「6話-手紙-」
騅を狙う男たちの正体も、"影"の存在にも近づく回。
いよいよ"BLACK"もある物をきっかけに動き出します。
※投稿が遅れて大変申し訳ございません。
※約4,000字です。
2018年4月某日 午後2時
関東中心部 喫茶通り
騅
関東の中心部には、喫茶通りというカフェが多く立ち並ぶ脇道がある。
ここは、何も知らない人が偶然通っても思わずくつろぎたくなるような通りだ。
それほど、何もかも包んでくれる雰囲気が漂っている大人の余裕を感じられる。
今日は、ふるよしという喫茶店で待ち合わせをしている。
「……」
僕は緑の多い通りを歩きながら、ふるよしを目指して歩を進めていたが。ふと薄い殺気を感じ取ると2軒の喫茶店の間の小道に入り込んだ。
これでどこか行ってくれれば、騒ぎにならずに済むんだけどな……。
「BLACKシロウト、ドコダ!?」
生憎だけど……そうはいかないみたい。
"BLACK"の素人……あの男以外にも狙っている人が居るのかな?
それとも、情報漏洩?
それでもいつも一流の殺し屋たちの背中を見ていた僕は、隠れていた場所から大股で動く白人さんの背後を取った。
それからゼロ距離まで一気に近づき、首に見様見真似の手刀を食らわせた。
すると白人さんはへにょりと膝から崩れ落ち、顔から倒れてしまった。
幸いにも人通りも監視カメラも無かった為警察に通報し、誰かに襲われたみたいだと説明しておいた。
だけど、説明した人の背後からぬっと見知った顔が覗き込んできた。
捜査一課長……いや、刑事部長で裾野さんの幼馴染みの紅里慶介さんだ。
「お~! 騅! 見直したぞ~うんうん!」
黒髪にオレンジ色の混じった、メッシュ手前の髪色をしている紅里さんは、豪快にガハハハと笑う。
だけど何だか寂しそうな気もする……?
そうそう紅里さんは、僕を逮捕した刑事さんだ。
詠美姉さんを殺したときの――この話は忘れたい。
「は、はい……」
僕は作り笑いを浮かべながらそーっと後退し始めると、紅里さんはぐっと距離を縮め、
「よろしく頼むぞ~!」
と、ニッと歯を見せて笑うと、白人さんをしょっ引いて行ってしまった。
う~ん、背中も何だか寂しそうだ。
刑事部長まで昇格したのに。
現場から数分歩くと、昭和の香りが漂う喫茶店ふるよしが見えてきた。
今ではめっきり見かけなくなった字体で書かれた店名に、昭和を生き抜いてきた中年の方々が集まる。
その店内の窓から1番遠いボックス席に、一際目立つ烏のようなジャケットを着た男……彼が藤堂からすさんだ。
僕のノンフィクション小説を読んで、よく思っていない人が居ることも話したら、話だけなら聞くと名乗り出てくださった。
「お待たせしました」
と、藤堂さんの向かい側に座ると、コーヒーカップにクレセントが出来ていた為店員さんを呼んだ。
「同じもんで」
藤堂さんはコーヒーカップを下げるよう店員さんの前に差し出しながら言うので、僕も同じもので、と砂糖の位置を確認しながら言った。
ふと注文してからメニューを見てみたら、アールグレイという文字が見えてしまい、そっと溜息を零した。
こういう時に面倒臭がると後悔する。
「……で?」
藤堂さんはもしゃもしゃ頭を軽く撫でつけながら、欠伸混じりに僕の手に目線を落とした。
「あ、はい……石河さんが感想欄で教えてくださったんです。僕ともう1人を狙っている2人組の犯人グループが居る、と……」
僕はなるべく声のトーンを落とし、藤堂さんだけに聞こえるように努めた。
するとジャケットからスマフォを取り出し、机の上を滑らせて僕の目の前に置いた。
「こいつらじゃないの?」
情報屋のトップを味方に付けているのだから、既に特定していても何も驚く事は無いのだが……どうしても写真の鮮明さと盗撮の迅速さに仰け反ってしまう。
「は、はい……おそらく」
男たちは帽子を目深に被っていて、顔はよく見えないが口元に共通の小さいほくろがあった。
でも結構小さいから、見落としていたのか……思い当たる人物が居ない。
「ふぅん。あと映像の声紋鑑定もしたけど、中肉中背の2,30代男性、訛りが無いから関東中心部出身。ここって殺し屋で1番多い層だから鑑定って頼りになんないよね~」
藤堂さんは鑑定結果に悪態をつきつつも、背もたれにドカッと背中を預けると、
「ただね……歩容認証には掛かった」
と、1枚の紙をヒラッとたなびかせると、僕の目の前にスッと止った。
「これは――」
僕は歩容認証が決定付けた2人の姿に、僕は息をのんだ。
2018年3月某日 夕方(事件2日前)
藍竜組 総長室
騅
総長に藍竜総長から緊急のアナウンスがかかり、隊員たちは一斉に総長室前の1つの箱に届いた封筒を入れるように言われた。
というのも藍竜組だけでなく全組隊員に、匿名で何かしらのメッセージが印字された手紙が届いたというのだ。
指紋も無く、監視カメラにも何も映らない……おそらく、"影"の仕業だろう。
藍竜組では部屋の前に人数分、丁寧に置かれていたとか。
ちなみに僕には、『飼い猫の場所』というメッセージと、簡素な地図だけ書かれていた。
最近猫でもあり母でもあるリヴェテの姿を見かけないと思っていたら、これか。
菅野さんは、『裾野聖の軟禁場所』と、またしても地図。
仕事に行こうと思ってドアを開けてこれだったから、ちょっとした騒ぎにはなった。
結局なくなく仕事はキャンセルし、夕方頃に呼び出しを受けて総長室に伺うことにした。
「菅野さん、これ……」
僕はすっかり落ち着いた総長室前の箱の中身を掻き分けると、菅野さんに何枚か二つ折りになった手紙を見せて言った。
「せやな……とりあえず、この箱を総長室に持っていけばええんやんな?」
菅野さんが総長室の扉をノックしたので、僕は扉を押さえる事にした。
「ありがとう」
と、ニッコリ笑う菅野さんの声色には、どことなく安堵感があった。
場所が分かれば、そういう気持ちなのかもしれない。
総長室に入ると、総長と副総長が椅子に座って無言で待っていた為、菅野さんはすぐに机の上に段ボールを置いた。
「……いよいよか」
総長はゆっくり段ボールを横に倒すと、
「全員分の手紙を確認し、地図を可能な限り完成させる」
と、スマフォを傍らから取り出して言った。
「はい!」
僕と菅野さんは手紙の山を崩して机の手前側に寄せると、早速中身を確認しては各自藍竜組専用のスマフォアプリに打ちこんだ。
「……は~」
菅野さんは元から手先は器用だが、地道な作業を嫌がる。
まだ5枚目だというのに、早速ため息が漏れた。
その手紙には、『ダリアの窃盗犯を捕まえろ』と、書かれている。
たしか……裾野さんが、鳩村さんの母親はダリアを盗んで庭に植えたとか言っていたような。
「菅野さん、それ……鳩村さんのですか?」
僕は地図を確かめながら言うと、菅野さんはぼうっとしていたのか、ガタッと体勢を立て直し読み返した。
「えっ!? あ……ほんまや。ダリアって、鳩村はんの家にあるって裾野が言うてたな」
菅野さんは地図を確認すると、場所を打ちこんだ。
僕の位置と対角の位置だ。
「はい。淳さんのは何と?」
僕が手紙を掻き分けながら言うと、菅野さんは僕の膝の間に挟まるように投げた。
「それや」
菅野さんは上手くいくと思っていなかったのか、少しホッとした表情を浮かべている。
……『4人はいずれ集まる』、か。
「これ、もしかして龍也さん、湊さん、颯雅さんの事……」
僕が手紙をそっと菅野さんの打ち込み済みの手紙の山に戻すと、
「せやな。これ、裾野が考えたんとちゃいます?」
菅野さんは手紙を一掴みし、藍竜総長にチラつかせた。
藍竜総長は菅野さんの怒りの滲んだ表情を一瞥すると、
「俺も考えたが、それは無い。こんな分かりやすい手……裾野がやるとは思えない」
と、煙草を咥えたまま言うが、手紙との距離が近すぎて燃え移りそうだ。
「では、どなたが何の為にこんな事を……」
と、僕が手紙1枚1枚を見比べながら言うと、総長は副総長と目配せをし、
「吐き気のする最高の舞台の為……だろうからな」
と、含み笑顔で言った。
それに対し、菅野さんはガタッと立ち上がり、
「総長……そんなに俺たちが信じられませんか?」
と、鬼のような形相はしているものの、比較的冷静に問い詰めた。
「信じている。まだ2人には動いて欲しくないだけだ」
総長は煙草を咥え直すと、再び手紙に近づけた。
「火事でも起こす気ですか?」
菅野さんは慌てて煙草を取り上げようとするが、その手を掴んだのは副総長であった。
「……」
副総長は無表情かつ無言で菅野さんを見上げ続け、頑なに離さない。
「……ご、ごめんなさい」
菅野さんは慌てて振りほどき事なきを得たが、副総長は笑顔で頷くだけで少々恐ろしく感じた。
「悪いが、少し離れていてくれ。燃え上がりたい季節ではないだろう?」
と、総長が煙草を遠ざけ、菅野さんを流し目で見ると、バツが悪そうに菅野さんは席に戻った。
それから地図が完成したのだが、それはまるで――
僕はそこまで想起し後程文に起こそうと考えていると、歩容認証の紙が嫌でも目に入ってきた。
「……もう少し時間をください」
どうしても信じたくない。
……あの人たちだったなんて。
「んえ? 別にいいけど、どれくらい?」
藤堂さんは左手の薬指に光る結婚指輪をチラつかせながら、頬杖をつく。
「いや、その……石河さんの返信の内容です。僕は――」
「後付けでもいいから、早く知りたいけどね。情報屋は霊的な事は出来ないんでね~」
藤堂さんは空になったカップを突っつきながら一本調子で言ったが、僕は口を噤んだ。
鳩村さんにはその力があること……いや、これはいいだろう。
「ん? まぁいいけど……」
僕の行動に違和感はあるようだが、藤堂さんは伝票を持ってレジの方に行ってしまい、すぐに姿が見えなくなった。
「あ……」
払わなければ、と思いつつも行動に移さないのは、ここで追っても追いつけないからだ。
また会ったときにしよう。
そう思いながら店員さんに自分の分の料金を聞きだし、店を後にした。
少しぬるめの春風が僕の頬を撫で、烏の鳴き声が西の方から聞こえてくる。
そろそろ帰らないと。
帰ったらユーカリに水をあげて、石河さんから返事が来ているか確認しよう。
「……ふふ」
今、烏と目が合った。
作者です。
諸事情で遅れてしまったこと、前書き共々重ねてお詫び申し上げます。
次回投稿日は、1月20日(土)になります。
ご迷惑をお掛けして、申し訳ございません。
作者