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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
41/130

「4話-道化-(前編)」

ゆーひょんから見た裾野聖(後鳥羽龍)の姿は今までの人が語る彼の像とはまた違い、幼い頃の彼しか詳しく知らないからこそ、今の姿を見ても素直に感じ取れないのです。


淳のお見舞いに行き、そこで彼らが受けた制裁とは。


※約5,000字です。

2018年3月27日 昼頃(事件5日前)

鳩村公園

ゆーひょん(木田優飛(きだ ゆうひ)



 鳩村公園で待っていた颯雅に付いて行くと、いつの間にか私の身長の10倍はある家に辿り着いた。

 まぁひとくちに10倍って言っても……私、200cmあるのよね。ちなみにまだ伸びているから、第三次成長期かもしれないわ。

それはいいとして。


 家については、どうしたらこんなお金が出せるのか、ついつい不思議に思ってしまうくらいの豪邸だ。

色合いはシックな濃ゆい茶色が基調で落ち着いている。

家具、カーペット等も茶色で揃えられているが、色も少しずつ違うというのもあるが汚れは目立ちそうだ。

あとは透明感のある素材を使っているからだろう。


 広さは吹き抜けということもあるが、巨人族が入ってきてもとりあえずお出迎えと身支度は出来そうなもの。

イメージするなら、伊国のホールの造りに似ているわね。全体的に外側の丸で収まっている感じ。


 淳の部屋は3階にあって、そこまではエレベーターでの移動。

エレベーターホールからは1番近い部屋だった。

扉も同じく濃い茶色で、アルファベットが金字で彫られていた。



 部屋に通されると、そこには窓際のベッドで眠る淳と背を向ける男性の姿があった。

よく見ると男性は淳の手を祈るように握り、淳を心から心配しているようにみえた。

その反対側には龍也さんが居たので、背を向けている男性は湊さんだ。

「……」

聖も私もその姿に、言葉を失ってしまっていた。

だけどまずは謝らないと話もできない。

そう思って口を開こうとしたときだった。


「帰れ!!!!」

この空間どころか、外にも響いている気さえした湊さんの背を向けたままの叫び声が私の心の中を木霊した。



――お前は政治家として失格だ!! 笑い者になっているお前は要らない!! 帰れ!!!!

恐ろしい顔をした黒い影。叱りつけながら議員バッジを剥ぎ取る男性。

その人は今――

 ごめんなさい。昔の事を思い出しちゃった。



 何か顔に出ていたらマズいと思って聖を見下すと、困惑した顔をする彼が居た。

「聖……」

多分この子、この事態をどうにかしようと考えているんじゃない。どう死のうか考えてる。

"生きる"ことへの執着がまるで無いから。


「あんた――」

と、私が聖の肩を叩こうとしたときだった。


「帰れ!!」

と、再び木霊し心中を抉る一言に、私は片膝をついた。

ちょっと私にはキツい一言よ。


 湊さんは妖刀を逆手に持ち、左手は淳の手を握ったままで聖の首に刃先を向けた。

それと同時に自分の刀を抜いて、自らの首を真横に切り裂くように向ける聖。


 その表情はどこか清々しくて、覚悟を決めたような顔すらしていた。

これをほぼ無表情でやっていること自体おかしいのに。

何でこの子……すぐに死のうとするの?


 だけど呆然と見上げる私の前で、瞬間移動のような速度で2人の間に入ったのは龍也さん。

妖刀の刃の部分を素手で持ち、聖の首から下ろさせると聖の刀も同様にした。


「湊の気持ちも分かるけど……」

そう言って、龍也さんは2人の間を取り持とうとしてくれたが、

「でもここまでする必要なかっただろ!!!!」

と、泣き叫ぶ湊さんに一同は言葉を失った。



――ここまでになる前に、どうしてお前が止めなかったんだ!! 役立たずが!!

鼓膜が破れる程に響く罵声と女性の泣き叫ぶ声。

目の光の薄い男の子と、謝り続ける男の子、そして――

 また思い出しちゃった。閑話休題ね。



 目の色を黒から怒りの色に明転させた湊さんは、聖を右手で指差すと、

「お前はいつも淳に助けられてばかりだ!!!! でもお前は淳に何かしてあげたのか!?」

と、表情では何も語らない彼を睨みつけて言う姿は、もはや(かたき)と対峙しているかのようで見ていて胆が冷えた。


 淳は聖がバイセクシャルであることと、過去を受け入れていて、力になれることはないかなと私に相談してきたこともあった。

私に相談するよりも、湊さんは沢山されている筈だしその様子を見ている。

重みがまるで違う。


「仰る通りです」

聖は私が見ても驚く程淡々としていたので、心配になって声を掛けようとしたが、

「女の子なんだぞ……なのに、あんなに人か分からないくらいまで傷付けられて……」

と、涙を零し咽びながら呟く湊さんの声に、私は口を噤んだ。


 淳はあの日程の傷ではないものの、顔も体も女性が付けられるものとしては重い傷だった。

私なら顔に一生あんな傷がつくって考えたら、とても耐えられない。

それから放たれた一言は、聖のメンタルに相当なダメージを与えたと思うわ。

「お前を信じてたのに……」


 私が聖に言った言葉でもあるこの一言で、聖は私を見下して寂しそうな表情を見せた。

口パクで「あのときゆーひょんが言った」と、力なく笑いながら。


 それはあんたが自分の元恋人の大神元教官を殺してしまった後に言ったのよ。

新人を強姦して食い物にしていた彼を殺し、次の被害者を根絶したのは大した功績だったけど……殺し方が凄惨過ぎた。

目撃者で同期の佐藤順夜から聞いたけど、腕と脚を切断して部屋に持って帰ったって。



 私たちの様子を見た湊さんは刀を手放し、淳の手を両手で握ると、

「淳……頼むから目を覚ましてくれ……」

と、義兄であるから勿論なのだが、何度も名前を呼んでいる姿を見ていると菅野くんが心配になる。


 彼はこの人たちと上手くやっていけるのか。

特に見ていて痛々しく、今にも愛に狂いそうな湊さんと。



「……」

その様子を見かねた龍也さんは、颯雅に湊さんの刀を渡し、聖と私を手招きして別部屋に案内してくれた。


「わざわざ来てくれたのに悪かったな。湊は俺たちの事になると熱くなり過ぎてしまう部分があるんだ。だけど颯雅も俺も、あそこまでする必要は無かったと思ってる。その事に関しては、淳が目覚めない限りお前を許さない」

龍也さんは扉に寄り掛かって言うと、最後の一言を言う時には聖を湊さん程ではないが睨んでいた。


「申し訳ございません」

聖は若干人間味の戻った表情で言うと、龍也さんはゆっくり首を横に振った。


「ま、それはそれ、これはこれだ。龍は淳の前では素の自分でいられるんだろ? だから淳にあそこまで手を出してしまったんじゃないのか?」

そう言う龍也さんは、優しい表情に戻っており穏やかな口調だった。

対する聖は、考えてから小さく頷いた。


 たしかに、この子が菅野くんの前で感情的になるときって……聖が若い時だけじゃないの?

よく分からないけど、20超えてからは怒ってなさそうな雰囲気があるのよね。


「龍と淳と菅野は、三角関係みたいで実は誰も欠けてはならない関係だよな」

龍也さんは穏やかな表情のまま言うと、私にも目を遣ってくれた。

菅野くんの本名を知っているが、君には言えない。そう言われているような気がして、流石プロって思っちゃったわ。


「俺は自分を犠牲にしてでも龍を助けたいと思った淳の意志を尊重したい。だから龍は淳の分まで生きてくれ。……約束できるな?」

と、真っすぐな瞳で聖を見据える龍也さんは、本当に純粋な想いを持っていると思う。

聖はその強い思いに、大きく頷き謝罪の言葉を紡いだ。



 そのとき、颯雅が興奮した様子で息を切らしてドアを開けた。

「淳の意識が戻ったぞ!!」

そう叫ぶ彼からは、嘘を言っているとは思えなかった。


「ありがとう。すぐ向かうわ」

私は覚悟を決める聖の代わりにそう言うと、聖の手を引いた。



「すまないな」

淳の部屋に向かって足を踏み出そうとしたところで言う聖は、どこか寂しそうな表情だった。

表情を出すようになって、少しは楽になったのかしら。


「別にいいわよ、死ななくなっただけマシ」

私が先に一歩踏み出しながら言うと、聖は鼻で笑ってくれた。

……それでいいのよ。


 そうして淳の部屋に一同が介したとき、淳は目こそ覚ましているが焦点が上手く合っていなかった。

まるであの人のように。

「地獄桜って、あんな副作用あったかしら」

と、不安になって聖に耳打ちすると、首を横に振られた。


「あれでも手を抜いた方だ。見た事がない技なら気が付かないと思ってな」

と、耳打ちで返す聖は、言い方がおかしいとは思うが人間らしい表情をしていたから安心感があった。


「何も話さないわね」

しばらくしてから耳打ちでまた話しかけると、聖は首を傾げてからこう言った。


「覚悟をしていたとはいえ、身体面のショックの所見が見られる」

聖は医学の知識もそれなりにあるみたいだから、もしかしたら宙を見ている目の方向や光の具合で分かるのかもしれないわね。


「精神では庇えなかった部分ね。そうよね……」

私はある人の姿を思い浮かべながら呟くと、聖は何もかも見透かすような目で見上げてきたが、すぐに目を逸らしてしまった。


 そんな私たちを見かねてか、颯雅は心が読める特技を活かし、

「淳が思ってる事、代わりに話すぜ」

と、ベッドの側に寄りながら言い、何度か頷きながらポツリポツリと言葉を零し始めた。



「皆、側に居てくれてありがとう。

湊が怒ってる声が聞こえてきて、止めなあかん! って思ったら意識が戻ってん。

湊、私のせいで辛い思いをさせてしまってごめんな。


 ……いや、皆に迷惑かけたよな。

ほんまごめん。


 私、あの時生きるのを諦めててん。


 私さえ居なければ、龍と菅野は結ばれて幸せに過ごせたと思う。

お兄ちゃんたちに迷惑掛けずに済んだと思う。

私は邪魔で要らない存在なんやって、学校でいじめられてた時からずっと思ってきた。


 もう生きるのに疲れてたんよ。


 でもやっと分かってん。

今更やけど、皆が私の事を大切な存在やって思ってくれてた事。


 どんな時でもお兄ちゃんたちは護ってくれてたし、

龍はピンチになったらいつも真っ先に助けに来てくれてた。

何か困った事があったら、いっつもゆーひょんが相談にのってくれてた。


 そんな大切な事を見て見ぬフリしてたんやなって。


 私が寝込んでたら、こうやって側に居てくれる。


 ほんまにありがとう。


 おかげで、これから生きようって思えた。


 やから、これからもよろしくな」



 最後には涙声になっていた颯雅が言い終えたと同時に、淳はまだ弱っているからか咳き込んで血を吐いてしまった。

するとすぐに龍也さんがサイドテーブルのタオルで口元を拭い、頭をそっと撫でてあげていた。


「……」

聖は自分が一度人格を失った事を思い出したのか、一歩前に出てこう言った。


「淳、聞こえるか。後鳥羽龍だ。生きるのを諦めるのは簡単であまりに身勝手だが、誰かの為に生きるのも悪くないぞ」

そう微笑みながら胸に手を当てて言う姿に、私も勇気を貰えた。

この子、誰も信じずにずっと1人で生きてきたから。


 それから、一度下を向いて天井を見上げると、

「菅野を大事にしてくれる淳も俺にとっては大切な存在だ」

と、声を震わせて言った。

聖……あんただって人の子なのよね。ただ、忘れてしまっただけなのよね。


 それを聞いていた淳は龍也さんに介抱されつつ半身を起こし、僅かに口角をあげたように見えた。



――面白いよ! ありがとう、優飛!!

ベッドで半身を起こし腹を抱えて笑う男性が、淳の姿に重なって関係ない私が涙してしまった。

「ごめんなさい……」

私はティッシュを鼻に押し当てながら、先に部屋を後にした。



 扉を後ろ手で閉めると、堪えきれなくなって咽び泣いてしまった。

こちらこそ、ありがとうよ。

あんたたちのおかげで、今の私が居るんだから。

ただ皮肉を言うだけじゃない私がね。


 おかしいわね、思い出しただけで泣けてきちゃうわね。

あぁ……歳は取りたくないわね。



 5分くらいした頃に聖がこちらに歩み寄る足音が聞こえてきたので、涙をハンカチで拭くと先に車まで歩いて行った。

そこで鏡を見ながら笑う練習をしていると、心配そうな顔をしている龍也さんと、困惑した表情の聖がこちらに歩み寄って来た。


「どうしたんだ」

聖は私の顔を覗き込みながら言ってくれるが、またすぐに目を逸らす。


「レディーが顔を隠したい時くらい察してほしいわね! でもね、話さなきゃと思っていたのよ。特に龍也さん、あなたにね」

と、龍也さんに目を遣りながら言うと、何かを察したのかちゃんと目を逸らした。


「私と淳の出逢いと、私の事。ごめんなさい……同期の中で、聖にだけは時間が合わなくて話していなかったからね」

と、俯き加減で付け足すと、聖は眉を潜めつつも腕を組んで頷いた。

龍也さんは大きく頷いて、話を促してくれた。



 私の家族って、ちょっと特殊だから驚くかもしれないわね。

でもね、高校生くらいのときに1人の素敵な女の子と出会ったのよ。

その子は、私の心をとっても楽にしてくれたのだけど、その子も私と出会って心が軽くなったんだって……。


 1人の道化師によって。

作者です。


ゆーひょんって結構なサブキャラなのですが、意外と人気もあるのでメインで話させてみました。

片桐組時代の同期なので、裾野さんとは同い年の26歳……見えないですね。

見た目について番外編や、本編の騅編で描いてはおりますが、次の回で改めて描写する予定で御座います。


そう言えばよく訊かれるのですが、悲惨な過去ではないキャラは居ませんね……。

それは何とも無いとつまらないのではなく、この性格と価値観を持ったのにはバックグラウンドがある、という発想なので、発言の端々に表すようにはしております。


次回投稿日は、10月14日(日)でございます。


それでは良い一週間を!!


趙雲

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