「5話-印-」
現在編では、誰かが自分を消そうとしていることに怯える騅。
その一方で過去編では、自分が何をすればいいのか、何をしてあげればいいのか、どこか迷っている騅。
彼は前作でも迷うことの多かった人物。
この先もそうなってしまうのか?
※約4,100字です。
2018年4月某日 夕方
藍竜組 裾野、菅野と騅の部屋
騅
"BLACK"を暴こうとしている素人が居るから消せ。
僕の頭の中では昨日誰かに言われた言葉が回る。
そのせいで本当はお昼の後に書こうと思ったけど、ズルズルとこの時間まで引きずってしまった。
もしかしたら知っているけど、声を知らない人かもしれない……そうなると、伝聞でしか知らない人物なのかな?
裾野さん、菅野さんの過去語りを聞いたときに出てきた人となると、かなりの人数になるけども。
それよりも、何故石河さんが僕に知らせようとしたかが分からない。
善意だけなのか、それとも何か対価が欲しいのか。
僕は鳩村さんに洗い出してもらった彼女のメールアドレス宛てに、自分の疑問をありったけ書いてそのまま送ってみた。
返事が遅くなったっていい。
……全部答えてくれなくてもいいから、敵か味方かだけを知りたい。
真ん中って言われたら、なんて仮定……考えもしないけど。
僕はメールを送った後に感想欄をチェックしてみると、続々と書き込みが増えていた。
殺し屋が急に消えた理由が知りたい、ドラマが全部打ち切りになったり、アニメグッズが無くなったりした理由も知りたい、というファンの声で埋まっていた。
「……」
正確に言えば、急にではないけど……たしかに、殺し屋人口自体減ったのかな。
それとも、目立つような働きをする偉大な殺し屋が居なくなったからなのかも……。
僕には判断出来ないけど、感想を書いてくださっている読者さんがどちらか、または第3の選択肢を選んでくれる筈だ。
今はその時を静かに待とう。
……よし、書き始めよう。
2018年3月某日 夕方(事件3日前)
藍竜組 総長室
騅
連日の呼び出しは今日も続く。
ただ、今日は菅野さんが希望したと聞いて、僕は驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになった。
「すんまへん、騅。俺、この影から"嘘"のオーラも感じるんですけど、"仲間を護る"っていう難しい色のオーラが出ているんです」
菅野さんはそんな僕の手を引いて起こすと、昨日と同じ写真を一瞥し藍竜総長に向き直って敬語で話し始めた。
出会ったときはまだ敬語なんて使えなかったのに、今では関西のイントネーションのまま敬語を使えている。
そんな菅野さんの言葉を聞いた総長は、分かりやすいぐらいに顔をしかめた。
「なるほど。裾野という仲間を護る為……だとすると、お前を利用しようと動いても可笑しくない」
総長は顎を擦って考え込むと、続いて訝しげな顔をする菅野さんの左太腿を指差し、
「昨日のこの写真もわざとなら、菅野の"印"があることも知っていることから、太田雄平と手を組んで挟み撃ちにすることも出来る」
と、背もたれに寄り掛かり、菅野さんを試すように視線を軽く上にもって行った。
すると菅野さんは静かに目を閉じ、
「構いません。俺はずっと裾野を信じると決めたんです。間違えた事をするなら、アホなりに止めるだけです!」
と、最後の言葉を発した時にカッと目を見開いた。僕はオーラを読むことは出来ないけど、覇気を纏ったような表情に思わず少し身を引いた。
「そうか。それでもこれは、裾野が片桐組の動きを悟られないようわざと"影"を動かしているようにしか見えない」
総長は体をゆっくりと起こし、菅野さんを穴が開く程睨むと、
「裾野は俺たちの邪魔をするかもしれない。向こうが殺る気なら、菅野。相棒としてお前に責任を取ってもらう事になる」
と、硬い決意を揺るがすような衝撃的な言葉を紡いでいく。
だが菅野さんは、またも目を閉じて考え込むと、
「アホなんでそういうの、ほんまわっかりません。信じてやる事しか出来ませんし、裾野に相棒に戻る気さえあればすぐにでも許します。……俺の親でもある人なんで」
と、一歩も譲らない覚悟を見せつけた。
ひと昔前の菅野さんなら、「あん!? こら!? うっさいで!」とか言って総長に殴りかかっていたかもしれない。
そう考えると、人間的な部分を成長させたのは……裾野さんだ。
総長は2人の相棒愛を少しでも信じる気になったのか、ふぅと一息ついた。
「嗚呼、本当に不思議だな。そうだ騅、部屋のユーカリはいつ育つ?」
僕はそう急に振られてしまい、思わず「えっ」と、聞き返してしまったが、
「5月5日です」
と、部屋にあったユーカリを頭に思い浮かべながら言うと、総長は大きく頷いた。
たしか、裾野さんが育つ目安の日付を鉢に書いていた筈だ。
菅野さんは総長の質問がよく理解出来なかったのか何回か首を傾げると、
「あ! 子どもの日やん」
と、パッと明るい笑顔を咲かせて言うので、総長はフフッと微笑んだ。
だがすぐに眉間に皺を寄せた鋭い表情に変えると、
「俺とて報告がある。"影"の事で、今度は偶然見かけたという如月が話したいそうだ。……通しなさい」
奥の寝室から出てきた副総長が腰を叩くと、桜の花びらと共に龍也さんのシルエットが浮かび上がり、そのまま部屋に降り立った。
如月龍也さんは、菅野さんの奥さんの義兄だ。
冷泉湊さんとも血の繋がりは無いけど兄弟で、とても男気のある優しい方だ。
……と、裾野さんが言っていた。
そんな龍也さんは桜の花びらを振り払うと、
「湊も言ってたが、これはすごいな」
と、瞬間移動に興味が沸いたのか、1枚を手に取り観察している。
「……」
副総長はそれをじっと見つめはするが、目が泳いでいるからもしかしたら恥ずかしがっている?
「如月、本題に入ろう」
総長は副総長の様子を楽しんでいる龍也さんを手招きし座るように言うと、龍也さんは隠れ身の術で消えた副総長に驚いた。
「あぁ」
龍也さんの能力は恐らくテレパシー系なのか、隠れて頷いている。
ただ、能力の事は目撃したとしても、応用能力という上位能力を持つ人が多いから、ここは黙っておくのが金だろう。
「連日報告をされている"影"だが、個人的に佐藤組に恨みがあるということが録音できた。佐藤組総長に許可を得て仕掛けておいたものだ、聞いてみてくれ」
龍也さんはそう言うと、スマフォをポケットから出し机の上に置き、何回かタップした。
『佐藤総長! アンフェアな人間が侵攻してきました!』
この声……誰だ?
『関原和斗か。マイスウィートハニーの差し金か!?』
これは佐藤総長の声だろう。マイスウィートハニーとは、元彼である裾野さんの事だ。
前に過去語りをしてくださった時に教えて頂いた。
先程の人は、菅野さんの弟さんかな。
『断定するのは危険ですが、女性か男性かは不明。"影"……でした』
和斗さんが困惑と同時に焦燥したような声色で言うと、
『"影"……そいつは何と?』
『はい。佐藤組長を3日後に殺す、とだけで。声もボイスチェンジャーで加工されたものでした』
和斗さんの報告に対し、佐藤総長は盛大なため息をつく。
『マイスウィートハニー……こんなにも愛しているのに!!』
佐藤総長は絶望の滲んだ声で呟くと、何かが大きな音を立てて崩れる音がした。
『総長!! お止め下さい!』
和斗さんは半分裏声になりながらも叫んだ。
龍也さんはそこでタップし停止させた。
それから数分間、室内に心地の悪い沈黙が流れたと思えば、
「どこかの情報筋によれば、佐藤総長は責任転嫁が得意だそうだな。そうなると、この3日後が云々で殺されそうになったとしても、"影"ではなく裾野に手を掛ける可能性もある」
と、隣に座る藍竜総長を前にしても毅然とした態度で龍也さんが言うと、総長は腕組みをした。
「如月の言いたい事は分かるが、これは予告殺人では済まない事案だ……」
声量はそこまで出していないにも関わらず、部屋中に響く糸を張ったような緊張感のある声で総長が言うと、
「まさか"影"を捕まえさせる為に、片桐が何か仕組む……?」
と、龍也さんがハッとした表情で言った。
だが総長はゆっくりと首を横に振ったのだ。
「それもあるだろうが、目的が違う」
この意味深な総長のその言葉に食いついたのは、菅野さんだった。
「裾野を殺させる為とちゃいますよね!?」
後醍醐家の当主である詠飛さんの言葉を借りるなら、菅野さんがそう言うのは当たり前だ。
思わず立ち上がって言う菅野さんの瞳には、憤怒が垣間見える。
「片桐は裾野をどう見ていると思う? そこを考えれば、自ずと"影"の意義が見えてくる。さて、今日はお開きにしてくれ」
総長は蜘蛛の糸を垂らしたようなヒントだけを言い残すと、欠伸をしながら自身のデスクに座ってパソコンを立ち上げてしまった。
「……」
菅野さんは拳をキツく握りしめ総長を睨んで吠えそうになっていたが、何かを言い聞かせたのか僕の方に向き直ると、
「帰ろか」
と、悔しそうな表情のまま言った。
「はい……御二方とも、本日はありがとうございました」
僕は愛想笑いを浮かべる龍也さんと、真剣な表情でパソコンに向き合う藍竜総長にそれぞれ視線を遣って挨拶をしてから出た。
部屋を出ると、菅野さんは立ち止まり唇を噛みしめて俯いた。
「菅野さん……」
僕も足を止め、隣で顔色を伺う。
「騅。俺があんなに裾野の事で怒る事さ、裾野に会ったりしても話さんといてや。絶対な」
菅野さんは唇が切れたのを機に噛むことを止めたが、硬く握りしめた拳はそのままであった。
力んだ声色には、どうしても僕に隠したい事があるとしか思えなかった。
「分かりました。ですが、その……あまり抱え込まないでください」
僕は菅野さんが無理をしている姿を見たくない。
それよりも、頼られない事がとてつもなく悲しい。
それがオーラとして伝わったのだろうか、菅野さんは眉を下げて額を掻いた。
「ごめん……今はちょっと、ほんまごめん」
菅野さんは口止めでもされているのだろうか、目が途端に泳ぎ出し早歩きで歩き出した。
「いいですよ」
僕はそこまで追い詰めたい訳ではない。
笑顔で頷こう。
いつか話してくれるまでは、僕は側にいるだけでいいんだ。
それが菅野さんの望む姿なら。
そこまで書き終えると、何だか空しくなって慌てて投稿ボタンを押した。
そしてすぐに電源を切ってしまった為、メールチェックを思い出した時には欠伸を連発する時間になってしまっていた。
今日はもういいか。
そう思って部屋の電気を消そうとしたとき、僕の心の中で何かがザワついた気がして、そっとメールを開いた。
そこに書かれていたのは、あまりにも彼女らしい言葉であった。
作者です。
今日は少し早めの投稿です。
続編以降改行を増やしてみましたが、いかがでしょうか?
夜でも快適にお読みいただけるように、これからも努力してまいります。
次回投稿日は、1月13日(土)か14日(日)です。
それでは良い週末を。
趙雲