「29話-変幻自在な影法師とカレイドスコープ-」
"BLACK"終盤に訪れる闇と影。
姿かたちを変えつつ、全員に落とされる絶望。
騅たちはどう乗り越える!?
また、乗り越えた先にも悪夢が迫る……!!
※約5,200字です。
※前回に引き続き、前作や短編集、裾野&菅野の過去編が鍵になります。
2018年4月1日 20時頃(事件当日)
片桐組 迷路出口付近
騅
メタリック系の青色とフロントに白のラインが入ったマスタングは、僕らを轢き殺すつもりで運転しているせいか尋常ではない荒さだ。
僕は何度か轢かれそうになったところを裾野さんに助けていただいているけど、よく周りを見てみれば先程まではあった筈の迷路の壁が全て消えている。
……まっさらなただの白い壁と床だけの空間にいつの間にか変わっていたのだ。
ということは壁の中に副総長は封印されていないし、皆さんとも合流できる!
でもまだ颯雅さんと沙也華さんが戻られていないから……まだ副総長は解放されていない!?
「副総長の分……!!」
そう助手席側のドアを開け、ドリフトをしながら右目を失明して気を失っている副総長を拾い上げ、強引にバタンと閉めた増田梓さん。
声色はどことなく焦っていたが、表情は何故だろう……どこかに向かって両手の親指と小指を立てていることから、余裕すら感じさせた。
それから凄まじいブレーキ音を立てて止まったマスタングから降り立った増田梓さんは、光に当たったら火傷する筈なのに無傷で右頬の火傷痕以外は本人そのものだった。
それに消えるまでに着ていた隊服から、黒のピッチリしたライダースーツに同色の膝上5cm程度のふんわりとしたスカートだ。
靴は膝上までの焦げ茶色のロングブーツで、その上から黒のニーハイソックスが覗いている。
そのうえ髪の毛も結び直したのか、綺麗に1本締めになっている。
「影は一度きりじゃないのよ……再び夜が来れば蘇るの」
増田梓さんは静かに且つ、全員に届くように地を這うような声を出すと、いつの間にか僕の目の前に満面の笑みを浮かべた彼女が居て――
「こんにちは、坊や」
と、優しいお姉さんの口調で言う声を聞きながら見上げようとしたところで、僕の腹には既に彼女の強烈な拳がめり込んでいた。
何も声が出せない……ただ、彼女の腕に寄り掛かることくらいしか……というかそもそもここまで何秒あったか。1秒も無かったのではないか。
そう目を見開いて苦しみ悶えつつ考えている間にも戦況は動いていて、菅野さんが何撃かの攻撃を増田梓さんに繰り出していた。
その攻撃を菅野さんの影を使いながら華麗に躱していく増田梓さんは、それぞれの影から片桐組隊員を呼び出し、他に人には手出しをさせないようにしつつ、
「弟くんは逃げ帰ったのね!」
と、菅野さんを挑発し始めたのだ。
そう言えば姿が見えない……おそらく、負けを認めて帰路に着いたのかもしれない。
って、僕の目の前にも敵か!
倒せば倒すほど倍増して現れる影の敵……片桐組隊員の数はここまで居るのか!!
だけど時折増田梓さん本人が出てくる時もあって、菅野さんはその度に舌打ちをしていた。
「菅野!!」
そこで裾野さんが叫び2人が目を合わせると、役割交代をしたのか増田梓さんを押す展開に変わっていった。
「貴方は大事な人を失いすぎたわね。生きる事への執着がまるで無い……それと」
増田梓さんは冷静沈着な声色でじわじわ責めるように言うと、最後の一言は耳元で囁くように言ったのだ。
その言葉に一瞬たじろぎはしたものの、裾野さんはすぐに鼻を鳴らし、
「そこまで知らなければ、あの兄弟と藤堂からすの懐に入れないからな」
と、斬撃を銃剣型にして飛ばしつつ言ったので、一体何を話していたのか気になりはしたが、きっとまた僕が知らない事だろう。
いつも僕だけは後に知るのだから、それでいいだろう。
「そうだった。私はこういう事も出来るんだけど……貴方に攻撃出来るかしら?」
と、少し語気を強めて言う増田梓さんが指を鳴らすと、なんと……背丈も全てそのままの乞田光司さん――裾野さんの御実家の元執事長の姿になったのだ。
僕ですらその完成度の高さに一瞬攻撃の手が緩んでしまい左腕に刀傷を喰らってしまったが、裾野さんは至って冷静にその姿を見下していた。
それは菅野さんも同じだったようで、その姿を見て追撃の手が止まり、逆に僕が傷つけてしまった脇あたりを斬られ血が噴き出してしまっていた。
この様子を裾野さんも見ていたようで、一度俯いてから口の端を歪めると颯雅さんに頂いた刀に手を掛け、
「これから斬るのは俺ではないからな……出来るさ!」
と、殺気に満ち吊り上げた目で叫ぶ裾野さんの姿は、少しだけ弟の潤さんに似ていた。
狂気の具合が似ているというか、生への執着心が無さ過ぎて強気に出られるというか……!!
勝ちへの拘りが強いというよりも、どう相手を驚かせようか常に考えているような!!
「人でなし」
乞田さん――いや、乞田さんの声を借りた増田梓さんの皮肉めいた一言は刀の斬撃によって掻き消された。
だがそれから対峙する2人を見ていると背筋が凍ってしまう程の覇気を感じ取った為目の前の戦闘に集中することにした。
だけどその間にも増田梓さんは裾野さんの目の前で亡くなっていった様々な人物の姿になり、彼を精神的に追い詰めていった。
僕が同じ事をされたら、おそらく泣き崩れてしまうであろう状況を……裾野さんは自分の刀で斬っていないという理由で乗り越えている。
当たったとしても、斬ったのはあくまでも颯雅さんの刀。賢い彼らしいとはいえ、メンタルコントロールが出来すぎている。
どうしてそこまでするのか……。
ふと周囲を見渡してみれば全員が疲弊しきっている状態になっていて、腕時計を確認してみれば1時間経ってしまっていた。
まずい……まだなのか。
一体何に手こずっているのか……!!
思わず沙也華さんと颯雅さんを疑いたくなるような心の声が漏れそうになるが、すんなり暁副総長が出られる状況とは限らないのだ。
もしかしたら向こうは向こうで片桐総長と対峙してしまっている可能性だってある……!
それならこちらは持ちこたえて、裾野さんと御二方を信じるしかない!!
「随分と手こずっているようですね……」
怒号や金属音が鈍く響き、耳が常に劈く状況で1人の女性の声だけがすんなり耳に入ってきた。
それと同時に片桐組隊員の攻撃も止まり、僕らも手を止めそれぞれが呼吸を整えた。
菅野さんは膝をついて持っていたハンカチで圧迫止血をしている。
僕はその側に寄り、圧迫を手伝いつつ自分のハンカチも止血点に押し当てた。
「恋人に手をかけた罪はとても重いですよ、増田梓」
その中で後光すら感じる程の神秘的な沙也華さんの姿と声色に、全員が目を奪われた。
そして全員を見渡すと、
「遅くなって申し訳ありません。あとは私が」
と、威厳のある声で静かに言い、僕らを庇うように増田梓さんの目の前に立つと背後からでも憤怒のオーラを感じ取れた。
増田さんは、からすさんと何も関係がないのに馴れ馴れしくしている沙也華さんに腹が立っている様子だ。
その事に対して、沙也華さんはふふと微笑むと、
「思い込みで八つ当たりされるのは迷惑です。それに、からすとはたまたまペアになっただけ」
と、手をかけたことに怒りは覚えつつも、冷静に且つ淡々と答えてみせた。
増田さんはその返答に怒りからか無言の笑顔を見せるが、その仕草さえも優太さんに似ていた。
だけど1つだけ違うことがある。
優太さんはどんなに追い詰められても、からすさんを道連れにしなかった。
殺そうともしなかった。
その間に裾野さんは自分も傷ついているのに、菅野さんを回復体位にし応急処置を施した。
それを鳩村さんの亡霊隊が援護し、その場で全員分の簡単な手術が行われている。
僕もその処置の為に麻酔で眠っていたので、この先は「麻酔なんて要らんから早う治せや!」と、叫んでいた菅野さんのお話をまとめたものだ。
「誰かに似ている……気がする」
裾野さんが医療班から器具を預かって自分で手当てしている最中に、隣に居た菅野さんにこう話しかけた。
目線の先には刀で戦う沙也華さんが居て、菅野さんは不思議に思った。
「誰かって、別に。俺は何も覚えあらへんからな~……って、痛い言うてるやんかアホ!」
と、裾野さんの話半分残りは医療班への愚痴半分で受けごたえしていた菅野さんだったが、あの顔は思い当たる節があるようにしか見えなかったという。
その様子を見て溜息をつく裾野さんだったが、治療が終わると菅野さんの手術を手伝ってくれた。
「麻酔した方が楽だろうに……」
と、患部を見ながら言う姿は、少しだけ医者に見えたらしい。
たしか裾野さんは医療知識は中級程度まではあると仰っていたけど、手術経験どころか資格も無いので器具を渡すお手伝いのみだ。
ということは器具の名称は全部頭に入っている!?
……とてつもない知識量だなぁ。
「うっさい。ちゃんとお手伝いしいや」
と、シッシッと手を振って鬱陶しそうにしていた菅野さんだが、ふと戦況に目を遣るとちょうど梓さんの姿が消え、沙也華さんの真後ろの影からヌッと現れ刀を振り下ろそうとしていた。
「あ……」
と、菅野さんが間抜けた声を出すと、裾野さんはつられて戦況を見遣ったがすぐに菅野さんの頭を撫でた。
「あの人なら大丈夫だ」
裾野さんはそう言いながら体重を掛けようとしたが、医療班によって差し止められた。
「あーほ」
菅野さんは口ではそう言いつつも、戦況を心配そうに見守っていた。
すると真後ろから刀を振り下ろした筈の影は空を切り、全員が目を疑った。
何せその背後に余裕そうな表情を浮かべる沙也華さんが瞬間移動していたからだ。
「<幽玄なる舞姫>」
と、技宣言をしながら至近距離で、梓さんの技を10倍程にして体を貫いた。
10倍って、僕や菅野さんの適当な解釈ですからね! 本当は100倍だったかも!!
その後ゆっくりとこちらを振り返る返り血だらけの彼女の寂しそうな姿に、裾野さんは口に手を当てて目を限界まで見開いていた。
「あなた……は……あなた、は……まさか……!」
と、小刻みに声を震わせ何か話そうとしているのに話せない、精神的な圧のようなものを裾野さんのオーラから感じ取ったという菅野さん。
そのとき、沙也華さんは寂しそうな顔をしながら、且つ妖艶に人差し指を手に当てた。
その直後に医療班から「手術終了」という言葉を聞くなり、裾野さんに駆け寄って両肩をがっしりと掴んで揺すった。
「しっかりしろ! もうどこにも行かないでや……お願いやから!!」
と、自分でも心の底から叫んだ後に驚いて立ち退いた程、ほぼ衝動的だった。
その言葉に裾野さんの瞳は激しく揺れていたが、数秒もすると元の無表情に戻りそっと抱き留めてくれたという。
「すまなかったな、つい……もう平気だぞ」
そう耳元で囁いて背中を擦る裾野さんに、菅野さんは心底安心したが力なく倒れた増田梓さんの姿がちょうど見えてしまい、慌てて目を逸らした。
腹部が空洞のように開いていて、その先の景色も見えてしまったから。
ここらへんで僕が目覚めて、2人が抱き合っているのを見て驚いたんじゃなかったかな。
鳩村さん、亡霊の傑さんに紅平さん、夕紅さん、1人も殺していない石河さんも……だいたい同時期に目を覚ましていた。
これまでの様子を見ていた医療班によって沙也華さんの返り血は拭き取られ、裾野さんも精神的に落ち着かれたのか息をついていた。
だけど……何だろう、この空気。
終わったのに終わっていない。
22時前にまでなった"BLACK"最大の敵が……まだいらしていないという恐怖への気付き。
そうだ、まだあの人が。
だけどそうとなれば、颯雅さんたちも駆け付ける頃じゃ……!!
――いや、待てよ。
暁副総長は颯雅さんといらっしゃるなら、藍竜総長はどこにいらっしゃるんだ!?
もし一緒にいらっしゃったら、あの人が来ても怖くは無い。
でも…………万が一、あの人に負けていたとしたら?
そう考えれば考える程、恐怖感が狭い心を支配する。
大丈夫、ですよね? 藍竜総長!!
「物事は全て己に返る。湊司、マスタングがしくじる事ぐらいは範疇にあった……どちらかの瞳が潰される事も、な」
僕の希望を悉く打ち砕くかのような地這いの声が響き、僕と石河さんは気を抜けば意識を失いそうな程の緊張感に晒された。
正面の扉から堂々と歩いてくる2m近くもある巨漢の男。
靴は40cm以上あるのか、筋骨隆々な体を支えるには十分すぎる程の屈強さを誇っている。
脚も胴体も首回りも太く、且つしなやかに動けそうな印象すら与える男。
「後醍醐傑の瞳をくり抜いた男と対峙したいのなら、それぐらいはするだろう。鍵は大崎から投げ渡され、藍竜兄弟の行方を追い分裂しているといったところか」
着実にこちらへと歩を進めながら、威圧と覇気によって更にこちらからは手出しさせないようにしている。
というよりも……傑さんの隻眼はこの人のせいだったのか!!
一体どんな能力の人なんだろう……? くり抜けるということは、潰したんじゃないってことだ。
「そこの優秀だと自惚れていた鷹を遊ばせたのは正解だったようだ。全て俺の思った通りに行動してくれたからな」
と、裾野さんを顎でしゃくって言う声色には強者だからこそ出せる貫禄と余裕を感じ、裾野さんは僅かに唇を噛んだ。
「賢い男程、人生経験の差で主人に結局陥れられるものだ。あことしが裏切らないと踏んだのは間違いだったな。あいつの劣等から来る恨みはお前の頭脳でも計りきれなかったようだ」
更に追い打ちを掛けるこの人を止められる人は誰も居らず、既に能力の範囲の中に入っているせいか動きが鈍化している気すらした。
それでも裾野さんは何故か冷静に正面に立ちはだかり、
「貴方は入隊を拒否した齢5つの後醍醐傑さんに、お土産だと言って幾何学模様の万華鏡を手渡した。それで幼かった彼は疑いつつも万華鏡を覗いてしまった……この前、本人からこの話を聞いた時にようやく確信が持てました」
と、何の躊躇いも無く一歩踏み出すと、その人は10cm程低い裾野さんの瞳を射るように睨んだ。
「血だらけの万華鏡から出てきたのは、彼の目玉だったのでしょう? それを人質に――」
裾野さんが腕を組んで加えて言うと、その人は馬鹿にしたような笑いで言葉を遮った。
「これだからお前は!! 次は番の命を――」
だがその続きは、隣に立った沙也華さんが覚悟を決めた瞳で妖刀を心臓に向けて構えた事によって防がれた。
「貴方という脅威から皆を護る為、ここで全てを終わらせましょう」
と、沙也華さんが凛とした声で言うと、片桐総長は軽く鼻で笑った。
「その覚悟もお前に返す」
と、冷酷な目で見下してあしらった。
それを見た裾野さんは沙也華さんと目を合わせ頷き、菅野さんを振り返ると、
「菅野はこの俺が先に死ぬまで、絶対に守る……絶対に!!」
と、裾野さんも額に掻いた汗を拭い、向き直ると颯雅さんのではなく自分の灰桜柄の刀を構えた。
沙也華さんも構えたまま、「貴方も、そして皆も私が必ず護り抜きましょう。……準備はいいですね?」と、口角を上げて言うので、裾野さんは口元は緩めつつも仕事モードの眼のまま小さく頷いた。
――いよいよ、最終戦に向け火蓋が切られる!!
片桐組総長、片桐湊冴を前に僕らはどう戦っていくのか!?
いざ、刮目せよ!!
作者で御座います!
前話でも相当回収致しましたが、今回も物凄いです……色々。
片桐組のエグさが露呈致しますね。
次回投稿日は、7月14日(土)か7月15日(日)でございます!!
最近体調崩される方が多いですが、皆様もお気をつけてくださいね。
それでは良い一週間を!!
作者 趙雲




