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「27話-空くんの奇跡(前編)-」

現在編では裾野さんに関する新たな情報が……?


対する過去編では、裾野さんと菅野さんの絆、そして……?


※約5,100字です。

2018年4月某日 午後3時

喫茶「ふるよし」 個室



 個室に入ってきた暗い茶髪の男性は僕の向かい側の席に座ると、左手に持っていた小さな箱を机の上にコトンと置いた。

それから赤いスケルトンタイプの100円ライターを上に乗せ、僕に目配せした彼の表情はどこかやつれていた。

小麦色の肌は若干粉を吹いていて、目の下には深い隈もあり、髪の毛も普段は物凄く気を遣う筈なのに寝癖が付いていた。

だからこの人が本当に……久しぶりに目にするあの人なのか。

僕はイマイチ信じられず、不審そうにこちらを見ながら座る彼をじっと見てしまっていた。

だけど……裾野さんが吸っている旧キャビンのウィルストンのタール違いの箱だから、きっとその人なのだろう。

それに裾野さんから送られた左手小指のペリドットの高級指輪が何よりもの証拠だから……。


「アールグレイと、ロイヤルミルクティー1つずつください」

僕が店員さんに注文を終えると、彼は徐に顔を上げて煙草を1本取り出し、ライターに手を掛けようとした為その手を叩いた。

それは勿論、裾野さんにあれ程吸うな、と言われ続けていたから。

僕が止めなきゃ、戻って来た時にガッカリされてしまうから!!

「なんや……騅も邪魔するんか?」

だけど彼は机に落ちた煙草を拾いあげると、裾野さんと全く同じ手つきで火を付けようとしたので、今度は煙草を引っ手繰った。

「ダメですよ!! 裾野さんと約束したんでしょう!?」

そして僕は声を荒げ、瞳の奥が揺れている彼の目を見透かすように睨んだ。


 すると過去を段々と思い返していたのか、両目に少しずつ少しずつ溜めていった涙を零し、

「会いたい……会いたいのに………………どうして……?」

と、想いが強すぎて言葉を詰まらせながらも、絞り出すように震え掠れた声で僕に必死に伝えようとした。

それから指輪を撫で、ボサボサの髪を撫でつけて言葉にならない声で何かを呟いていた。



 それもそうだ。

なぜならあの微笑みの似合う裾野さんは――



「裾野さんは、ユーカリが育つ頃に戻ると仰っていました。ですのでお戻りは……5月5日。今日が4月28日なので、あと――」

と、僕がなるべく淡々と事実を伝えようとしているところで、快活な声の店員さんがドリンクを持って入って来てしまった。

だが店員さんは僕と彼を交互に見て色々察したのか、ドリンクを置くなりそそくさと部屋を後にした。

僕はロイヤルミルクティーを彼の前に差し出すと、自分の左側にアールグレイを引き寄せた。

「……間接キス」

彼はロイヤルミルクティーと煙草をゆっくりと瞳だけを動かして見比べて呟くと、自分の唇を指差し、

「裾野に……ほら、されたやろ? あれもう何年前やろな」

と、涙をパステルカラーのジャケットの袖口で雑に拭うと、カップを両手で持ち息を吹きかけてからそうっと口を付けた。

もうあれから数年、か。

裾野さんの煙草を吸いたがった彼が引っ手繰って吸って咳き込んで……それを裾野さんが吸ったあのとき。

あのときの彼は、心の奥底ではどう思っていたのだろう?



「何年も前ですよ……菅野さん」

僕は彼の偽名を呼び、揺れた瞳で僕を見上げたのを見て複雑な気分になった。

少なくとも、僕の居ないところでは裾野さんと菅野さんは本名で呼び合っていたから。

ちょっとだけ、相棒らしい関係が羨ましかった。

目で会話していたり、スキンシップで互いの気持ちが分かったり、何も言わなくても急に目を合わせて笑ったりとか。

もちろん10年以上も一緒に居る相棒だから出来るんだろうけど、途中から側で見るようになって……正直居心地が悪かった。

だから2人に肉体関係でもあれば、妬みの捌け口になるだろうと……事件の日、怪しい動きをしていた2人の仲を切り裂こうとした。

本当はそんな事していないのなんて、分かっていたのに。

――僕は2人を信じきれなかった。

その負い目があるから、本名は知っていても呼べない。


「せやな! 煙草だって、見て? ほんまは1本も吸ってへんの!」

菅野さんは自慢気に煙草の箱の中身を見せてくださったが、たしかに20本とも手を付けられていない。

おそらく、家では淳さんに止められていたに違いない。

彼女も2人の約束の事を知っているから。そうだ、次会ったら感謝しなきゃね。

「アホみたいやろ。せやけど俺は……ずっと居なくなれってどこかで思っていた裾野がほんまに居なくなってさ……死ぬほど寂しい、なんてな!」

と、愛想笑いで笑いかける菅野さんの声は、誰が聞いても無理をして明るく言っているようにしか聞こえない。

たしかに、菅野さんはセクハラと言われてもおかしくないスキンシップに、口を尖らせている時もあった。

細かすぎる裾野さんに、鬱陶しいと怒鳴っている時も。

でもそれも全部――相棒だから言えた事で、本心ではそう思ってなんかいない。

それを裾野さんはきっと気付いているから、いつも微笑んでいたのだろう。


――すまなかったな、つい。

「何がすまなかったな、ついやねん。……って、言えんくなってさ」

僕の頭の中では、菅野さんの言葉の前に裾野さんがいつも言う事が流れ込んでくる。

菅野さんはヘラヘラ笑っているが、寂しいという言葉が顔全体に書いてあるぐらい、こちらが辛くなる程彼の表情から伝わってくる。

ということは結果は何となく分かるが、一応確認はしておこうか。

「そうですね……。そう言えば、今日は"裾野さん"には会えましたか?」

今日も菅野さんは裾野さんに会いに行っていた筈。

だから午前の予定を今に変更した。

菅野さんも意気揚々と電話をしてきたから、かなり希望はあった筈。


 だけど菅野さんはゆっくりと首を横に振り、飲もうとしていたロイヤルミルクティーをコトンとソーサーに戻すと、

「駄目やってん……」

と、視線を膝に落とし、3トーン程低い声で呟いた。

これでは、菅野さんの精神状態が危ない気がする。

そう思った僕は、淳さんを呼ぼうか提案したのだが、それも首を横に振るのみだった。

「俺が最後は解決せなあかんから」

だけどそう言う菅野さんの表情には、覚悟と向き合っていく強さを感じることが出来た。


――今、こうして僕が綴っている"BLACK"が遺した爪痕は、思った以上に深いのだ。



2018年4月1日 19時20分(事件当日)

片桐組 迷路出口付近



 壁を拳のみで突き破り、こちらへと歩み寄ってきた片桐組の副総長である片桐湊司さん。

だがその足元には、3歳の男の子――いやあの子は!?

「うえええええええええん!!!! お父さぁぁぁぁぁぁん!!!!」

裾野さんの顔を見るなり、そう言って駆け寄ろうとする男の子改め裾野さんの息子の空くん。

だけど首に絡みついた縄により、身動きが取れない事を悟った菅野さんは一瞬だけ目を合わせ、代わりに空くんの元に駆け寄り抱きとめた。

「怖かったな、もう平気やで。お父さんも大丈夫やから……」

菅野さんは背中を優しく擦り、裾野さんの側に連れて来ると互いに穏やかな表情で見つめ合った。

だがすぐに離れるようにジェスチャーで菅野さんに伝え、菅野さんは疑惑の目を向けつつも裾野さんから離れ、石河さんに預ける。


 こういう相棒っぽいところ、本当に羨ましい。

異論を言う前に従って動いてくれる相棒……。相棒ならこういう行動をこの後にとってくれるだろうという圧倒的信頼。

それがこの2人にはある。

だからこそ、僕は菅野さんと空くんに意識が向いている裾野さんの背後を取り、両膝をつく彼に隠れるようにして縄をじっくりと観察した。

結び目が強固で、ナイフでも斬れるか怪しい程の太く固い縄だ。

試しに軽く切れ目を入れようとしてみたが、傷1つ付かなかった。

だけどきっと、情報課課長の鳩村さんなら何か知っているかもしれない。

そう思い、スマフォで写真を撮って送ってみた。


 石河さん、菅野さんにはメールで報告し、菅野さんは親指を立てて口パクで「ぐっじょーぶ!」と、言ってくださった。

石河さんは大きく頷き、スマフォの画面を何度か指でツンツンと叩いていたので確認すると、

「りーちゃん、信じてる!」と、一言ではあったものの、藍竜組への期待が感じられて目頭が熱くなった。

「よっし、何で空くんがあんたんとこ居たんか、説明してもらおうか!?」

菅野さんは鳩村さんの時間稼ぎを自ら引き受け、槍を大きく回しながらぐんぐんと距離を詰めた。

だが片桐湊司さんは鼻で笑うと、

「あなたは本当に虎ですね。それで大企業の副社長が、はい、そうですかって教えるとでもお思いで?」

と、頬に手を当てて言う湊司さんには、絶対に菅野さんには負けないという余裕が見受けられる。

「そうやろうとは思っててん……俺、裾野みたいに頭良くないから、基本戦う事しか出来へんねん……分かるやろ?」

そう低いトーンで言いながら目を見開き、既に斬りかかっていた菅野さんの攻撃を、目の前に出した透明な壁で防いだ湊司さん。

バリア系の能力か!? それとも!? 僕には分からないけど……この人、ただ単に攻撃を防いだだけじゃない気がする。


――You got a mail.

機械音声のメール受信音が聞こえ、一旦考えるのを止めて鳩村さんからの報告を確認した。

そこには文字には書き表せないような暗号と、最後までスクロールしたところに書かれていた『裾野くんに伝えてくれる?』という一文。

周囲を見渡してから裾野さんの側に行くと、どうやら菅野さんが上手く気を逸らしているのか、若干ではあるが呼吸を整えられる程には回復していた。

「裾野さん」

僕は真横から話しかけて驚かせないようにし、裾野さんが振り向いたと同時にスマフォの画面を見せると、

「……分かった。ありがとう」

と、ものの数秒で鳩村さんからの暗号を解き、そのまま鳩村さんに返信を送ると、

「菅野を呼んでくれるか? あと、菅野と入れ替わりで騅が5秒程稼いでほしい」

と、僅かに穏やかになった声色で言うと、口元を掌で覆った。

一体何が書かれていたのかが気になるが、それよりも頼まれた事をやらないと!

「は、はい! 任せてください!」

僕は胸に手を音が鳴る程当てて言うと、裾野さんは口角を僅かに上げて小さく頷いた。



 それから菅野さんの真横に行き、裾野さんが呼んでいる事を伝えると、

「おっけー。5秒とはいえ、結構強いで」

と、多少息の上がっている菅野さんに言われた為、僕は冷や汗で服が張り付きそうになった。

とはいえ、やらなければ裾野さんを縛る縄が解けなくなる!!

「任せてください!」

僕は裾野さんにしたのと全く同じ事をすると、菅野さんもすれ違い様に同じ事をしてくださった。

「やるしかありません、か」

湊司さんの目の前に大量に張られたバリアと、四方を護るように囲んでいるキューブ状のバリアを見た僕は、正直絶望感もあった。

だけど任せろと言った以上……やらなければ、5秒も稼げない。

「随分と弱そうな……あぁ、なるほど。そうはさせませんよ?」

と、得意げにウィンクをした湊司さんは、1秒も経たないうちに全てのバリアを取っ払って僕の首根っこを掴むと、

「あなたたちの作戦は読めていますよ!?」

と、そのまま片手でブオンと2人に向かって投げ飛ばしてしまったのだ。

「えぇ~~~~!?」

僕は両手足をジタバタさせながら、何とか軌道を逸らそうとしているのだが、何故か真っすぐにしか動けない。

おそらく、バリアか何かで道を造られている可能性がある。


 それにしても2人とも避けるつもりがないような……?

それに万が一ぶつかっても良いようにか、裾野さんが僕に背中を向けている状況なので菅野さんの表情が窺い知れない。

壁ドンでもしているのだろうか……いや、古いか。

「時間厳守してくれて、ありがとう」

ただ、そう裾野さんに言われた瞬間、彼の頭脳指数の高さに只管感動したという記憶しかない。


 結局僕は頭を大きな手によって掴まれ、無事地面に着地出来たのだが……裾野さんの足元にはあの固くて太い縄が結び目から解けて落ちていたのだ。

そして足元から視線を上げていくと、2人の距離がやたら近い事から口元に目を遣ると、2人揃って人差し指を当てていた。

菅野さんに至ってはウィンクまでしている。

まさか……!? 超えてはならないラインを超えた……?

「そんな顔をするな。今は銀よりも金で居た方が良いから、少しだけ待っていてほしい」

裾野さんは無表情に戻すと人差し指を当てたまま小声で囁くように言った。

僕は言っている事の8割は分からなかったが、とりあえず石河さんの様子を見ようと振り返ると赤面していたうえに空くんの目を覆っていた。

……その判断は実に賢明だと思う。


 湊司さんはこの様子を見て、唇の端を歪ませ目元を細めるとこう言ったのだ。

(つがい)を封じてしまえばよろしいですね」

と。菅野さんによれば、僕の真後ろで。

作者です。


今回も前編、後編で分かれました。

ただ、前者ではあまりタイトルのイメージが出なかったかな、という印象もございますね。

後編にかかっているような……。


次回投稿日は、7月1日(日)です。

もしかしたら、6月30日(土)に出せるかもしれませんが、日曜日の方が濃厚ですね。

それでは良い一週間を!!


作者 趙雲

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