「15話-偏倚-(中編)」
淳との戦闘を通じ、透理さんはどのように変化していくのか。
※約3,700字です。
――1時間後
2018年5月10日 22時30分頃
後鳥羽家 吸血闘技場
如月龍也
能力解放状態の淳は確実に透理を追い込んでおり、もう彼は立っている事すらままならない状況だ。
このままトドメを刺して気絶まで持ち込めば、今後襲ってきても追いやる口実が出来る。
固唾をのんで2人の戦闘を見守っていると、透理は血を吐き捨てハンカチで口元を拭った。
「キミが強いのはもう分かった。でもさ、何の為にこのボクが面倒な事をしているのかな」
透理は口元を覆ったまま目を細めると、2階席を見遣った。
その視線の先には――
「あ~……龍様、すみませんね」
龍の執事長である橋本が立ち上がり、仕方なさそうに竜馬と利佳子の腕を結束バンドで後ろ手に結ぶ。
「いや。誰もお前を責めはしない」
2階席から2人を放り投げる橋本を無表情で見つめる龍からは、何の感情も読み取れなかった。
「キミはやたら親友や仲間を大事にしたがる。龍と同じなんだよ……ボクの"嫉妬"の対象であり、清算するのは龍だけでいい。だからキミは邪魔」
透理は抵抗する2人の首を順に噛むと、2人は声にならない叫びを上げ、のたうち回った。
すると龍は紅夜と頷き合い、2階席から飛び降りて駆け寄り首筋を再度噛もうとしたが、既に2人の目の色が変わっていたのだ。
透理と同じ深紅の眼に。
「遅かったか」
龍がバック転をして距離を取ると、紅夜さんもバックステップでその場を離れた。
「ボクが当主になるにはさぁ……過去を清算しなきゃいけないんでしょ? それには龍に"嫉妬"を抱かないのが絶対条件だった。それなのに――」
結束バンドをいとも容易く解いた傀儡状態の利佳子と竜馬を操り、紅夜さんと龍の前に差し向ける。
「透理が思う過去の清算の意味って、俺や他の兄弟が考えている意味と違うよ。こんな大掛かりな事……虚無でしかない」
紅夜さんは透理の泳いでる目を射貫くように見下すと、冷たく言い放った。
「は……? このボクが!? 本気で!? 友好的に話し合いなんて出来ると思ってんの!?」
透理は2人に武器を構えさせると、大きく振り下ろさせた。
その時、2人からは大粒の涙が次々と零れ、洋服を濡らしていったのだ。
龍と紅夜さんは武器も構えずに居たが、自分の役割だと分かって攻撃を止めたのは淳だった。
「まぁいいよ。邪魔なキミを消すのが先だしさ。さぁて……竜馬と利佳子には一仕事してもらうとしようか」
透理は覚束ない足取りで舞台の端に座り込むと、無表情のまま涙を流し続ける2人を操り、淳への攻撃を再開させたのだ。
「2人は手を出すな。ここは俺が相手しなきゃならない」
淳は攻撃を防ぎつつ龍と紅夜さんに小声で言うと、2人は大きく頷き2階席へと飛び戻った。
「裾野……こんなん卑怯やんか」
竜斗は2階席の縁に立膝をつく龍を見上げて言うが、龍は同じ姿勢で待機する紅夜さんと目配せするのみ。
だがしばらくして竜斗の方を振り向くと、
「下手すれば、30分後には失血死の危険性もある。だが、菅野には言った筈だぞ――伴侶を信じろと」
龍は無理に作った笑みを浮かべて言ったのだ。
本当は龍も竜斗も淳の事が心配で仕方がないのだ。
それなら俺に出来ることは――
「淳が危惧しているのは、ここで決着を着けないと、これから先何回もこのような事が繰り返されて、もっと周りの人達に危害が及んでしまう事だ」
紅夜さんも途中で振り返って頷いてくれたが、まだ不安そうな表情が見える。
それは他でもない。
竜馬と利佳子を傷つけやしないか。
傀儡状態とはいえ、親友である淳を殺してしまった場合の2人のメンタル面。
その2点だろう。
「淳は2人を護りながら勝つ気だ。まぁ淳だっていつまでも昔の淳じゃない。それに淳は追い込まれた時に真価を発揮する、火事場の底力タイプなんだ」
俺がフッと笑って言ってみせると、その場に居た誰もが安堵の表情を浮かべた。
まぁこれも淳との付き合いの長い俺が言うからこその――自分で思うのも何だか説得力のようなものがあるのだろう。
そのうえ、淳は先程から2人の攻撃を弾くだけで攻撃はしていない。
「なるほど。お主が言うのならばそうなのだろうな。……良かったな」
詠飛さんが紅夜さんの側で微笑みかけると、紅夜さんも僅かながら頬を緩ませた。
戦場において大事なのは、心の余裕だからな。
一方、淳はというと毒が回っているせいかふらつく事も多くなってきた。
そのうえ、龍によれば失血死の危険領域も見えてきている状況。
その見立ては、医者である俺でも正確な見立てだと言える。
「……ぁ」
淳は能力解放の姿であれば2m程あるが、貧血の症状が出たのか、ふらついて両膝をつき前によろめいてしまったのだ。
「……!」
すると、ここぞとばかりに竜馬が後ろに回って羽交い絞めにする。
「……」
利佳子はロボット歩きで近づき、鳩尾に刀の柄で何度も突きをかまし続ける。
これは操ってる人間に剣の知識が無いせいだろう。
というのも、あくまでも刀の他の部位での突きと比べて痛みは少ないからだ。
だが淳は痛がる素振りもみせず、傀儡状態なので意識は無いだろうが彼らに笑みを見せ続け、
「大丈夫だ、大丈夫だ。2人は悪くない」
と、血を吐きながらでも声を掛け続けている。
その声が聞こえたのか、透理は淳の背後に回り込み、出血が多く毒も塗られている左足に所持していた残りの毒も塗り込むと、
「あ~ぁ、つまんない。はい、トドメ」
利佳子に針を手渡し、心臓に刺すよう指をさす。
「あ゛ああ゛ああ゛あ!!!!」
淳は毒が急激に回りだした事への激痛で声をあげると、生気のない利佳子に向かって微笑む。
その頬を汗が伝い、舞台を染めていく。
こんなにも神秘的な姿なのに、透理は面倒そうに淳を見下す。
それどころか、彼は血や汗の臭いが鼻についたのか顔を背け手で扇ぐ。
「…………」
利佳子は無慈悲な瞳のまま、だが透理の命令にどこかで逆らっているのか、躊躇いがちに針を心臓へと向けていく。
そして今にも刺さりそうになった時、淳は息も絶え絶えになりながらも今度は満面の笑みを向け、
「辛い思いさせて…………悪かったな」
と、消え入りそうな声で言った。
その刹那、刺す瞬間を見る為に身を乗り出していた透理の額を、ノールックでデコピンしたのだ。
だが普通のデコピンではない。
それと同時に飛んだ空気圧で彼を舞台の柱に叩きつけたのだ。
「……」
紅夜さんと龍は再び頷き合い、舞台に降り立つと2人の首筋を噛んで透理の血を抜いたのだ。
恐らくこれが透理による傀儡状態を解除する方法なのだろう。
「ぐっ……!!」
龍は利佳子から血を抜いて舞台に吐き捨てたが、量が多かったせいか舞台の半分を彼女の血で染め上げている。
そのうえ、彼も舞台に倒れ込んでしまったのだ。
「大丈夫~?」
竜馬の血を抜き、軽く吐き捨てる紅夜さんは自分と龍の口元をハンカチで拭く。
血を抜かれた2人は、疲れのせいかそのまま眠りこんでしまっている。
「はい……申し訳ございません。それよりも淳の治療を――」
龍が立膝をついて淳を見遣るがそこには誰も居ない。
「これくらいで俺が負けるとでも思っているのか?」
淳は柱に寄り掛かり、息を整えている透理を見下す。
それから毒が回っている筈の左脚で、透理の顔面を蹴り上げたのだ。
彼は柱に再び頭をぶつけ、蹴りの勢いで柱は半分以上抉れてしまった。
「……」
竜斗は舞台に降り立ち、毅然とした姿で立つ淳を呆然と見遣る。
「おお、大したものだな」
詠飛さんも降り立つと、紅夜さんの側で小さく拍手を送る。
「あ~……修繕費の申請、出しておきますからね」
橋本も同じようにし、龍の側でスマフォを弄る。
しかし、そんな快勝モード真っ盛りでは困る!!
「颯雅、淳に解毒剤と回復薬を!!」
と、怒号に近いくらいの叫び声をあげると、颯雅は即座に持ち合わせの薬箱を取り出した。
「手伝う」
龍は薬箱から様々な薬剤、包帯を取り出す颯雅の側にしゃがむ。
「任せた」
颯雅はニッと微笑み、いくつか手渡す。
「任された」
龍は淳に舞台に座るよう言い、手当てを始めた。
それを見届けた俺は、紅夜さんに声を掛け、
「透理の執事長に連絡をして、病院へ連れて行くように――」
と、言いかけたところで橋本がスマフォを軽く振る。
「滝本動かすなら俺の方がいいですよ」
橋本は既に連絡してくれたようで、紅夜さんに会釈をしている。
伊達に龍の執事長をしていない、か。
「助かった、ありがとう」
俺は安堵の笑みを見せると、少し前から側に居た湊にも微笑みかける。
「的確な指示出し、ありがとうな」
湊が大きく頷いて言うので、俺は誇らしげに頷いておいた。
一先ず、闘技場の修繕と透理や淳の治療費、利佳子と竜馬の検査入院費で済みそうで安心した。
勿論淳の事だ。2人を死なせないし、自分自身が死ぬという事も無いだろうが、義兄としてただただホッとしている。
とはいえ、透理の過去の清算はまだ終わった訳ではない。
淳への清算はこれで幕を閉じたのかもしれないが、龍への"嫉妬"心が絶対条件だと言っていたからな。
今度は誰も傷つかずに、紅夜さんや詠飛さんが言うように"友好的"に事が進めば良いのだが……。
とはいえ、その"友好的"という言葉、清算という言葉にすら、透理の中には偏倚が隠れているのかもしれない。
ここまでの読了、ありがとうございます。
作者の趙雲です。
明日は節分ですね!
個人的には毎年食べる恵方巻がとにかく楽しみです^^
次回投稿日は、2月8日(土) or 2月9日(日)です。
それでは良い1週間を!
作者 趙雲




