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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
47/130

「7話-柘榴-(前編)」

今回は、沙也華さんパートです。

彼女らしく、自分視点だけでなく様々な方の視点を使い、多角的に見せてくれていますね。

"BLACK"正規ルートもどうなるか、見物です。


※約5,100字です。

??? ???

蔦切沙也華(つたぎり さやか)




 あれは夢だったのでしょうか。

黒髪をポニーテールにした背の高いスラッとした女性が、私の目の前に立っておりました。

彼女は影人だと名乗り、柘榴の実を私に手渡して話し始めたのです。



 "冥界の神ハーデースは、豊穣神デーメーテールの娘ペルセポネーに恋をしました。

ある日、ハーデースは花を摘んでいたペルセポネーを略奪して、冥界に連れ去ってしまいます。

冥界でハーデースの勧めによりペルセポネーは、柘榴の実を食べてしまいました。


 冥界ではそこの食物を食べたものは客として扱われ、そこに留まらなければならない規則になっていたのです。

ペルセポネーは1年の半分を冥界で過すこととなり、その間豊穣神の母デーメーテールが嘆き悲しむことで冬となりました。

ですので、穀物がまったく育ちませんでした。

しかし、ペルセポネーが戻ると再び花が咲き、木々には実がついたといわれます。"



「これが柘榴にまつわる希国の神話です。貴女も柘榴の円熟した優雅さに、身を寄せることでしょうね。

柘榴には身を寄せ合い、結合することから作られた花言葉もありますし……。

だけどどうか、神話のような愚かしいことはしないでください」



 そう言い終えた影人は、最後にこう付け加えた。



「貴女が"柘榴"なのですから」



2018年4月1日 11:30頃(事件当日)

片桐組 鷹階1階

藤堂からす



 鷹階は片桐組の長距離武器専門の棟。

ハニートラップの名手、スナイパーでも文句なしで役員の月道とか、元相棒の佐藤永吉とか居る。

あとはエーススナイパーのあことしか。

藍竜組と違って、長距離部門も強いから結構自慢。



 ま~蒼谷茂を頼らなくても別に行けるとは思うが、仕方ないか。

たまには人間を頼ってやらないと。

そう、月道と別れた後にメモ書きを見つめながら考えていると、1人の神秘的な女性がこちらに向かって歩み寄って来た。


 雰囲気よりも獣の勘だけど、知らない訳じゃなさそうなのが気になる。

とりあえず烏たちには警戒の指示を出しておくか。


「私は蔦切沙也華と申します。あなたも10番ですか?」

沙也華と名乗る女性は、俺を前にしても冷静でむしろ友好的であることを感じさせる。

「そうだけど~。お姉さんは見ない顔だね」

と、烏たちを肩から飛び立たせながら言うと、沙也華はふふっと微笑んだ。


 龍也のこともそうだが、"BLACK"関連の作業が続いていて眠れていないせいか、欠伸が最近止まらない。

ただ、ハーフだから人間よりかは眠気に耐えられると思う。

……多分ね。


 それにしても、懐かしい気持ちになるというか、不思議な雰囲気を持った人間だ。

誰かに似ているんだけど、思い出せない。

凄く大切な気がするんだけどなぁ……優太でもないし、誰の事だろう。

まぁいいか、そのうち分かる。


「とりあえず、ペアなら一緒に行こっか~」

と、あえて名乗らないまま話を進めると、沙也華も特に名を聞きもせずに後ろを付いてきた。

これでもしかしてどころか、確信に変わった。


 多分見当違いだろうけどね。



一方、沙也華視点では……



 親友を裏切っている背徳感と、隠さなければならない義務感でおかしくなりそうだ。

ただ、申し訳ないことは確かだな。


 私、(もとい)俺は如月龍也だ。

本当は男性で今は湊の能力により、女性という実体を伴った幻覚を見せている。

これを知っているのは――直接は言っていないが――まだ俺の他の兄弟即ち、淳、湊、颯雅のみ。


 だが何も知らない筈のこの背中はどこまで知っている?

眠気を抑え、獣だから人間より多少は丈夫だろうと無理をする姿は。

というよりも、見当違いだと心中で言っていたが……昔からの獣の勘は健在のようだな。


「あの」

私はいつもより高く見える彼の背中に声を掛けると、足を止めずに面倒そうに首だけ振り向き、

「部下が厄介な人間と当たったから行くけど、来る?」

と、もしゃもしゃ髪を撫でつけながら言う心配そうな声色に、部下である蒼谷茂だけではなくその中にパートナーの淳の事も含まれていることに感心した。

俺の大事な義妹(ぎまい)なんだ。


「はい。ご一緒しましょう」

私はそのことは表情に出さずに一礼して言うと、

「今の、亡くなった親友に似てたよ。あんたはお姉さんなのに」

と、烏の群れの上に飛び乗りながら疑念を向けつつ言い、からすはそのままそこら中で戦っている人たちを尻目に飛んで行った。


 私も行先だけは見失わないよう目を凝らしつつ、ジャンヌダルクさながらの優雅な剣裁きで後を追った。

淳、今行くからな……!!




同時刻 鷹階1階 美術室

蒼谷茂



 廊下で場所や名乗り等お構いなしに戦っている人間たちを避け、一番奥の部屋に入ってみた訳ですが。

キャンパス台や彫刻の像があるあたり、ここは美術室のようですね。


 鷹階の美術室には初めて入りましたが、流石に"BLACK"開催に合わせて整理整頓されているようで、忘れ物等は見受けられません。

3時間凌げる場所としては悪くないですが……絵の具の匂いで少々 (むせ)ますね。


 私や烏階の人間、幹部しか知り得ない"偽りの殺し合い"に、人間がここまでヤケになるとは。

手紙の内容も全てガセネタですから、人間の盲目さには心底驚いております。


 ただ、ここには誰か先客が居るようですね。

目には見えないだけで、隠れているのでしょう。

それは目を合わせた龍勢淳も感じていたようで、私と目配せをしてきました。


「隠れたままで結構です。共闘を申し出たいのですが」

私が龍勢淳を背中に隠し一歩前に出て言いますと、どこからともなく不気味な成人男性の笑い声がうっすら聞こえてきました。


 しばらく辺りを見回し、気配の位置を絞り込もうとしていると、それに乗じて小鳥が歌う声が聞こえ、思わず耳を傾けてしまった時。


「金ばつのほとごをさかせ……こごせ……」

ほぼゼロ距離で突然現れた黒い影のか細い声に、すぐさまボウガンを構えて射ったのですが、喉に刺さった筈の矢が床に落ちたのです。


 もしかしたらこの人間は!!


 金髪の男を殺せ――幼少期に目の前で(すい)に両親を殺された、黒野(くろの)わたるですか!

そのうえ、このカタコトの本国語は、ショックから聴力を失ったから。


 それなのに音程を一切外さない歌声の能力者。

たしか能力名は、"あらゆる歌で夢を見せる"でしたか。


 となると、先程の歌は無敵の夢ですか。

歌っている間が効果時間、ただし味方も効果の範疇だった筈なので、どちらにせよ攻撃は避けたいところですね。


「がるいびど……」

と、アンデッドのように私にふらりと歩み寄り、何か口ずさみ始めた直後に足を引っ掛けてやりますと、あっさり倒れ込んだのです。


 ここで調子に乗るのは得策ではないです。

黒野わたるがアンデッドの動きをするときは、組んでいる相手に恵まれている時のみ。

ただし、その相手は大抵――



「龍勢淳。黒野わたるを頼みました」

と、目配せをして言いますと、龍勢淳は何か私の心から読み取ったのか、大きく頷きました。

こういう人間ですと大変助かりますね。

逐一言っていたら相手に作戦がバレますから。


 すると龍勢淳はしゃがみこんで、黒野わたるに口の動きを大きく見せつつこう言ったのです。

黒河月道(くろかわ るろう)さんに、相談したんやんな? 私なら叶えてあげるで」

優しく諭すように言っていたとしても、彼にとっては無音の世界。それを承知で満面の笑みで言っているんでしょうけど。


 なかなか大胆な事をするものですね。

たしかに、手話が堪能な黒河月道に騅を殺せと泣きついたのは事実ですから?

……今、彼が居ないのが口惜しい。


「ぼんど? お礼、ずどぅね」

黒野わたるはそうゆっくりと笑顔で言うと、"喜びと活気の歌"を歌い始めたのです。

龍勢淳は何か一言、二言彼に何か言っていましたが、心を読めますから承知だとは思います。

ただ、なぜか止めようとしなかったのです。



 活気づくのは貴女ではなく、どこかに居るもう1人の敵だというのに!!



「なぜ止めないんです!?」

私はつい感情的になり、そう叫んでしまったのですが、龍勢淳は人差し指を唇に当てウィンクをしたのです。


 ですが何かと融通が利かず、忖度も苦手な私には意図を汲み取れなかったのです。

「なぜ……!?」

戦場での迷いは、自らの人生の迷い……そういう者の末路は。


 私はいつの間にか後ずさっていたようで、入口付近のキャンパス台にぶつかってしまったようです。

若干歪んでいたので苛立ちつつも直した筈なのですが、一向に直る気配どころか突然音を立てて崩れてしまったのです。


「……」

あまり良い気はしませんが、仕方ないのでしょうか。

そう諦め、気配のある方に向き直ると、そこには私よりわずかに背の高い優男が居るではありませんか。


「自らいらっしゃるなんて光栄です。覚えておいでですか?」

と、キャンパス地のリボンの巻かれた鍔の広い帽子を外して一礼すると、右耳にお召しになった薄い緑色のステンドグラス風の三日月形のピアスに目がいきました。

耳の上には後頭部を包むように偽物の編み込みがなされ、それでも誠実さを思わせる教科書通りの髪型。

また、地毛のダークブラウンの髪にはハネもクセもありません。


 目の色は髪色と同じく大きめのジト目で涙袋が発達しており、眉毛は細くて急角度で上がっている。

鼻は小さく、肌の色は白いが真っ白ではなく、唇は上下共に薄くセクシーな印象も受けます。


 そして右手に握られている、彼の身長程の長さの鎌。

柄と刃に血の色で刻まれたイニシャルに、錆びた雰囲気。

 間違いありません。

"捻じ曲げる"能力を持つ彼の名は――


「蒼谷茂さん。同じ色の名字同士、仲良くしましょう?」

と、誰にでも仏のように優しく接するこの口調。


「はい、どうも。さて……緑澤尊(みどりさわ たける)さんと御呼びした方が良いですかね? それとも、光明寺尊の方がしっくり来ますか?」

と、鎌をかけますと、緑澤尊は僅かに口角を上げ、帽子を被り直しまして、

「金髪のお兄さんはどちらにいらっしゃいますかね?」

と、質問を無視し、尚も笑顔で話しかけてきました。


 なるほど。

Lunaさん譲りの腹黒さと表裏の激しさ、ですか。

顔も少しだけ似ているので、少々攻撃はしづらいですが問題は無いでしょう。


「私は共闘を申し出たかったのですが」

と、一歩前に出て言いますと、緑澤尊は頬杖をして外を見、

「共闘? 兄さんを傷つけたクセに、随分偉そうな提案ですね」

と、もの悲し気に言ったと思えば、急に鎌を振り下ろし、

「あなたとの共闘の結果、惨敗ということみたいですし」

と、ダークブラウンの目を吊り上げ、殺気の色で充満させると、

「目には目を歯には歯を……と、いきましょうか」

と、下腹部を見ながら言うので、私は側転で距離を取り、振りが大きい割に素早い攻撃を躱しました。


 これは……当たったら色々と無事ではなくなりそうですね。

「交渉決裂なのは残念です」

と、ボウガンを構えながら言いますと、緑澤尊はふんと鼻で笑いました。


 一方で、黒野わたるもいつの間にか立ち上がり、龍勢淳と対峙しておりました。

ということは、嘘と見抜いたのでしょうか。

彼もただ者ではないですからね……僅かな感情の歪……そうか!!


「先程の鎌の一振りは、龍勢淳の嘘を黒野わたるに見せたのですか」

と、言いながらボウガンを放ち、利き腕を僅かに掠らせると、緑澤尊は血の滲んだ白いシャツを見てまたフンと鼻を鳴らしたのです。


「鋭いですね。ただ……」

緑澤尊は龍勢淳を心配する私を一瞥すると、下腹部に向かって赤錆を周囲に撒きながら鎌を薙ぎ払いました。


 私はボウガンで正確に彼の急所を狙い撃ちつつ、飛び上がって避けようとしたのですが、何故か鎌から放たれた斬撃の軌道が!!


――捻じ曲がった……ですと!?


「がっ!!」

と、捻じ曲げられた場所が場所なだけに、見っともなく床に背中を打ち付け転げまわりました。

「わざわざ部屋を押さえた理由が、ようやく分かったでしょう?」

緑澤尊は、はしたなく下腹部を抑える私を見下し、鎌の刃先を私の口元に突きつけました。


 この男は私が心的に傷付けてしまったLunaさんと同じ目に遭わせる――即ち、強姦をさせる。

「趣味が……悪いですね……」

私は声を絞り出し、緑澤尊を睨みあげるので精一杯でした。

万事休す……といったところでしょうか。



 ちょうどそのとき、悲し気なJazzを歌いながら龍勢淳の警戒を解いた黒野わたるが、ぺたりと座り込んだのです。

「<悲恋女子化(しつれんソング)>」

そうして技宣言した彼が歌い出したのは、雨の中同性同士の恋愛により破局させられた女性の歌。

つまり、全く違う未来の龍勢淳の歌を即興で歌ってみせたのです。


 龍勢淳の反応は、目の前に立った緑澤尊のせいで見えませんでしたが、どうか彼の術に飲み込まれないよう祈るばかりでした。


 ただ、股の間から見えた黒野わたるの表情は、無抵抗の獲物を前にした獣のようで――私としたことが、人間すら守れないのかと唇を噛みました。


 私は、今まで何をやってきたんだとこの時ばかりは人間である事を恨みました。

作者の趙雲です。

3日間に亘って少しずつ書いては以下略。特に最後がまとまらないったら……。

明日からまた乗り越えていきましょうね!!


次回投稿日は、今週の土日のいずれか。(12月1日 or 2日)

それでは良い一週間を!!


趙雲

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