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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
40/130

「3話-灰桜-(後編)」

"灰桜""狼狩り"である裾野聖を解放しようとしてくれたのは……?

それは広く深く付き合う彼だからこそ、1人だけではない。



※約9,200字でございます。

2018年3月27日 昼頃(事件5日前)

車中

裾野聖(後鳥羽龍(ごとば りょう)




 親友に手を掛けたのは、何度目だろう。

とはいえ、よくよく過去を思い出してみれば、あそこまで傷つけたのは初めてだった。


 今はその親友である淳のお見舞いに俺の車で向かっている。

しばらくして赤信号で停車すると、エンジン音だけが車内に木霊している状況になった。

ゆーひょんはその時を狙っていたかのように、俺の名を呼んだ。


「前々から思っていたんだけど、あんたと淳って、やっぱ似ているわよね」

彼は横目で半ば睨む俺に遠慮しつつも、作り笑いで話しかけた。


「……そうかもしれない」

俺は息をつくように言葉を漏らすと、信号の色が変わった為ギアを変えて車を発進させた。


「そうかもしれないって、本当はあんた気付いているんでしょ? 菅野くんの事もそうだけど、似た者同士だから好きになっちゃうんじゃないかしら」

ゆーひょんは、エンジン音を掻き消すのを嫌う事を知っていてか、いつもより声のトーンを落として言葉を零した。


「……」

無意識に盛大なため息が出る。

彼女と俺では好きになる理由も、一緒に居てほしい理由も違う。

それがたまたま――菅野海未だっただけだ。

似たような人間が居れば、彼女か俺が菅野海未という人物から離れる。



「何よその溜息。あんたって本当に完璧人間ね。そんなあんたを夢中にさせる菅野くんって、相当魅力的なんでしょうね」

ゆーひょんは時折皮肉を交えて俺を褒めてくれるが、付き合いの薄い人間からすれば嫌味にしか捉えられないだろう。


 たしかに菅野は中身も魅力的だが、見た目に関しては全人類の目に留まる程綺麗で美しい。

だから傷つけたくないのかもしれない、俺のように狂ってほしくないのかもしれない。


「……」

そうしているうちに淳たちの家に着き、駐車も終えたのに俺は何故か立ち上がれないでいた。

あの時の事を思い出したら、どうしても震えが止まらなくなってしまうからだ。

人として立派に育てようとしていた菅野にあんな思いをさせたのだ。


 俺という存在は彼の心を殺していないだろうか?

地獄から咲く、"灰桜"にしてしまっていないだろうか?



「大丈夫よ」

ゆーひょんはハンドルを握ったまま目を瞑っている俺の肩に手を置き、安心させるように呟いた。


「何か知らないけど、とにかく大丈夫。それだけあんたが大事にしていれば、菅野くんは応えてくれるわ」

彼はそのまま背中を擦り、ポンポンと触れる程度に叩いてくれた。



 淳はきっと俺を許し、とりあえず何とかなったね、と笑うだろう。

どうしてそこまで俺を追い詰める?



 あの時ももしや、本当は"狼狩り"である俺を普通の人間にしようとしていたのではないか?




6年前の冬ごろ……

藍竜組 高校校舎 教室

龍勢淳(たつせ じゅん)



 今日は冷えるから早く帰ろう。

恋人である竜斗(りゅうと)が全員に呼びかけ、当の本人は外で駆けまわる犬のように尻尾を振っている。

そろそろ相棒の(りょう)の誕生日が来るからやろな。


「私もそろそろ帰ろかな」

そのまま友人たちと教室を後にする恋人の姿を見送った後、鞄を肩に掛けようとしていると殺気が廊下の方から漂ってきた。


 いじめ女子グループのリーダーの矢代さんかな……?

私の恋人である菅野海未……本名、関原竜斗(かんばら りゅうと)はモデル体型で顔のレベルは上の上。

だからこそ、恋人を作らずに自由奔放で居てほしいと考える矢代さんからすれば、私は邪魔な存在でしかない。

要するに、自分たちのアイドルで居てほしいのだ。


 "商品"にされることをこの上なく嫌う彼に対し、自分たちだけの"商品"で居ろと押し付けている。

無知はときどきその人のトラウマすらも抉り、心の芯までをも貪りつくす可能性だってある。

……竜斗はこのことを知らないし、私も彼には矢代さんたちの本当の目的を見せないようにしているから大丈夫だとは思う。



「あらぁ? 淳ちゃんだ~」

矢代さんは金に近く肩口まである茶髪の毛先を指で弄びながら迫り、20人程はいる取り巻きたちに出入り口を塞がせた。


「仲良く帰りましょ?」

と、手を取って言うので、

「う~ん……今日は1人で帰ろっかな」

と、やんわり断ると、

矢代さんは目を細めて、「そっか~」と、愛想笑いをした。


「頭、ブチ抜いてもいいんだ?」

と、手で銃の形を作ってゆっくりと自分のこめかみに突きつけた。


 だが矢代さんはそれを私にではなく、窓の外に向けて構えて撃つ仕草をすると、

「あんたじゃないよ。キャンキャン鳴く、茶色い恋人(わんちゃん)よ」

と、目の色を変えて言うので、すぐに竜斗の元へ駆けだそうとした。


 矢代さんは私の名を呼び、立ち止まらせると、

「10人のスナイパーに、彼の頭を狙うように指示しているの。だからね? あんたが断ったり、誰かを呼んじゃったりしたら……すぐに吹き飛んじゃうわよ?」

矢代さんは腕を組み、自信満々に私を見下して言った。


 これは表情からしても、心を読んでも本当だ。

竜斗が友人と話しながら出て行ったということは、大丈夫だとは思うけど反応が遅れてしまう可能性だってある。

そんな結末になったら、私は一生前を向いて生きていく事なんてできない。


「分かった」

私は竜斗の顔を思い浮かべながら俯き、静かに言葉を零すと矢代さんたちは顔を見合わせて高笑いした。





 それからどれだけ、矢代さんたちに囲まれたまま歩いただろう。

矢代さんたちが足を止めたのは、教師の指示に3回以上背いた者が一時的に入れられる、拷問部屋の前だった。


「入りな」

そう後ろに居た取り巻きから蹴られ、室内に入った途端声を出す隙も無く磔にされたのだ。

"菅野海未を手懐けようとした罪"という理解に苦しむ罪名を突きつけられて。



 それから何回殴られたか、数える事も諦めた。


 痛い。


 だけど竜斗の為なら。痛くても自分だけが我慢すればいい。

声を押し殺して必死に耐えていたとき、矢代さんは思い切りドアを開けて屈強な男性たちを招き入れた。


「さっき話したヤられたい女よ」

矢代さんは私を見てニタつく男たちに顎で指し、

「もう声を出してもいいよ? 思いっきり喘いじゃいなよ!!」

と、男性たちの背中を叩き送り出しながら言った。


「いや……止めて……」

と、集団で迫って来る男性への恐怖とこれからされる行為を想像し、声が震えた。

顔も表情を抑制剤で押さえつけられているように引きつってしまい、唇が思うように動かせなかった。


「黙りな、お嬢ちゃん」

だが、取り巻きの女子が首元にナイフを突き付けており、抵抗は難しい。


 もう能力を使うしか道はないのだろうか。

生命(いのち)を弄ぶ事になる、私が1番嫌悪している能力を。


 そんな葛藤をしていると、藍色の隊服のジャケットのボタンを乱暴に引きちぎられ、下着にまで手が掛かったときに思わず涙が溢れた。

「いやああああぁぁぁぁ!!!!」

それと同時にはち切れんばかりの叫び声をあげると、矢代さんたちは叫び声を掻き消すように声をあげて笑い転げた。




 拷問部屋に入る前に戻る。

一方、菅野海未は……。



 友人たちと表面的な会話をしながら帰路についていた俺は、ピリッと刺してくるみたいな殺気に笑みが零れてん。

「あ~ごめん、先帰って!」

ほんで友人たちをとっとと帰すと、屈んで隊服の編み上げブーツの紐を結び直してん。


「ん~……総長見てへんとええなぁ」

それから爪先を立ててトントンとホームポジションに入れると、屋上に隠れているスナイパーたちのスコープ目掛けて笑顔を見せてん。



『笑った!? やばいよやばいよ!!』

『もう撃っちゃうよ!?』

『無理無理、あんな笑顔素敵!』

『何言ってんの、バレてんのよ!?』

『応援呼びます!』


 ごめんやけど、伊達に裾野の隣に居るんとちゃうんやわ。

盗聴技術くらい朝飯前や。


 撃つなら撃てば?

仁王立ちして挑発っぽい笑顔見せると、一斉に俺目掛けて引き金を引くスナイパーたち。


 攻撃の色が【臆病の赤】ってことは、その逆のオーラでええな。


「お願いやから、総長が見てませんように。<色波(オーラ)返し>」

と、わざと一回転して砂煙を立て、技を見せないようにすると敢えて攻撃を喰らった。

……ように見える技やけどな!


 ほんまは逆の色のオーラで鏡みたいにそっくりそのまま、向こうへ攻撃を返す技やで。

砂煙を立てるのは、その方がやられた感でるし仕返し感でるやんか。


 で、総長が見てへんこと祈るのは、同じ組の隊員を正当防衛以外で……あれ? これは正当防衛か!

ならええやんか! 堂々としとこ!


『待って!! 返ってき……ガハッ……』

『え!? ガッ……』

その他、断末魔が耳に響いてん。

せやけど、そこからちょっと不穏な音声も聞こえてきてん。


『菅野海未、盗聴しているなら答えなさい。正当防衛とはいえ、10人は殺しすぎと考えはしなかったのかな?』

総長の覇気纏ったこわ~い声。でも話は聞こうとしてくれているオーラを声色から感じる。


『菅野です。ごめんなさい、せやけど盗聴している限り、淳の事拘束してるみたいで……』

俺は盗聴を止め、総長に無線で伝えると、魂抜けた溜息が聞こえてきてん。


『裾野も向かっているから、一緒に殺ってこい。許可する』

総長は引き締まった声で言うと、無線を一方的に切ってん。


 あの、総長? 場所どこ?



 菅野海未視点のお話よりも少し前のこと。

一方、裾野聖は。



 今日もこの街で1人の罪人が裁かれた。

ターゲットは男色の趣味があった為、部屋に入る事も考えれば菅野を連れていけなかった。

だから1人で行動し、終われば一服をするのだが、そろそろ火を消そうか考えていた頃に1本の電話が入った。


『裾野くん! 5分前に龍勢淳さんが矢代さん含めて20人に襲われて、拷問部屋に連行された。男性10人も後から入ったから、強姦の可能性も有るよ』

気丈に状況を伝える鳩村は、藍竜組の同期だから吃音が全く出ない。


『了解。今から向かう。……そうだ、菅野にも場所を伝えてやってほしい。あくまでも推測だが、場所までは知らなさそうだからな』

俺は地下2階にある拷問部屋を目指して走りながら言うと、鳩村は思い出したように「あ~!」と、声をあげた。


『ありがとう。菅野くんなら有り得そうだね! 伝えておく!』

と、キーボードをカタカタ鳴らしながら言っているので、もう既に菅野に情報は渡っているだろう。


『あと、龍也さんと連絡が取れないから2人で行ってもらうことになるかも』

と、言い終えた頃にエンターキーを大きめに押し、マウスを器用に操作した。


『了解。頼んだ』

と、電話を切ろうとすると、スマフォを耳から離した途端に、『頼まれた!!』と、声を張っていたので少し待ってから通話終了ボタンをタップした。



 そのころちょうど拷問部屋の前に辿り着いたのだが、そのときに聞こえてきたのは女性の叫び声。

十中八九淳のだろう。

だが扉の前で矢代の取り巻きたちが武器を構えていたので、俺は軽く首と肩を回してこう呟いた。


「桜には舞い散らない種類もあるのを知っているか?」

と。

嬉しくはないが俺の強さは組の中に知れ渡っているらしく、見ただけで怯える人間も居る。

それなら別に技を仕掛ける必要も無い筈だ。



 やがて取り巻きたちは、たじろぎ一歩また一歩と引いていき、しまいには尻尾を撒いて逃げて行った。

「……賢明な選択だ」

俺は彼女らの背中に向かって拍手を贈ると、32桁のナンバーロック式の電子盤を前に冷静に番号を打ち込んでいった。


 すると、緑色の文字で【OPEN】と表示された為、矢代たちが連れ込んだ時は偶然扉が開いていたのだろう。

この番号を知っているのは、俺、総長と副総長のみだから。


 部屋に足を踏み入れると、淳の身包みを剥がそうとしていた為、鼻からゆっくりと息を吸い、

「こんにちは」

と、勿忘草柄の刀を抜刀しながら睨みを効かせて言うと、全員が凍り付いた表情で徐々に振り返った。


「随分楽しそうな事をされているようだな。それなら俺も混ぜてほしいのだが」

と、追い討ちをかけてピンと糸を張った声色で言うと、淳を襲おうとしていた男性たちは脱兎のごとく背中を見せて逃げ帰った。


「裾野さん、菅野くんの事が好きならこいつ、見殺しにしちゃえばいいのに……」

矢代の取り巻きが放った一言に、俺は納刀しかけた剣先を発言者に向けた。


「神様への御祈りは――」

それから攻撃する合図でもある一言を言いかけると、彼女は怯えた様子で部屋を出て行った。

俺はその姿を見届けると、俯いて鼻で笑った。


「君はどうする?」

と、顔を上げながら矢代を睨むと、蜘蛛の子を散らすように逃げ去り部屋には俺と磔にされた淳のみになった。



 磔から彼女を解放し、床に座らせてあげると人形のように倒れそうになったので抱き留めた。

彼女の体は殴られ続けたせいか身体中痣だらけになっており、その眼には涙が光っていた。

そこから彼女がいかに恐ろしい目に遭ったか想像に難くなかった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

こうして俺が抱き留めている安心感からか、声を枯らすまで泣き叫び続ける彼女に俺は羨ましく思った。


 俺は声すらあげなかった。というよりも、あげられなかったからだ。

心を散弾銃で何十発も撃たれたから、自衛できる箇所すらもう残っていないのだ。


 それを俺にぶつけてくれるのが、どれだけ嬉しいか。

優太さんに見せてさしあげたい。ここまで成長できた姿を。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!!」

彼女は悔しさから胸をグーパンチで叩いてきたが、俺で良ければ全部受け止めようと思えた。


「辛かっただろう、もう大丈夫だ」

と、背中をゆっくり撫でながら諭すと、淳は叩きながらも何度も頷いた。


「だが、こちらの領域には来ないでほしい」

そう、自分が殺したい欲のまま動いた事を思い出しながら言うと、淳は何も答えず空しく声をあげながら泣き続けるだけだった。


 菅野にこの役割をさせて良いのか、こんな真っ黒に汚された人間にしか出来ない事を。

彼は人こそ殺すが、貞操は護られている。純心を持つ菅野に、この話をしたくはない。

俺の過去の話は済んだことだから良いのだが、彼女の話に関しては数分前のものだ。


 俺のように心が殺される等という事態が起きたら……耐えられそうにない。


「何やってんの」

だが俺の気遣いを伝える前に、今にも俺の心臓を貫きそうな表情で見下し怒気を込めて言う菅野の顔を見てしまったのだった。


 そうだ。龍勢淳は菅野海未の恋人だ。

自分の相棒と、自分の恋人が抱き合っていたらそう思うだろう……。


「菅野。これだけは信じて欲しい。淳は今精神的に――」

俺は極力冷静に話し合おうと切り出したが、菅野は無抵抗の俺の眉間に矛先を向け肩を上下させると、

「うっさい! どうせお前が……お前がぁぁ!!」

と、ぎょろりと俺を睨み槍を振り下ろそうにも、手が震えてしまい振り下ろせないでいる菅野。

というのも彼のバックグラウンドから考えれば、まだ俺の事を殺せない筈だからな。


「そう考えるのが当たり前だ。本当に申し訳ない。ただ、経緯(いきさつ)を俺や淳から話せない」

俺は優しく淳を床に寝かせてあげると、菅野の槍の柄を握って立ち上がり刺されるのを覚悟で抱きしめた。


「分かってほしい……」

それから想いをより一層込めて耳元で囁くと、菅野はオーラで感じ取ったのか槍から手を離していた。


 そして槍が転がり、一度跳ね上がる音と同時に俺の背中を掻き毟るように強く抱きしめた。

「何が分かってほしいやねん! 裾野の過去知っているから、強く言えへんの分かっているんやろ!? いっつもズルいんやわアホ!!」

と、泣きながら、怒りたい気持ちと俺の心情を理解したい感情で葛藤しているのだろう。

それは俺の背中を握る力と肩口に擦りつける髪で、十分理解することができる。



 すまない。

淳だけでなく、菅野まで苦しめよう等と思ったことは毛頭ないというのに。



「全部分かる。オーラでだだ漏れや……ほんまうっさい。せや、あとで龍也さんあたりに事情訊くけどさ、日報で報告せんから!」

菅野は俺から体を離すと、ビシッと鼻先に向けて人差し指を向けて凛とした声で言った。

これは彼なりの気遣いなのだろう。

俺は気を遣ってほしくないのだが。


「分かった。ありがとう」

と、髪をわしゃわしゃ撫でながら言うと、菅野は微笑みながら頷いた。

その笑顔を見ているだけで幸せだ。

俺にしか見せない、彼の本当の笑顔。


「……なぁ」

菅野はしばらく歩いてから振り返ると、肩を震わせながら咽び泣いている淳を見下して言った。


「……」

淳は上半身下着のみで、怖い目に遭った事も菅野ならオーラで感じられる筈だ。

それなのに、どうして彼はわざわざ話しかけたのだろう。

俺は訳を訊こうと菅野の名を呼んだのだが、俺に目配せをしただけでそのまま立ち去ってしまった。



「怖かっただろう? ……ん?」

俺は優しく肩を抱いたのだが、そのときに背中に瞳と同じ色の繊細な刺青に目が留まった。


「……とりあえず、移動しようか」

気付かない振りをし、人目を避けて医務室へと連れて行った。

そのときに僅かに抵抗された事は、すぐさま"虎"に報告をした。


・・・

翌日

菅野視点に移ります。



「そうは言うてもなぁ」

俺は報告された事を料理中の裾野の背中にぶつけてんけど、裾野は鼻で笑ってん。


「だからそのままの意味だと言っている。男性不信の可能性が高い」

裾野は寸分も違わずに左右対称に盛り付けすると、テーブルに美味しそうな料理を次々に並べた。

今日は俺の大好きなハンバーグ!! せやけど、たまにナスが入ってやがるのは許せへん。


「……分かった」

と、返事すると同時に龍也さんから電話掛かってきてん、パーテーションの外出て電話取ると、家に来て欲しいとのことやってん。


 これでナスイベントは回避やな。


 ほんで家に着いてんけど、入口前に龍也さんが待っててくれててん。

「呼び出して悪いな。颯雅に何があったか調べさせたのだが――」

龍也さんはそう言うてくれて、淳の部屋までの道のりの間で事情を話してくれてん。


「あの事件の後、淳は自室のベッドで寝込んでしまってな……俺たちが部屋に入っても震えてしまって、話が出来る状態ではない。男性を見ると、襲われそうになった記憶がフラッシュバックしてしまって、恐怖から刃を向けてしまうんだ」

ちょうど部屋の前に着いた時に話し終えた龍也さんは、言い終えると溜息をついてん。


「そこで、恋人の竜斗なら何とかできるんじゃないか、と思ったんだ」

と、責任重大なことをサラッと言われて、俺は思わず胸の前で手を大きく振ってん。


「颯雅さんとか龍也さんで無理やったんやろ? ……じゃあ、出来ひんよ」

と、目を伏せて言うと、龍也さんは俺の両肩をガッシリと掴んだ。


「恋人と俺たち兄妹では訳が違う」

ほんで真剣な表情で見上げて言ってん。


「とはいえ……部屋の外で待機してるから、何かあったら呼んでくれ」

と、続けて言う龍也さんの表情は、さっきよりかは柔らかくなってん。


「……分かった」

俺は覚悟を決めて扉をノックしてんけど、部屋から返事は無かってん。


 それでも何だか俺が入らなあかん、義務感というか何とか言うか……俺にはよう分からんけど、入るしかないと思ってん。


 ゆっくりドアノブ回すと、淳はベッドから少しだけ顔覗かせてから妖刀を構えてん。

その手は震えているし、泣きそうな顔やし……正直言うて、この様子見ていると裾野のメンタルの強さに感動してん。

あいつ、自分の心殺された後全部受け入れてんやぞ……。

せやから俺に出来る事は。


「淳、大丈夫。俺やで」

俺は少しずつ歩み寄りながら、オーラを読み取って様子を見てん。

すると淳は段々刀は向けたままなんやけど、ポロッと涙を流してん。


「……大丈夫、かな」

俺が刀を下させようとすると、

「来ないで!!」

と、耳にキーン来る甲高い声で叫んでん。


「ごめんごめん、もうちょい話そか?」

と、1,2歩後退りして言うと、淳はまた布団の中に籠ってしまった。


「え~っと、じゃあこの前見掛けた白猫ちゃんの話とか――」

俺はその事態に困ってとんでもない話しそうになったんやけど、逆に淳は布団から顔出してくれてん。


「お……お?」

腫物触ろうとするみたいにじりじり歩み寄ると、刀は下ろしてくれてん。

せやから、感謝の意も込めてそっと半身を起こさせて抱きしめてん。


「怖かったやんな。俺も、イジメられた後にまた信頼するなんて難しかってん。せやけど、今まで仲間を思ってくれた人たちは変わらへん。やから、龍也さんも颯雅さんも湊さんも安心安全やで! もちろん、俺も裾野もやけど」

と、抱きしめたまま囁くと、淳はほんの少し背中に回した手に力を入れてくれてん。


 それでも刀から手を離してへんから、

「鳩村はんも大丈夫やったわ。あと、藍竜総長と副総長とか――堅実に行くとこは行けば大丈夫やで。俺が保証する」

と、背中を強めに叩いて言うと、刀を持つ手が震え始めてん。


 あとはもう何も言わん方がええかな、と思って黙って抱きしめていると、

「……」

淳は刀を俺に渡してくれてん。


 敵対心はもう取れたかな?

そう思いながらゆっくり体離すと、淳は袖で涙を拭ってこう言ってん。


「おねがい、上書きして」


 俺はその言葉の意味が一瞬分からんかってんけど、経験豊富な裾野の側に居ったから何となく察してん。

「……嫌や」

せやから俺は頭を垂れてから目を伏せて、そのままの姿勢で答えてん。


「え……」

淳はショック受けた様子やってんけど、俺はここでハッキリ言わなあかん思て淳の目を真っすぐに見てこう言ってん。


「二度と俺を"道具"扱いせんといてくれる?」

そう半ば睨んで言うと、淳の目に光が少しずつ戻ってきてん。


 "商品"扱い、"道具"扱い。

これだけはほんまに嫌。

いくら裏に色んな背景があったとしても、俺はアホやから人間的な事を求められてへんって思うんやわ。

……性的な事はしたないから、求められると辛い。


「……ごめんね」

その声も態度も目が覚めたみたいに元に戻ってくれたけど、やっぱ元気が無い様子やったから、

「その代わり、もっとこっちに通うから寄り添ってもええかな?」

って言うと、淳はゆっくり頷いてくれてん。


「ほんまゆっくりでええよ。俺に慣れたら大体の人大丈夫やから。今日はありがとう」

と、言い残して部屋を出ようとすると、淳は珍しく不安定な足音立てて俺に近づいてん。


「……」

淳は何も言わずに俯いててんけど、俺には何となく分かる。

裾野が心許そうとした時と一緒な気がする。


――「俺がお前のことを心から信じたとき、かな」

伝えきれない程辛くて苦しい思いをしてきたのに、穏やかで優しかった裾野の声。


 この言葉を俺に言うまでに、あいつだって葛藤した。

せやから淳だって今が苦しい。


 だから俺は2人の支えになりたい。

ずっと一緒に居たい。


「その気持ちがあるなら、ちょっと信じてもええかな……」

淳はほんの少しだけ穏やかになった声で言うと、部屋の鍵を渡してくれてん。


 これはちょっとやけど、心許してくれた証拠?

「あ、ありがとう!」

俺は自分の心読まれた恥ずかしさと合わさってむず痒かったけど、飛びっきりの笑顔を見せてん。


 それから俺は今でも淳の心の支えになり続け、物理的にも淳にあんな目遭わせへん為にも努力してるで!


・・・

(裾野視点に戻ります)



 後日、龍也さんから事情を訊いた菅野が、鳩村の部屋に押しかけてきたと助けを求めていたが、知ったことではない。

場所を知らなさそうという俺の発言に同意したのは、鳩村本人だからな。

散々に怒られれば良いと思う。

龍也さんには今度、お礼を言いに伺わなければな。


 それにしても以前よりも淳と菅野が仲良くなったように感じたから、どうやら上手く事が進んだようだな。

菅野が少しでも成長して、淳を支えてくれるようになれれば……俺の役目は終えられそうだな。



 現在に戻る……


2018年3月27日 昼頃(事件5日前)

鳩村公園

裾野聖(後鳥羽龍(ごとば りょう)



 やはり淳は俺を"狼狩り"、単なる菅野のいち保護者から解き放とうとしてくれていたではないか。


 叫んで助けを求める勇気、菅野の心の変化。


 俺としたことが、当日に気が付かないとは迂闊だった。

だが、自分を犠牲にしてまで人を護ろうとするところは本当に似ている。


「あら? 何だか吹っ切れた様子じゃない!」

ゆーひょんは隣を歩く俺の腕を肘で小突くと、ケラケラと笑った。

「あぁ。改めて、菅野を愛している事も再確認できたからな」

と、なるべく誤解のないように、「相棒としての愛情だ」と、付け足した。

するとゆーひょんは抱腹絶倒し、「相当オネツね!」と、肩をぺちぺちと叩きながら言った。



「待ってたぜ」

淳たちの家に行くべく集合した鳩村公園では、幼馴染みの颯雅(そうが)が待っていて、俺たちを微笑ましそうに見上げていた。


夜分遅くに申し訳ありません!!

作者の趙雲です。


灰桜は色の名称ですが、地獄から舞い上がる桜であるのは完全にオリジナルだったりします……。

裾野さんを見ていると、どうしても灰色が付きまとっているような感じがしたもので。

明るい未来に生きてほしいです……(切実)


次回投稿日は、10月6日(土)か7日(日)でございます。

それでは良い一週間を!!


趙雲

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