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ユーカリと殺し屋の万年筆  作者: 趙雲
龍勢淳編
39/130

「3話-灰桜-(前編)」

片桐組を内部から破壊する為、スパイとして再入隊している裾野聖に訪れる試練。

青龍暁副総長を支える"灰桜"の運命は如何に……!?


※パワハラ箇所がございます。

※約6,400字です。

2018年3月26日 夕方(事件6日前)

とある河川敷

裾野聖(後鳥羽龍(ごとば りょう)



 植物に絡まる無数の雫。


  滴り落ちる雨の雫。

 

    今まで見たどんな雫よりも鮮やかで、綺麗でそれでいて儚い。



 これが追い求めていた美しい"雫"なのだろうか。

鏡よりも数分違わず俺を映す透明度の高さ。


――完璧



 何度も灰桜として陰で完璧な桜を支えてきた俺を嘲笑うかのように垂れる雫。


夕陽に乱反射し、朱色にも橙色にも見える雫。



 音もなく。



 ただ、それが大切な存在のある女性から垂れている事を理解した途端、鷹の爪に胸を握り潰された。



それから胸を切り裂き、一度殺された俺の"心"を再び容赦なく打ち割った。




 数時間前のこと・・・



 片桐組時代の元同期であるゆーひょんとあことしと、同じく同期の蒼谷茂(あおたに しげる)が運転する車で、ある現場へと赴いていた。

片桐総長の指示で、菅野の伴侶である淳を生け捕りするように言われたからである。

あの方は大体生け捕りという趣味の悪い事はしないが、珍しく事細かに理由と段取りを説明された。



 それは、淳を人質にして義兄である龍也さんを殺したいと考えているから。

総長室で片桐総長は最後に俺たち4人にこう釘を刺した。



「お前らが龍勢淳や如月龍也らと親交が深いのは知っている。だからこうして頼んでいる。さぁ……"狼狩り"で完璧主義で残酷な裾野が居るのだ」

と、一直線に歩み寄りながら言い、俺を天から見下すと、

「灰桜のまま枯らすのはあまりに勿体無い。他の奴等が躊躇ったとしても、お前"だけ"は剣を振り下ろす。そうせざるを得ないよな?」

と、接眼レンズの周囲に麻痺針の付いた万華鏡を、目の角膜寸前に遣り、

「まだ"愛する人"を見ていたい、そうだよな?」

と、じりじりと近づけながら言うので、一歩後退すると耳元に一気に顔を近づけてこう言った。



「菅野海未を俺の目の前で殺すか、龍勢淳を生け捕りにするか」



 蛇は獲物を追い詰め、鷹はその場で一旦目を閉じた。

選択肢を挙げる事で相手にどちらか選ばなくてはならない、という強迫観念を与える。

片桐総長はそれを得意としている。

本当にさせたい仕事を後者に持っていくことで、脳に印象付けさせ混乱させる。

そうして仲間や家族を裏切ってきた隊員の数は計り知れない。



「必ず依頼を成功させます」

俺は片桐総長の御顔を見ず、総長室から見える深紅の月を見据えて言った。



 すると総長は俺の首を絞めようとしてきたので、バク転で避け抜刀しようとしたが総長の反射させる能力でつっかえ、肘打ちをした。

だがその時にはもう、俺の真横を駆け抜けていたのだ。


 そのうえ、駆け抜けると同時に腕で首を引っ掛けられ、そのまま壁に打ち付けられた。

壁にめり込む程の衝撃に視界が白黒したが、すぐに総長の御顔を睨みあげると、

「賢明な鷹なら、この後仕事を成功させなかったらどうなるか……分かるよな」

と、俺の体をすっぽりと隠せる程の体格の良い体がのしりと近づき、俺の肩を折る寸前程の力で掴んだ。



「はい、勿論です」

肩で息をしながら絞り出た声に、自分でも驚く程寒気が走った。

覇気ですら反射させる片桐総長の圧倒的な力に、未だかつて誰も立ち向かおうとしなかった事を改めて理解した。




 総長室から解放された後、顔色の悪い俺を気遣いゆーひょんは一度休もうかと提案してくれたが断っておいた。

というのも、総長が「必ず依頼を成功させます」と、目を合わせずに言った俺から、【親友である淳をどうやって助けようか】という不要な思考を読み取ったからだ。


 あの方は一度疑念を抱けば、その日に行動しない隊員を容赦無く手に掛ける。

現にそれで10人は亡くなっているのだ。


「その日に行動しなければ、貴方も消されると?」

茂は情報屋で藤堂からすさんの直属の部下。だからこそ、例のジレンマを知っているのだろう。

「あぁ、それか俺の目の前で菅野に手を掛けるか。それだけは……耐えられそうにない」

俺は蚊の鳴くような声で呟いて深呼吸をしていると、あことしが総長が掴んだ肩をトントンと叩いた。

「菅野海未が居なくなっても~、す~そのんのんには俺が居るのにな~」

痛みで瞬時に反応出来なかったが、あことしは1人嬉しそうにスキップをして言った。



 菅野がこの世から居なくなったら?

何を言っている? 考えただけで思考がまとまらない。


 あの笑顔が見られなくなったら、美味しそうに食べる顔も、マッサージで気持ち良さそうにしてくれる顔も……。

依頼をこなす頼もしい顔も、何でも着こなした時に見せる自慢気な顔も、全部失いたくない。


 完璧に立派に育て上げ、十数年も一緒に暮らして、今後も離れようが互いに幸せに生きたいのに。

どうして皆、俺から幸せや愛を奪おうとする? 妻の弓削子もそうだが、どうして菅野を消したがる?






 誰かが俺の肩を叩いている。それも無傷の肩を。温かい手が背中を擦り、安心させてくれる。

「ちょっと! しっかりしなさい! 淳ちゃんについては、車で考えましょ!」

女性に近い声色のゆーひょんが、宥めるように言い顔を覗き込んでくれている。

ガタイは同期イチ良く、とても女性には見えないが、シュシュを腕に付けている等女性らしさはある。

「分かった。ゆーひょん、いつもすまない」

俺は何度同期に救われたか数えきれないが、いつも応えられていない気がする。





 車内で一通り話し、何やら葛藤している様子のあことし以外は皆、淳をいかに助けるかという考えで一致していた。

おそらく、あことしのことだ。

淳を生け捕りにし龍也を誘き寄せられれば、自分の地位が黒河月道(くろかわ るろう)以上になる優越感と、親友であるゆーひょんを苦しめたくない気持ちとで葛藤しているのだろう。

根は優しかった彼だから、な。



 現場の河川敷に着き、雑草が生い茂る川辺を見下すと子どもたちが石投げに興じていた。

ゆーひょんと茂もその様子を見て、誰が何を言いに行くか考えていたので、

「夕立が降るとでも言うか」

と、俺が口走ったのと同時に音の無い銃声を立て引き金を引いていたのは、唇を歪めるあことしだった。


「ちょっと!」

ゆーひょんは、躊躇いもなく罪の無い弱者に銃口を向けたあことしの頬を叩いた。


――ガキン!!



 あことしはライフルこそ安物だが、銃弾は通常のライフル弾より数倍重いものを使っている。

下手に弾こうとしても逆に受ける側の武器が壊れる事もざらにある。

だが俺たちを見据える女性は、攻撃の予兆を感じなかったからか子どもたちを誘導し、その場から避けてくれた。



 そのとき、3本の全組無線が入った。

「こちら石河風音(いしかわ りん)捕獲部隊、配置につきました」

「こちら紅里慶介(こうさと けいすけ)捕獲部隊、配置につきました」

「こちら藤堂からす捕獲部隊、配置につきました」


 全て俺、あるいは龍也さんの関係者。石河風音は彼女自身が幼い頃に俺に結婚を申し入れた孤児の怪盗。

紅里慶介は幼馴染で捜査一課長、けーちゃんと呼んでいる。向こうは俺が苦手な"うなぎ"をニックネームにしている。

藤堂からすさんは、片桐組所属の情報屋で龍也さんと親交のある方だ。


 特にけーちゃんとからすさんは、何百人単位で動かしているに違いない。

2人とも一筋縄ではいかない程の強者だから。



 なるほど。

そうして淳をおびき出す作戦だったか。

3人をそれぞれに襲うということは、湊さん、龍也さん、颯雅さんを別々に駆り出す為。

全員罪のない人間や親交の深い人間を助ける性格を知っているからこそ、か。


「すそのんのん。お仕事、やるよね?」

後ろに縛った明るい茶髪を弄りながら言うあことしは、多少不安に思っている。

淳はゆーひょんとも仲が良く、俺への劣等感を100%ぶつけて良い相手ではないから。


「……」

茂もゆーひょんも俺のゴーサインを待ってくれている。

だからこそ、一度目を瞑り策を信じる時間がほしい。

「仕方ないですね」

その様子を見かねた茂はメガネを掛け直し、(こて)で俺の背中をコツンと叩いた。

続いてゆーひょんが背中を擦り、優しい眼差しを送る。

2人とも恩に着る。踏ん切りがついた。


「片桐組としてではなく、人としての行動を取ってほしい」

俺は剣を構える淳を見据え、息を唇の隙間から吐くとゆーひょんと茂は小さく頷いた。

あことしは渋々ではあるが、会釈ではあるが曖昧に頷いてくれた。



 これは勝つ為、総長に首を渡す為の戦闘ではない。



 坂を駆け下りながら俺とゆーひょんは淳にこう叫んだ。

「逃げろ!!」

だが、その声は空しく妖刀で切った風によって掻き消され、俺は抜刀しないまま合気道で受け流した。

「腕スッパーンっていくわよ!? バカじゃないの!?」

ゆーひょんはそんな俺を見て叱咤し、斧を構え俺の前に立ってくれた。


 その隙に抜刀し、その音と同時に前後入れ替わり鍔迫り合いとなったが、空中から妖刀を振り下ろしている彼女の眼は黒ではなかった。

「どうして手加減させないんだ?」

首を軽く傾げて言う俺の問いに、彼女はゆっくりと瞬きをしてからこう言った。


「片桐湊司」

と。

その声は俺とゆーひょんにしか聞こえなかった為、援軍組にはこの拮抗状態が続くのはもどかしいだろう。

そのうえ、俺が彼らに背中を向けているから攻撃も出来ない。


「どういう事よ! 副総長って!」

ゆーひょんは彼女に矢継ぎ早に質問をするが、それは有効ではない。

なるほど。橋の上の人影は、片桐湊司副総長だったのか。


「考えはよく分かった。ゆーひょん、茂とあことしに攻撃をさせないように動けるか」

俺は橋の上に目を遣りながら言うと、軽度のパニック状態だったゆーひょんも冷静になり、大きく頷いてくれた。

「私を誰だと思っているの? いつだって聖の味方よ」

ゆーひょんは鍔迫り合いをする俺に拳を向けてきたので、片手を離してグータッチをした。

彼はいつも俺たち同期の味方で居てくれる優しい親友、いやほぼ母親だ。



 淳は目を付けられている俺を片桐湊司から護る為、わざと攻撃を仕掛けて自分を犠牲にしようとしている。

俺も副総長を前に抜刀しないまま戦闘する訳にもいかない。

それはゆーひょんも、茂も同じだ。あことしはどう思っているか、最近特に読みづらくなってきているが。



「今日の今日は容赦してあげないわよ!」

ゆーひょんは自分の身長以上の斧を振り回し、ブンと重々しく音を立てて振り下ろす。

淳はそれをスピードで避けていくが、俺の斬撃を防ぐのもあり、段々と余裕のない状況に追い込まれていく。

そして何よりもゆーひょんが必ずしも援軍組の攻撃をさせない位置には行けない為、茂の正確無比な矢が彼女の腕に1本、2本と刺さっていくのが痛々しい。

 とはいえ、淳が自身の為に俺たちに攻撃を仕掛けないことも自分を追い詰めている1つの原因となっているのは確かだ。



「しげちゃん……ダメよね」

ゆーひょんは背後を振り返り、茂に合図を送ろうとしたが、片桐組の合図は勿論片桐兄弟が考えたもの。

公開処刑を所望するようなものなのだ。

「あことしに攻撃をさせない方が良い。あいつの弾は重い」

俺はそれから斧を振り回すフリをして銃弾を弾いてほしいと小声で頼むと、何度も頷いてくれた。



 1撃、2撃と放たれる俺の斬撃に、ゆーひょんの重厚感のある斧の攻撃に次第に淳の足元はふらついてきた。

そうなると茂の弓が(しな)る回数も増え、利き腕を中心に10本近く矢が刺さっていた。

ということは彼は、威力の低い練習用の矢を使っている。

真面目で融通が利かないところがあるが、からすさんの部下になってから彼の代わりに人を見なくてはならなくなったから、人が変わったのだろう。


 とはいえ、淳も少しでも怪我が軽くなるように攻撃を受けているので、片桐副総長の目を今まで誤魔化せているのだろう。

それは褒賞に値するが、そろそろ片を付けなければ総長からの厳しい拷問を受ける可能性もある。

私事だが、趣味が拷問の総長のそれだけは困る。

というのも、菅野と当日に落ち合えなければ話にならないからだ。




「ゆーひょん、河川敷まで離れてくれ」

申し訳ない。

これで最後にしなければ、俺と菅野は一生会えないままだ。

「わ、分かった……」

すまない。


 猛攻により行動が鈍くなり始めたところで胸倉を掴み、虚ろな瞳で見つめ口を半開きにしている彼女に静かにこう告げた。

「この技は使いたくなかったが、赦してほしい……」

罪悪感から消え入るような声になってしまったが、彼女は僅かに首を動かして頷いてくれた。



 片手で地面に灰桜柄の刀を突き刺し、

「<完璧な桜の目前で護衛し灰桜、地獄より咲き誇れ>」

と、目を瞑って技を詠唱するように抑揚をつけながら言うと、地面が僅かに光り灰色の花びらが俺と淳を包み込むように囲んだ。

神様はきっと俺を御赦しにならない。

それでも俺は相棒への愛を取る。


 灰桜に包囲され、俺たちの姿が外部からは見えなくなった頃に刀を地表から抜き、目を徐に開けると、

「<散れ>」

と、無慈悲に腹を刀で貫き空へ向かって持ち上げると、囲んでいた灰桜の花びらも先を尖らせて淳の肉を引き裂いた。




 現在に戻る・・・



 力なく項垂れている事を確認した俺は、悶絶もしない彼女の遺体のようなものを植物の上に寝かせて刀を抜いた。

それから雫の動く様を見つめていたが、ゆーひょんに名前を叫ばれ仕事の時のままの目で振り向くと、ゆーひょんは近づくのを躊躇った。

「任務完了だ」

口から零れた言葉に同期たちが背筋を震わせたのと同時に、狙われていた筈のからすさんが烏に乗って現場にいらっしゃった。


「あん時と同じ眼すんな!!」

からすさんは俺の目の前に降り立つと、目を見開き両肩を掴んで激しく揺さぶった。

あの時とは、"狼狩り"と呼ばれるきっかけとなり、未解決事件へと放り込まれた大神元教官殺人事件のことだ。

からすさんの初恋の人である優太さんが、必死に俺を止めてくれた……でも俺は手を下した。


「か、から、すさん……」

言い終えるや否や頽れる俺と一緒に屈んだからすさんは、珍しく突き放さずにむしろ俺を胸に抱きとめた。

「親友を殺した責任感じてんだろ? そのぐちゃぐちゃな感情、胸が痛いんだよね~」

からすさんは雑に背中を撫でながら、自責の念に駆られている俺を受け止めてくださった。

そうだ、彼は初恋の人を彼自身に依頼されたとはいえ殺めているのだ。


「片桐副総長なら後醍醐詠飛がどっかやったから、肩の荷降ろしていいよ~。重たかったでしょ~」

ここまでからすさんが人の事を気にしたことは無い。

それ程までに俺は酷い顔を、酷いオーラを出していたのだろうか。

全く自覚が無い。



 そのとき、穏やかだがただならぬ雰囲気を醸し出す中年男性が、坂の上からこちらへと歩み寄って来た。

ゆーひょんは名前を聞きだそうとしたが覇気の強さに圧倒され、足が竦んでしまっていた。

からすさんは男性の前に立ち、「あんた、神崎颯雅に似てるね~」と、もしゃもしゃ頭を撫でつけながら言った。

 だが男性はからすさんの言葉に一瞥はしたものの、すぐに正面を向き淳の横で屈むと、

「淳、起きろ。まだまだ助けなきゃなんねぇ人はいっぱいいるんだぞ?」

と、そっと囁くように語りかけた。



 やがて夕陽も落ちてきた頃、からすさんは烏の勝手だから帰ると言い残して現場を立ち去った。

聞きそびれていたが、狙われていた件はどうなったのだろうか。


「……聖花ちゃんはどうするんだ?」

更に男性が優しく話しかけると、淳の目に僅かに正気が戻ってきた。

もしかしてからすさんの予想は当たっているのか。


 俺は刀を懐紙で拭きながら観察し、彼女をどうするのか見守っていたが、男性はひょいと淳を御姫様抱っこしてしまった。

すると何故かかなり覇気が弱まった為、ゆーひょんが男性を呼び止めて駆け寄ろうとしたが、

「止めたければ止めてみな。まぁ、あんたらのスピードじゃ俺には追いつけねぇよ」

と、颯雅にかなり似た声色で言うと、瞬間移動をしてその場から消えた。


 やはり貴方でしたか。

血の付いた刀を手入れする俺に手を出さず、全ての事情を知っているあの顔。

間違える筈がありませんよ、颯雅の父上の景雅(かげまさ)さん。




 その後、この不思議な出来事は同期間で話題に上ったが俺は多くを語らなかった。

今はとにかく、片桐総長に報告をしなくては。

「以上が報告事項で御座います」

そう書類を提出しながら頭を下げる俺の顎に手を添えた総長は、そのまま顔を上げさせてこう囁いた。


「"灰桜の狼狩り"の保証書はまだ有効のようだな」

こんばんは、夜遅くに申し訳ございません。

作者の趙雲です。


片桐総長のパワハラが酷いですが、こうしてブラックボックス化している件が多そうで怖いですね~。

弱味を握られていると尚の事。

威圧で支配するリーダー程、人望の薄い人物像は無い……気がします。


次回更新日は、9月29日(土)か9月30日(日)でございます。

最後の一文で背筋が凍りましたが、来週もお楽しみに……。


それでは良い一週間を!!


趙雲

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