「5話-片翼-(前編)」
今回お話させていただくのは、どうやら"人間"だけではないようで?
騅のお話でも活躍されていたあの方には、番外編では描ききれなかった過去がある模様。
果たして、4兄弟とどう関わってくるのか?
※約4,700字です。
2018年3月28日 夕方(事件4日前)
仕事現場
藤堂からす
人間の命は短い。
俺よりも遥かに早くに墓に入る。
30歳を超えたら、自分はおじいちゃんだおばあちゃんだと言い、短命であることを周囲にアピールしている。
最初はそれはただの皮肉だと思っていた。
所詮人間の言うことは全て真実とは限らず、それは烏と運命を共にしている俺もまた同じなのだろうと。
だが本当に……人間の命は儚いものだった。
烏の翼の――それもたった片翼の先端で心臓を刺しただけで……俺の愛する人は亡くなった。
紛れもない英断だったんだ。
それが彼の望みだった。
分かってはいる。
人間の頭脳では、どうにもならない運命に悲観し命を絶つしか方法が無かった人間の末路だと理解できている。
だが、動物の本能は安らぎであった愛する人を今も求めている。
触れたい。
口付けて愛したい。
本能は今でも彼が――
「いつまでも血を眺めてどうした?」
アシスタントが片づけた後だから死体は無いが、血を眺めていると今でもときどき愛する人の鮮血を思い出す。
だからそうやって聞いてくるのは1人しか居ないと自ずと絞り込むことが出来るのだ。
声の主で古くからの付き合いがある如月龍也は、ハッキングでも移動中でも足のつかない俺を正確に見つけ出す。
いつから居たのか。そう訊かずとも分かる。
俺が仕事をしている最中から気配は感じ取れていたから。
そうなると、場所は神崎颯雅からかな。
あの人、情報屋の筋があるから何回か警告しているんだけどね。
俺に目をつけられると面倒だよ~とかね。
本気じゃないけど。
多分、向こうは追い越されたくないんじゃない?
「あ~居たんだ~」
しかし俺はいつも気が付かないフリをする。
へらへら笑い、何も考えていない素振りをする。実際にそうだという方が9割なのだが。
「またそれか。弟だから大目に見てやってくれ」
龍也は微笑みながら言うと、俺の肩に手を置いた。
こうして俺を怒らないのは、愛する人――元相棒の光明寺優太もそうだ。
優太は眉を吊り上げることはあっても、本気で怒っている訳ではない。
名前の通り、優しかったから俺を気遣っていたんだ。
ま、付き合い長いのは多分龍也だと思うけどね。
それから龍也は打って変わって、
「……場所を変えたい」
と、真剣な表情で声を落として言うので、仕方なく後をついて行った。
雑居ビルの隙間から移動した先は、雑木林と雑草が入り乱れている立ち入り禁止の一角だ。
龍也は躊躇なくフェンスを飛び越え足を踏み入れると、歩き出しながら俺を振り返りこう言った。
「これから俺の代わりに淳を助けてやってほしいんだ」
と。
俺がフェンスをひょいと飛び越え、彼の後をついて行きながら「明日死ぬの?」と、後頭部に両手を回してへらへら笑うと、龍也もはぐらかすように笑った。
「へぇ、死ぬんだ。裾野もそうだけど、人間ってどうして死にたがるの~?」
と、スローペースで歩く俺が少し声を張って言うと、龍也は足を止めた。
一陣の風が吹き、春の訪れを知らせるように俺たちの頬を撫でた。
「死ぬことが怖くなくなるような事ばかり経験してきたから、だろうな」
と、龍也の言葉が風に乗ってここまで届いたときに、初めて優太の覚悟の真の意味を本能が理解した。
性行為を二度としたくなくなる程、先輩たちに身体中を暴かれ痛めつけられた優太が、これから歩かざるを得ないレールを悲観した意味を。
――痛い。
人間が「胸を痛める」って、こういう事だよね。
龍也はいくつこんな思いをしてきたのだろう。
付き合い長いから、何となく察するけど。
死にたいのに死ねないとか。老いたいのに老いないとか。長く生きる気が無い人からしたら面倒そう。
今までそんな薄っぺらい感じにしか思っていなかったけど、一生続いたら痛さに耐えられなくなって消えてしまいそうだ。
「あっそ。じゃあ、俺に出来ることはないの?」
と、腕を組みながら言うと、龍也は振り向かずに首を横に振った。
「からすには今まで散々迷惑をかけてきた。これからはもう迷惑をかけたくないんだ」
と、覚悟を決めた人間の言葉が俺の耳を劈く。
そんな言葉はとうに聞き飽きた。
そうやって人間は死んでいくんだから。
「ふぅん。俺、迷惑掛けられた覚えないんだけどな~」
と、指遊をしながら言うと、龍也はようやくこちらに向き直った。
その表情には僅かに驚愕が見られ、同時にそんな訳ないだろ、とでも言いたげな顔もしていた。
だが彼はそれから何も言葉を発しないまま、空虚に消えていった。
さしずめ瞬間移動をしたといったところだろう。
立ち入り禁止区域だし、とっとと帰ろう。
そう思って振り返ったときに、暗いせいか正確ではないものの、優太の影が一瞬見えてしまい思わず呼びかけた。
だが振り返ったのは、同じ役員でスナイパーの黒河月道だったので、軽く謝っておいた。
「有給休暇、5年分あるみたいですけど」
と、黒河は皮肉めいた事を言ってきはするが、女性に変装している彼は誰が見ても綺麗だと思う。
黒河と会った後すぐに立ち入り禁止区域から片桐組まで烏になって飛んで行くと、門の前で片桐総長と冷泉湊、龍也が対峙していた。
「……」
何やってんだろ。
まぁ、ここで俺が助けに入っちゃうと立場危ないからスルーかな。
そう思い、すぐさまその場を後にしたのだが、その後俺の元に焦った様子の偵察用の烏が飛んできたのだ。
会話は基本動物同士の非言語コミュニケーションで、それが俺の第2の母国語だから全く情報伝達において困ったことはない。
情報を簡潔にまとめると、龍也が湊を逃がし片桐総長の手に堕ちたとのこと。
だから最上階の拷問部屋にすぐに来い。
俺に報告する前に情報をまとめておいてほしいんだけど、さっきの偵察烏は新人みたいだから仕方ないのかな。
というわけで拷問部屋。
正直言って総長の趣味には付き合ってらんない。
だけど俺を拾ってくれた人でもあるから、仕方ないんだけどね。
他に見物客は……片桐副総長、黒河、マジシャンでエンジニアの大崎、黒河の相棒の佐藤永吉、黒河の恋人の恋、ゆーひょん、茂か。
本当、副総長嫌い。
上から目線で俺を遠回しに馬鹿にするから、見ているだけで不快。
それにしても、龍也はよく耐えている。
一般隊員だったらオーバーキルレベルで、黒河が受けた拷問よりも1レベル上のものだから相当キツいと思うよ。
まぁ、総長は拷問では殺さないがモットーだから大丈夫でしょ。
そう高をくくって防弾ガラスの目の前に鎮座していた俺の前で、愛用の日本刀を心臓を突き立てた総長の顔は自己満足に溢れていた。
「はぁ!?」
防弾ガラスを何度も叩く俺の方を振り返り、総長は口元を歪めると、もう一度同じ場所を刺し、
「最後に一言だけ聞いてやる」
と、傷口を抉りながら言う総長は、横目で慌てている俺を舐めまわすように見ては目を細めた。
それでも龍也は表情をあまり変えないままで、むしろ口角を上げると、
「俺の部屋に……白い、アネモネが咲いてる」
と、血を吐きながらも、笑みを浮かべたままで言い終えた途端に事切れた。
俺は総長が嘲笑している姿と見物に来させられていた隊員たちが涙ぐむのを見ていて、1人で確信していた。
"龍也は何か違う形で生きている"と。
だいたいアネモネは辛抱という花言葉を持つから、そんなのわざわざ死ぬ間際に言わない。
それに白いと真実を示すから、部屋に真実という花――"華"が咲いている。
要するに、俺だけにでも伝えたかったんでしょ。
ま……ここであんまり冷静にしているとバレるから、演技でもしてこないとね。
俺は扉を何度も叩き、副総長に開けさせるとすぐに総長に掴みかかった。
「あんたは拷問では人間を殺さない筈だ!!」
と。
すると総長は反射させる能力で俺を跳ね除け、
「藤堂からす。第2の光明寺優太も居なくなって残念だったな。これも"烏と人間のハーフ"のお前への愛情だ……分かるな?」
と、反撃の隙も与えずに首を片手で絞め、もう片方の手で俺の両手を捩じりあげると、俺以外に聞こえないように顔を近づけ、
「ここでお前が反抗したっていいんだぞ? ただ、お前に待っているのは光明寺優太と同じ――」
と、二度も愛する人の名を口にしたことに悔しさから腹が立ち腕に噛みつき、首を絞める手だけでも離させると、
「あんたに優太の名を呼ぶ資格はない!!」
と、烏になり腕の拘束を解きながら叫んだ。
分かっている。
こんな事をすれば俺はただでは済まないと。
だが、愛する人の名を二度も呼び、古くから付き合いのある龍也を趣味である拷問で仮にでも殺すとは……いい加減堪忍袋の緒が切れた。
自分が育ててやったから逃げないとでも思っているのか。
「大事な人を護れないお前に何が出来るんだ?」
しかし総長に耳の痛い言葉を言われたとき、俺は翼で顔面を拭い自分の行動を激しく悔いた。
あのとき、降り立って仲裁していれば運命は変わっていたのかもしれないと。
「逆に聞きますけど、俺を組から追い出せます?」
とはいえ素直に返事をすれば、今度は自分が後を追わされる羽目になるのは明白だ。
それなら反抗した方が良い。
これは奇しくも片桐家の教えでもある。
その言葉を聞いた総長は品定めをするように俺の体を見、片翼の先端を握ると、
「お前は重要な人材だ。お前が居ないと組は成り立たない」
と、懇願しながら言うので、一歩離れようとしたのだが、名を呼ばれ足を止めると、
「最悪お前を洗脳し、心を失くさせて従わせればいい。そうすれば、お前も大好きな人の事も考えなくて済むぞ」
と、歪んだ笑みを浮かべられ、俺は心底心が冷えた。
今の俺を育てたのは、紛れもなく総長なのに。
考えてもみてほしい。
自分の親にこの言葉を掛けられた子どもの心境を。
本当なら泣くなり怒るなり感情をぶつけたり、何も言えずに立ちつくしたりするだろう。
"人間"であるならば。
「へぇ~……それは困りますね」
俺は生憎生粋の人間ではないので、こうしてひらりと回答に困るものは避けてきた。
へらへら笑いながら。
「そうだろう? お前なら分かってくれると思っていたよ。それなら無罪放免だ」
と、極悪人から善人に顔を変えた総長は、決まってはにかんだ笑顔を向けてくる。
それが俺の支えになっているのも知っていて、わざとやってくるのだ。
俺がいつまでも総長という電柱に止まっていると思っているのか?
という言葉を飲み込み、
「ありがとうございま~す」
と、隊員たちの心配をよそに言うと、早々に部屋に戻り淳に電話を掛けた。
それは、この状況を1番に報告すべきだと考えたからだ。
だが仕事は残してきたので、会いには行けなかったが。
2コール目に元気な声で電話を取った淳に、俺はストレートにこう伝えた。
『淳? ごめん。俺も頑張ったんだけど、龍也死んじゃった』
口調も友達に話すように、あくまでも軽く。
そうでもしないと、俺がどうにかなりそうだったから。
すると電話口の彼女は酷く動揺し始めた。
『え……え? ほんまなん? 嘘、やんな……?』
『本当だよ。だから今度からは、龍也に言われた通り俺が護るよ。敵は片桐総長と副総長だから』
と、龍也に言われた事も伝えると、淳は呑み込めていないせいか、何度か涙ぐんだ声で短く言葉を発しつつ、
『じゃあ……最後に1つだけ聞かせて。何でからすさんは龍也を助けてくれへんかったん?』
と、今の俺に1番ダメージの来る質問をされ、俺は咄嗟にこう言った。
『総長に刃向かえる程、俺も強くないんだよね』
と、いつもよりも笑って誤魔化し、返事も聞かずに通話を切った。
一方、湊たちの家のリビングでは……
沙也華という見慣れない女性が、まるで元から住んでいたかのようにソファに座っている。
その真向いに座る湊は、眉を下げてこう訊いていた。
「本当にこれでよかったのか」
と。
それに対し沙也華は優しく微笑み、「皆を護る為ですから」と、言った。
その言葉を聞いた湊は、僅かに頬を綻ばせてはいるが複雑な表情で、
「それにしてもなりきってるな、龍也」
と、冗談交じりに言ったが、
「龍也ではありませんよ?」
と、速攻で切り返され、湊は謝罪の言葉を口にした。
「やっぱり本職になるとレベルが違うな」
と、俳優を生業とする龍也を褒めたたえると、沙也華はふふっと笑った。
お疲れ様です。
作者です。
夜分遅くに失礼致しました。申し訳ございません。
土日共々出てしまっていたので、どうしてもこの時間になってしまいました。
次回投稿日は、10月27日(土) or 28日(日)でございます。
それでは良い一週間を!!
作者 趙雲




