「15話-盗難届-」
今回は過去編のみとなりまして、片桐組本部に乗り込む騅たちの前に現れた人物の謎に迫る!!
現在編での動きは、次話以降また追っていきたい所存です。
※約4,200字です。
2018年4月1日 15時半過ぎ(事件当日)
片桐組 狼階屋上
騅
石河さんの一言で我に返った僕は、しばらく事態を静観することにした。
すると颯雅さんが僕に気を利かせてか、紺色の膝裏まである薄手のカーディガンと大きく胸の開いたVネックの白のタンクトップの裾を直す石河さんの名を呼び、
「何で俺たちに協力してくれるんだ?」
と、優しい眼差しで石河さんを見据え、柔らかい口調で話しかけると、石河さんはカーディガンを手で弄んでから僕に向き直り、
「りーちゃん、裾野お兄ちゃんに白猫のぬいぐるみを貰ったお礼に、お兄ちゃんのハートを奪いたいの。だけどね、最近りーちゃんが奪われちゃったんじゃないかって思って……そしたら、裾野お兄ちゃんに会いたがってるお兄ちゃん達に協力したいって思えたの」
と、体を左右に振りながら答える様は、どう見ても可愛らしい女子高生だ。口調もまどろんでいるようにゆっくりだ。
なるほど、人を殺さない怪盗も苦労しているのだろう。というか、恋愛においても苦労はするものなんだなぁ……。
「そうなんだね。それなら一緒に行こう……僕らも裾野さんには会いたいから」
僕はあまり深く恋心について触れないよう、割れ物に触るときの口調で言うと、石河さんは笑顔で大きく頷いた。
「じゃあ、りーちゃんの体に捕まって! レールガンで向こうまで皆で飛ぶよー!」
石河さんはレールガンを城の最上部、即ち屋上部分目掛けて引き金を引き、引っかかったかどうか確かめてから言った。
そして数秒もしないうちに石河さんが飛ぼうとするので、全員で腕、脚、腰などに捕まり束の間の空中散歩を楽しむことになった。
……筈だったのだが、ふと門の方を見ると殺し屋たちがボロボロになりつつも門をくぐっていくのが見えたのだ。
そこで左脚に捕まる菅野さんの腕時計を確認すると、11時半から既に3時間以上経っており、最後まで生き残ったから帰っているのだと確信した。
ただそうなると、裾野さんはどうなのだろう? 御無事なのだろうか?
「絶対大丈夫だ」
と、腰に捕まる颯雅さんが首だけでこちらを向いて仰ったので、菅野さんも門を見てから大きく頷いた。
そのときに髪の毛が石河さんの太ももを掠めたのか、「くすぐった~い」と、甘ったるい声を出した。
それから数十秒経つと、扉がある建物の上に到着し、すぐさま全員で四方八方を確認すると人数を指折りで見せあった。
そうして僕と石河さん以外で屋上の見張りを片づけると、運よく骨折程度で済んだ3人の隊員を連れて屋上の扉前で集合した。
3人は石河さんのレールでぐるぐる巻きにし、扉にもたれかからせて座らせた。
すると1番右にいた隊員が項垂れたまま重い口を開いた。
「俺たちは経理と人事を担当しているんだが、もう粉飾決算が何期続いたかなんて数えてない程……元からここの月次も年次もガバガバだ。ただ、騅とかいう奴のせいで始まった殺し屋ブームもあって、人の出入りも広告費用も嵩んだのは確かだ。だから――」
と、途中まで言ったところで真ん中に居る隊員と頷き合い、
「他の組の隊員も将来有望な若い隊員と教育係層は全員残して、ときどき来るだけで長く居座っているOBを中心に人件費と部屋の水道光熱費を減らそうってなって。それで総長にも通して、新しい"BLACK"にしてもらったんだ……」
と、左に居る隊員を見ながら言い、最後に口を開いた隊員は見た目からするとまだ15歳程のようにも見えた。
しかし颯雅さんは人件費の裏話を聞き、
「そんな理由で命を粗末に扱うのかお前らは!!!!」
と、怒りが目の色どころか全身を伝って彼らに浴びせられるように怒鳴ったのだ。
これはきっと……今までもこれからも理不尽な理由で命を奪われようとしている人々の助けとなる人だから、尚逆鱗に触れたのだろう。
だが左に居た隊員は自分の意見を口にする前に一言だけ謝罪するのみで、すぐに話を再開させた。
「片桐組も他の組も経営が厳しかった。俺たち経理人事部はこうするしかなかった。片桐組では借入金は絶対にしないという方針で、広告宣伝費だけやたら掛かっているのに計上しなくて……その代わりに仕事を大量発注して役員の首を締めたり、数年前に組に入った裾野さんを狼階のエースにして体――」
最後口パクですら言いにくいのか、何度もその言葉を口にしようとする度に口を噤んだ。
するとそれを見かねた菅野さんが唇を噛んでから、槍の石突でドンと地面を叩くと、
「はぁ!? 颯雅さんの言葉の意味分かってるんかお前ら!! ……それで? 裾野の体が何やて!? お前らは裾野すらもボロボロか何かして切るんか!?」
と、覇気すら纏っているような声色で叫ぶと、3人は俯いたまま舌を噛み切って事切れた。
その様は決して片桐組以外の人間には情報を漏らすまい、片桐総長らに迷惑を掛けまいとする隊員たちの覚悟が見て取れた。
夕紅さんはそんな隊員たちを見下すと、
「片桐湊冴にいいように洗脳された結果やわ、ほんま……。あほらし」
と、死んだ事を確かめる為に全員の心臓にダブルセイバーを貫通させると、ふぅと落胆の溜息をついた。
「んじゃ、改めて作戦会議しようか」
と、颯雅さんが沈痛な面持ちで話を切り出し、円形になるよう指示を出すと、ぬっと黒い影が屋上の扉の曇りガラスに映ったのだ。
「……!? 監視カメラは壊した筈じゃねーのか!?」
この事態に颯雅さんは鳩村さんと目を合わせて小声で言うが、全員がしゃがみきる前にこちらに向かってバタンと大きな音を立てて開け放たれた。
そしてすぐに何者かが颯雅さんに向かって刀のような鋭利な物で斬りかかってきた為、
「うぉ!? 何すんだ!?」
と、驚きつつ反射で防いだが、女性は腰程まで伸ばした艶のあるストレートヘアを翻しつつ、
「お手並み拝見といきましょう」
と、全員に対し刀を薙ぎ払うように振った。
それを合図に僕と石河さんは先に建物の上に飛び乗り、菅野さんもそちらに気を向かせないように妨害しながら槍を振った。
女性は冬至色の着物を裾にかけて左右に広げ、太腿から下は黒のニーハイソックスで覆った上品さを残しつつも斬新な格好で、年齢は20代後半から30代前半とお見受けできた。
「R、L、234で!」
菅野さんは鳩村さんに指示を出しつつ、夕紅さんと颯雅さんは互いに目を合わせつつ間合いを詰めるものの、後少しで斬りこめそうなタイミングで反撃されるなど苦戦一方であった。
ちなみに菅野さんの指示を通訳するなら、「涼輔、反時計回りの3時の方向で」だ。
よって、L、2と4はダミーとなる。どうやってダミーを見抜くかは、指示者の癖を知っているかどうかだ。
それが何回か続いてもう早5分経っただろうか、それでも女性の方が優勢に見えた。
そのうえ、夕紅さんに偶々攻撃が集中すると、
「鴨脚!」
と、叫んで颯雅さんが援護に入ろうとするので、女性は不敵な笑みを浮かべ、
「余所見する余裕は無いでしょう」
と、思い切り横腹に豪快な蹴りをお見舞いすると、屋上の柵まで体が吹っ飛ばされてしまった。
それから後方にも裾野さんの程距離は無いものの斬撃を飛ばし、颯雅さんには追撃を与えようとする女性だが、空中で体勢を立て直して応戦。
ただ反撃の一手は見つからず、攻撃を防ぐ度にぶつかり合う圧によるものなのか擦り傷がかなり付いてしまっていた。
やがて柵まで追い込まれると相手の意表を突き首筋に剣先を向けられたが、それは相手も同じであった。
「いいでしょう」
女性は刀をゆっくり下すと、
「その程度の力では護れるものも護れませんよ」
と、続けて神秘的な声で言うと、颯雅さんは特に慌てるでもなく落ち着いて刀を下すと、
「……何で沙也華さんがこんなところにいんだよ。それに、その刀は龍也のもんだろ」
と、女性改め沙也華さんの刀を見ながら言った。
「私は龍也の遺志を継ぐ者」
沙也華さんは刀に手を掛け、証明するかのように堂々と言った。
「意志を受け継ぐからって、その刀は受け継がれねー筈だ。龍也が死ねば、刀も消える」
だが颯雅さんは右腕で刀を差し、眉を下げた。
「現にここにあるでしょう。それとも、貴方の全ての事象を知る事が出来る能力は未来すら分かるのですか?」
沙也華さんはそれでも強気で颯雅さんに向かって言ってみせたのだ。
この人は、一体どんな人なのだろうか?
僕は心底疑問に思った。
「あの、颯雅さん……?」
だからこそ回答に窮している颯雅さんの肩に手を置いて訊くと、
「悪い。紹介がまだだったな。こちらは鷲切沙也華さん。俺の親戚で、俺ら兄弟によく剣の稽古をつけてくれたんだ。あまり普段は表舞台に出ないんだが……」
と、僕らの方に振り向いて説明してくださっていたが、沙也華さんは腕を組んで、
「話が長いですよ、颯雅。ここは敵陣。油断してはいけません」
と、またしても身長よりも大きく感じる程の威勢を放った。
それに対し颯雅さんは、左手で前髪をポンと叩き、
「……調子狂うぜ!」
と、肩をすくめてみせた。
それからしばらく沈黙が続いたが、
「今度こそ、片桐組内部に行くでほんま~。早う裾野連れ帰らんと」
と、菅野さんがせっせと槍を担いで歩き出したが、そこで何を見たのか「うわぁ」と声をあげたのだ。
「やっと終わった~? ほんっと内輪の事より、裾野の事考えてよね面倒だなぁ……」
と、気だるそうに欠伸しながら扉から顔を覗かせるのは、"BLACK"が始まる前にもお会いした片桐組役員の藤堂からすさんだ。
「大事なことですから」
沙也華さんは毅然とした態度でそう言うと、藤堂さんと共に並んで歩き始めてしまった。
おそらく、2人でここまで乗り越えてきたのだろう。
「え!? 藤堂はんも一緒!?」
夕紅さんは同じ組で経営者と考えの近い役員ということもあってか、少々苛立って叫んではいたが藤堂さんはどこ吹く風。
「へ~、お兄ちゃんたちのお友達なんだね!」
石河さんは暢気に使い古されたチーズのウエストポーチから桃色のペロペロキャンディーを取り出した。
「そ、そん……な、感じ?」
鳩村さんは人見知りでもあるので話すのすら大変そうだが、何とか声は石河さんに届いたようだ。
そうだ、ずっと気になっていたけど、タイミングを逸して訊けなかった事があった。
「皆さん、月道をどこにやったんですか? ……死んでないですよね?」
現在編に関しては実を言うと、間違えてデリートしてしまったんです……。
ただ、二度と同じ話は書けないのと、消す前の話が好きだったので今回はお休みとさせていただきました。
誠に勝手ながら、大変申し訳ございません。
次回投稿日は前回不明とお伝えしておりましたが、4月7日(土)か8日(日)になります。
新年度で環境が変わりますが、また改めて今年度もよろしくお願いいたします。
それでは良い一週間を!!
作者 趙雲




