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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
62/130

「13話-冬想-(序章)」

颯雅さんが、冬生まれで幼馴染の裾野さんに抱く想いとは。

崩れ行く片桐の建物から身を呈して救った彼のストーリー。


※約1,700字です。

2018年4月1日 深夜

神崎医院 裾野聖(後鳥羽龍)の病室前

神崎颯雅(かんざき そうが)



 病院へ移動した後、味方、罪の無い人と判断した人たちは全員受け入れた。

それは他でもなく、俺たち4人――湊、龍也、俺、そして淳の信念に基づいた想いだった。


 罪の無い人たち、仲間は絶対に救う事。

それで殺し屋稼業を妨害する事になったとしても、俺たちは足を止めて来なかった。

それは今回も同じ。


 特に、後鳥羽龍は俺の幼馴染。

菅野海未――本名は関原竜斗(かんばら りゅうと)を救い、奈落の底へ落ちた龍は真っ先に助けた人物だ。


 それは彼の"親友である淳の夫の竜斗"を1番に想っているからこそ、というのもある。


 だがそれ以上に、スペ―ドの力弱まりしこの時も勿論、同じ符号の者が手を差し伸べる時。

これに尽きる。


・・・



「脳に後遺症無し、か」

そんな幼馴染の龍の顔を見に行こうと病室に来たのだが、どうやら先客が居るようだ。

声からして、藍竜組の総長である藍竜司さんだ。


 ……少し離れたところで待とうか。

そう思った時に耳に飛び込んで来た言葉を、俺は素直に受け取れなかった。



「今時は薬で記憶を飛ばせるのですね。ほんの数時間でしたが、自分が誰なのかすらも分からなくなりましたよ」

だが、どこか吹っ切れたように語る龍の声色からは"強い不安"を感じ取れた。

本当は飲むかどうか、迷っていたのかもしれない。


「そうか。俺が渡した薬は、数時間で切れるような代物じゃないんだがな……」

対する藍竜さんは、若干の焦りを含んだ声で呟いた。


「え?」

龍はすぐに聞き返していたが、藍竜さんは豪快に笑い飛ばし、こう言ったのだ。


「裾野聖としての脳が戻っているかどうか試したい」

と。

ということは、大方武器や組の知識でも訊くのだろうか。


「はぁ。経営理念は"殺し屋業界をフラットにする"と"感謝の気持ち"、そして"自分の愛と思想を貫く"ですよね」

龍は少しでも疑われた事から溜息混じりではあったが、考える暇も無く答えた。


「その通り! あぁ……裾野を役員にして正解だった!!」

藍竜さんは手を叩いて廊下の隅まで聞こえる程の大きな声で笑うと、龍は上品な微笑みを漏らした。


「菅野も、鳩村も騅も――いえ、全隊員、答えられますよ」

と、笑い声が途切れたと同時に自信を持って言う龍は、さぞかし真剣な顔をしていることだろう。


 全隊員が答えられる。

そう言える程の自信は、自分がまず藍竜組という組織を好きでないと言えない事。

そのうえ自分が育てた人だけでなく全隊員ということは、菅野たち役員だけでなく、藍竜さんと暁さんを立てた言葉。


 貴方達の経営は間違っていない、という部下からの何よりも嬉しい言葉。

絶対に自分を失うべきではない、という絶対的忠誠と愛着が龍にはある。


 もっと、殺し屋業界の人たちが藍竜組全隊員のような考えを持てば良いのに。

それは結果的に自分の仕事を減らす事になるだろうが、その方が世間的にはプラスになる。


 そしたら、俺たちはまた別の仕事をするんだろうな……。

"BLACK"も終わった事だから、未来を考えるのも偶には悪くないかもしれない。



「そうだな! あぁそうだ。裾野は一度片桐組に行ったのに、何も変わらないな!!」

と、藍竜さんが嬉しそうに言うと、龍は寂しそうに息をついた。


"There is nothing in this world constant, but inconstancy."


 流暢な英国語で紡がれた龍の言葉に、藍竜さんは何も答えなかった。

それは英国語の意味が分からないのではなく、答える必要性が無いからだろう。


 変わらないのは、"変わる"事だけだから。

だから片桐組に身を置き、藍竜組に戻って来た事で良くも悪くも自分は変わっている事を遠回しに伝えた。

……本当は言いたくなかっただろう。



 幼馴染だからだろうか。

この事を伝えた龍の複雑な表情を、見ずとも分かる。



 俺は立ち聞きをしているという後ろめたさよりも、動かずに佇む事よりも何よりも龍の身を案じてしまっていた。

近くの河川が凍り始めたのをじっと見守り、案じ続ける森のように。

遅い時間にすみません。

趙雲です。


13話も分割しそうな予感ですが、プロット通りにおおよそ進めております。

予定では序章、前編、中編、後編で進めます。


次回投稿日は、6月8日(土) or 6月9日(日)です。

それでは良い1週間を!!


作者 趙雲

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