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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
64/130

「13話-冬想-(中編)」

動かざること山の如し。


※約2,300字です。

2018年4月1日 深夜

神崎医院 裾野聖(後鳥羽龍)の病室前

神崎颯雅(かんざき そうが)



 ただただ、龍を救いたい。


 その想いで虚無空間に飛び込んだ龍を救った。

勿論龍の身体には傷1つ付いていない。


 ただ、その代わり俺の脚は使い(もん)にならなくなった。

だけどすぐに父親であり医者の景雅(かげまさ)に抱えられ、淳にその場で治療してもらった。


 だから龍は御手洗に立つ時も普段通りの足取りで、俺も父さんと淳のおかげでこうして普通に歩けてる。


「俺も自販でコーヒーでも買ってくる」

と、龍の隣に並んで歩くと、龍はほんの少しだけ表情を和らげた。


「藍竜さんはブラック、暁さんは甘すぎない微糖、ミルク多め、紅夜兄さんは何でもいいから紅茶派だ」

龍は扉を開ける俺を一瞥して言うと、目を伏せて微笑んだ。

流石役員だ。

いや……人をよく見ているのは昔からだな。


「ありがとな」

俺が歯を見せて笑うと、龍は小さく頷き背を向けたまま手を挙げた。

相変わらず様になる。


「甘すぎない微糖にミルク多めなんて、自販機で出てくんのか?」

と、歩き出してから思い返していると、御手洗の方で不穏な空気を感じた。


俺は龍に何かあれば飛びだそうと、御手洗の入り口がよく見える角まで大股で移動し、様子を窺う事にした。

幸いにもここからは丸見えだが、向こうからは死角になる。

俺はじっと息を潜め、音が出ないようにネックレスを握った。



「御心配には及びません」

龍の緊張感のある声が静寂(しじま)を揺らすと、忍び足で歩み寄った人物は忍者装束を翻し目を伏せた。


「菅野の記憶、失う必要ない」

藍竜組副総長で藍竜さんの実の弟である暁さんは、徐に首を横に振り龍を見下した。

普段なら同じくらいの背丈だが、龍がスリッパを履いているせいか身長差があるようだ。


「お優しいですね」

龍は御手洗いに向かい歩を進めながら言うと、暁さんは一瞬躊躇ったが龍を呼び止めた。


「ナトロンで固める――万能でない。ナトロンの間に花びらを仕組み、花びらに集中させ、抜けば記憶はそのまま」

暁さんは母親からの虐待のせいで一部の人としか話せない為、決して分かりやすい言葉ではない。

そのうえ、嫌いだと言われた声がコンプレックスで、話せる人とでも蚊の鳴くような声でしか話さない。


 だが今は――教室の黒板の横幅分離れた場所に居る俺にも聞こえる程の声量だ。

それだけ竜斗も龍も大事な隊員なのだろう。


 それでも龍は暁さんの目を見てから項垂れ、こう呟いた。

「申し訳ございません」

と。


 それに対し、暁さんは忍者装束で顔の大半は隠れているものの、怪訝の表情を浮かべているのが分かった。

龍はその反応が意外だったのか、一度胸の前で手を振ると、

「ただ、その御言葉のおかげで覚悟ができました。ありがとうございます」

と、会釈をしてから言い、微笑みを浮かべながら御手洗へと立った。


 一方、残された暁さんは自分の言葉が褒められた事が嬉しかったのか、目元を若干細めていた。



 こうして一部始終を見届けてしまった俺は自販機に立ち寄った。

しかし、トレーが見当たらなかった為、藍竜さんと暁さんの分だけ持って戻った時の事。


 再び深夜にも関わらず話し声が聞こえてきた為、悪いとは思いつつも影に隠れると、

「失敗したら今度こそ殺すから」

という聞き覚えのある鋭くも冷たい声がした。


 恐らく片桐組の役員の黒河月道(くろかわ るろう)だろう。

"BLACK"で崩壊した今は、過去形の方が適切だろうな。


「言われなくても。お前も足元には気を付けろ」

龍は優しくも不安を含んだ声で囁くと、病室に戻った。


 俺は黒河と鉢合わせない為、時間を空けてから戻ろうとしたのだが、

「煙と香りは消せないからね」

と、黒髪ツインテールにナース服姿の黒河が歩み寄って言うので、俺は反射的に手元に目を遣った。

そうだ、カップに自動で注がれるタイプの自販だった。


 それにしても、まさかその姿に変装していたとは思ってもみなかった。

いや、変装していたのは知っていたが、てっきり目立たない格好をしていると思い込んでいた。


「あぁ、そうだな」

俺は苦笑いを浮かべながら横を通り過ぎると、

「あの人を見守ってるんでしょ。変な事しないように見張っといて」

と、睨みつけながら冷たい声で言うので、俺は逆に彼を睨み上げ、

「それは言われなくてもやるが、お前も患者の筈だよな?」

と、牽制すると、向こうから父さんが音もなく歩み寄ってきた。


「"例の件"で善良とはいえ殺し屋の患者も多い。医院としてはかなり迷惑なんだが?」

父さんはいつも俺に見せる陽気な一面ではなく、今にも静かな怒りが噴き出しそうな覇気を纏っていた。


「それが何? 傷の心配してくれてるならどうも」

と、黒河が不満気に言い、その場を立ち去ろうとするとその細腕を服に深い皺が出来る程掴んだ。


「お前の身を心配してるんじゃない。他の殺し屋を万が一刺激する事になったら、お前は責任を取れるのか?」

父さんの方が黒河の頭1つ分背が高いせいか、顔に出来た影が更に深く色濃く怒りを表していた。


「あの人にそっくり」

と、黒河は観念したように呟き、

「分かったから離して。お大事にされてあげるから」

と、片手で髪ゴムを外して冷淡に言うと、景雅も手を離した。


「……もう少し良くなれば、龍くんを見舞ってもらって構わない。あくまでも見舞いだ」

景雅が打って変わって柔らかい表情を見せると、黒河は小さく溜息を吐いて頷き立ち去った。



 そうは言いながらも龍が心配なのは一緒――お互い様だ。

――龍には昔から人が集まってくる。

それは他でもなく彼の人柄が理由だ。


 過去に色々人の道を外していたとしても、今現在そして未来を見据える彼の姿には不思議な魅力がある。

龍の未来を奪ってはならない。

どこかそう思わせるものがある。


 それが俺にもあるといいな。


 背後から吹雪のような視線を感じつつも、俺は病室へと戻った。

もちろん開ける時は腕にコーヒーを乗せて。

ここまでの読了、ありがとうございます。

趙雲です。


珈琲の好みに合わせて作れる自販機があったら良いですね。

次回投稿日は、7月13日(土) or 7月14日(日)です。


それでは良い1週間を!!


作者 趙雲

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