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「最終話-ピンキーリングと万年筆、そして"あなたの大事なモノ"……-」

騅&周囲の方々視点の最終章。

裾野さんと菅野さんの関係の終着点は一体。

そして34話の中で育っていったユーカリはどうなったか。


※約11,000字です。

※若干BL注意報?

2018年5月1日 午後4時頃(裾野さんが戻るまであと4日)

藍竜組 裾野さん、菅野さんと僕の部屋



 "BLACK"も裾野さんの退院手続きも終わり、連日敏腕経営コンサルタントとしてテレビのコメンテーターとして見る機会が多くなってきた。

菅野さんは自分のベッドに腰かけ、テレビ画面をぼーっと見ながら主の居ないベッドのシーツを撫でる。

そして必ず2人の御子息の話になると、下腹部を撫でて唇を噛む。

多分だけど……自分では産めない悔しさから、かな。

裾野さんを幸せに出来るのは自分だけ、時々そう口走っているのを聞くから。


 そもそも菅野さんが組に戻って来てくださったのは、今まで淳さんの所にいた分の残務があるから。

だから裾野さんが出演している番組が終わると電源を消して、ノートパソコンでの作業に移る。

これでも菅野さんは……裾野さんと同じく"筆頭役員"だから。


「そろそろひと休みしませんか?」

僕は頭を抱えている菅野さんに声を掛けると、"菅野さんスペシャル"のロイヤルミルクティーを差し出した。

菅野さんは小さく頷いてノートパソコンを横に置くと、一気に飲み干してしまった。

「いつもありがとう。ごめんな、俺……居なくなって初めて裾野ナシじゃ生きられへんって知ってさ」

と、空になったティーカップを僕に手渡しながら言うと、裾野さんのベッドに横になった。

「もう裾野の匂いせえへんから戻りたくなくって……バッカみたいやろ?」

それから無理に笑う菅野さんの姿が見ていられないのに、僕は拳を作るのが限界で抱きしめてあげる事も髪を撫でてあげることもできない。

「……ええんよ、髪撫でるのは裾野の特権やし。俺は別に……裾野が使(つこ)うてる香水買ってほしいんとちゃうし」

菅野さんは僕のオーラを読み取ったのか、ヘラヘラと笑いながら半身を起こした。

「……」

僕はいつも言い返せない。娘さんの話をしても、淳さんの話をしても僕じゃ話題を続けられない。

むしろ僕とその話題で盛り上がるのを、わざとセーブされているような気がする。

どうしてだろう?



――ピロン。

軽快な音が尻ポケットから鳴る。

CAINで繋がっているのはほんの数人だから、鳴っただけで飛び上がってしまう。

「……」

スマフォを操作して開いてみると、相手はなんと総長である藍竜司さん。

そこには総長室に来るように書かれており、追記の部分には『菅野には裾野へ渡す贈り物の準備をしておけ、と伝えておいてくれ』とあり、僕は胸が高まった。

もしかして、裾野さんが早く帰ってくる?

それならユーカリに水をあげないと。


 僕はパーテーションをくぐってユーカリの葉を撫でると、霧吹きで軽く水をあげておいた。

ピンと伸びたユーカリは頼もしくはあったが、葉の裏と幹に虫が沸いていたのでスプレーで退治した。

どっから来たんだか!!


 それからもう一度パーテーションをくぐって、ノートパソコンで作業をしている菅野さんに声を掛け、

「裾野さんに渡す贈り物の準備をしておいてほしい、と総長からご伝言です。僕は呼ばれているので、離席しますね」

と、伝言の内容を伝えると、菅野さんはやつれた顔で久々に歯を見せて笑った。

向日葵みたいな美しい笑顔。

少しだけ息を吹き返してきたかな?



 もう総長室の扉をノックするのも緊張しなくなったかな。

それだけ僕は大物になれたのだろうか。

肩書は何も無いけど。

 部屋に入ると、総長は鬼の形相で僕に早く机の前に来るように手招きした。

「悪いが騅、時間が無い。菅野の精神状態は?」

総長は血走った目で急かすように言うと、ガタッと音を立てて立ち上がった。

余程早く知りたいのだろうが、何でこんなに急ぐのだろうか。


「はい……日常生活に支障はございませんが、時々自分が子どもを産めない事を……その、悔やんでいる、と言いましょうか……」

と、ボソボソと呟くように報告する僕に、総長は眉を下げて首を横にゆっくりと振った。

「そうだよな。……騅、お前にだけは話しておく。小説の序盤にもあったが、俺は何かを裾野に渡した……あれは実は"記憶消去剤"だ。数日間だけ記憶喪失状態になれる。だが――」

総長は徐に椅子に座りながら言うと、浮かない顔で腕を組んだ。

「本当はその間に姿を消し、死んだ事にするつもりだった。まぁそれは湊にものの見事に止められてな……作戦変更で、後鳥羽紅夜に頼み込んで"菅野の記憶のある記憶域を怠惰にさせ、記憶喪失状態"にさせた」

と、続けて淡々と紡がれた言葉に僕は系統的健忘が意図的に起こされたものと知り、心底憤慨した。

そんな身勝手に……人の記憶をどうこうしていいもんじゃない。

裾野さんの気持ちだけじゃなくて、菅野さんの気持ちも考えてほしかった……!!



「どうしてそんなことするんですか!? 裾野さんと菅野さんは結婚しちゃいけないからですか!? 相棒契約があるからですか!? それとも……2人とも奥さんが居るからですか!?」

僕は怒りに任せて言葉を投げつけてしまった。

あまりに悔しかった。

"裾野さん"を突然失って、戻ったかと思えば自分の記憶だけ無くて……。

それが自然のものではなく、身勝手に人工的に行われたものだったなんて知ったら……!!

2人の愛の深さはここ数週間、いやほぼ1か月見てきたからよく分かった、というよりも思い知らされた。

裾野さんはどんな姿になっても、ずっと菅野さんに恋してしまう。

一方で菅野さんは、そんな裾野さんを待って側に居続けてしまう。

だからこの2人は体の関係は一生持たなくても、側に居ることが運命なのではないか……そう思って止まない。



 鼻息を荒くして肩を上下させる僕を横目に総長は背後の高窓に目を遣った。

「全部だ。その中でも奥様、ご子息並びにご子女を悲しませない為に、それから菅野の自立の為に自分は菅野の記憶から消えると、本人が言っていたんだ」

総長は堂々とした声色と口調で言うと、納得できていない様子の僕の事を見上げ溜息をついた。

「俺も同じだよ。このままではあいつに為にならないな」

と、目を伏せて心底心配そうに語気を弱める総長は、疑問の目線を向ける僕の顔を見るなり、「大丈夫だ、裾野も分かっている」と、微笑みかけた。

たしかにそれもそうだ。現に、贈り物の準備をさせているんだから。

……信じよう。今はただ……2人とその運命を。




同日同時刻

後鳥羽家 後鳥羽紅夜の部屋

後鳥羽龍(裾野聖)



 紅夜さんの部屋に来たのは他でもない。

菅野と別れた後すぐにナトロンを溶かし、記憶を元に戻してもらったお礼を言いそびれていたからだ。

「お礼も言わずに飛び出して申し訳ございません……。記憶を元に戻していただいて、ありがとうございます」

俺はベッドに寝転がる紅夜兄さんに向かって頭を下げたのだが、その返事は欠伸のみ。

「……このままでは菅野の為にならないと思い、一度頭を冷やそうと考えておりまして――」

と、突然部屋を飛び出した理由を説明していると、紅夜兄さんは欠伸でその先を遮った。

「珍しいものを見せてもらったからいいよ。龍が飛び出すなんて……」

紅夜兄さんは徐に起き上がり、ベッドに腰かけて足を組むと眠そうに目を擦った。

「でもね、菅野くんはしっかりした子だよ。ちゃんと龍の事だって見ている。だから病室に戻ったことにも気付いたんじゃないかな」

と、とろんとした目を細めて言う兄さんの言葉に、俺は頷く事でしか答えられなかった。

あいつはいつでも俺を見ていて、手本にしようとしている。

だから仕草が時折似ている時があり、俺を本当に尊敬してくれているのだと感動してしまう時すらある。



「ですが……クリスマスイブのあの日、契約したすぐ後に菅野からマッサージを頼まれたのですが、騅が夜の営みと勘違いする程声を出してしまっていて、その……」

俺はあいつと一緒に居る時に必ずといって良い程悩む事を紅夜兄さんに相談する事にした。

要するに、手を出したくて抑えられない時にどうしたら良いのか、分かり兼ねるのだ。

今までは御手洗で慰めてきたが、それを一生する事は出来るのか、自信が無いのだ。

「弱気だね。興奮しちゃったのかな?」

紅夜兄さんは大爆笑の後、目尻の涙を拭いてから目を開いて仰ったから、俺は背筋をピンと伸ばした。

いつもは閉じている目が開いている時は、怠惰な彼ではなくなるから。


「それ、菅野くんからしたら龍に心を許した証拠でもあるんじゃないかな。……つまり『好き』なんだよ」

と、僅かに頬を赤く染める兄さんは、気恥ずかしそうに微笑みながら仰った。

心を許した……?

でも体の関係は持てないのに?

俺の中で渦巻く疑問を知ってか人差し指を軽く振り視線を向けさせ、

「ただ、菅野くんの『好き』は、"相棒としての憧憬"だけど、龍の『好き』は"男としての恋情"。方向性は違うかもしれないけど、どっちも『好き』という形なんだよ」

と、立ち上がって俺の左胸をトンと拳で叩く兄さんは、安堵できる柔らかい笑みを見せてくださった。

言われてみればそうだ。

相棒としての好きだ、と口酸っぱくあいつが言ってきたのは……あくまでも憧れの先輩だから、体の関係は持ちたくない。

ストレートにしか言わない菅野なりの意思表示。

知っていた筈なのに、改めて言葉にされると胸の奥に突き刺さる。


「それに親子みたいなもんだから、『愛してる』とかでいいんじゃない? ほら、俺や母上様に言っているような」

そう続けて仰る紅夜兄さんは、眩しいくらいの笑顔で肩をポンと叩いてくださった。

俺の歪んだ愛や心情を繋ぎとめるように、縫い合わせるように修正してくださる。

それは幼い頃に大人の身勝手な愛を押し付けられ、潰れてしまった純愛の心を治療するには十分すぎる言葉だった。

「そうですね……」

ただ、菅野と家族というのは些か困惑する。

とはいえ、どうしようもなく護りたいのも、何でも菅野から相談してくるのも、家族として相棒としての信頼――愛なのだろう。

「ありがとうございます」


 俺にはもう結論が出ていた。

5月5日を待っていたら、きっと菅野は待ちくたびれて心が(ひしゃ)げてしまう。

……案外デリケートなんだ、あいつは。

菅野だって親の愛を十分に受けてきたとも言い難い。

それに人間オークションで"商品"として売られた経験は、何よりもトラウマだから。

「お役に立ててよかったよ」

紅夜兄さんは部屋を出て行く俺を見送りながら仰ると、また布団に寝転がり安らかな寝息を立て始めた。



 その足で家に戻ると、妻である弓削子と息子の空、海未が迎えに来てくれた。

海未の名前の由来は、菅野が夏生まれだから。

「未」を付けたのは幸せになってほしいからだ。

 嘘だ。本当は菅野というコードネームの下の名前が、「海未」だからだ。

ずっと菅野の下の名前が言えなかったのは、あいつが呼ぶなと言ったから。

だから俺も「聖」と呼ぶな、と言った。

そう考えると互いにコードネームを子どもの名前に入れるとは……どうやら俺たちは相当頭のネジというネジが飛んでしまっているらしい。



「空とお風呂入っちゃってくれる?」

帰るなり口が裂ける程の笑顔を見せる妻は、死んだ目をしている俺を怯えた目で見つめる空の肩をポンと叩いた。

政略結婚とはいえ、息子たちに罪はない。

たとえ昏睡妊娠の為、性行為に覚えが無いとしても、だ。

産まれてきたこの子たちには、平等に未来がある。

だからどうかあと少しだけ、死んだ目をしている父親を赦してくれないか。

「……あぁ」

俺は生返事をし、一度部屋に戻ってから空と脱衣所で合流すると、空は悲しそうに俺を見上げて付いて来た。


「お父さん」

空はよく俺に似ている。話し方、立ち姿、食の好み、性格も。

「ん?」

服を脱ぎながら答えると、空は切れ長の瞳を大きく揺らした。

「どうして……菅野お兄ちゃんは、皆に嫌われているの?」

それから大粒の涙を流す空は、傷だらけの俺の脚に抱き着いて鼻を大きく啜った。


 菅野が嫌われている?

そんな筈はない。嫌いなのは弓削子くらいの筈だ。

どこからそうなった。

「どこで聞いた?」

3歳児に言うような言葉ではないのは承知だが、空は俺のぞんざいな言い方を気に留めない。

「パーティー。あと、病室……」

嗚咽しながらも答える空は、屈んだ俺の腕をぎゅっと握り片手で涙を拭いた。

「菅野お兄ちゃんの事を覚えていないの、笑って嬉しそうにしてた……」

そして短い爪を立ててしまったのか、慌てて離れて「ごめんなさい」と、一礼した。


 まさか弓削子が、菅野の事を嫌うように流した?

どうして卑劣な事が出来る? 大切な人を傷つけてまで、お前は俺を縛り付けたいのか。



「では空は、菅野の事は好きか?」

風呂場に入り、髪や体を洗い流してあげながら言うと、空はシャワーを止めたタイミングで俺の方を振り返り、

「うん! 大好き!」

と、歯を見せて笑った。

それなら良かった。人に流されない人間にはなってくれそうだな。

「そうか。それなら、菅野とお母さんならどっちが好きか?」

これならどうだろうか。

万が一、菅野を選ぶような事があったら俺は……明日にでもあいつを迎えに行く。

それが空の幸せの為なら。

「それ、海未も言ってたんだけど――」

俺は2人分の意思を聞き、大きく頷いた。


 風呂から上がり身支度を終えると、俺は真っ先に食事の用意を催促する弓削子を廊下に呼び出した。

「菅野を傷つけるな、そう言ったことは覚えている筈だ」

2人の契約。

相棒である菅野を傷つけないこと、関わりたくないなら放っておくこと。

俺が意地でも組み込んだ文言だ。


 事実を突きつけられ、廊下に伸びる影は沈黙をただただ貫いていた。

だが影は不敵な笑みを浮かべだしたのだ。

「でもね、龍。あんただって事故とはいえ、相棒ちゃんをイかせちゃったんでしょ? 頂けないわね。それに零距離になっていいなんて許可も出してないの、知っているでしょ?」

弓削子は腕を組んで俺に詰め寄ると、歪んだ笑みで見上げてきた。

今日も胸元がざっくり開いた大胆な服を着ている。


 だが俺が好きなのは――

「非は認める、申し訳ない。とはいえ、菅野を傷つけていいとはならない。……あまり言いたくなかったが、海未も空も『菅野お兄ちゃんを虐めるお母さんは嫌い』と、はっきり言っていたんだ。子どもは見ていないようで見ている……だから――」

と、和解の方向で諭すように言うと、弓削子は話の途中で大きく舌打ちをした。


「あぁそう!! 私は菅野海未が大嫌いよ。あんたが忘れてくれたとき、本当に嬉しかったんだから。私を第一に考えてくれて……なのに何よ。結局あんたはあの男の所に行きたいんでしょ!? ……行けばいいじゃないの。悔しかったのよ……男に――しかも菅野海未に負けるなんて。……もういいわ、今まで縛ってごめんなさい」

弓削子は矢継ぎ早に言ってしまうと、自室に行こうとするから俺は腕を掴んで引き止めた。

「……悪かった。家の為とはいえ、俺は君を傷つけてしまい縛らせてしまった。申し訳ない」

俺の謝罪の言葉は弓削子の涙へと変わり、腕を振りほどき髪を乱して座り込んでしまった。

「何でよ!! こんな最低な女なのに!! 早く菅野海未のところにでも行きなさいよ!!!!」

弓削子はしばらくそう泣きじゃくっていたが、近づくと手で制されてしまった。

 たしかに君は最低なのかもしれない。

ただ、それは行為だけを見ればの話。

きっかけは敵わない相手であろう菅野から、振り向かせたかった乙女心なのだろう。

だからこれからの2人の為に俺は、自分のサインを記入し終えた緑色基調の紙を手渡した。



2018年5月2日 朝9時(裾野が戻るまであと3日)

藍竜組 屋上

菅野海未(関原 竜斗)



 裾野に会いたい。

会ったら沢山訊きたい事あるんやけどな。

言いたい事も。

せやけど、あと3日やから。

クリスマスイブのあの日に渡せへんかったネクタイ……喜んでくれるかな。


「……心から好きなのは淳なんやけど、ずっとずっと一緒に笑いたいのは淳と裾野。う~ん、裾野と一緒に居るとドキドキするけど、淳と居る時のあのドキドキとはちゃう」

独り言。

もう朝の日課になってもうたわ。

憧れの人と一緒に居られる嬉しさのドキドキ? それなら納得!

って、これ鳩村はんが言うてたやつや。

でもさ、これが1番しっくりくる。

裾野とは口付けもその先もしたないけど、淳とはしたくなる時あるし……。

何でこんな複雑な気持ちにならんとあかんの?

全部裾野が居なくなったせいや!!

やっぱ会ったら1発殴ったろか。


「いなくなれとか消えろとか、殺すでとか言うてたのに、ほんまに居なくなったら寂しい……」

って、体育座りして顔を埋めると、颯雅さんが後ろから肩を叩いてくれてん。

「助け舟、出してやろうか?」

颯雅さんはいつでもニカッて笑うから、こっちまで笑顔になるんやわ。

「ごめんなさい、お願いしてもいいですか?」

苦笑いして言うと、颯雅さんはCAINの画面を見せてくれてん。

それは音信不通になってた筈の裾野とのトーク画面で驚いてん。


「この場所に、夜7時に来てほしいそうだ。住所と行き方は教えるから、バックアップは任せろ」

颯雅さんは親指立てて言うと、裾野みたいに頭わしゃわしゃして帰っていってん。

失った物から数える俺には、裾野みたいに今あるものから数える事なんて出来ひん。

でも颯雅さんはそれを知ってて、きっと明るく言うてくれたんやろな。



 3日前なのに呼んでくれた。

素直に喜べや。なんやろう、このモヤモヤした感じ。

好きな人に会える、待ち続けた人に会えるのに、どうして?

記憶の無い裾野は……今までの裾野と違って、会った時から下心満載の目で見てきたから?

ゾワッとしたあの感覚と、隙あらば襲おうなんて考えてそうな眼。

それで夜の呼び出しやから?

……そんな訳ないやんか!!

大事な大事な裾野の事やし、きっと皆の前やろうと愛情表現してくれるんやろうな!

そしたら俺やって、その場でネクタイを巻いてあげよう。

すぐに解けへんように。



 時は経って夜6時。

ネクタイ持った、裾野に選んで(もろ)たスーツ着た、お揃いの万年筆と写真持った、ピンキーリングもしているし、靴も買うて貰たやつや。

それに颯雅さんのオーラを背後に感じながら歩く道は、とっても心強かってん。

せやから裾野との思い出抱えて歩いていても、周りが何か引いていても気にしなかってん。

いつもなら写真撮ってくれるのに、今日は撮ってくれへんなぁ。

全部裾野が選んでくれたのに。


 せやせや、相棒になった時めっちゃ怖かった。

厳しいけど実力あるから、この人に付いて行けば平気思てた頃には、ちゃっかり裾野を目標に殺し屋やってきててん。

潜入捜査も上手い裾野が"BLACK"のとき、見破れへんかった事をコケにされてて……どれだけ我慢したか。

首を刎ねて埋めてやりたい衝動に何回駆られたか。あと、胴体を斬り刻んでガーデニングしてやりたくなった回数も数えきれへんわ。

それだけ俺は、裾野に首ったけやってん。


 夜7時。

集合時間やし、集合場所に着いたで。

せやけど何やこの紙製の灯篭? 真四角のランプ?

裾野と(ちご)うてモノ知らんからこういう時困るんやわ。

それが所狭しと並べられている広場に、すすり泣く声が響いている。

ここ、見覚えある……。

でも裾野が居らへんやんか。

どこ? お願い……どこなん?


「今日で人間オークションもとい人身売買禁止法が、裏社会でも成立致しました。警察の黙認も禁止、取り締まりも強化。ですが今までに売られた方々の行方は知れないまま……皆さん、無事を祈って紙灯篭を空へ飛ばしましょう。我々の想いが届くように」

アナウンスが静かに流れてきて、どんどん泣いている声も名前を呼ぶ声も大きくなってきてん。

"人間オークション"の禁止……?

せや!! ここは俺が売られた場所……。

裾野……思い出してくれたんやな。

俺は紙灯篭が空へと飛んでいくのを見上げて、今まで売られていった子たちの為にも両手を合わせて祈ってん。


 そしたら俺の前に影が落とされてん。

「君も彼らの無事を祈って、飛ばしてみないか」

この声。この匂い。全部好きなやつや。

「……」

周りには月道も恋も永吉も、颯雅さんも龍也さんも湊さんも居る……。

皆俺の事だけやなくて、知らない人たちの為に灯篭を飛ばしているんやな。

「……うん」

俺はその人から紙灯篭を受け取ると、空に向かって思い切り腕を伸ばしてから手を離してん。

段々遠くなる影は、自分が"商品"やった事も飛ばしてくれそうなくらい綺麗やってん。

でもおかしいやんか。

どんどん見えなくなる……。


「ただいま」

ほんでその人に抱きしめられてん。

厚い胸板、手を回した時に感じる筋肉、無限大の安心感。

せやけどまだ分からんで。

偽物かもしれへんし!

「嘘つくな」

俺は引き剥がして、プイとそっぽ向くとその人は揃いの万年筆と写真を取り出してん。

「これでも?」

しかも頭の撫で方まで一緒。

でも俺、ごめんな……待ち過ぎたのかもしれへん。


「ピンキーリングの値段と意味は?」

貰ったその日から左手小指に毎日付けている指輪。

本物なら意味も分かる筈やんか。

「1,000万円だな。意味は……来世で結婚出来るように」

後悔のオーラで言葉を詰まらせながら言うその人の顔は、半分泣きそうやってん。

もう気付いているやん。

ほんま、ごめんなさい。


「これ、誕プレ。ちょっと早いけど、どんな俺でも渡せ言うたのはそっちやから」

って、包みを差し出す俺の頬を軽く撫でたその人は、断り入れてからその場で開封してくれてん。

めっちゃ丁寧に。破かへんようにゆーっくり。

「ネクタイ、欲しかったんだ」

へにゃりと笑うその人のオーラは、"嘘"。

でも嬉しかってん。嘘でも喜んでくれるんやもの。

「つけよか」

その人もスーツやし、ちょうどええやん。

そう思て貼り付けた笑顔でネクタイを付け替える俺を、じっと見下してくれててん。

こんなどうしようもない俺で、ごめんなさい。


「おかえり、相棒」

そうやって俺が見せた笑顔に、颯雅さんと龍也さんが駆け寄ろうとしてん。

せやけどその前にその人……裾野は"後悔"のオーラを濃くしながらゆっくりと目を閉じてネクタイに手を遣って眠り込んでん。

ごめんなさい。


 そのネクタイには、気体の睡眠薬を振りかけておいてたんや。

もうどこにも行かへんでほしいから。

ずっと一緒じゃないと、俺が俺やなくなってしまうんやもの。

身勝手でごめんなさい。


 ほんで部屋に帰った俺は裾野をベッドに寝かせてんけど、騅は子守をする俺に向かって「お疲れなんですね~」って、苦笑いしてくれてん。

「ずっと一緒に居ようって、約束してくれてありがとう」

さらさらな髪を撫でながら、苦しそうな寝息を立てる裾野の胸に手を這わせてん。

トクン、トクン……規則正しい音。

あれ? ネクタイ、解いてほしいんかな?

「今日は暑くならんけど、寝るにはちょっと暑いかもしれへんな」

ネクタイを解いてハンガーに掛けながら言うと、裾野は死にそうな咳をして飛び起きてん。

「遅くなってすまなかった。これからは一緒に居よう。空と海未も連れてくるから……」

スーツを脱ぎながら言う裾野は、俺の心がちぐはぐにとりあえず繋がっている事に気付いてくれててん。

ありがとう。

「うん。これからは空くん、海未くん、騅、俺に裾野で暮らそうや。俺は淳のとこ帰ったりするけどな!」

何か月振りかの満面の笑みは、顔の筋肉が骨折しそうなくらいやってん。

ほら、俺から逃げるなんて無理やったやろ?

「そうだな。ただ、俺を気化した睡眠薬を振りかけたネクタイで縛るとは良い度胸だな。二度としないでくれると助かる」

せやけど裾野は全部お見通しで、俺の腰に手を回して引き寄せてくれてん。

「もちろんやわ。だって今一緒に居てくれてるから~」

俺はそのまま膝の上に乗ると、騅が空くんと海未くんの目を塞いでくれててん。

さっすがやわ。



 めっちゃ話逸れたけど、騅がずっと水あげてくれたユーカリは5月5日に無事に育ってん。

う~ん……真っすぐ伸びている筈なんやけど下の方の枝が(しな)びてきててん。

何でやろうな? 裾野に訊いて、治してもらわんと!




同日

皆さんの現在



 まずは一緒に戦ってくださった方々からですね。

鴨脚夕紅さん。大都弁を話す赤髪の彼女は、鳩村さんと付き合うことになったそうです。

あと電柱で壁を作っていたのって、大の電柱マニアだからだそうですよ!

彼女は今藍竜組所属になっていまして、日々鳩村さんの護衛に当たってくださっています!!

頼もしい彼女さんです!!


 鳩村涼輔さんは頼もしい彼女を持っているのは勿論、藍竜組の筆頭役員をずっと避けてきたのに課長からの昇進を受諾したそうです。

これで役員は、裾野さん、菅野さん、鳩村さん。

これなら大所帯になっても問題無さそうですね。

それに吃音も、龍也さんと颯雅さん監修の元ではありますが治ってきているそうですよ。


 石河風音さん。人を殺さない怪盗少女は、老若男女を狙う詐欺グループから被害を未然に防いでいるそうですよ。

大事なものを奪って詐欺をさせないようにしたり、被害者から相談があればお金を取り返したり……。

結婚詐欺師にはあえて自分から被害に遭って、現行犯で警察に突き出したり……見た目もそうですけど大胆ですよね。


 黒河月道。大切な腹違いの弟で天才スナイパーでもありハニートラップと変装・変声の名手。

実は彼、片桐組が建物ごと崩れて総長と副総長が行方不明になったその瞬間から、黒河組なんてものを作っちゃったんです!

しかも藍竜組と協業することになって……だからもう、敵同士じゃなくなったから嬉しいかな。

女性の姿でのハニートラップはしているみたいだけど。


 後醍醐傑さん。亡霊になった女性好きで口の悪い銃使い。今でも亡霊のままです。

だけど何だか前よりも生き生きしていて、時々顔を覗かせてくれます。

月道にちょっかい出したり、女性隊員に悪戯したり……都合の良い時だけ亡霊してます。


 太田紅平さん。亡霊になった"月を斬る"能力を持つ天邪鬼。こっちも亡霊。

右腕は返って来たけど、まだ上手く使いこなせないみたいです。左利きだから問題無いとは言っていたけど。

来るなって言うと来るので、来て欲しい時は注意して命令するようにしています。

……最悪、鳩村さんに言ってもらえれば100%来てくださいます。


 神崎颯雅さん、如月龍也さん、龍勢淳さん、冷泉湊さん。

罪の無い人を助けるのをミッションにしている兄妹。

そう言えば、裾野さんは颯雅さんに刀を返したそうですよ。

裾野さんを生かす為のお守りとして預けていたという話を、裾野さんから聞いて驚きました。


 4人は一緒に動いているそうですけど、詳しい行方は知りません。

ただ、菅野さんの側に居るとよく淳さんが来てくださいます。

2人は上手くいっているんでしょうね。


 藤堂からすさん。情報屋のエキスパートでお父様とお爺様は天才情報屋。烏を操り、自身も烏になる能力を持つ方。

それは人体実験のせいで、彼は2つ心臓を持っているとのことです。

だから動物的な勘も優れていて、ピンときたものに外れはないそうです。

彼は黒河組所属の情報屋になりましたが、早速役員だそうです。

天才って辛いですね。



 さて次は立ちはだかった方々で、生存確認の出来ている方の現在を紹介致します!!

まずは後醍醐純司さん。科学者で魔法を研究する能力をガラス玉を飲み込んで手に入れた特殊能力者。

彼は裾野さんに懐きすぎて、菅野さんを目の仇にしていたらしいです。

ただ、無事に傑さんの葬式も出来て兄で当主の詠飛さんとも仲良くやっているそうです。

早く彼の研究の成果が見たいところですが、犯罪心理学専攻ですから進んでほしくない気持ちもありますね。


 あことしさん。賭け事をする能力を持つ劣等感の強い方。

ゆーひょんさんとはまだ組んでいて、あの後真っ先に建物から逃げて助かったそうです。

彼は月道の下につきたくないからと藍竜組に入る事を了承してくださいました。

藍竜組ではスナイパー部門が弱いので、日々優越感に浸っているんじゃないでしょうか。


 大崎月光さん。子どものころからマジシャンで片桐組に囚われてきた方。

あの後すぐ藍竜組への入隊届を出してくださって、無事に入隊したそうです。

エンジニアではなく、マジシャン部門として。

それだからか、毎日楽しそうにしていて笑顔も増えてきています。


 太田雄平さん。二刀使いの天然雷鳴青年。お兄さんの紅平さんの葬式後、人間オークションの罪を償っているそうです。

おそらく一生出てこられないとは思いますが、彼なりにけじめは付けたようです。


 後鳥羽潤さん。裾野さんの弟さんでサイコパス、鉤爪が武器の剛力の方。

彼に関しては裾野さんから聞きましたが、元の生活に戻ってはいるそうです。

ただ、以前よりも裾野さんに甘えなくなってきたそうで……もしかしたら成長したのかもしれませんね。


 関原和斗さん。菅野さんの実の弟で槍使いのフェアマン。

傑さんにフェアな方法で負けてから、度が過ぎた事に気付いたのか、しつこく佐藤組の隊員に言わなくなったそうです。

ここでも成長はしているようですね。まだまだこれからですから、潤さん共々楽しみだったりします。



 片桐総長と副総長。"BLACK"主催者で最も僕たちを苦しめた方々。

噂によると海外マフィアに転向したとか。

あと小さい虫になったのは、総長の"反射する能力"での幻覚だそうです。

まぁこちらを狙う組織ではなく、関わらないような組織だそうなので放っておくのが良いかもしれません。



 では最後に味方の味方。

藍竜総長、暁副総長。我らが藍竜組経営陣。

桜の一件後は二度と使わない事を約束に、再びポストに戻ったそうです。

藍竜総長が居ないと締まらないので、変更と言われても困るのですが……。


 高橋弓削子さん。裾野さんを鎖で縛る政略結婚のお相手。

結局離婚したそうです。

経済力で裾野さんに親権譲渡したそうですので、身1つで暮らしているようです。

それと同時にお見合いも決まったので、新しいお相手にぞっこんになりすぎなければ良いのですが……。


 隊員たち。

片桐組隊員は、それぞれ自分の方向性と合う組に移籍したそうです。

藍竜組にも何名か来てくださいましたが、連日ブーイングだそうですよ。

裾野さんを苦しめたとか、菅野さんを苦しめたとかで……。



 あぁ本当の最後に僕たちですね。

海未くん、空くんを交えて5人で仲良く暮らしています。

あの通り……裾野さんと菅野さんは、いつ見ても本当に幸せそうな相棒関係です。

喧嘩もしていますけどね。

あ~! 僕にもそういう人が出来たらなぁ!


 さて、ここまでお読みくださり誠にありがとうございました。

以上が"BLACK"の真実のお話です。

あくまでも僕や周りの方々のお話ですので、淳さんからお聞きするお話とまた変わってくると思います。

描かれていない方々の現在も知りたいですからね。

それでは僕はこの辺で。


 また会いましょう。

今度は武器の無い世界で。

最終話!?

いいえ、騅編が最終話で御座います。

作者です。

次回からは淳編が始まりますので、お楽しみに。


最近寒暖差が激しいので、風邪にはお気を付けて。

次回投稿日は、8月19日(日)でございます。

それでは良い一週間を!!


作者 趙雲

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