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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
54/130

「10話-影人-(中編)」

マスタングと同じく影人(影が薄い為)の黒河恋視点の物語。

扉の先に待つ意外な人物とは!?


※約2,800字です。

2018年4月1日 16時頃(事件当日)

片桐組 鷹階 最上階

黒河恋



 私が残した言葉は、どうにも彼女の心には刺さっていなかったように感じた。

タロットカードはおおよその未来を見せるから、少しは信じても良いと思うが。


 それにしても、親友の私の目を誤魔化せると思っていたとは……総長室室長も落ちたものだ。

あんなに迷った心眼じゃあ、占術に頼るまでもない。


 さて、旦那の無事を確信できたことだし、あとは皆に戦略を確認するだけだ。


 私は一度皆を集めると、

「戦略は今まで通り。ただ、マスタングが戦う事で後鳥羽家を説得したのなら、全力で相手を気絶に持ち込んでください」

と、タブレット片手に言うと、蒼谷さんを除いた皆は頷いた。

「黒河恋。あなたは後鳥羽家の強さを知らないから、そう言えるんですよ! 誰が相手かは存じ上げませんが、殺しにかからないと殺られますよ!」

だが蒼谷さんは私の胸倉を掴み、矢継ぎ早に言葉を浴びせると、私がきょとんとした顔をしていたせいか、乱暴に手を離した。


「……そうですね。"BLACK"が終わった今、ルールは無用ですからね」

私は蒼谷さんの震えている手を目で追いながら呟くと、蒼谷さんは小さく頷いた。

「ほら、早く行きますよ」

と、全員を見渡し語気を強めて言うと、私が言った時よりもピリッと空気が引き締まった。


 流石、エースだなぁ。

私も今回は戦略担当を任されているし、もっと頑張らないと!



 そうして各々想いを抱えながら開いた扉の先には、誰もが予想しえなかった人物が待っていたのだった。



・・・ 



 いくら"BLACK"の主催組とはいえ、ここまでバトルロワイヤルをモチベートする必要はあるだろうか。


 コロッセオ内部を彷彿とさせる円型の闘技場、無機質なレンガの壁と床一面を覆う深紅の絨毯。

ふと数十メートル上の天井を見上げてみれば、一面ガラス張りで綺麗な細工が入っているのがギリギリ視認できる。

今は西日の頃だから良いが、昼頃にずっと見上げていたら間違いなく目はお釈迦だ。


 その中心部に佇むダークレッドチェリーの短髪に、重い前髪によって閉ざされたようにも見える瞳の持ち主。

これはえいきっちゃんに説明するまでもない。

長身で痩身、それでいてどこか"怠惰"を思わせる、それなのに圧倒的な覇気を纏う彼は――


「後鳥羽家当主――後鳥羽紅夜(ごとば こうや)さん」

と、無意識に言葉が零れた時、えいきっちゃんが口元を覆い驚き慄いた表情をしたので、会うのは初めてだったのだろう。

それは私も同じなのだが、蒼谷さんは生唾を呑むのが精一杯だったようだ。


 だが残りの2人の態度は、私たちとは明らかに違った。

「兄貴が何でここに居んだよ。もう制限時間過ぎてるだろ」

1人目は実の弟である竜馬さん。

あろうことかまだ武器すら出していない紅夜さんに傘を向け、苛立ちを露わにしたのだ。


「そうだね~。でも制限時間が過ぎても終わらないなんて、おかしくない?」

紅夜さんは遠距離とはいえ武器を構えられた事に臆せず、むしろ後ろ手で腕を組んだのだ。


「おかしいですけど、紅夜さんが1人で居る方がもっと――」

と、淳ちゃんが言いかけた時、紅夜さんはゆっくり目元に笑い皺を作り言葉を制した。


「増田さんから聞いたと思うよ。後鳥羽家と手合わせして、生き残れば帰してもらえるって話。ね、恋さん?」

紅夜さんは目を開かないまままったりと話すと、私の方に一瞬で振り向いた。


 何故私なのか。

もしや戦略担当と見破られている――?

それとも、総長室長である増田梓が親友であることを知っているのか。


「は、はい。仰る通りです」

私はまさか振られると思っていなかったので、声が上ずってしまった。

だが紅夜さんは気に留めていらっしゃらないようで、答えた私に向かって一礼した。


――今、背後に強い気配を感じたと同時に、チクリと何かが刺さったような気が――


「……!!」

慌てて背後を振り返っても誰も居ないうえに、私は淳ちゃん共々後方に居る筈だ。

誰も居る筈がないし、第一淳ちゃんが気付かない筈もない。

万が一誰かいるにしても、気配を察知して防御する防御壁くらい張っている。



 これは気のせいだ――視界が――ぼやけるなんて、疲れているんだろう。

「後鳥羽家としては、平和主義でここまで来た5人を讃えて手合わせしたいな~」

紅夜さんが目を細めて言い、2回手を叩くと何故か私の足が勝手に動き出したのだ。


 あれ?

戻そうにも体が言う事を聞かない。

何で? まさかあの針のような痛みが――だとしたら、ここには紅夜さん以外の気配がある筈なのに、誰もそれに気が付いていない。


「待って」

だが細腕1本で支えてくれたのは、淳ちゃんだった。


「…………」

私は言葉を発しようにも、傀儡されているせいか何も言えない。

というのも、紅夜さんの実の弟である後鳥羽透理(ごとば とうり)には、吸血したモノの運命を操る能力がある。


 なるほど。

姿が見えないと思ったら、紅夜さんがどこかで"あらゆるものを怠惰にさせる"能力を使って、気配と姿を消していると。


 それにしてもこれはマズい。

このままだと淳ちゃんに危害を加える指示を出されそうなうえに、何か行動しないと。

そう思い、彼女の方を見ると淳ちゃんの言葉は私に向けられたものではなく――


「紅夜さん、お願いです。待ってください」

何と紅夜さんに向けられたものだったのだ。


「うぅん。じゃあ、黒河恋さんと淳ちゃんは見学かな~?」

その言葉を受けた紅夜さんは、腕を組んで目を伏せると僅かに口角を上げた。

私を含んだのは、姿すら見せていない透理さんに負けてしまったからだろう。


 すると、紅夜さんの隣に後醍醐詠飛(ごだいご えいひ)さんがフェードインし、

「斯様な事であれば、武力差を考慮し手出し無用としたらどうだ? 後のことは、あの者1人で十分であろう」

と、私の気配の外を浮遊していたらしい透理さんを捕まえながら言うと、紅夜さんと透理さんは小さく頷いた。


「よく俺を捕まえられたね~! まぁいいか、あいつらをまとめて殺せるなんて嫉妬しちゃうけど」

透理さんはミルクティー色の髪を指先で弄ぶと、詠飛さん、紅夜さん共々気配の外に消えてしまった。

それと同時に傀儡状態から解放された私は、淳ちゃんに支えられて座り込んだ。



 その代わりに、見学者である私たちの光が徐々に遮られていき、ふと上を見上げると天井から床まで四角型で真っ黒な壁が出来ていたのだ。

しかもそれはよく見ると少しずつ動いていて、更に目を凝らすと――様々な色の柄のナイフ!?

そして床に到達すると手前の列に移り、それを延々と繰り返しながら徐々に私たちを追い詰めている。


 こんな能力も敵のおおよその情報も、片桐組の端末のどこにも載っていない!!

一体誰がこんな――!!


「恋、慌てないでください。たしかに情報にはございません。……が、必ず私たちが暴いてみせますよ」

そう言い、不慣れな笑顔を見せた上司は――恐ろしくもあり、また頼もしくも見え、私は涙ぐんで頷く他無かったのだった。

ここまでの読了、ありがとうございます。

趙雲です。


あまりに長くなってしまった為、中編、後編と分けさせていただきました。

後編は来週投稿致しますので、お楽しみに!!


巨大なナイフの壁を作ったのは一体誰なのか!?

情報屋の端末にすら載らない――ダークホースの実力とは如何に!?


次週投稿日は、2月3日(日)でございます!

それでは、良い1週間を!!


作者 趙雲

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