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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
73/130

「15話-偏倚-(前中編)」

価値観、考え方の偏倚で捩じれる透理の本当の想い。

闘技場に響き渡る、切ない叫びとは。


※約3,000字です。

2018年5月10日 21時過ぎ

後鳥羽家 吸血闘技場

橋本光月(はしもと みつき)




「……はぁ」

肺が空になる程の溜息を吐き、利佳子様と竜馬様を見遣る。


 透理様は昔から"嫉妬"の振り幅が大きすぎる方だった。

龍様の前では絶対に平静を装えなくなり、その周囲の方々にも噛みついてしまう。


 この件も本当は当主になるにあたって何か清算したい事はあるか、と訊いた筈なのに。

邪魔な人を消せ、というよりかは穏便に関係を修復するアレンジをしろ等はあるのだが。


 どうしてよりによって、大事になるような事をするのか。

そのうえ、ストッパー役の筈の滝本執事長まで乗り気では困る。


 龍様に伝えるな、とキツく言われていたが、生憎透理様の言う事は聞かないからな。

その証拠にメールではあるが、方方(ほうぼう)に伝えている。


 貴方の1人相撲の終演も時間の問題ですよ。

本当に面倒臭い。


 素直に当主になりたいから手伝って、覚悟を決めさせてと言えば良いのに。


「橋本、何か知ってるか?」

竜馬様がやる気が無さそうにナイフを構える俺に目を遣る。


「さぁ? ただただ面倒なんですよ。それよりも普段はお高く止まってる名家の方々が刃物を投げているの、笑えてきません?」

俺は悟られないように舞台に注目させると、利佳子様は俯いて首を横に振った。


「風刺画でも描けそうだけど、俺はパス。それにしたってあいつ、他人の為にやる事が尋常じゃない」

竜馬様は利佳子様を気にかけつつも、龍勢様の事も心配そうに見つめている。


「……」

俺は舞台を見下しながら、もし龍様が人質にされたらと思案を巡らせてみる。


 勿論その場面に出くわせば助ける一択だが、自身の心の中に恐怖はあるのだろうか?

どうも龍勢様の様子を見守っていると、その気持ちや迷いが微塵も感じられないのだ。



・・・



「上に居る皆様は全員、ボクの味方さ。つまり、キミの味方は此処に――居ないんだよ」

透理様はいつも通り相手の恐怖を抉るように話す。

元から何かと偏った考えをお持ちだから、自分が呼んだ方々なのだから本物の味方だと信じ込む事が出来る。


 それはある意味強みになる。

だが数々の道を閉ざされたとしても、龍勢様の両の目の光は絶える事が無かった。


「……!」

むしろ誰がどのタイミングで刃物を投げるか見極め、ある程度ズレても良いように余裕を持って避けている。


 というのもステージの特性上、後部の席になればなるほど前の席の方に当たる確率が上がるから、どうしても後部席には躊躇う時間がある。

前方の席の方が立ち上がったり、身を乗り出していたりしていれば尚の事。


 そのうえ、剣の腕もそれなりに立つのか透理様の針投げや空手術も見事に弾いている。

とはいえ、透理様の空手は黒帯の下――段では無かった筈だ。

だから剣の腕が勝っていれば、勝機は十分にある。


 しばらく膠着状態が続き、誰が次の一手を出すか緊張の糸が張り詰めた時、

「ふふふっ、こんな物を用意しましたわ」

と、丁度反対側の1番前方の席にいらっしゃる貴婦人が、微笑みながらドレスの胸元から袋に入ったマキビシのようなものを出したのだ。


「それは良いですわね。私も協力致します」

「素敵なアイテム」

等と口々に賞賛する周囲の方は、貴婦人が配るマキビシをリレー方式で回していく。


 そしてついに――


「そ~れ!」

と、一斉にマキビシを投げたのだった。


 貴婦人の胸元に入るだけの量だから高が知れている。

ただ、ステージの中央付近に降り注いだマキビシは龍勢様にとっては勿論、透理様にとっても快いものではなかった筈だ。


「なるほどねぇ」

透理様はマキビシの位置を確かめると、龍勢様の首を飛ばすように針を投げた。


 それに対し、龍勢様が空中に飛び上がって攻撃を避けると、先程の貴婦人がスカートをたくし上げて何かを取り出した。

「これでも喰らいなさい!」


 そして1秒もしない内に耳鳴りがする程の爆裂音が響き、龍勢様は銃弾か何かを防いだ際に刀を離してしまった。

すぐに柄へと伸ばすも、そのままステージへと舞い降りる。


 ただし、そこには透理様が蹴って移動させていたマキビシが散らばっていたのだ。


 龍勢様はそれに気付いてはいるのだろうが、互いに能力を使わないとなれば刀以外に防ぐ手立ては無い。

空中で体勢を変えてこそいたが、刺さった場所は左足。

そのうえ、着地までの距離も相まってかなり深くまで刺さっているように見受けられた。


「あ゛あ゛あ゛あああ゛あ゛あああ!!!!」

刺さった瞬間静まった闘技場に響き渡る、龍勢様の激痛による喉奥からの叫び声。


 やがて叫び声が途絶え、何とかマキビシを避けて右膝を付き、右足で踏ん張って立ち上がろうとしている。

そのあまりに必死で痛々しく、名家の方々からは汚らしくも可笑しいと捉えられる姿に高らかな笑い声が木霊する。


「あ゛……あ゛いつ! おい、橋本!! 何とかして来い!」

竜馬様は俺からナイフを取り上げようとしながら言う。


「何とか、とは具体的に何でしょう?」

俺は表向きは透理様に従っていることになっているので、感情を逆撫でするような事を言っておいた。


「クソ!!」

竜馬様は唇を噛み締め、座席を埃が舞う程叩きつける。


 その中で利佳子様は、1粒の涙を零している。

条件反射的にハンカチを手渡すと、利佳子様は小さく頷いて自身の目元に押し当てた。


 本当に面倒臭い。

透理様と彼を取り巻く周囲の価値観の偏倚(へんい)が、この反吐が出る程の面倒事を起こしているのに。



 それからも透理様は痛がっている龍勢様の側を歩き回り、

「能力使ってもいいよ~? どうする~?」

と、攻撃もせずに煽っている。


 それに加え、マキビシが刺さった部分を踏みつけ、オーディエンスに見えないように針を刺した。

おそらくあれは――毒。


「あ゛ああああ゛あああ゛ああ!!」

龍勢様は踏まれた事でマキビシが深く刺さった事と、毒が回りだしたのもあり、更に悲痛な叫びをあげた。


「いいねいいねぇ。龍じゃ頭良いし、能力無くても強いからボク相手にこんな姿見せないんだろうけど、キミならやりやすい――能力無いと大した事ないからね!」

透理様は嘲笑を浮かべつつ龍勢様を散々に煽ると、ずっと伏せている顔を蹴り上げたのだ。


 後鳥羽家の人間が女性の顔を蹴る事に引いている方もいらっしゃったが、何よりも闘技場に衝撃が走った出来事は――


「……」

顔を蹴られた時に外れ、宙を舞ったコンタクトレンズを龍勢様が絶望的な瞳で追っていた事だった。


 それまで一度も光を絶やさなかった龍勢様の目を、絶望という闇が瞬く間に覆ってしまった。

その刹那、黒いセミロングヘアが根元から徐々に白く染まっていったのだ。


 やがて髪が全て染まってしまうと更に毛先が伸びていき、地に着きそうな程の長さにまでなったのだ。

龍勢様の目の色は水色とはいっても月光が目の奥に宿っているような、神秘的な眼光をしている。


 これが能力を解放した時の姿、か。

さて、透理様はどうする?


 立場上龍勢様を助けに行く等は出来ないが、一応ナイフの切れ味を確かめていると、

「こいつは珍しいぞ!!」

「やっと本気出したの!? 失礼過ぎない!?」

等の野次が飛ぶ。


 こんな神秘的な姿を目にしても、この連中――名家の方々は何も思わないというのか。


「……はっ!!」

龍勢様は野次や俺達の雰囲気の変化で、今自分が能力解放の姿になった事に気付いたようだ。

それから周囲を見回した後、最後に自身の両手を見下し、ガックリと肩を落としたのだった。


 その姿を見た利佳子様は嗚咽混じりの声で泣きだし、竜馬様は舌打ちをしながら何度も拳を叩きつける。

俺はそれぞれの態度等の変移に、ただただ溜息を零す事しかできなかった。

ここまでの読了、ありがとうございます。

作者の趙雲です。


今更素直に言えない透理さんにスポットを当てつつ、本当は戦いたくない淳ちゃんの覚悟も描きつつ、間に立つ橋本さんだからこそ書ける描写を意識してみました。


能力解放した淳ちゃんはどうするのか。

乞うご期待!!


次回投稿日は、1月25日(土) or 1月26日(日)です。

それでは良い1週間を!


作者 趙雲

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