い終えた後に「前髪乱れてるよ」と、微笑みながら教えてくれた。


 やっぱり自分は勿論だけど、人の見た目も気になるのかな~?

メンバー以外の人は気にならないって感じでもありそう。


「あ、ありがとう」

俺は前髪を手ぐしで直しながら言い、手を振っておいた。



 佐藤が言ってたのは、"BLACK"の日に俺達が助けた赤穂組の門番の事。

しげちゃんが、助けた上で赤穂組に突きだして俺への悪口とか嫌味とか……何だっけ、邪魔する事を止めさせるって提案してくれたんだ。


 話の詳細は後で話すとか言ってて、後日話してくれたけどColoursのCAINグループ通話って、結構酷いと思うな~!!

まぁ皆で共有した方が良いのは分かるし、俺が1番暇人してたから良いけどね!


 とにかく退院したら赤穂組に連れて行かなきゃだから気が重いな。

メンバーには実家恨んでます感出してるけど、実際は帰るの嫌だし捨て台詞吐いて家出したからもっと嫌!


 でも夜月忍はすそのんのんを傷つけた事もあるから大嫌いだし、早くどっか俺の知らない所に消えてほしい。

それには実家行かなきゃ……ダメだよね。



 あれ!? 俺、この話ばっか考えてる暇じゃないよ!! すそのんのんを説得しに来たのに!!

また考えている内にどっか行って、分からなくなっちゃうパターンになりかけてたよ。



 俺は心配そうに見つめているゆーひょんに笑顔を見せ、颯雅さんと話し込んでるすそのんのんの手を取ると、

「すそのんのん、聞いて!」

って、キョトンとした顔をするすそのんのんに向かって叫んじゃった。


 しげちゃんと佐藤は俺の声にビクッとしてたし、ゆーひょんは予想出来てたのか、声には出てないけどお腹を抱えて笑っている。

颯雅さん、湊さん、龍也さんと淳ちゃんは心の中を読めるから、俺に目線を送るだけだった。


 いつもよりほんのちょっと温かい手で、細いのにしっかりした指の腹、掌には努力の証が沢山ある。

「どうした?」

すそのんのんは急に話を遮られたのに、苛立ちもせずに微笑んでいる。


 本当は辛い?

すそのんのんは頭が良くて、沢山考え事してるからまだ決められない、よね。


 でも――


「……ごめん。やっぱり、戻って来てくれない?」

無意識にすそのんのんの肩に埋もれ、背中に手を回していた俺に、すそのんのんは優しく背中を擦ってくれた。

いつもの香水は付けてないけど、ふんわりと漂う信頼の香りに思わず鼻を啜っちゃった。


 だって……その微笑みも、悩んでるのを隠す為なのかなって思ったら辛かったんだもん。


「……」

すそのんのんはどんな顔してるのか分からない。

でも突き放そうとしないから、きっと嫌じゃないんだよね?


 それからしばらくして、しげちゃんがすそのんのんの名前を呼んだ。

「実は他のメンバーには内密に、何十人とリードギターのテストをしてきました」

1番忙しいと思ってたしげちゃんの意外な告白に、間抜けな声が漏れる。


「誰一人として弾けなかったんですよ。いえ、正しく言うなら――私が求める通りに弾ける人物が居なかったんですよ」

しげちゃんは、何度でも言うけどColoursのリーダーだよ。

リードギターはすそのんのんにしか弾けないっていっつも言うけど、それは技術じゃないんでしょ?


「マイスウィートハニーが居ないと寂しい。帰らないなら、俺も戻らないよ?」

佐藤は一本調子で話してるのに、たまにとんでもない一言を言っちゃう時もある。


「は? 貴方は退院し次第合流ですよ?」

しげちゃんは冗談が通じないから、本気で戻らないと思ってるんだろうなぁ。


「冗談」

佐藤は白旗振ってそうな声色で言い、場を和ませている。


「あんたが居ないと練習楽しくないわよ! アドリブで弾いて茂を困らせたり、あことしがはしゃいで練習が止まったりする事も無いし」

ゆーひょんは淳ちゃんに代弁してもらい、俺の事を言ってる時は背中を思い切り叩かれた。


「いたいよ~! すそのんのん、ちゃんと守って~」

俺がお互いの顔が見えるくらいまで離れてから言うと、すそのんのんは俺の前髪を丁寧に撫でてくれた。


「悪かった。賄賂を受け取ってしまったからな」

すそのんのんはそうはぐらかして言うけど、賄賂って何だろう? ゆーひょんのウィンクとか?

あ! これ勘だから当たってるかも!?


「そうよ? 私のプリティウィンク……って、佐藤っぽくて嫌ね。――じゃなくて! とにかく! ストッパーが必要無くなっちゃったから、練習が順調に進んじゃうの」

ゆーひょんはウィンクをしたり、悔しそうに唇を尖らせて身を乗り出してみせたりしてるし、言われてみればそうだったね。


 他のバンドが聞いたら笑うだろうけど、練習が順調に進むのが変なんだよ。

だって小学校低学年くらいから一緒に居るんだよ? ふざけるよね?


「その通りですね。何にも惑わされず練習できるのは構わないのですが、メリハリが無いのは確かです」

しげちゃんは目を閉じて小さく首を横に振って言うけど、どこか寂しそうにも見える。


 俺がすそのんのんから離れ、ベッド側の壁に寄り掛かったのを見てたしげちゃんは、真っ直ぐにすそのんのんを見つめ、

「貴方なりに練習を楽しくしようとしてくれていたのですね」

って、柔らかく微笑んで言った。


 そっか。だから俺を見てからアドリブを入れて、感情を揺さぶってきてたんだ。

それでいっつもはしゃいで、しげちゃんが俺を怒っちゃって、ゆーひょんが止めるの。


 それを佐藤はじーっと真顔で見てて、すそのんのんのアドリブを褒めるんだよね。

そこで貴方でしたかってしげちゃんが溜息を吐くんだ。

まぁ……俺が急に興奮しちゃってアドリブ入れる方が多いから、まず俺を疑うのも分かるけどね!


 すそのんのんは、しげちゃんの言葉を聞いて同じように笑っている。

皆言うけど、ほんっとに優しくて気が遣えるんだ。


 それでそれで! 俺には無いモノばっか持ってて、劣等感ばっか抱えて"BLACK"の時も乗り越えられなかった。

ずっと心のどっかで気にしてたのが、大きく育っちゃったんだよね。


 嫌だ、このまま終わりたくない。 


「すそのんのん。俺達から何か……お礼を伝えさせて? それで、そこで終わりじゃなくてさ……またやりたいって思ってもらいたい!」

一歩踏み出してすそのんのんのベッドに腰かけると、今度は叫ばずに声を張るくらいに言った。


 俺の言葉を聞いたすそのんのんの目はいつもよりキラキラで、それを隠したいのか流し目のまま俺を見てる。

こんなに嬉しそうに迷ってるすそのんのん、初めて見たかも!


「分かった。幸い、退院まで時間はあるからな。皆が納得のいくものを考えて欲しい」

すそのんのんは、サイドテーブルにある卓上カレンダーを見てから小さく頷いて言った。


 初めてお見舞いに行った時よりも吹っ切れた顔で、俺も何だか安心しちゃったな!


「流石マイスウィートハニー!!」

って、佐藤が音割れするくらいに叫ぶと、

「ありがとうございます。納得のいくものを、という事は前向きに考えてよろしいんですね?」

と、しげちゃんが目を輝かせて言って、

「ひゅ~! そうこなくっちゃ!」

ゆーひょんは指をパチンと鳴らして口笛を吹いた。てことは、淳ちゃんも口笛吹けるんだなぁ。


「Coloursは付き合いの長さを感じるな。俺達にも出来る事があれば協力するよ。だよな、颯雅?」

湊さんは颯雅さんに目線を送って半分からかって言う。


「勿論だ!」

颯雅さんは腕を組んで笑顔で頷く。


「音楽の事は分からないが、俺も出来る限りの事はしよう」

龍也さんは冷静に言ってるけど、腕っぷし良さそうだし頼りにはなりそう。


「ありがとうござ――」

「ありがとうございます!!」

あまりの嬉しさに立ち上がってしげちゃんの声を遮っちゃった俺に、皆は微笑ましそうに笑い声をあげてくれた。


・・・


 本当は藍竜さんとのアポも取れてないし、お礼したくても何をするか決まってなくて正直不安だった。

だけど俺達なら大丈夫だよね?


 これも1つの希望だから、このまま皆で探していけばいいんだよね?


 そう思っていた俺達の前に立ちはだかったのは、誰も予想出来なかった――ううん、本人でも気付かなかった"あるもの"の限界だった。



2018年4月5日 10時30分頃

しげちゃんのスタジオ

あことし



 すそのんのんのお見舞いの翌日、佐藤は治療に専念する為退院してから練習に参加する事に決めた。

だからまた……3人になっちゃった。

まぁゆーひょんの心の声通訳で淳ちゃんが居るから、4人なんだけどね!


 どことなく寂しいけど懐かしい空気が、楽器と曲に向き合う俺達を包んでいた。

「ねぇねぇ!」

俺は練習がひと段落し、休憩に入りそうな雰囲気を感じ取って2人に声を掛けた。


 しげちゃんはベースを置いて少し悩んだ顔で振り返って、ゆーひょんはいつもの優しい笑顔で見下す。

「すそのんのんへのお礼、何にしよっか? 早く決めた方が、色んな人にも相談できる……かなって!」

俺はスティックをスネヤの上に置いて立ち上がると、手を後ろに回して微笑んで言った。


「貴方は本当に責任感のある人ですね。それとも今回は言いだしたのが自分だから、ですか?」

しげちゃんは眉を下げて心配そうに言ってる。

頭の悪い俺が、色んな意味で心配なんだろうなぁ。


「う~ん、それもある! なんちゃって!!」

本心を隠して笑い飛ばす俺に、ゆーひょんは腕組みをして考え込みながら頷いてくれた。

あれ? 珍しく一緒に笑わないなぁ。


 そんな俺の違和感が伝わったのか、ゆーひょんは胸の前で軽く手を振って、

「あことしは、お礼を伝えたいって言ってたじゃない?」

確かめるように呟きながら首を捻ったゆーひょんに、俺は小さく頷く。


「それなら、私達に出来る事は1つ――聖への気持ちを込めた曲で伝えるのはどうかしら?」

ゆーひょんは人差し指を立てて、渾身のドヤ顔で後ろに居る淳ちゃんまで見渡して言う。


「茂とあことしが居るから、作詞作曲で大苦戦って事は無いでしょ? 茂はいつも作ってくれてるし、あことしだって素敵な曲を作ってくれた事あったじゃない?」

しかも俺にまで役割をくれるゆーひょん、やっぱ世界一の相棒だ!


 でも俺が作詞作曲出来たのは1曲だけだし、作詞はやりきったけど……作曲はほぼしげちゃんが組んでくれたんだよね。

そのうえ、リードギターはすそのんのんがほとんど書き換えちゃったし、佐藤もデモ聴いた時は不満そうだった。


 まぁバンドは皆で曲作るし、しげちゃんが作る曲だってアレンジ入れたり書き換えたりするけどさ。

いつも原型は残ってるんだよ。


「うん……じゃあ、俺作詞しよっか!?」

劣等感が育っちゃう前に自分を指差して言うと、ゆーひょんは嬉しそうに頷いてくれた。


「構いません。但し全員分の裾野への想いです。言い方は悪いと思いますが、貴方には荷が重いのではありませんか?」

だけどしげちゃんは俺に詰め寄って言うし、いつもより威圧感5倍くらいある。


「…………」

威圧感の前に竦んじゃった俺は、しげちゃんの目すら見られなかった。


「あことしの詞には茂とは違ったストーリーがあって、心に直接響いてくるじゃない! そんなに言い過ぎなくたって――」

ゆーひょんは俺の前に立ってくれて、守るように腕を広げる。


「言い過ぎだと言い切れますか? 全員が納得するものを考えて欲しい、そう裾野は言っていました」

しげちゃんはさっきよりかは柔らかい声色で言って、

「その上、(わたくし)はあことしの能力が足りないとは言っていません。裾野への気持ちを伝えるのであれば視点を合わせ、彼が感銘を受ける詞を考える必要があります」

って、あまりにも正論であまりにも考えられた事も言ってくるから、笑いが込み上げてきて気付けばお腹を抱えて笑っちゃってたんだ。


 だって、俺にはそこまで考えられなかったから。

すそのんのん、いつもありがとうって思うこっちの気持ちばっかで、すそのんのんの気持ちを考えられてなかったんだもの!


 急に笑いだした俺に2人はキョトンとしてたから、

「ごめんごめん! やっぱしげちゃんじゃなきゃダメだね! 困ったら何でも言ってね、俺は暇人だから」

って、息を整えてから涙を拭いて言うと、しげちゃんは微笑んで頷いてくれた。


 ゆーひょんは肺の空気全部出しちゃったくらいの溜息を吐いて、

「……良かった。それじゃあ私達はお邪魔かしら?」

って、俺の背中をポンと叩いて言うと、しげちゃんは口元に手を当てて小さく笑った。


「いいえ、作詞作曲は遮音設備のある機材ブースで行っていますから――」

しげちゃんがベースを持ち上げ、肩に掛けながら言うから、

「よし! 折角だから作詞作曲してるとこ見ようよ! 邪魔じゃないもんね!」

怒られる覚悟で言ってみたけど、しげちゃんは無表情で頷いてくれた。


 しげちゃん、いいえって言っちゃったのが失敗だよ~?

本当はスタジオなら自由に使っていいよ~とか言いたかったんだろうけどね!


「いいの?」

ゆーひょんが遠慮がちに訊いてくれたけど、しげちゃんも後に引けないのか仕方なさそうに頷いてた。


 そしてしげちゃんが先にブースに入ると、ゆーひょんはスタジオの奥にある椅子を3脚抱えて扉の前に立った。

あれれ? ブース内には椅子が無いのかな?

それなら俺が扉係か~……椅子重いから良いけどね。


 でもゆーひょんもブースに入った事無い筈だから、淳ちゃんはブースに入る前にしげちゃんの心の中を覗いちゃったんだね!

羨ましいけど、しげちゃんの心の中って見たくないかも。


・・・


 スタジオの右奥にある機材ブースには初めて入ったし、弄ったら絶対怒られるボタンや調節レバーが沢山ある。

ここってスタジオの半分も無い広さの無機質な部屋だけど、しげちゃんの熱意は何故か伝わってくる。


「椅子は……流石ですね」

しげちゃんは椅子を並び終えたゆーひょんを振り返って息を吐いた。


 それを最後に、ヘッドフォンを付けたしげちゃんは機械を弄ってはパソコンに何か打ちこんで、ベースを構えたと思ったら下ろしてる。

キーボードもあるけど、弾くフリだけで音は出ない……じゃなくて、ヘッドフォンから流れてるのかな?

う~ん、これじゃ何をしてるのか分からないなぁ。


「私は裾野のようにギターを弾きながら作詞作曲は出来ませんし、あことしのように独り言から作詞も致しません。ただただ無音ですよ」

見兼ねたしげちゃんは、ヘッドフォンを首に掛けて心配そうに声を掛けてくれた。


 入口付近に大人しく3人並んで座る光景が落ち着かないのかな。

それとも作詞作曲工程が無音だから、つまらなくないか気を遣ってくれてるのかな。


「大丈夫だよ! 職人技だなぁって感じで楽しんでるから」

俺がゆーひょんと目配せして言うと、しげちゃんは一瞬困り顔をしてた。


 どうかしたのかな?


「そうですか。いえ、楽しんでいただけているなら良いのですが、作詞は更に無音なので……眠くなったら寝ていただいても構いません」

しげちゃんは不自然なくらいに俺達に話し掛けてる。


 作曲もきっと途中だっただろうし、急に数十分くらいで作詞に移るなんて変な気がする。

流石にそんな早く曲は出来ないと思うんだけど、気分転換でもしたかったのかな。


「俺達が居るとやっぱ気になる? 遠慮しないで言って?」

俺なりにやんわりオブラートに包んで言ってみたんだけど、しげちゃんは振り返らずに首を横に振った。


「……」

俺はスマフォのメモ帳に、≪しげちゃん、何か悩んでるのかな?≫って打って、ゆーひょんと淳ちゃんに画面を見せた。


 するとゆーひょんは俺のスマフォを取り、≪いつもならあそこまで私達の心配をしないから、作詞作曲が上手くいってないのかも≫って、打ってくれた。

「だよね……」

無意識に小声で呟いた俺に、ゆーひょんと淳ちゃんは眉を下げて頷く。


 Coloursの曲が出来るまでの順番を付けるとしたら、しげちゃんが全パート分のデモを作るのが最初。

作詞もしげちゃんなら、全部出来た状態で持ってくるのも……同じタイミング。


 そこから曲の背景や解釈合わせ云々が2番目で、各パートでアレンジとか色々やるのが3番目。

歌詞の変更とか曲の見直しとか皆で意見を出し合って決めて、練習しまくるのが最後。


 俺の体感はこんなんだし2番目以降しか関われないけど、しげちゃんはいつも大事なものを背負ってる。

リーダーだし、作詞作曲もするしベースだもん。

あれ? しげちゃんって情報屋のエースで弓道極めてるし、外科医で講演までしてて、Coloursもやってるじゃん。


 よく考えたら、背負わせすぎてるんじゃないの?

作詞作曲はすそのんのんも出来るし、俺だって作詞なら協力できるから分担したっていいのに。


 そう言えば、今まで誰も分担の事言い出さなかったのってもしかして、俺が1回作曲に失敗したから?

そうだよ! きっとしげちゃんはいつも、皆ならどうやって演奏するのかなって考えながら作詞作曲をするんだよね?


 それって物凄く難しいよね?

あの時の俺は自分の気持ちを乗せるので精一杯だったし、さっきだってすそのんのんの気持ち考えられてなかったの見破られたからさ。


「……」

考えれば考える程、何もしてないこの時間も俺自身も嫌になってくる。

でもどうすればいいの。


 時計の針はこの間も右に進んでいく。

何か切り札があればいいけど、人間関係にはイカサマも無い。


「はぁ……」

しげちゃんがふと長い溜息を吐く。

こっそり手元を覗いてみると、そこには真っ白の紙があるだけ。


 席に戻ってスマフォで時間を確認したけど、もう1時間は経つ。

タイトルも書いてなければ、一文字も書いてなかった。


 作詞作曲はしげちゃんだけど、自分の名前すら書いてなかった。

「…………しげちゃん」

俺は耐えられなくなって、声を掛けてみた。


 ねぇ……しげちゃんは俺達に弱音を吐かないんじゃなくて、もしかして吐けないの?

そう言葉にしたい俺を、心配性で責任感の強い自分が押し込める。


「何ですか。眠かったら寝ていただいて――」

今にも消えそうな声で呟いたしげちゃんの背中は、気付かれないように堪えてるんだろうけど震えていた。


「眠くなんかない。しげちゃん、悩んでる事があるんじゃない?」

俺はゆっくりしげちゃんに近づいて言ったけど、しげちゃんは段々紙をくしゃくしゃに握り潰して最後には丸めちゃった。


 そして腕で顔を覆って機材の上に伏せると、

「分からない!! 分からないんですよ!! あんなに聴いてきたのに、こんなに気持ちは溢れているのに……音にも詞にもならないんですよ!!」

喉が裂けそうな声で叫んだしげちゃんは、唇を噛んでいたのかシャツに血が滲んでいた。


 表情は見えないけど、覆ってる腕も震えていて激しく動揺してるように見えたんだ。


「……」

どうして何も言えないんだろう。

こんなにも弱いところを見せてくれてるのに、どうして何も出来ないんだろう。


「茂」

ゆーひょんは顎に手を添えて唇を噛むのを止めさせ、背中を擦っている。


「ここに立ち入らせといてすみませんが、もう帰ってください」

しげちゃんはゆーひょんの手を払い、背を向けて立ち上がり呟いた。


 しげちゃんの背中はこんな小さくない。

俺と身長が変わらない筈なのに、立派で大きく見えるのに。


「しげちゃん……」

このまま放っておけなくて声を掛けたけど、ゆーひょんが肩に手を置いて首を横に振る。


 扉を閉める寸前に膝から崩れ落ちるしげちゃんが見えて心配になったけど、ゆーひょんが最後まで閉めきっちゃった。

それで俺達は椅子と共にブースを後にして、スタジオの後片付けを終えた。


 その時1人入口付近で待つ淳ちゃんがあまりにも寂しそうで痛々しくて、本当に申し訳なかったんだ。

内輪揉めに巻き込んじゃったし、ゆーひょんの通訳でColoursの練習中は居なきゃいけないから辛いよね。


・・・


 しげちゃんもきっと初めてだったんだと思う。

作詞作曲で詰まっちゃった事もそうだけど、すそのんのんならどうやって弾くかも分からなくなるなんて。


 このまま希望を失って、すそのんのんに何も出来なくて終わりで良いの?

でも俺に今出来る事なんて……何も無いよ。


 ねぇ、すそのんのんならどうするの?


・・・



同日 13時頃

神崎医院 病室

裾野聖(後鳥羽龍)



 昼御飯を食べ終え、一定の温度に保たれた病室で1人物想いに耽る。

空調で揺れるカーテン、パーテーション――藍竜組の俺の部屋にもある。

ベッドは1台――いや、(もや)がかっていて見えないが何か大事なモノを忘れている気がする。


 それにしても、Coloursには本当に戻るべきだろうか?

後ろ向きでは仕方ないと説得を半ば受けた形になったが、俺のせいで苦しんだ人間は数多く居る。


 こんな自分が再び人様に夢を与え、音楽で励まして良いのか。

俺が与えた夢で、誰かを泣かせてしまわないだろうか。


「考えすぎなのかもしれない。だが――」

颯雅に助け出される時、助かって欲しいと心から願った全員の顔が思い浮かんだ。

全員の無事が確認出来ほっと息を吐いた瞬間脳裏に過ったのは、自分のせいでもそうでなくても亡くなった何百人の殺し屋や名家の人間。


 今まで何十人、何百人と傷つけてきたのに今更どうした。

裾野聖は殺し屋で藍竜組の役員だ。

何故罪悪感が――大切な何かが抜けているせいなのか?


 そして茂は誰にも見せないよう気丈に振舞ってはいたが、悩みが顔に滲み出ていた。

あれは……どういう意味だったんだ。


 もしや何かしらで上手くいっておらず、バラバラになりかけているのではないか。

それで普段スキンシップを殆どしないあことしも、俺に抱き着いてきたのではないか?


 考えれば考える程出来る事が湧いてくるが、俺に何かを伝えたくて衝突やすれ違いをしているのであれば見守るしかない。

当人達がどうしたいのか、何を伝えたいのかを推し量るのは野暮だろう。


 何はともあれ、Coloursのメンバーがまた一緒にやりたいと手を差し伸べてくれている。

茂は藍竜総長に何度かアポ取りを試みていると颯雅から聞いた。

ご多忙だろうが、いつか必ず話を聞いてくださる方だ。


 今の俺には唯、誰がどうするか、自分がどうすれば良いのかを考え、先を案じ備えるしか方法は無い。

だがこれだけは言えるかもしれない。


 衝突した分、分かち合えるものが必ず落ちる。

それを拾えるかどうか、希望と捉えるかどうかは自分次第だ。

ここまでの読了、ありがとうございます。

作者の趙雲です。


早いものでもう4月ですね……。

休校措置や緊急事態宣言等不穏な空気は流れておりますが、希望は必ずあるので私は只管に求めるのみですかね。

その、タイトルが希求ですしおすし。


次回投稿日は、4月18日(土) or 4月19日(日)でございます。

それでは良い1週間を!


作者 趙雲


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