「9話-水面-(前編)」
次なる相手は誰なのか。それとも平和的に解決するのか。
平和主義者たちの戦いは、まだまだ続く!!
※約3,800字です。
2018年4月1日 12時30分頃(事件当日)
片桐組 鷹階 2階
龍勢淳
佐藤順夜さんと矢代みゆきを打倒した私たちは、えいきっちゃん、蒼谷さん、恋ちゃんと共にフロアを移動していた。
その間に、残り少なくなってきた諸組の隊員たちをなるべく避けながら、なんとか階段の下まで辿り着いた。
というのも……2階に上がってからそのまま3階に上がれへんくて反対側まで行くことになってんけど、恋ちゃんがタブレットで出してくれた地図のおかげで辿り着けてん。
次はどんな人に出会えるのだろうか。
戦いを避けてくれるような人やと助かるんやけどなぁ。
絶対生き残らなあかんのもあるんやけど、戦いそのものが好きちゃうから。
そんなことを考えながら階段を上っていると、3階も武器がぶつかり合う音がそこら中で響いており、私たちは巻き添えを喰らわないように1番手前の教室に入った。
そこは授業を受けるような教室やってんけど、後ろの扉から入った私たちの目に飛び込んできたのは――
空でもなく、風にはためくカーテンでもなく、私たちを背に佇む1人の女性だった。
妖艶でどこか寂し気な彼女は、美しく整えられた黒髪ショートを風に靡かせ、ワインレッドのスキニーでミニ丈のドレスを纏い、真っ赤な10cmのハイヒールを卒なく履きこなしていた。
「また会ったわね、龍勢淳さん」
そう振り返りながら言う彼女の一挙手一投足に色気があり、艶めかしく動く唇に誰もが魅了された。
名前は――
「またお会いしましたね……高橋弓削子さん」
と、私が挨拶すると、蒼谷さんと恋ちゃんは感心し頷いた。
おそらく、顔見知りであることに安心したのだろう。
「高橋弓削子、B型、約165cm、"動くモノを魅了する"能力、応用能力はナルシシストにさせる。武器は投げナイフ。得意なことは昏睡殺人や昏睡拷問……眠らせてどうこうってことね」
恋ちゃんはえいきっちゃんの為に弓削子さんについて説明してくれ、えいきっちゃんも何回も頷きながら質問をしていた。
「それで、裾野聖の妻でもある」
と、恋ちゃんが男声に近い低い声で睨みあげながら言うと、弓削子さんは小さな顔を両手で包み、
「あら、光栄ね」
と、わざとらしく脚を膝程まで上げて微笑んだ。
「へ~、裾野さんってこんな人が好みなのかぁ」
えいきっちゃんは意外に思っているのか、爪先から旋毛まで見上げながら言った。
「驚くのも無理ないでしょうね。裾野聖は菅野海未みたいな女性が本当は好きですから」
それに対し、蒼谷さんは何の躊躇も無く龍くんの好みを言ってしまうので、ちょっとヤキモキしてんけど……えいきっちゃんなら良いと判断したのだろう。
「ですよね~?」
恋ちゃんも思い当たる節があるのか、蒼谷さんの腕を小突いて言うので、えいきっちゃんは首を傾げてしまった。
「あら……そう言えば、あなたたちは何をしに来たのかしら?」
弓削子さんは溜息混じりに腕を組んで言うと、恋ちゃんと蒼谷さんに視線を向けた。
「私たちは、残り時間をどこか安全な場所で過ごせないかと考えていたのですが。貴女こそ、教室に籠城とは……らしくないですね」
蒼谷さんは恋ちゃんに小声で2,3言指示を出すと、一歩前に出て言った。
「そうね」
と、徐にドレスの右端の裾を捲りながらゆっくりと言葉を零し、
「私にしては珍しい事、していると思うわ?」
そのまま太腿まで捲り上げながら言うと、
「こうして獲物が来るのを、じっと待っていたんですもの!」
と、ナイフを投げながら言う形相は、まさに蜘蛛そのもの。
罠に掛かった相手を自分のフィールドで、じっくりと苦しめながら殺す。
弓削子さんならし兼ねない。
「私が居るのを忘れてますね!」
恋ちゃんは素早く防御壁を張って弾いたが、防御壁を張っている間恋ちゃんは目を閉じていた。
ここ数回、全部目を開けて張っていたのに。
「あら? 居たの?」
弓削子さんは鼻で笑うと、目を開けない恋ちゃんに対し拍手を贈った。
「協力感謝する。<氷雨弓雨>!」
蒼谷さんは飛び上がると、氷を纏わせた弓矢を弓削子さんに向かって放った。
そのときの蒼谷さんも、目を閉じたままだった。
「女性の体は冷えやすいのよ?」
弓削子さんはいとも簡単に攻撃をすり抜け、こちら側に迫ってきた時、えいきっちゃんが忍術を使い目の前に氷の壁を出現させた。
大きさは縦1.7m程、横幅は成人男性2人分。
身長144cmのえいきっちゃんにとっては大きな壁だが、生憎弓削子さんの身長は恋ちゃんによれば「約165cm」……低いのだ。
「これでどうだ!」
えいきっちゃんは、壁の横からつらら型苦無をばら撒くように投げたが、既に弓削子さんの姿は無い。
「正面の正面……だ ぁ れ ?」
背後に回り、攻撃をやり過ごした後に正面に来た弓削子さんは、バッチリとえいきっちゃんの目を見たのだ。
「え……」
どこか抜けているえいきっちゃんは、正面から弓削子さんの能力にあてられ……言葉を失ってしまった。
つまりは、"魅了された"のだ。
「おいおい!」
恋ちゃんは途中で真っ黒な防御壁を2人の間に張ったが、どうやら手遅れだったらしく、えいきっちゃんは座り込んでしまった。
その時の恋ちゃんの目隠し役は、自身もばっちり目を閉じていた蒼谷さん。
ここの連携は流石やな……!!
「私の魅力は、裾野聖公認だから仕方ないわね」
弓削子さんは豊満な胸を見せつけるように腕を組むと、次はあなたとばかりに蒼谷さんを見据え、
「蒼谷茂。貴方と一騎打ち、させてくれない?」
と、蒼谷さんの怪我の事情を知らない弓削子さんは挑発的に言うが、蒼谷さんが答える前に手を挙げた。
「あっ、淳ちゃん。ゲホッ……どうぞどうぞ!」
えいきっちゃんは、某3人組の真似をして私に譲るジェスチャーをしてくれた。
それに対し、蒼谷さんと恋ちゃんは冷たい眼で見下していたが、
「ありがとう」
と、ボケてくれた礼を微笑みながら言うと、えいきっちゃんは小躍りしてくれた。
そもそも私が名乗り出たのは、蒼谷さんは先程まで何十本も骨を折っていた。
かと言って、えいきっちゃんでは弓削子さんに勝つのは難しく、恋ちゃんは攻撃が出来ないと言っていた。
それにしても、呼吸する度に苦しそうにしているえいきっちゃん。
大丈夫かな……?
「へぇ? 貴女ね?」
弓削子さんは暴走状態を知っているせいか、少し焦っているようにも見える。
「すみませんが、お願いします」
蒼谷さんは私が手を挙げた理由を察してくださったのか、丁寧に礼をしてくださった。
私は大きく頷き、弓削子さんとの一騎打ちに挑んだ。
一撃一撃が当時よりも強くなっていた弓削子さんに、私は少しずつ押され始めていた。
ただ、それには――
「あら?」
弓削子さんは、私の戦術には気づいていない様子で確実に私を外堀から追い込んでいた。
受ける度に回復させると相手が調子に乗りにくい為、なるべく回復は使わないようにしていたのもあるが。
「淳ちゃんの戦術、ちょっと怖いですね」
恋ちゃんはタブレット画面を蒼谷さんに見せながら、ふと呟いた。
「そうですね」
だが蒼谷さんは、私を見ながら若干口の端を上げて言った。
2人の会話を聞いた私は、そろそろ決定打を出そうと目を閉じ呼吸を止めた。
皆から見れば暗闇となった筈の視界に、私には鮮明に弓削子さんの姿が見えてる。
ここで魅了される訳にはいかない。
むしろ、今まであまり使ってこなかった時点でそろそろ向こうも必殺技とやらを出す頃だっただろうから。
「……」
納刀し、集中する。
動かへんかったら、魅了されへんみたいやな。
「ここで負ける訳にはいかない」
と、自分に言い聞かせるように低い声で言うと、一気に弓削子さんの横を駆け抜けた。
とはいえ、峰打ちやし気絶させただけなんやけどな。
そうすれば、医務室に運んでもらえるし安全やろ?
私が彼女の空間を切り裂いていた時、ほんの一瞬時間が止まったように感じたのは……。
恋ちゃんが敵の速度を遅くする防御壁を張っていたのだろうか?
――ドサリ。
そう弓削子さんが倒れた時、恋ちゃんはメガネを掛け直し、
「皆さん、ありがとうございます。さてと……医務室の手配と、これからどうするかをですね~」
と、平然と言い出したので、蒼谷さんはゆっくりと首を横に振った。
「医務室の手配は頼みますが、これからはここに籠城するのが良いかもしれません。何しろ、ここには一切血痕がございませんから」
蒼谷さんは机や床などを隈なく調べてから言うと、恋ちゃんはすぐに医務室に連絡をしてくれた。
「へ~。烏階の人たちって、知ってたけど頭良い人しか居ないや~」
えいきっちゃんは暢気に椅子に座りながら言うと、忍者道具の残量を数え始めた。
「せやな~」
と、私が同調すると、えいきっちゃんは心底嬉しそうな顔をする。
このまま後数時間、留まる事ができるとは思えない。
だけど今は、片桐組の構造を誰よりも知っている2人に賭けるのが良いのかもしれない……。
ただ、誰かを助ける為には――
「籠城すんな! 貴様らに怒りの鉄槌を!!」
だけど教室に殴り込んで来たのは、私の親友だと思っていた人物だった。
まだ幼く洋風な顔立ち、艶のある短い黒髪、傘の似合う立ち姿…………
……戦場だから仕方ない。
とはいえ、彼には向けられたくなかった。
「竜馬、どうして」
と、私が無意識に零した言葉は、静かに戦場に水面を作り始めていたのだった。
年が明けましたね、趙雲です。
また新年早々投稿が大幅に遅れ、申し訳ございません。
(喪中なので、新年の挨拶は控えさせていただいております)
次回投稿日は、1月5日(土)または1月6日(日)でございます。
それでは本年も、どうぞよろしくお願い致します。
作者 趙雲




