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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
61/130

「12話-解放-(後編)」

烏階のサーバールームで直面した事実とは。

そして、藍竜と暁の運命とはいかに……!?


※約8,400字です。

※後編(前、中と分割していたお話+追加した今回分)統合しました。

2018年4月1日 19時30分頃(事件当日)

片桐組 烏階最上階 サーバールーム

藍竜司



 大崎の案内の元とはいえ、セキュリティを解除しつつ進んだ為最上階のサーバールームに行くまでに気疲れしてしまった。

そのうえ、部屋は既に真っ暗で人の気配もかなり薄かった。


 ただ、部屋を見渡していると、1つだけ明かりの付いたパソコンを指差し、腰抜けた状態のままの片桐組隊員がこちらを見て頷いていた。

その姿は巨人を前にした子どもそのもので、無意識に開いた口からは涎を垂れ流していた。


「……」

俺は肩にポンと手を置き、ゆっくりと頷くと隊員は腕だけで部屋から一目散に逃げ出した。


「おっお~? 暁くんが来て驚いちゃったんですかね~」

大崎は赤いスパンコールのシルクハットの鍔を触りながら言うと、少しだけ右に動かした。

恐らく走っている途中にズレてしまったのだろう。


「無理もない。親兄弟以外だと湊、裾野ぐらいしかまともに話せないからな」

と、肩を落として言うと、丁度表示された画面が目に入った。


 そこに表示されていたのは、総長という肩書に頼らずとも分かる――分からなくてはいけない、藍竜組の透かしの入った資料だった。


藤堂(ふじどう)、からす……か」

硬く拳を握り、キーボードが浮き上がる程に机を叩くと、大崎は感嘆の溜息をついた。


「さっすがですね~! 裾野聖を片桐組に出戻りさせて情報を盗らせる計画を暴くとは。常人じゃないだけはありますね~」

大崎はパソコンのモニター上部を撫でて言うと、流し目で俺を見上げてきた。


 藤堂からすが片桐組内で誇れる存在なのは裾野から聞いていたが、まさか幼少期の頃見に行っていた天才マジシャンの大崎が、な。

他人に固執するとは思えない。



「あぁ。不覚だが、盗られた情報を嘆く暇は無い……」

パソコンを操作し、他にも無いか調べていると、湊が俺の名を半ば叫ぶように呼んだ。


「そんな事をしている場合ではない!! 早く止めないと!!」

湊は俺の両肩を掴み言い聞かせるように言ってきたが、何をそこまで急ぐのか。


 裾野と菅野、鳩村に騅も居る状況で無機物全てを破壊し、戦闘そのものを強制終了させる"人柱 枝垂桜"を使うとは考えられない。

そのうえ、自身もその場で枝垂桜となり、生を終える場所にしては――


 そうか!!

それよりもこの情報を見て、同じ経営層に居る筈の暁が知らなかった事実を知ってしまった。

裾野という1人の隊員を使い、命の危険に晒してまでスパイ業務をさせ、それで今はきっと戦闘の渦の中でもがいている。


 この状況で暁ならどうする?


「まさか……」

と、2人を交互に見た俺が呟いたそのとき、大崎のスマフォが胸ポケットで大きく震えた。


「はいはい、大崎で~す――え? 藍竜組副総長が? あっお~、すぐ向かいますね~」

と、腑抜けた声でスマフォの裏面を爪で叩きながら電話をしていた大崎だが、電話を切るとすぐにシルクハットを脱ぎ、

「総長室に向かう暁くんを見た、と藤堂からすの烏からモールス信号でありました」

と、丁寧な挨拶をしながら声を殺して言うと、湊が大きく頷いて走りだそうとしたのを呼び止めた。


「ただ、藤堂からすには死亡判定が出ている筈なんですよ~? 感電死を偽装できる程、頭回りますかね~」

大崎はシルクハットを被り直し、皮肉めいた声で言ったが、湊は僅かに頬の笑い皺を刻み、

「さっき自分で言った言葉を思い返してください。感電で大人しくなるような人物ではないと思いますよ」

と、目を細めて言う姿には、藤堂からすへの強い信頼を感じられた。


「爪の可能性もあるにも関わらず、疑いもせずに藤堂からすの烏の嘴だと断定した大崎には、きっちり最後まで付き合ってもらおうとしようか?」

俺は足止めでもしようとしたであろう大崎に真っ黒な笑みを向けると、大崎は胸の前で手を振りながら数歩後退した。


「わっかりましたよ~、試すような事して悪かったですって~……って、なると思いました?」

だが大崎は後退を止めたと同時に、赤いスパンコールのスーツの肩口に付いていたマントを大きく翻した。

すると一面が宇宙空間に様変わりし、大崎の姿も目視出来なくなっていたのだ。


「そうでしょうね。先程のモールス信号は電話口の声と違って、"藍竜司と冷泉湊は烏階のサーバールームで片付ける"と、言ってましたからね」

湊は僅かに開いていたサーバールームの扉を後ろ手で閉めると、

「これで、ここには邪魔は入りません。3人だけの空間ですよ」

と、笑みを浮かべながら言い、俺に目配せをしてきた。


 今回も信じている。

負担の少ない幻覚空間を先回りして作っているか、藤堂からすが空間を突き破って援助に入る可能性。


 そして何よりも、大崎がこのまま片桐組隊員としての死を選ばない賢明な選択をする可能性を。



2018年4月1日 19時45分頃(事件当日)

片桐組 烏階最上階 サーバールーム

藍竜司



「片桐総長にはマジック以外の才能を見出してくれた恩がある!!」

大崎が宇宙空間から突然姿を現すと、目の前でシルクハットを翻して鳩を俺の目と鼻の先で放した。


 たしかに、大崎は無理矢理やらされた毒の開発で成功し、今や鷹階役員の黒河月道の弾も製造していた筈だ。

それは藍竜組に居たら開花しなかった才能かもしれない。

だが、たとえそうだったとしても――マジックとは無縁の生活を送る彼を見ていられない。



「毒弾の開発か! こっちは大崎に危害を与えるつもりはない!!」

俺は再び宇宙空間に消えた大崎に届くように叫んだが、聞こえてきたのは儚い笑い声のみだった。


「なるほどですね。てことは、藍竜さんは過去に囚われてますね~?」

今度は囁くような声がうっすら聞こえてきたかと思うと、右から大量の投げナイフが飛んできたのでバック宙で避けた。


「大崎月光はマジシャンが本業であるべきだ!!!!」

と、横切った彼の首根っこを掴んで叫ぶと、一瞬苦悶の表情を浮かべたがすぐに嘲笑に変わり、

「それはあんたのエゴだ!」

と、皮肉めいた声で言った瞬間に姿が消え、再び出て来た時にはビリヤード台と5枚のトランプを並べてひっそりとその背後で立っていた。


 俺は賭け事でもやるのだと思い、歩み出ようとしたが大崎によって手で制され、

「さぁ、そこで大人しくしてる冷泉湊さんが引いてく~ださいな。藍竜さんは俺に傷1つ付けるなって言うんでしょうからね~」

と、裏返しになったカードを指差して言うので、俺は湊と目配せをした。


 絶対に傷つけるな。


 その想いを瞳で伝えて拳を強く握ると、湊は小さく頷いた。

「では、右から3枚目でお願いしよう」

と、カードを見もせずに宣言するので、思わず駆け寄ったが時既に遅し。


 大崎が3枚目のカードを開示すると、そこには"Death or Alone"と大崎の手書きで書かれた文字が並んでいた。

湊は何も表情に浮かべず、ただカードの文字を目で追っていると、大崎が大きく息を吸い、

「さぁ!! ルールは簡単ですよ。今から2つのコップをお出しするので、2人で同時に飲んでください」

と、ジェスチャーも加えながら説明を始めると、

「一方には本物の毒、もう一方は何も入っていませ~ん」

と、言うや否やテーブルの下からコップを取り出し、俺たちの前に置いた。


 本当に楽しそうにマジックの準備をする大崎は、輝いていて子どもの頃憧れた彼そのものだった。



 でも可笑しい。

どう見ても一方しか水面が見えない。

もう片方は試しに持ち上げたり、揺らしてみたりもしたが、文字通り――"何も入っていない"


 回答が明確すぎる。

これはマジックではなく、人間力を試しているというのか。

ちなみに大崎の作る毒は、数秒で致死に至る強力な物だ。

銃弾が当たったと思ったら痺れる暇も無い、らしい。



「そういうことなら」

湊は空のコップのトリックを探す俺を他所に、毒薬入りのコップに口を付けようとしているので咄嗟に頬を思い切り叩いてしまった。


「――ッ!!」

俺は赤く腫れ上がった頬を擦る湊と、叩いてしまった自分の右の掌を見比べ、無意識に膝から頽れた。

どうして叩いてしまうんだ?


 どうして大事な人を傷つける?


――こんなの痛くないよ。兄さん!


 頭の中を全身痣だらけなのに笑顔を向ける幼い頃の弟、暁の姿が支配する。

今でもシャワーの時間が重なると、一糸まとわない暁の姿を見る事があるが、その度に自責の念に駆られるのだ。

生殖器ですら痛々しい痣だらけの彼に、俺はシャワーの音で掻き消せない程の大声で叫ぶ。


――こいつ、便所も我慢できねぇのかよ!

数時間に亘り殴り続けていたせいか、御手洗を我慢していた暁が涙を浮かべて頭を垂れている様子も見た事がある。


 子ども嫌いの母親に声が嫌いだと言われ、あんなに明るかった暁が――


 俺が護りきれなかったせいだ。

母親の虐待を止められなかったせいだ。



 それなのにどうしてなんだ!?

どうして――


 すると目の前に大崎が降り立ち、ほくそ笑んだ醜い表情でこう語りかけたのだ。

「おっお~……藤堂さんから聞いた事がありますよ~。暁くんは高校生ぐらいまで生殖器を傷つけられ続けたから、大人の階段も上れないって」

それから鋭利な形に改造したダイヤ型のカードを俺の首に突き立てようとしたその時。


――ゴクッ。

大きく喉を鳴らして毒入り水を飲んだ湊が、味わうようにこくりと頷いて口元を拳で冷静に拭うと、

「あんたは確かに毒薬のプロフェッショナルかもしれないが、俺はあんたよりも数百倍上だよ」

と、ケロッとした表情を見せながら言い、舌を軽く出して確かに飲んだ事実を見せると、大崎は瞳孔も開いた目を丸くした。


「解毒剤は月道にしか渡してない! てか、それ以前に数秒で死ぬよ!」

だが、大崎が慌てて思わぬ情報を吐くと、湊は血反吐を吐きその場に倒れ込んだのだ。


「……」

俺はその様子に何も言葉が出ず、無意識に背後に手を伸ばした。

しかしそこにはいつも居る筈の暁の手は無く、空を切っただけだった。


 心にぽっかりと穴が開いたようとは、まさにこの事を言うのだと、苦しそうに血の混じった咳をする湊を呆然と見つめながら思ったのだ。



 しばらくして大崎は立ち上がれないでいる俺の目の前で座り込むと、

「藍竜さん。許してくれなんて言いません。ただ、総長にお願いしたんですよ」

と、涙ぐんで言葉を零し始めるので、俺は湊の側に転がっているコップから全てを察して頷いた。


 解毒剤を飲ませたのだろう、と。

湊の場合、先に予測して自作のものを飲んでいる場合もあるが、正式の解毒剤の方が効きは早いだろう。


「"BLACK"で生き残ったら藍竜組に行きたいんですけど、向こうでは毒薬の開発じゃなくてマジックばっかになりそうだって。そしたら――」

大崎はそこまで涙声で辛うじて言い終えたが、嗚咽を繰り返し何も言えなくなった彼を見て、俺は小さく頷いた。



 過去に囚われている藍竜を目覚めさせる為に、最悪殺してでも毒薬で戦え。

勝敗は問わない。

それを藍竜組移籍の条件とする。



 片桐湊冴の事だ。

この位は大崎に対して吹っ掛けただろう。


 本当は望まない戦闘だった。

それを悟って、湊は自ら毒薬を飲んで――そこまで先が見えていたのか。



「あ……水、貰っても?」

と、その証拠にむくりと血溜から湊が起き上がると、大崎は涙を慌てて袖で拭き、コップに水を入れて渡した。


「ありがとうございました~……湊さんがカードを宣言する直前に渡した紙、まさか総長との事まで見破られているなんてね~。それにさ、"自作の解毒剤で十分な効果はあるかもしれませんが、飲んだ事が無いので倒れるかもしれません"って小さく書いてあるなんて、軽い詐欺だよね!」

大崎は苦笑いしながら立ち上がると、湊は頬に笑い皺を刻み何度か頷いた。


「買被りすぎだ。ほんの少し先が見えるだけだよ」

湊は人差し指と親指で目盛を表すジェスチャーをして言うと、大崎は目を輝かせた。



 そこで俺は和やかムードの2人の名を呼び、

「過去に縛られていて、申し訳ない。今度こそ、暁と裾野たち隊員を――」

と、埃を払いながら覚悟を決めて言うと、突然地面というよりも建物全体がグラリと左右に揺れ始めたのだ。


「宇宙空間まで侵略してくるなんて、常人じゃないですね~」

大崎は額の汗を拭う仕草をして空間支配を解除すると、既にパソコン等の電子機器はブレーカーが落ちたのかディスプレイはどれも眠っていた。


「そのようだ」

湊も何かを解除したのか、また頭の中を何かが駆けていった感覚があった。

幻覚空間にまで干渉できる程の力――嘘、だよな。


「この持続的な揺れ、暁かもしれない!!」

俺は2人を置いて走り出したは良いものの、本当は途轍もなく不安で怖い。


 "桜を誘う能力"の応用能力である"人柱"の解放方法は、俺の能力"あらゆるものから解放する"が必要。

とはいっても、3mはある枝垂桜を登りきって暁の胸に手を当てなければならない。

それを暁は拒否する権利がある。


 つまり、俺が助けに行っても拒まれる可能性があるということだ。


 半ば喧嘩別れをした俺の言う事なんて、暁は聞いてくれるのだろうか。

いつも側に居てくれたのに、ろくに返せてない俺の言う事なんて――



 本当にその資格が俺にあるのだろうか?



2018年4月1日 22時過ぎ(事件当日)

片桐組 烏階

藍竜司



  本当にその資格が俺にあるのだろうか?


 改めて自分に問いかけると、いつの間にか足が止まっていた。

いくら見下しても見上げても景色は変わらず、遅れに気付いた湊が大崎を先に行かせて戻って来た。



「どこか痛むのか?」

湊は俺の肩を抱いて一緒に走ろうと促すが、拘束もされていないのに体が動かなかった。


「暁を止めに行っても――あいつを"人柱"から解放するには、暁自身の同意が必要なんだ。そうなると、今の俺には――」

そのうえ、口をついて出てくるのは途轍もなく後ろ向きな言葉ばかりで、若干視界が暗くなってきた時。


 湊はふっと僅かに微笑むと、

「藍竜が自分に自信持ってくれないと、俺たち2人は何も対策を取れないぞ。自分のペースで良いから、これからも一緒に走ってくれないか?」

と、背中に喝を入れるように思い切り叩くと、無意識に背筋を伸ばしていた。


 そのおかげで見えてきた景色は、何百年も前から受け継がれてきた藍竜家の長男にしか許されない景色。


――枝垂桜から解放する為に走れ。


 どこからともなく聞こえてくる声に、自分でも驚く程のスピードで走り出し、数秒もしない内に大崎を抜かしてしまった。

"解放する能力"は、もしや自分にも使えるのか?


 脚の速さを?

だが、どんなデメリットがあるかも知らないでこれ以上解放するのは危険だ。

烏階を出た辺りで元の速さに戻しておこう。

俺自身も未だに"解放する能力"のリスクを知らない。


 未だに知らないリスク?


・・・


「それはリスクでしかない!!」

この映像は、裾野にスパイ計画を持ち掛ける前に湊に止められた時のものか。

それにしても、第三者目線で観るのは不思議な感覚だ。


「そうは言っても、他に誰が出来る? 片桐組に障壁無しで入れるのは、総長のお気に入りだった裾野しかいない」

俺はこの時大分高飛車に言っていたように見える。

……映像だからだろうか。


「他の方法を考えろ!! 一緒に考えるから!」

湊は裾野に降りかかるであろうリスクを避けようと、俺にいつも以上に厳しい言葉を投げかけていた。

だがこの時には既に何を言われても変えないと、自分自身に誓っていた。


「気持ちには感謝する。それなら、リスクを負う裾野を支援してやった方が余程効率が良い」

俺はそう突っ撥ねて、総長室から彼を半ば無理矢理追い出した。


・・・


 ここで映像はやがてセピアになっていき、砂嵐になったと思えば走っている自分の視点に変わった。


 そうだ。

ここまでやって、"BLACK"を止めようとしたんだ。

尻込みしている場合ではない。


・・・


「スパイですか? 実家でも似たような事はしていますから、構いませんよ」

また映像……か。今度は裾野を総長室に呼び出し、スパイ計画の事を持ち掛けたものだ。


「ですが」

裾野は背筋を伸ばして座る俺の目をじっと見つめたと思えば、一度視線を落とし、

「菅野の将来の為に、俺は彼の記憶から退場する。そこまでを任務とさせてはもらえませんか」

と、酷く優しい笑顔を向けた。


 裾野の事は優秀で社交的だが、不安定な印象を受けたから注視していた。

そんな心配を他所に、菅野を相棒にしてから精神的にも安定していて、楽しそうに仕事をしていた。

だから、俺は出来る事なら2人を引き裂く真似をしたくはなかった。

 一度、同性愛を認めないと怒った事は謝りたいところだが。



 数年前に副総長のポストを持ち掛けたのも、恋人であれば相棒で居られるから。

それで菅野が"保留"と言った、そう報告してきた彼の表情は――


「裾野は菅野を恋愛対象として見ているのだろう? 二度と側に居られなくて良いのか?」

そう思わず立ち上がって捲し立てた時に一瞬見せた、寂しそうに翼を引き寄せる鷹そのものだった。


「いいんです。俺が変われば、始めは追ってくると思いますが、その内諦めます。今は、淳だけを想って欲しい」

それから背を向けてはいるが、凛とした声で言う裾野の背中には類稀無い覚悟が窺えた。


 だからこそ俺は、了承の意を伝えたのだった。



 そのほんの数時間前、菅野と評価面談した時に涙ながらにこう言われていたのにも関わらず。


「裾野がもうどこにも行かへんようにしてもらえませんか? 恋人にはなれへんけど、ずっと一緒に居たい……苦しめるかもしれへんけど、一緒が良い!!」


・・・


 我ながら、絶対にしないと決めていた2人の仲を引き裂く選択をするなんて、な。

地獄行きは確実だろう。


 その時、甲高い声で俺の名を叫ぶ女性の姿が見えてきた。

あれは――淳か!?

酷く慌てた様子で走ってきている。


「藍竜さんなら、絶対に出来るから!! 私、絶対に大丈夫だって……菅野だって同じ気持ちだから!! 私たちの事は大丈夫だから!!」

淳は走りながら言葉に詰まりつつも、飛び切りの笑顔を見せてくれた。


「ありがとう!」

俺は走りながら手を振り、枝垂桜の方角を見据えた。


・・・


 やがて、目指すべきものが見えてきた。

暁の血肉で聳え立つ枝垂桜――建物自体を巻き込んで無機物を破壊していくその姿に、圧巻等されなかった。


 断られる訳にはいかない。

今度は手を出さないで、話し合いで決めよう。


 するといつの間にか淳が逃げ遅れた隊員を逃がしてあげていたり、大崎も全員に脱出を呼びかけたり、龍也も瞬間移動を提案していたりしていた。

分かりきっていた事だが、背水の陣だ。


 そうして樹の真下に来ると、湊は見上げる俺の方に手を置き、

「ここにいる全員を信じてくれ」

と、ウィンクをして言ったので、イメージに無いせいか拍子抜けして吹き出してしまった。


「そうだそうだ、肩の力を抜け」

と、湊に打って変わって真剣に言われると、俺の後ろで藍竜組の全隊員が敬礼しているように見えてきた。

中には"BLACK"や任務中で亡くなった隊員も居る。


「全隊員敬礼…………行ってくる」

俺は目を瞑り、自分にしか聞こえないように声を落として呟くと、腕を"解放"して一気に登った。



 数分もしないうちに、5mはあるであろう枝垂桜の枝を避けながら登り、

「俺の大事な、大事な人だから!! 二度と自分を傷つけるな!!」

と、力の限り叫び、幹を"解放"して目を閉じている暁の胸に両手を当てた。


 頼むから、拒否しないでくれ。

一緒に居られなくて、お前の気持ちをいつも分かっていなくて、謝る事ばかりで申し訳ない!!

お前が居ないと生きられない!!


 心の中で何度も叫び、伝われとばかりに胸を押していると、

「どうして」

と、右目から溢れんばかりの涙を流し、俺を力強く抱きしめてきた暁。



 それと同時に、数分程は掛かったが枝垂桜も空に向かって光の粒子となった。

その頃には誰の姿も無く、建物は全壊していた為、降り立ったのは桜の絨毯の敷かれたアスファルトだった。


 全員、無事に脱出できたんだな。

ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、吹き付けてきた春風に肩を震わせた。


 嗚呼、こうして無機物は灰になるのか。

人の愛の籠っていない物の末路に溜息をつくと、暁は俺に抱き着いたまま胸を叩いた。



「どうして一緒来てくれなかったの!? ずっと不安、知れば知る……自分が嫌いで!! こっちだって、兄さんが居なきゃだけど!! 一緒に居てよ!!」

暁は喉を潰しかねない程に叫び、言い終えると同時に嗚咽した。


「……ごめん」

俺はそんな暁を前に、謝罪の言葉しか思いつかなかった。

暁は頼りになるし、側に置きたい気持ちも分かる。



 だけど俺はただ、お前が傷つかないように周囲の人間を傷つけてまでも護りたい。

暁の為に傷つく人を見て欲しくないから、精神的に寄り添っていてくれたらそれで良い。

二度とお前の身体に傷1つ付けない。


 それだけは譲れない。

一生明かせない欲望塗れの願い。



 俺は醜い想いの籠った目の色から、いつもの色に戻すと、

「さぁ、皆が待っている病院に行こう」

と、暁に手を差し出したが、彼は笑顔なのに忍者装束の手袋を外さずに手を握り返した。



 今日も心から笑い返せそうにない。

分割した後編を繋ぎ合わせました。

趙雲です。


次回投稿日は、6月1日(土) or 6月2日(日)です。

それでは良い1週間を!!


趙雲

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