「11話-再起-(後編)」
淳ちゃんと透理さん視点。
病院に向かうまでの、"再起"のお話。
※約4,500字です。
2018年4月1日 23時前(事件当日)
片桐組 門の前
後鳥羽紅夜
「報告があるんだけど聞きたい?」
"嫉妬"の気持ちの大きさで変わる漆黒の羽を広げ、脂汗を掻いている割にニタニタと笑う弟の透理。
ミルクティー色の髪は灰を被ったせいかくすんでおり、豪雪地帯を思わせる肌には無数の傷がついていた。
だがそんなことよりも、竜馬や佐藤永吉のような事態が起こってしまっていることに、俺は絶句してしまった。
以下より始まる話は、透理本人から報告という形で聞いたものである。
・・・
同日 22時過ぎ
片桐組 鷹階 3階
後鳥羽透理
ボクと淳ちゃんっていう女の子が別行動したでしょ?
どうやって紅夜兄さんに報告したか、話してあげるから聞けばいいと思う。
全員と別れた後、淳ちゃんは即座に俺から離れると、仲間との合流地点に向かっているのか総長室のある方角に走り始めた。
「なるほどね」
弟の龍、殺し屋としてのコードネームは裾野聖――あいつの所に行こうとしているんだ。
そうはさせないよ。
あいつは、どれだけボクを嫉妬で燃え上がらせたことか。
それにキミとは、何度もボクと戦っては邪魔に入られての繰り返しだったよね。
だいたい邪魔に入るのが龍と菅野海未っていう男。
顔が良い癖に龍の後ろを付いて回るような小型犬で、淳ちゃんには大型犬みたいに寛容な態度取って。
前々からあの顔を潰したかった。
龍の周りに居る幸せそうな顔を、全部塗り潰したい。
だから淳ちゃん、キミから潰そうとしてあげてるのに、どうして逃げるのさ?
「……」
ボクは生まれつき足が速い。それに似たのか、龍も足が速い。
存在が疎ましい。妬ましい。
だけどあいつと違ってボクは、"嫉妬"が大きくなれば羽だって生えちゃうんだ。
こうやってね。
腕を広げて指先まで"嫉妬"を行き渡らす。
そうすると漆黒な羽が背中から伸びていくでしょ。
あと、牙だって長くなっちゃう。
しかも今日は満月。
ボクから逃れる確率も0%になっちゃったね。
だってほら。
キミの目の前に降り立ってあげたから。
ボクの漆黒の羽や純白の牙を目にした瞬間、淳ちゃんは驚いたのか目を丸くしていた。
どうしようって感じ。
そういうの悪くないけど、反応としては好きじゃないなぁ。
「龍や菅野海未のところに行くなら止めるよ」
と、腕を大きく広げて言うと、淳ちゃんは困惑した顔をして、
「助けたい人がいるんです。お願いです、そこを通してください」
と、関西のイントネーションで言い、ボクの目を真っ直ぐに見て訴えかけた。
人を助けたい?
人は生まれ落ちたその日から、自分の身は執事や世話役が護るように言われて育つでしょ。
何で他人のキミが助ける必要があるのさ。
庶民にだって、世話する人が居るでしょ?
居ない奴は、人間じゃないんだからさ。
「じゃあ、通してあげる。<吸血衝動>」
ボクはそのままの姿勢で螺旋状に回転しながら淳ちゃんに突っ込むと、
「キミの"運命"以外はね」
と、目の前に来たところで微笑むと、淳ちゃんは刀で突進を防いだ。
そこで筋力差で刀を弾いてやると、淳ちゃんは瞬間移動並の速さでボクから離れた。
そして遮光カーテン越しに満月を見遣り、目からコンタクトのようなものを取ると黒いセミロングヘアが徐々に白く染まっていったのだ。
その姿に思わず見惚れてしまったが、髪が全て染まってしまうと更に毛先が伸びていき、地に着きそうな程の長さにまでなったのだ。
目の色は水色とはいっても月光が目の奥に宿っているような、神秘的な眼光をしていた。
「遊んでいる暇はない」
邪魔になりそうな髪を灰に靡かせ、普段よりも覇気の籠った低い声で言うと、いつの間にかボクの後ろに無表情で佇んでいた。
「……」
ボクはにんまりと微笑み、方向転換させると、
「<吸血柱>」
と、十字架を模した神殿の柱を床から出現させたが、淳ちゃんは既に十字架の背後へと回っていた。
「……助けたい人達がいる」
それから凛とした目で言うと、その場に留まったまま仁王立ちをした。
「嘆かわしい。夢物語に本気を出す辺りまで、あいつそっくりなんだね。これだから……龍と友好的に関わっている人は。"嫉妬"しちゃうから要らないんだけど」
ボクは腕を組んで溜息をつき、首を左右にゆっくりと振ると、
「あいつから菅野海未を肉体的に欲しているオーラが、あんなにも滲み出ているのに。キミも物好きなんだね」
と、頬杖をしながら続けて言うと、菅野海未という言葉にだけは僅かに瞳を動かした。
動揺しないんだけど。
ボクよりも下手したら一回り年下なのに、結婚相手を心から信頼したうえで龍の事も信じているなんて。
"嫉妬"しちゃうな。
「……龍は精神的に支えたいだけだ」
淳ちゃんは、そのままの姿勢でボクを睨んだまま言うと、
「<洗月泉>
と、静かに技宣言をした。
程なくして音も無くボクの左腕が砂の城のように儚く崩れていった。
なるほど。
これなら本で見た事があるよ。
西洋の薬を使って、腕を溶かすとか何とか。
たしかそれを止める方法は――
すると肘のすぐ上の辺りで崩壊が止まった。
正しくは、腕を噛んで"止めた"だけどね。
後鳥羽家の血って珍しくてさ。
救済の為に吸血するのは割と知られているけど、吐血することで"砂の浸食"を止める事も出来る。
砂の浸食を止めるのは多分、庶民でもできると思うけど。
「今夜は満月だから、というのはどっちも一緒だよ。<吸血月狼>」
と、羽を撓らせ狼のように牙をチラつかせながら走ると、
「俺には時間が無い」
と、あっさり刀で砂に溶けたボクの左腕を斬り、そのまま振り向かずに走り去った。
利き腕である右を斬らないのは、淳ちゃんに攻撃の意志がないということ。
ボクなら四肢を溶かしていたのに、時間が無いからってさぁ!!
だが無理に血で止めていたせいか、酷く出血したうえに痛みも出始めた腕を見下したボクは、
「あの姿じゃないとボクに勝てないのなら、今度からはその姿のキミを甚振るまで」
と、大きく崩れてきた天井を羽で切り裂きながら飛び上がると、紅夜兄さんたちが居るであろう門の方角を目指した。
・・・
再び吐血して砂に落ちないようにしながら飛んでいると、ちょうど門の前に紅夜兄さんたちが居たので降り立った。
それから笑みを浮かべたボクは、
「報告があるんだけど聞きたい?」
と、話を持ち掛けたのだ。
報告内容を告げた後、蒼谷さんはボクに向かって弓を構えると、
「出血多量や傷の化膿による貧血、その後の失血の危険度がかなり高いです。治療しながら病院に向かいますので、動かないでください!」
と、矢継ぎ早に言うと、恋ちゃんのリュックから治療道具一式を取り出し、彼女に持たせながら治療を始めた。
……って、走らなきゃなのに動かないで?
「ごめんなさいね、透理さん。あと、竜馬さんとえいきっちゃんの分もあるので、とりあえずじっとしてくださればおっけーです」
と、恋ちゃんは親指を立てて言うが、どう考えてもそこじゃない。
「まぁいいよ。キミ、お医者さんなんでしょ?」
と、蒼谷さんに話を振ったが、聞こえてすらないのか返事をしない。
ボクは執事だったら今頃首が宙を舞っている対応に腹は立ったものの、動くなと言われている以上黙るしかない。
「……透理」
しばらく走ると、突然紅夜兄さんがボクの名を呼び足を止めた。
それに合わせ、全員が足を止めたがまだ病院は先。
そもそもどこの病院に行くかよく分からないんだけど。
「どうして腕を捨てたの」
紅夜兄さんは普段目を開けない為、真の表情が見えない。
だが、それでも伝わってくるものがあった。
一、後鳥羽家の人間は五体満足であること。
当主ならびに血縁者が障害者であることは、決して許されない事である。
後鳥羽家の家訓の1つ。
つまりボクは――
「淳ちゃんがコンタクトを取ったら、白色の髪になって――」
と、事情を改めて説明しようとすると、
「違う!!」
と、ピシャリと言い放つ紅夜兄さん。
よく見ると、目尻には光るものがあった。
やっぱりボクの事を、捨てる気なのか?
「吐血して必死に止めたけど、ボクの実力不足だったからさ。ねぇ紅夜兄さんは――」
と、仮の縫合が終わった肘から先の無い腕を見せると、紅夜兄さんは顔を伏せたままナトロンで自分の左腕を固めた。
何をする気なのさ?
まさか、まさか……違うよね?
どうして?
これが当主の覚悟?
ボクには…………器が足りなさすぎる。
「必死に止めても腕を落とす結果になったのなら、責任は当主にある」
と、言い終えるや否や腕を掴むところを詠飛さんの腕でふわりと包み込み、やんわりと止めた。
「紅夜。責任の取り方を誤るな。それでは透理に制裁を下しているようなものだぞ」
と、それから呟くような声量なのに芯のある声が耳に響いた時、ボクの心の奥底の何かがドクンと突き上げるように動き始めた。
ボクはまだ当主になっちゃいけない。
このままボクが継いだら、何百年と続いてきた後鳥羽家を潰してしまう。
"嫉妬"が…………家を滅ぼす?
「分かっているけど、後鳥羽家には――」
と、涙声になりながら詠飛さんを見下す紅夜兄さんに、詠飛さんは小さく頷き、
「義手を内密に作ってもらおう。その間、透理は外に出られなくなるが……辛抱出来るか?」
と、紅夜兄さんに微笑みながら言った後、ボクの方を見て質問を投げてきたので、
「ボクに出来ないことは無いよ」
と、最大限強がって言ってみせた。
「……」
紅夜兄さんは押し黙り、詠飛さんに深々と頭を下げると、
「紅夜であれ俺であれ、熱くなる事もあるだろう。お互い様だ」
と、笑みを浮かべて言った詠飛さんは、ダークレッドチェリーの艶のある髪をポンポンと撫でた。
「だからといって龍勢を責めるのは当主として違う事ぐらいは、分かっているだろう?」
紅夜兄さんの頭を撫でた手をぎこちなく後ろに回しているけど、表情こそは真剣そのものの詠飛さん。
「勿論。利き手が右って分かった上で左腕を溶かした事くらい、透理にだって分かっただろうし……そこは立ち入れないのも理解しているよ。あとはもう、透理次第だよ」
紅夜兄さんはそんな詠飛さんの行動を面白がることも無く、いつもより声を抑えて言う。
「……」
ボクは素直に悔しいと思う。
だけどそれは"嫉妬"という薄汚い感情じゃなくて、当主になりたいという熱い思いなのかもしれない。
これで少しは成長できたのかな。
あとは龍の事さえ、きっちり精算すれば……!!
「透理。ごめんだけど、神崎医院じゃなくて近くの総合病院に行くよ~」
紅夜兄さんは先程とは打って変わって気だるそうに言うと、恋ちゃんと蒼谷さん主導の元総合病院に向かうことになった。
というのも、ボクが龍の事を考えている間に、うっすら聞こえてきていた話し声が元みたいで。
たしかだよ? たしかこう言っていた。
「透理さんと忍さんは、龍勢淳や神崎颯雅からすれば敵です。弱者を救いたいという彼らの想いから察するに、受け入れられない可能性があります」
という堅物の蒼谷さんの言葉。
リスクマネジメントなんだろうけど、患者なんだから受け入れてくれればいいのに。
「はい」
だけど当主の器になる為、ぐっと堪えて返事をすると、蒼谷さんはボクの事をギリッと睨み、
「患者は患者だ受け入れろ、などと言って良いのは、医者と徳を積んだ一般人だけですよ」
と、態度から察したのかそう言って退けると、
「もっとも、徳を積んだ一般人は馬鹿げた事は言いませんし、後鳥羽家の人間である以上……徳など積んでいないのは明白ですが」
と、嫌味成分を豊富に含んだ言葉を返されても、ボクは何も言わずに微笑むことにした。
悔しいけど、龍がやっていることだから。
どんなに嫌味を言われてもニコニコしている龍を見て、今までは嫉妬してきたけど。
変わらなきゃいけないから。
「透理兄さん、変わったな」
竜馬がボクの横を通り過ぎる際にそう言った気がするけど、ボクはまた微笑みで返事をした。
変わらなきゃ。
あとは龍の前で同じ事さえ出来れば……!!
当主になる決意を胸に抱きながら、ボクは只管走った。
物理的には病院に向かい、精神的には将来の自分の為に。
ここまでの読了ありがとうございます。
作者の趙雲です。
次回投稿日は、2月23日(土)or 24日(日)です。
それでは良い1週間を!!
作者 趙雲




