「1話-覚悟-」
裾野さんの覚悟、菅野さんの覚悟。
僕も覚悟を決め、筆を執る。
※予約投稿が上手くいかず、大変申し訳ございません。
※約4,500字です。
2018年4月某日 昼前
藍竜組 裾野、菅野と騅の部屋
騅
今日はあまりお腹が空いていないな、とお腹を擦りながらノートパソコンを立ち上げると、web小説サイトのマイページを開いた。
そこには「何でも食う男さん、ようこそ!」と書かれているが、それは僕のペンネームだ。
実際好き嫌いも無いし、偏食もしないからではあるが……ありきたりだっただろうか?
さて、早速本文の部分に書いてみようかな。
今日は裾野さんと菅野さんの覚悟で、この話の幕を切って落としてみよう。
2018年3月某日(事件一週間前)朝
藍竜組 裾野、菅野と騅の部屋
騅
「おはよう!」
まだ起きる筈のない菅野さんの快活な声がベッドルームから聞こえ、
「はい、おはようございます」
と、反射神経で返事してから後悔し、包丁を握り直し野菜を刻んだ。
ダイニングキッチンとベッドルームは、分厚く青いパーテーションで区切っている。
「騅の声じゃあかんねんって何回言えば分かるん?」
そう早口で捲し立てる菅野さんは写真立てを手に、換えたばかりの青色のパーテーションをくぐって口を尖らせた。
写真は菅野さんの結婚式の時のものだが、新婦の龍勢淳さんとのものではなく、相棒の裾野さんとのもので、裏には裾野さんのサインが入っている。
毎朝の本人の独り言によれば、サインを書いた万年筆も揃いのもので、そのときにブレスレットを渡したという。
あと、ピンキーリングも貰ったとか。
そんな菅野さんは10歳まで関西に住んでいて、現在21歳。本名は、関原竜斗。
178cm程の身長を存分に活かしたモデル体型で脚が長く、服もモデルさん並みにセンスが良い。
髪は耳にかからない程で暗い茶髪を自然に流していて、顔が小さく目は二重でパッチリとしていて、肌は健康的な小麦肌、鼻も高く唇は薄い。
右耳付近にほくろがあり、耳たぶはふっくらしていて柔らかそう……いやその、変態みたいで申し訳ない。
あとは槍使いだからか、いつも肩に痣があって腕には擦ったような傷があり、掌は肉刺が沢山ある。
白猫と裁縫が好きで、服の修繕もよくして頂いている。だけど料理は苦手で、音楽にも詳しくない。
最後に最近見せてくれたが、関西から関東に出てきてすぐのときに、人間オークションの”商品”の証である刻印を左太腿に刻まれている。
それを助けてたのが裾野さんと聞いて、僕は驚きのあまり失神した覚えがある。
現在その証は、何故か青みを帯び始めているらしい。
あぁそうだ。裾野さんの話もしないと。
裾野さんは後鳥羽家7男にして、元片桐組の殺し屋。その後、藍竜組に入った御方で御年25歳。
剣術と槍術に長けていて、一時期副総長になるのでは、とも言われた程の実力者だ。
本名は後鳥羽龍。料理が得意で手先が器用で、テナーサックスとピアノを嗜む大人の男性だ。
だが3年ほど前に、突然藍竜組を去って片桐組に行ってからは何も情報が入ってこない。
後で話すけど……菅野さんには修行に出た、としか言わなかったので、僕はこの事を彼に言えない。
「ごめんなさい……。そろそろ朝ごはん出来ますよ」
僕はなるべく裾野さんが作った目玉焼きを再現し、先に菅野さんの目の前に差し出した。
菅野さんの分のサラダは、裾野さんの影響でドレッシング無しだ。だけど僕はどうしても素材の味に慣れず、和風ドレッシングをかけてしまう。
「うん……」
菅野さんは写真立てを食卓の横に立て、その隣に指輪を置きぼんやりと眺めている。
10年以上相棒をやってきた裾野さんが片桐組に戻って3年近く経つのだ。
はじめは……「ざまぁみろ、寂しがって戻ってくるんちゃうか、あいつ!」などと、楽しそうに笑っていた菅野さん。
だけど次第に夢で見るようになったのか、身を案じるようになったのか……何度も電話をしてみたり、CAINを送るようになっていた。
……でも裾野さんは既読もつけず、電話にも出なかった。
それは後で話すが、彼なりの覚悟があるからだ。
それでもやっぱり僕では、貴方の代わりにはなれそうにありませんよ……。
「元気にしてるんかな……」
菅野さんは流し込むように食事を済ませるとすぐに、写真を指でなぞるのだ。
「……」
僕は黙って食器を片づけ菅野さんを一瞥してみるが、今日はついに彼の右目から一粒の涙が零れた。
あれ……いつもなら、微笑みかけているのに。
僕は心に蟠りを感じ、さっさと食器を乾燥機に突っ込んでしまうと菅野さんの隣に座った。
……そうしたはいいものの、涙が零れた事に驚く菅野さんの肩に触れようにも手が震えてしまい、どうしても引っ込めてしまう。
きっと裾野さんなら……肩を抱いて胸を貸すのだろうか?
どうしてだろう、裾野さん程じゃないけど何年も一緒に居るのに。
僕が悶々としているとふと目が合ったのだが、菅野さんはぷっと吹きだして抱腹絶倒した。
「ふっ……はははっ!! せやな、せやな! 裾野ならわしゃわしゃ頭を撫でて……声は思い出せへんけど、耳元で囁いてくれるんとちゃうかな?」
菅野さんは人のオーラを読み取ることが出来るから、きっと僕の言いたいことが分かったのだろう。
僕はバツが悪くなり、思い切り菅野さんの引き締まった身体を抱きしめた。
温かい……けど、どこか冷たい背中を擦ると、菅野さんは僕の体をそっと押し返した。
「ありがとう。なんや騅、まだ食べてへんやないかい! それじゃあ裾野に会ったときに怒られんで」
と、微笑みながら言う菅野さんは、僕の肩をペチンと叩いて洗面所の方へ行ってしまった。
残された僕は食事を口に運びながら裾野さんのCAINに報告を入れると、すぐに既読がついた。
これも約束だから……彼は読むだけで、返事は絶対にしない。
「……あれ?」
僕はふと違和感から写真立ての側に置いてある指輪を手に取り、内側を見てみたのだが……そこには”Dear Ryuto”と刻まれている。
これ、結婚指輪ではないか?
僕は慌てて菅野さんの居る洗面所に走っていき、乱暴にドアを開けて指輪を見せると、菅野さんは歯を磨きながら目を丸くしつつ頷いた。
それからジェスチャーで待つように言われたので部屋に戻り、等間隔に3つ並んだシングルベッドのうち1番手前に座ると、
「ごめんごめん、それ結婚指輪!」
と、手を合わせて謝りながら小走りで来た菅野さんは、僕と同じく藍竜組の軍服に着替え髪型のセットも済んでいた。
「大丈夫ですけど、何で裾野さんから頂いた指輪はしていて――」
と、純粋な疑問をぶつけようとすると、
「これからするつもりやってん」
と、不機嫌そうに引ったくり、指輪跡のある左手の薬指に通した。
それからダイニングに置いてあった写真をベッドサイドテーブルに戻し、胸ポケットに差していた万年筆と裾野さんから頂いた指輪を同じく丁寧に置いた。
これは菅野さんなりの私情を挟まないやり方なのかもしれない。
「……行こか」
菅野さんは僕を見上げるとキリッとした仕事の顔をし、先に部屋を出た。
僕は裾野さんが置いていったユーカリの鉢植えに水をあげてから、そっと部屋を後にした。
3年前 菅野さんの結婚式前夜 夏
藍竜組1階 総長室前廊下
騅
黒髪短髪で凛とした雰囲気の裾野さんと並んで廊下を歩く。
僕より5cm程低いが、殺し屋としてのキャリアが長いせいか、藍竜総長と同じような威厳やオーラがある。
服は常にシンプルで単色を好む裾野さんは、半袖Vネックの黒Tシャツに濃い目の紫の薄手のパンツだ。
全体的にスラッとした印象なのに、Tシャツから覗く腕の白さと太さには何度も驚かされるが、刀傷がとても多くていつ見ても痛そうだと思ってしまう。
「ん? どうした?」
そんな視線に気づいた裾野さんが流し目で言うと、僕は慌てて胸の前で手を振る。
「いえ、その……」
僕はこの頃、自分の殺し屋としての生き方に迷っていたこともあり、
「裾野さんにとって、殺し屋って何ですか?」
と、あまりに抽象的な質問をしてしまったことを覚えている。
すると切れ長で色気をも感じさせる目で僕を射、ふっと頬を緩めると、
「ドキュメンタリーみたいなことを訊くんだな。そうだな……」
と、一瞬考え込む素振りを見せ、総長室の前で足を止めた。
「自分自身を表現し、自己受容する為の一種のツール……だろうな。簡単に言うと、自分はこういう人間だと受け入れ続ける職業だ」
裾野さんは僕の目を真っすぐ見つめて言うと、総長室の扉をノックし、
「……答えになっているか?」
と、苦笑いしながら僕を見上げるが、逆質問されたら答えられない自分が容易く想像出来た為何度も頷いた。
「どうぞ」
それから総長の重くも温かみのある言葉が聞こえ、裾野さんは即座に扉を開けたが僕は深呼吸をしてから部屋に入った。
総長室は社長室のような威厳も感じるが、藍竜総長の人柄と薄茶色の壁紙の影響か、少しだけ落ち着ける気もする。
総長は僕ぐらい背が高くて、黒髪を若干 項にかかる程伸ばしている方で、体格がよく柔道をやっているイメージがすぐに沸く。
お顔は平均的で切れ長だが、若干目尻が下がっているせいか、優しさも感じる。
顎髭も生やしていない清潔感のある御人で、多少日に焼けている肌も怖さより柔和な印象を与えている。
「ついに……意志が固まったか」
総長は席を立ち、デスクの手前にある応接間に僕らを通すと、裾野さんは『志願書』と書かれた封を懐から取り出し、そっと机に置いた。
「はい。菅野には修行と伝えますが、片桐組のあるものを獲りに行きたいので抜けさせていただきます」
と、ほぼ僕に言うように丁寧に言葉を紡ぐと、席を立って頭を下げた。
「菅野には言わなくていいのか? 十何年居た相棒だろう」
総長は右脚を上にして組むと、僕に目配せをした。
おそらく、ここは説得すれば……。
「そ、そうですよ。菅野さんなら寂しくて泣いちゃうかもしれませんし!」
と、胸の前で両手を握ると、裾野さんは首を横に振りながら顔を上げ、ふふっと笑みを漏らした。
「……そうだろうな。でもな、あいつに本当の理由を話せば、自分も付いて行くと強情になる。それなら、何も知らないで居てくれた方がマシだ。騅も内緒にしておいてくれ」
裾野さんは語気を強めてそう言うと、総長に向き直り、
「お願いします。俺は保護者として、竜斗の未来が幸せになるように……一緒に叶える立場から、遠くから願う立場にならなければなりません」
と、眉尻を下げ、射る程強く総長と目を交わすと、総長は肩をすくめて天を仰ぎながら息をついた。
「4つしか違わない子どもだからな。……本当にいいんだな? あまり恋愛に口は出したくないが、菅野に恋愛感情を持っているだろう」
総長は裾野さんの僅かな目の揺れを察知し突っ込むと、裾野さんは目を閉じ深呼吸をした。
「はい。ですが本人が望まない感情は、捨てなければなりませんから……。それに本人に一度断られていますから、構いません」
裾野さんは凛とした声で言うと、口の端を僅かに歪め笑みを浮かべた。
すると総長は裾野さんをデスクまで手招きし、僕には待つよう手で制し、何かを囁きながら物を渡したか紙を渡したかしたのだ。
それが意味するものの重大さに気付くのは、ここから大分後の話。
そして部屋に置いていったユーカリも、菅野さんに次の日に渡すピンキーリングも……彼なりの願う立場になる覚悟だったのだ。
僕はそこまで打ち終えノートパソコンをそっと閉じると、空も暗くなってしまっていたし、何よりもお腹が盛大に鳴ったことで気が抜けた。
今日は裾野さんが教えてくれたお茶漬けにしよう。
鰹節だしで作る本格的なもので、そのうえには鮭のほぐし身と三つ葉を乗せる。
インスタントが二度と食べられなくなる程、美味しいお茶漬けだ。
「……またいつか、作ってくれないだろうか?」
と、僕は誰も居ない部屋に言葉を響かせた。
いかがでしょうか?
説明も多く、疲れてしまったかもしれません。
前作の説明も加えてあるため、どうしても長くなります。
ですが最初だけです!(フラグ)
2話の投稿は、1週飛ばして16日(土)か17日(日)になります。
来週は仕事の関係で厳しいです。
ご迷惑をお掛け致しますが、何卒宜しくお願い致します。
それでは、風邪を引かぬようご自愛くださいませ。
趙雲




