「25話-公平に、美しい誘惑を-(後編)」
鳩村さん活躍回中編!(タイトルは後編ですが、次からタイトルが変わる為です)
今回は彼の意外な過去が明らかに……!?
※微BL注意? 人によってはそう感じるかもしれません。
※約5,000字です。
2018年4月1日 18時半(事件当日)
片桐組 迷路
鳩村涼輔
人間の醜い欲望を向けられる事がどれだけ恐ろしいことか……。
数々の女性の亡霊が見せた夢に出てきた強姦末殺されるまでの一部始終を見過ぎて、僕の脳内には嫌という程こびり付いた。
信じていた恋人や旦那に裏切られて売られた女性に、風俗に突然男性たちが乗り込んだ事件、路地裏に連れ込まれ――
そのときの男性たちの表情は、彼女たちの視線から夢を見させられているから、隙間が無い程記憶に刻み込まれている。
――その目と、今目の前に居る裾野くんのお兄さんの目は……全く一緒だ。
男である僕に興味がある風には見えないけど、おそらく……女性の亡霊を唆そうとしているのかもしれない。
それで僕をどうこうして…………身動きが取れなくなれば、向こうからすれば羽を押さえつけられた鳩同然になる。
そんなことになったら、裾野くんは絶望する。そうなってしまったら、僕には生きる価値なんてない。
すると心でも読めるかのように彼は、女性の亡霊の元に近づこうと一歩を踏み出す。
僕とは反対方向に居て、美しい黒髪を長く伸ばした女性の元に。
駄目だ……彼女には"婚約者"が居たんだ。今、まさに他の場所で戦っている……彼が!!
「か、彼女、には……!!」
だけど僕は吃音で知らない人に向かって喋るのも得意じゃない。
それなら走っているうちに亡霊を操って――誰も来ない!?
「まだ自覚がないのですかねぇ。あなたの亡霊たちは香水に夢中だ……そして亡霊を使えなくなったあなたは」
誰も来ないことから視線を逸らした僕の肩を押さえつけ、壁にめり込む程叩きつけると、
「ただの……」
と、舌なめずりをしながら耳元で囁くと、僅かに背の高い僕の首元に肘を唾を吐く程勢いよく当てた。
「うっ……」
僕は吐きそうになるのをぐっと歯を食いしばって押さえ込んだ。僕は……生きなきゃいけないから。
それから僕の下半身をじっと見てから醜い目で見上げると、
「情報屋なのですよ。なぜあなたに"性欲増強"の香水が効かないのかは分かりかねる……ですが人間以前に動物である以上、無反応な筈が無い」
と、ねっとりと舐め上げるような声で言い、僕の目を真っすぐに見ながら触られたくない場所に手を伸ばすのが目に入った。
ちなみに、彼の能力は"香水を操り、人間・動物のあらゆる欲を刺激する"だ。
性欲の他にも、物欲や食欲等でも彼の能力の範疇に入る。
嫌だ……絶対にそこだけは。
亡霊の夢で異性や圧倒的体格差のある相手から無理矢理される映像ですら辛いなんてもんじゃなかった。
だけど――僕にも昔――
「鳩村くんって、いっつも戸惑っててかわいいね! 私、おっきくなったら鳩村くんと結婚したいな!!」
何十年前のことだろう。
……違う。
今、セピア色の映像の世界に引き込まれたような。
誰だろう? それよりもこの世界は……僕の過去の世界かな。
その証拠に手元に目を落とせば、10歳ごろの小さな幼子の手だ。
何でこの頃の世界なのかな。
小学校のとき、日陰みたいな僕にいつも話しかけてくれる女の子が居た。
あのときはたしか……小学校4年生くらい?
って、どんどん記憶が口をついて出ていくこの感覚は何なんだろう?
その子とは小学校1年生のときから仲良くしていて、彼女の友達は親友だけだから数人、彼女らも僕の事を理解してくれる良い人たちだった。
きっかけはよく覚えていない……けど、初めて話しかけられたときは嬉しかった。
何て話しかけられたかも定かじゃない。
ただただ嬉しかった。
当時僕は既にイジめられていた。
弟は綺麗な髪色なのに、お前は汚い。見ているだけで気分が悪い。この世から居なくなれ。
ずっと言われ続けてきた。24時間、365日。
僕には心休まる場所なんて無くて、部屋に閉じこもっている瞬間と幽霊が近くに居るみたいな悪寒が心地よかった。
それは髪の色が家族は綺麗な銀色なのに、僕だけくすんだ汚い灰色……薄鈍色だったから。
"鳩村家の恥" "銀色の髪の家系なのだから、お前は要らない"
この言葉にいつしか僕は、笑顔すら浮かべるようになった。
笑わないと、鳩村家は平和の象徴だから穏やかにしていないと……気を遣われる事無く全身を殴られるから。
それで学校に行かなければ、それはそれで――母親に投げ飛ばされ、1日中痛めつけられるのだから。
どちらがマシか。
……明白だ。
「どうしていつも怪我をしているの?」
彼女は決まってそう訊いてきた。
理由は言うまでもない。
今日もまた登校してきたのか、と教師の目の届かない場所で傷つけられ続け、帰宅すれば家族から虐げられてきたのだ。
だけど――彼女に話す訳にはいかない。
いつも笑顔で、付き合いの深い友人としか関わらない彼女にも友人にも迷惑を掛けたくない。
それで一度、距離を取ったことがあった。
話しかけられても何も返事をせずに彼女たちの元を去り、御手洗に引きこもった。
そうすれば、性別の差で入ってこられないから。
その代わり、ドアをよじ登って入って来るイジメっ子たちには……密室の中ストレス発散の為に殴られたり、服を破かれたりしたな。
だけど彼女たちにそれで危害が加わらないなら、とてもとても――幸せだった。
そう思っていた数日後のこと。
いつものように御手洗に引きこもったとき、個室の扉の裏側に彼女たちの修学旅行のときのスリーショット写真が貼りだされていた。
その写真のすぐ下には、「お前と仲良くしていた女どもを放課後に攫う。体育館倉庫内に居るから、助けに来てみろ」と、書かれていた。
……もう既に能力は目覚めていた。
弟と父親を手に掛けた直後のことだったから。
だから絶対に使いたくなかった。
だけど指示された時間に現場に行ったら、まさに彼女たちが襲われそうになっていて……怯えた顔もしていて……見ていられなかった。
男たちは全部で10人。物理攻撃で勝てる筈が無い人数のうえに、制服を着ている人たちも居たから中学生も一緒だった。
僕にはもう、能力を使う他なかった。
「来たか~、あ、先輩! こいつがいくら殴っても笑顔で居る男ですよ。じゃ、こいつの前でヤっちゃってくださいよ。きっと笑いますから」
イジメっ子のリーダーがヤンキー座りで悠然とした口調で言う。
この感情を抑え込む事なんて出来ない。
そのときちょうど、強姦致死させられた女性の怨霊が僕の肩を叩いた。
あまり使いたくなかった。上位互換の応用能力なんて。
それでも僕は彼女の提案を受け入れた。
それで――それで――気が付いたら、イジメっ子たちが泡を吹いて倒れていた。
それを見て僕はただ、膝から頽れて自分の掌を眺めて冷や汗を垂れ流していた。
女性の怨霊も能力の大きさが想定外だったのか、何度も僕に頭を下げ謝罪の言葉を口にしている。
「……」
駆け寄ってきた彼女たちは全身の震えが止まらない僕を見下した。
「鳩村くん……ありがとう」
そう言う彼女の顔はとっても可愛らしくて綺麗な笑顔だったけど、もうあのときみたいに――結婚してほしいと言った頃のような笑顔はそこに無かった。
だけど揺れている目の奥で"助けてくれた良い人"と"亡霊を操る気味の悪い人"の葛藤がなされているのが、幼心ながらにも分かった。
やがて陽が昇って学校に行ったら、彼女たちは転校していったと先生からホームルームで発表された。
突然昨日の夜に言われた、と。
そのときのクラスメイトの目は、色や角度を変えて僕の全身に突き刺さった。
結局泡を吹いて倒れたイジメっ子たちは意識を取り戻したというけど、目を覚ましたのは数年後の話。
そう、もう卒業した後だったから……本当に良かった。
それに裾野くんが精神的にも助けてくれて、菅野くん、騅くん、淳さんや颯雅さんたちとも出会えた。
もう少しだけ生きようと思えた。
今は絶対に生きて帰らなきゃいけない。
世界が現実に戻る瞬間、裾野くんのお兄さんが躓いて目の前に現れた僕に目を丸くした。
どうして今これを見せたのか。一体誰が……幻覚世界なんて。
使える人なんて居ない筈。強いて言うなら、大崎月光が使えるかもしれないけど……あれは宇宙空間だ。
……彼女たちは元気にしているだろうか。もう会う資格なんて無いけれども。
「……やっと戻りましたか?」
と、汗ばんだ額を腕で拭い、見下した僕と目が合うとまた欲情に塗れた色に変わった。
「あなたが突然消えた後、亡霊たちもパッタリと動きを止めた……刃物で突き刺そうとしても刺さらない……何者なのです?」
お兄さんは僕の首元にナイフの切っ先を当てると、股の間に膝を差し入れて間合いを詰め、僅かに刃先で鎖骨辺りに沿わせた。
すると鮮血が鎖骨を伝って平らな胸の方に流れていったので、裾野くんのお兄さんは口の端を歪め周囲を見渡した。
……亡霊たちはまた情事に勤しんでいる。あとでお仕置きが必要かな。
それにしても、どうして僕が消えている間は亡霊に攻撃が通じなかったのだろう?
僕がまだ操りきれていない亡霊が護ってくれているのだろうか?
よく分からないけど、今はとにかくこの状況を打破しないと!
「……"守護霊"が、がた、助けて、く、くれ、た……」
僕は息のかかる程近い彼を力いっぱい押しのけているのだが、流石に体力も筋力も無い僕の腕ではビクともしない。
こういう時に、ある程度鍛えておいた方が良いのかもしれない……ちょっと反省、かな。
「ふぅん? そろそろ、吐いてもらいましょうか?」
お兄さんは僕にしか聞こえないぐらいの声量で呟くと、サーモンピンク色をした人差し指程の大きさの小瓶の蓋を開け、
「"強制発情香"、でね?」
と、僕の鼻先に押し当てながら言い、目を細めながら手首を左右に揺らし無理矢理嗅がせた。
「流石のあなたでも、動物なんですから。無理して息を止めなくたっていいんですよ」
数秒程嗅がせた頃だろうか、丁寧に蓋をしながら僅かに膝を滑らす彼の行動に背筋から嫌悪感が全身を駆け巡った。
――嫌だ。気持ち悪い。
如何なる情報でも話す訳にはいかない。
裾野くんにだけは嫌われたくない。
色んな感情が脳へ出入りする。
「さぁ……片桐組は後鳥羽家をどうするつもりなんです? 吐いてしまいなさい」
裾野くんのお兄さんは僕のメガネの鼻あてをグイと上げると、更に膝の角度を上げる。
「……っ」
僕は声が漏れそうになるのを抑え、痙攣状態のように小刻みに開こうとする口を閉じるので精一杯だった。
予想以上に強い香水、かもしれない。
今まで感じた事もない衝動が僅かながらに僕の心の中で蠢ていたから。
「吐け!!」
耳が劈く程の大声は、僕の中では恐怖を呼び起こすものでしかない。
「……そ、れ、れは……」
どうしよう。勝手に口が開こうとしていて、話しちゃいけないことまで話そうとする。
誰か来て……お願い。
強く心に思えば、誰か色欲から目覚めてくれるかもしれない。
普段からそうやって鍛えてきたんだから、お願い……お願い……。
――助けて!!
風を切る音が聞こえる。
大きな影が2つ……?
たしか2人は援護に向かわせていた筈だけど、どうして戻って……!?
「おいおい、そんなガリガリな男とヤったって気持ちよくはなんねぇぜ?」
と、半ば叫びながら壁をすり抜けて愛用のコルトパイソンを2丁構える後醍醐傑。
隻眼からは凄まじい殺気を感じるし、いつも気にしている前髪を整えていないということは慌てて来てくれたのだろう。
そしてその横で大剣を構え目線を逸らしたまま、
「助けて、お願いなんて……イメージに無かった。だから反抗したくなくなった」
と、口ごもって言う太田紅平。彼も焦っていたのか、和服が若干乱れている。表情こそ仮面で見えないけれども。
僕がこの手で今し方殺したのに、従ってくれているなんて……。
涙ぐむ僕を他所に2人は、未だに僕に自白を強要する裾野くんのお兄さんの真後ろに立ち、
「さぁ、俺たちの主人から離れてもらおうか!?」
と、言う彼らの言葉からは亡霊だから半透明の筈なのに、生きている人ぐらいの気迫を感じた。
「じゃあ……こうしてしまうのはどうです?」
と、片手で僕の腕を捩じり上げながら僕の背後に回り、もう片方の手は僕の首に掛けた状態にしながら言った。
声色には彼らを試したい気持ちと、身長差を利用してやったという優越が感じられた。
2人は少々戸惑った様子は見せたものの、すぐに顔を見合わせて2,3言か言葉を交わすと強く頷き合った。
それから僕を見て、信頼してほしいという目で頷いたのだ。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます!!
作者の趙雲です。
性欲がまるで無い鳩村さんでないと、完全にR-18のお話になってしまうところでした……。
亡霊になった傑さん、紅平さんが助けに来る描写は、前の騅編・颯雅さん編を読み返すと……?
次回投稿日は、6月16日(土)or 6月17日(日)です。
乞うご期待!!
梅雨なので髪のうねりには特に注意ですね。
それでは良い一週間を!!
作者 趙雲




