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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
55/130

「10話-影人-(後編)」

今回の"影人"はどなたなのか。

ナイフの壁を出現させる"影人"とは。


※約7,800字です。

2018年4月1日 16時半頃(事件当日)

片桐組 鷹階 最上階

黒河恋



 涙ぐんだ私を背にし、刻一刻と迫るナイフの壁を見極めようとする上司。

それを嘲笑うかのように真実(すがた)を隠す壁。


 それにしても、ナイフが縦にきっちりと並んでいる訳でもないのに何故か威圧感がある。

これは――跳ね返って次の列に行くときは、数文も違わずに並んでいるからだろうか?


 それに、詠飛さんが言っていた――"あの者"

敵は1人の能力者。

対するこちらはえいきっちゃん以外能力者。

人数でも能力でも問題は無い筈。



 今の所メンバーに慌てている様子は無く、警戒心も出し過ぎていないので、

このまま様子を見させるのが良いだろう。


 そう思い、淳ちゃんと共に壁の中とはいえ戦況を見守っていると、

一陣の風がえいきっちゃんの背中を過っていった。


 それと同時に一瞬火花が散り、直後にえいきっちゃんの背中は名状しがたい程――

血を吐きながら大きく口を開けたのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

えいきっちゃんは恐怖と苦痛で焦点の定まっていない視界で、傷口の方を見ようと必死になるあまりのたうち回っている。


 喉も張り裂けてしまっているようで、声も声と呼べるものではない。

だが、のたうち回る度に涎を出し、えいきっちゃんの体力と精神を確実に奪っている。

このままでは――失血死してしまう。


「えいきっちゃん!!!!」

淳ちゃんも大きく目を見開き、胸が張り裂けそうな声で叫ぶ。


「恋! バックアップ致しますから、佐藤永吉を!」

蒼谷さんは私の方を振り返らないまま声を張り上げると、私は淳ちゃんと助け出しに行った。

もちろん、役割は私がえいきっちゃんを御姫様抱っこする役。

私よりも軽いから、楽々持ち上がる。

とはいえ、女性に肉体労働はさせません!


 ……私も女性だけどね。


 だが敵もいくら戦闘に参加していないとはいえ、私たちを逃がす訳もなく。

「……」

耳元で嘲笑が聞こえたと思ったそのときには、刃先が私の目と鼻の先にあったのだ。

「う――」

私はマトリックスさながらに避けようとしたが、その前に淳ちゃんが攻撃を弾いてくれた。

「おっと、ありがとう」

と、えいきっちゃんを抱え直してお礼を言うと、淳ちゃんは笑顔で頷いてくれた。



 だけど顔、見えなかったな。

あんなに目の前に居た筈なのに。


「顔、見えた?」

一応確認の為に淳ちゃんに訊くと、

「見えへんかったけど……おそらくあの人やと思う」

と、呟くように言い、えいきっちゃんを端に寄せた。


 ということは、裾野さんクラスの人? いや、もっと上か。

心が読めちゃったりする淳ちゃんでも、"おそらく"なのに情報も何も無いなんて。

やっぱおかしい。


 それでも余計な事は考えないようにしないと!

私はリュックを下し、両頬を助走たっぷりに叩くと、

――生きろ、佐藤永吉!! お兄さんに今度は1人で勝つんでしょ!?

と、心の中で唱えながら、応急処置に励んだ。


 確認しよう。

止血セット、消毒、包帯――よし、全部ある!!

備えあれば憂いなし、だね。



 私が治療している間、仕込み傘を使う竜馬さんの流れ弾を淳ちゃんが防いでくれているおかげで、凄く集中できた。

多分、敵の攻撃よりも多かった気がする――まぁ、若気の至りってことにしといてあげよう。

とはいっても、仕込み傘にはマシンガンとショットガン機能が付いていたから、仕方ないっちゃ仕方ないけど。


「……よし!」

少々時間は掛かったものの、最後の仕上げをし、ひとまず回復体位にしたうえで防御壁を周囲に張ると、

「一緒に旦那に会いに行くよ」

と、頭をポンと撫で、語気を強めて言うと、魘されているえいきっちゃんの表情が少し和らいだ。



 治療セットを片した後淳ちゃんに報告すると、表情は引き締まっているが目の奥は若干嬉しそうにも見えた。

それにしても、まるで敵側のダメージが見えない。

こちら側は大分傷が目立つようになってきているというのに。


「かなりの強者なのに」

蒼谷さんは汗が見える額をハンカチで拭きながら言うと、

「情報がまるで無いということと」

と、ハンカチをしまいながら続けて言い、

「あなたの大凡(おおよそ)の武器の形状や大きさ、一瞬だけですが革靴が見えたので――これだけの長時間走れることから」

と、言い終えた途端に鍔迫り合いになると、

「貴方はどこかの名家の執事ですね!?」

と、珍しく自信満々に目を見開いて言うと、押し返した直後に距離を詰めた。


 だが敵は蒼谷さんの推理を受けても、あっさりと鼻で笑った。

「1時間でそれだけなんです?」

と、かなり小馬鹿にしたような言い方をすると、すぐにナイフの壁の中に消えて行った。


 短かったけど、あの声――どこかで――


「あぁ、俺には分かったよ」

そう言いながら傘を振り回したのは、竜馬さん。

「だけど。そこまで強いのは、知らなかったぜ」

と、ショットガンモードにした傘を壁に向けて撃つと、あっけなくナイフは音を立てて隊列を崩し、隠れていた真実(すがた)を露出させた。


 仁王立ちではなく、どこか斜に構えたような立ち姿を現した敵の姿は――

明るい髪色を急いで染めたかのような不自然な黒髪、オールバックにした前髪に混じっている数本の赤いアレンジヘア。

スラッとした脚や上半身を強調するかのようにも見える執事服、少々日焼けした肌に人を小馬鹿にしたような表情。

くりくりな大きい目をわざと伏せ、40代ぐらいだからか薄い皺も見える頬。

そしてシャツの襟の左側には、鳩の糞のような黒いものが付いている。


 これが情報にも無かった人の姿――

私は執事とは思えない程の覇気に、開いた口が塞がらなかった。



「クソ兄貴――いや、後鳥羽龍の執事長の橋本さん?」

そう言い、もう1発お見舞いした竜馬さんは、弾速よりも早く傘の上に立つ橋本さんに僅かに頬を引きつらせた。

「あぁそうですよ、橋本です。だいたい本物の強者って、龍様のように本気で強いところなんか見せないんですよ。知ってました?」

橋本さんは下衆顔で見下すと、傘からバク転で降りると同時に火花を散らし、右腕の肘をスパッと切り裂いた。


「そうだろうな。ほら、攻撃を仕掛け――は!?」

竜馬さんはあまりの速さに攻撃されたことすら気付かず、認識したときにはもう傘は地面に転がっていた。

傘を強く握る手も。


「竜馬!!!!」

はち切れんばかりの声で叫ぶ淳ちゃん。

たしか淳ちゃんと竜馬さんは親友だから、さっきのえいきっちゃんといいキツい事が続いてる。


 心配だけど、こういう時に何もできやしないんだよね。


「当たり前のものが無くなるって、とっても怖いんですよ。まぁ、ナイフの点を壊すという発想には、お褒めの言葉を贈りたいですけどね」

竜馬さんは両手――両腕を見比べ、絶望と恐怖のあまり膝をつくと、橋本さんはわざと目の前に屈んで囁いたのだ。

「乞田元執事長の執事教育も見事でしたからね」

と、更に竜馬さんへの嫌味を言うと、蒼谷さんを睨みつけてこう言ったのだ。


「クソ真面目で良かったですね」

しかも無表情で、相手を卑下するような言い方といったらもう!!!!

この人が本当に裾野さんを育てた執事の1人なのか!?


 だが蒼谷さんは至って冷静に流すと、

「はい。とっても」

と、微笑を浮かべたのだ。


・・・


 そこからの2人の戦闘は、とても目で追えるものではなく、影が動いているようにしか見えなかった。

乞田元執事長は、一体どんな執事教育をしていたのだろう。

ここまで1人の普通の人間を、異常なまでに成長させた教育とは。



「貴方の事は大体裾野、いえ後鳥羽から聞いています。その時に言われていたんですよ」

蒼谷さんは何度もぶつかり合いながら言うと、

「"橋本には気を付けろ。あいつはわざと手を抜いているから、執事武闘大会では4位だが、本当は俺よりも強いかもしれない"とね」

と、橋本さんのナイフを跳ね飛ばしながら言い、首根っこを掴むと思い切り地面に叩きつけた。

……筈なのだが、

「なるほど。ですがとんでもないことですよ。龍様の本気は俺でも見た事ないですし」

と、ナイフを手で弄びながら背後に立つ橋本さん。


「まぁ龍様を御守りする為の力ですから。恐れられるくらいが丁度良いのかもしれませんね~」

と、懐中時計をポケットから僅かに出して時間を確かめながら言うと、ナイフの壁から1本取り、自分を抱きしめるように体を縮めた。

「……」

それに対し蒼谷さんは覚悟を決めボウガンを構え直すと、大きく息を吐いた。


 すると橋本さんは顔を上げ、目を限界まで見開き、

「<記憶捜索願(みあたらない)恐怖(きょうふ)>」

と、地響きがする程の低い声で技宣言をしたと同時に、飛び上がる程の勢いとスピードで斬りつけ始めたのだ。

そのうえ、斬りつける度に斬撃の弧が出来ており、当たれば体の一部が落ちる可能性も十分高い。


「そちらがその気なら私も。<迷鳥弓(バードハンティング)>!!」

蒼谷さんは普段なら絶対にやらないのだが、10本の矢を装着するといつもより長く引いた。

それは飛ぶ鳥が全部落ちる程の不正確な軌道で、どこに避ければ良いのか迷う技だ。


 だが橋本さんはそのまま斬り続け、蒼谷さんは射る。

どちらにも隙が無く、むしろ疲労が見える蒼谷さんを見ているこちらがヒヤヒヤする展開となった。



「蒼谷さんなら大丈夫、大丈夫」

私は胸に手を当てて何度も、自分の脳みその皺の溝1つ1つに流し込むように言った。

「うん……」

淳ちゃんもそんな私の肩に手を乗せ、優しく頷いてくれたけど、心が読めるから不安なのかもしれない。

蒼谷さんが不利なこともあって。



 しかし突然攻撃を止め、弓をひらりと躱し始めた橋本さんは、

「これで終わりにしますね。<時間移動(みえないはやさ)の恐怖>」

と、言い終えるや否や蒼谷さんの目の前にぬっと現れたのだ。


 これには流石の蒼谷さんも武器を見遣りながら仰け反ったが、橋本さんは慎ましやかな表情をすると、

「あぁ。武器に敬意を表するので、斬りませんよ。"まだ"どこも斬ってません。ただ――」

と、ナイフの切っ先を喉に向けそうだったので防御壁を張ろうとすると、淳ちゃんが首を横に振った。


 その直後、振り上げたところで淳ちゃんが間に入ると、

「これ以上追撃をするつもりなら――」

と、いつもより1トーン低い声で言うと、橋本さんは口の端を僅かに上げた。


「へぇ、よく動けましたね。蒼谷様以外は、<強者()恐怖()>を出していたんで動きが鈍かったんですけどね」

そう言う橋本さんは、心から戦闘を楽しんでいるようにも見えた。


 だが、竜馬さんが壊した部分のナイフの壁から入ってきた紅夜さんたちの姿を見るなり、少しだけ寂しそうな顔をしたのだ。


「乞田元執事長に顔向けできませんね。今の遅さじゃ」

それから俯いて呟く橋本さんに、紅夜さんは肩をすくめた。


「任務としては十分。それに橋本の情報も片桐組端末に掲載されるから、戦闘デビューでいいんじゃない?」

と、欠伸混じりに言う紅夜さんは、私に歩み寄ると、

「橋本はB型で、身長が170cmくらいで、能力は"恐怖を与える"。髪色はいつもは茶髪だけど、今日は乞田元執事長スタイルなんだよ~」

と、基本情報を伝えると、

「あのナイフの壁も、攻撃が反射するかもしれないとか、幅を狭めるスピードが上がるんじゃないかとか色々あるじゃない? <点と線の恐怖>っていう技名だけど」

と、技の事まで教えてくれ、その間の橋本さんは大きく伸びをしており、大変リラックスされているご様子でしたこと。


「あ、ありがとうございます」

私は端末にメモしながらお辞儀をすると、「いいよいいよ~」と、柔らかく微笑んだ。


 その間に淳ちゃんは、その場に倒れ込んでしまった蒼谷さんの傷の具合とかを診てくれていたようで、

「無茶し過ぎです」

と、心配そうに背中を支えながら言ってくれていた。


 私は竜馬さんとえいきっちゃんの治療の具合を確認したが、血の滲むスピードが早い。

あのナイフ、骨までしっかり切断しているから相当切れ味が良いんだろうな。

そう竜馬さんの包帯を交換しながら思っていると、淳ちゃんがえいきっちゃんの分の包帯を替えてくれていた。


 前から思っていたけど、気が利く人だなぁ。


・・・


 だがそんな戦闘後の落ち着いた雰囲気を変えたのは、血まみれのナイフを懐紙でお手入れしていた橋本さんだった。

「お前らやる気あります?」

と、一通り治療が終わったので、座り込んで休憩している私たちを見下して言ったのだ。


「負けたんですよ? これは総長室室長とやらのお願いで殺生無しですけど、普通に殺されてましたからね?」

それから重い口調で言う橋本さんは、起き上がれないでいるえいきっちゃんの側に屈むと、

「あんたは、まず俺の覇気で怖気づいた。それから右足、左足、右足の順に動かしていたので、予測して動けたんですよ」

と、ジェスチャーで分かりやすく伝えてくれており、もしかしてアドバイスしているのではないか、とピンと来た。


「いつもと違うという恐怖に支配されちゃダメなんですよ。これが能力かもしれないって見抜ければ100点なので。

多分あんたの場合は、お兄さん以上の恐怖に出くわすと未知に入っちゃうんじゃないんですか?

それだと上限が低すぎるんで、初めて感じる恐怖でも苦痛でも成長のチャンスかもしれないと思えば、逆転なんてへっちゃらに出来ますよ。まぁ何だろ、周りにバカバカ言われ過ぎて、内心自信無くしちゃってるんですよ」

と、戦闘時とは打って変わって穏やかな口調で言う橋本さんは、段々笑顔が戻ってきたえいきっちゃんの顔を見て微笑んだのだ。


「そうなんですよ~。背中斬られた事ないし傷は大きいし、兄ちゃんより強いってなったら怖くて――」

と、えいきっちゃんは回復体位のままだが、橋本さんに悩みを相談し始めた。


 なるほど。

総長室室長め、マスタングめ、増田梓め。

全員の何かしらの成長と、今後への期待を見出す――これが目的だったのか。

素直にそう言えば良いのにな、全く。



 と、竜馬さんの隣で1人溜息を付いていると、目の前で紅夜さんが微笑んでいたので、思わず奇声を上げてしまった。

「驚かせてごめんね。恋ちゃんに足りないのは、冷静で迅速な判断力と、人基準で考えすぎない機械的な思考かな」

紅夜さんは、慌てて立ち上がった私よりも1テンポ遅れて立ち上がりながら言った。


「この人なら大丈夫とか、根拠のない自信は本当の最後には必要だけど、普段からやってしまうと依存型の人になってしまうんだ。良く言えば、普段からよく人を観察している人、悪く言えば依存と他力本願。そうされると、人によっては凄く邪気に思ったり、期待に応えようと頑張りすぎてしまったりするんだ。だから、普段はなるべく機械的で論理的に頭も体も動かす。あとは他人に期待しすぎないことで、大分参謀としても良くなってくると思うし、次回の指示や言葉も変わってくる」

と、紅夜さんが終始微笑みながら言うので、私も彼の言葉がすっと心に染み渡った。


 たしかにそうだ。

人を信じすぎてしまったり、たまに感情や期待で指示を出す場合がある。

そのとき、誰もが違和感を覚えるのだ。

急にどうしたんだと。

その原因はこれなのか。


「な、なるほど。仰る通りでして、ぐうの音も出ません」

私は思考の波に攫われそうになったのを堪えたが、出せた言葉は苦し紛れのもの。

「そっか。目が泳いでいるから――また落ち着いたら、議論しにおいで。いつでも待っているよ」

だが紅夜さんは温かく受け入れてくださって、目頭が熱いし、視界がぼやけてしまいそうになった。

「ありがとうございます」

と、お礼を言っている途中で聞こえたのは、詠飛さんの諭すような声だ。



「当たり前の消失への恐怖。それは記憶喪失時や事故や病気のショック、失恋で起こりうる。其方そなたは利き腕を斬り落とされた恐怖から逃げ失せ、這い上がれなかったのだぞ」

その言葉を聞き、未だにショック状態なのか、口を利こうにも言葉が出ない竜馬さん。

だが、耳や意識は生きているようで、言葉に頻りに頷いている。


「それと橋本が本当は強いという衝撃を受けたせいか、其方は覇気にも怖気づきやすくなっていたのだ。今までも中々の手負いと戦っていたようだが、動きや言葉選びが経験頼りであった。この歳になるとよく分かるが、いつでも経験が味方するとは限らぬ。

竜馬殿。

経験や知識は無意識に役立つもので、意識して使うものではない事をしかと耳に入れておくと良い。それらを披露する場で無い事に限るが、これが出来ぬ者はやたら偉そうに昔話をする者どもだ。気にする事は無い」

詠飛さんは言葉を付け加えると、口を開けてしまっている竜馬さんの口元を手ぬぐいで拭って少し強引に閉めた。


「ある程度の自信はその者を強く見せるが、過剰になるとその者を著しく弱く見せるものだ」

と、背を向けて言うと、詠飛さんはそのままナイフの壁を抜け、出口の方へと歩いて行ってしまった。


「あ……」

竜馬さんは、それに対し何か言葉を返そうとしていたが、ショックが大きいせいか再び口をあんぐり開けた格好で固まってしまった。


「じゃあ俺も行くね」

紅夜さんは心配そうに竜馬さんの方を見る私の横顔に話しかけると、微笑みながら手を振って出口の方に行ってしまった。


・・・


 蒼谷さんと透理さんの事は見ないでおきたい。

それ程までに議論が白熱しているうえに、蒼谷さんがとにかく折れない。

とりあえず、両者の言い分をまとめておくと――


 蒼谷さんは、からすさんがいつ居なくなっても良いように準備はしている。

部下と関わるのは好きではないが、話しかけるようにはしている。

だから今後もこのまま努力する。


 一方透理さんは、負けを知ったからこそ一皮剥けたエースとして、もっと正面に立って教育者代表となるべき。

戦闘での負けの数は、からすさんには劣る。それでもエースが影に隠れては、中間管理職の意味が無い。

融通が利かなくても、良い上司になる一歩として今踏み出して欲しい。


 やっぱ中間管理職であるエースが、最近人気無いのはここだろう。

エースを殺せばその人がエースになれるが、すすんでなろうとする人が居ない。

だからずっと、裾野さんの同期たちがエースのまま何年も経とうとしている。


 役員も変わらないし、こうなると良い意味でも悪い意味でも安定してしまったんだ。

そんなときに"BLACK"。

片桐総長と副総長は、皆に昔の入れ替わりが激しかった、野望まみれの時代に戻したかったんだと思う。

結果としては、今の所殺し屋人口が著しく減った程度で――片桐組としては予算処理が楽になってくる規模になる予定だ。


 そうなると、私も働き方を考えないと置いていかれそうだ。

それにしても、私がエースになるには蒼谷さんに勝つってまぁ…………ふざけた攻撃技しか無い私には、到底無理です。

なるほど。こうして不変のエースが生まれたのか。

閑話休題。



・・・



 私はとりあえず自分なりの考えをまとめると、蒼谷さんと透理さんを宥めている淳ちゃんを呼んだ。

「とりあえず、全員直帰で! いいと思います?」

と、仁王立ちで言う私に、淳ちゃんは一瞬固まったがすぐに頷いた。

それもそうだ、いつの間にかそろそろ22時になろうとしているのだ。


「えいきっちゃんも竜馬さんも、医務室に直帰させないと」

私は手伝ってもらおうと橋本さんの姿を探したのだが、どこにも見当たらないということは。


「……まぁお帰りになったよね」

と、頬を掻きながら呟くと、突然ぐらりと地面が揺れたのだ。


 左右に揺れたと思えば上下、それに立っていられない程の大きさから考えて、これは地震ではない!?

「"終戦の福音"かも」

透理さんは流石に言い合いを止めたが、蒼谷さんを睨みながら言っている辺り、こちらも折れる気は無かったようだ。


「それって、"人柱"を使える人がここに――居ない筈の青龍さんが!?」

私は言い終えてから、冷静になるように言い聞かせていると、透理さんは大きく頷いた。


「どういう訳かね。とりあえず、愛の無い無機物は全部灰だから――いずれここも」

透理さんは"嫉妬"の蝙蝠の羽を大きく広げて言うと、

「全員、逃げるよ」

と、一言で有無を言わせない空気を作りあげ、誰もが無意識に頷いた。



 だけど私にも蒼谷さんにも気がかりな事が、1つだけあったのだ。

ここまでの読了、ありがとうございます。

趙雲です。


次回投稿日は、2月9日(土)か2月10日(日)でございます。

それでは良い1週間を!!


趙雲

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