「14話-背徳の左目-」
現在編では短いながらも騅の強い覚悟を伺い知ることが出来ます。
過去編では懐かしい声の主の正体、そして……。
※何度も遅れてしまい、大変申し訳ございません。
※約8,900字です。長くなりました。
2018年4月某日 午後15時
藍竜組 裾野、菅野と騅の部屋
騅
今日来た感想や質問メールの返信を終え、昨日の分も見落としがないかスクロールしていると、新着メールが1通届いた。
言い忘れた事でもあったのか、藍竜総長から……何の前置きもなく、これだけ書かれていた。
“承認欲求ではなく、他者貢献に重きを置け。そうした結果は自分が努力をし始め、その後の過程を見てくれた人が居るから付いてくる。そこに、自分の為以外の理由はあるか? 見てくれている人に常に感謝しなさい”
今日からは藍竜総長からの質問とお言葉を元に、僕は菅野さん、裾野さんが読んでも良いように更に分かりやすく書くことを決めた。
そのとき僕が思ったこと、菅野さんが思ったことも……もっと細かく書いた方が良いだろう、と。
そして裾野さんがいつか読んでくださったときに、「面白かった」と、言っていただけるようにこれからも精進しよう。
……そうweb小説サイトの近況報告にも書き、僕はまた万年筆を取った。
今日も"BLACK"の事をまとめてから記そう。
そうユーカリを見つめながら思ったのだった。
2018年4月1日 14:30前(事件当日)
片桐組 狼階 4階フロア・階段
騅
ここに居る筈が無い……そう思っても間違える筈のない懐かしい声だ。
いくらあの人でも困っているなら、助けなければいけない……ただ、次に聞こえてきた言葉で僕は踏み込むのを躊躇った。
「演技は得意って言った筈だけど」
声色は間違いなく異母兄弟である月道だ。冷たくてこちらの背筋が凍るようなあの声は……絶対に月道しかいない。
そのことを4人に共有したくて全員と目を合わせると、小声で月道とあの人、即ち元家族の後醍醐傑さんである事を伝えた。
すると颯雅さんは一度だけ段差を見下すと、
「月道はゆーひょんと同じく裏切る側なんじゃねーの?」
と、僕らを見回して言った。
それもそうだ……月道が敵になる筈がない。それに弱みを握られている裾野さんをタダで裏切れる訳がない。
残念ながら弱みの内容は僕の口から言えることじゃないけど、月道は覚悟を決めた上で彼に握らせたから格好良いと思う。
「黒河が? まぁ、颯雅さんが言うならそうかもしれへんな」
菅野さんは性格の相性が合わなくて月道の事が嫌いだけど、心が読める颯雅さんが言うなら、そういう気持ちだろう。
「あても乗ります。どっちも敵はあり得へんでしょう……」
夕紅さんは段差に腰掛けダブルセイバーの調子を確かめながら言った。
「……」
鳩村さんは全員の意見を訊き、賛成だったのか小さく頷いた。
「んじゃ、月道の援護に行くぞ」
と、颯雅さんを先頭に乗り込もうと全員が腰を上げたところだった。
「おい、待てよ」
背後から声を掛けられ振り返ると、謎の3人のうちの1人と思われる男性が立っていた。
見たことはないけど、片桐組の隊服を着ているから所属している組員ではあると思う。
「ちょっと俺の相手してけよ」
と、夕紅さんの方を見て、馬鹿にしたような顔で言う男性に対し、
「あてが倒しますんで、そちらを――」
と、一歩踏み出して言いかけたところで鈍い銃声がした。
もう、2人の戦闘が始まっていた。
だが僕にとっては、大事な人たちだ。
「どちらも死んでほしくない」
と、思い切って切り出すと、菅野さんは苛立ったように前髪を乱し、
「どっちも死んでええんやけど!」
と、声を押し殺しつつも早口で言い、僕を一度だけ睨んだ。
だが颯雅さんは僕らに向かって微笑むと、
「裾野はどちらに勝ってほしいと思う?」
と、交互に見ながら訊かれたので、「裏切る側なら、月道を助けましょう!」と、僕が目を輝かせて言うと、菅野さんは不満そうな顔をしつつも頷いた。
「じゃあ騅はいつでも行けるようにしといてな~」
と、裾野さんの気持ちを推し量った菅野さんは、いつも通りの素敵な笑顔で言った。
「はい!」
僕は菅野さんの背後にピッタリくっついたまま、廊下の角まで行った。
だが援護しようと菅野さんが足音を消して駆けていった直後、気配で気づいた懐かしい声の主である後醍醐傑さんが銃口を向けて迷う事なく引き金を引いた。
菅野さんは鮮やかな槍裁きで銃弾を弾き飛ばし、
「黒河! 援護に来たで!」
と、叫ぶと月道はため息をつきつつも頷いた。
良かった……颯雅さんの予想は当たっていたんだ。
そこで僕は援護を頼むついでに感謝を伝えようと颯雅さんを呼ぼうとしたが、生憎廊下は人1人すれ違えない程の狭さだ。
これでは逆に邪魔になるのかな?
「大丈夫だ、任せた!」
だが颯雅さんは僕が不安そうな顔をして振り返る前にそう叫び、そちらを向くと歯を見せてニッと笑ってくださった。
「はい!」
僕は駆けだす背中に向かって控えめの返事をすると、すぐに戦況を見守る準備を整えた。
よし、ここなら一本道だし菅野さんと入れ替われば傑さんの背後を取りやすい。
だけどせめて菅野さんの方ではなく月道の方を向いてくれれば、援護にも行きやすいんだけど……。
それをお願いするのも難しいから、とりあえず見守らないと。
「黒河、てめぇ天下の片桐組様様の役員じゃねぇのかよ。裾野側に付くってことは、他の役員を裏切るどころか今まで散々可愛がってきた片桐総長たちを見限ったってことになるぜ? そんなに裾野に握られた弱みが痛ぇのか?」
久々に見る傑さんは数年前より色気が増していて、正直一挙手一投足全てが艶めかしかった。
だが口調は相変わらず荒っぽくて、失明したという左目を隠す前髪も顔の輪郭よりも長くなっていた。
黒髪で項あたりまでの長さなのは変わってないけど、ツヤツヤしていて美しさが増幅していた。
眉は細く切れ長の目は何もかもを見通しているように見えて怖いが、右目の目尻にあるほくろが色っぽい。
鼻筋は通っていて唇も薄くて輪郭にもシャープな印象があるのも一緒だ。
肌は若干焼けたがそれでも白くイマドキで、178cmの高身長なので女性に好印象を持たれることには変わりない。
トップスはニット素材だが春らしい藍色のものでUネック、上に黒のジャケットを合わせていてデザインもシンプルだ。
ボトムスはジャケットより薄めの黒、長さは足首程までで折り返している。
靴は革靴だが僕は詳しくないので、これ以上は書かないことにする。
対する月道はお尻程まで伸びる指通りの良さそうな黒髪を1つに束ね、雪のように白い首筋をひと撫ですると、
「片桐の役員だけど? だからって全部に従わないと死ぬ訳じゃないから」
と、腕を組み覚悟を決めた揺らぎない黒い瞳で傑さんを射、眉尻にかけて段々細くなる眉を潜めた。
傑さんはその言葉を聞くと鼻で笑い、月道に一歩近づくと、
「へぇ? お前が居ないと組が回らねぇって考えてんのかよ。それ、総長の前でも言えんのか?」
と、挑発的に言いながら更に歩み寄り、ちょうど10cm程低い月道の顎に手を添えようとし、月道にそっぽ向かれ手を弾かれた。
「全部には従えませんって総長の前で言った。だから何なの?」
月道はつまらなさそうに窓を見る菅野さんに目を遣りつつ、溜息混じりに後退して距離を取った。
「今の裾野にそこまで出来ると思うか? 知ってんだろ、副総長さんの命令に背けねぇことぐらい」
窓の景色に視線を移しながら口の端を歪める傑さんは、おそらく総長と副総長の居るお城のような本部を見ているのだろう。
裾野さんが殴られたり、蹴られたりして血を流していたり、字が震えていたのは……副総長への抵抗の意思だったのか。
本当はここに来て欲しくなかった。だけどこの人たちは裾野さんを良く思わない、殺したいと思っている人たちだ。
話し合いなんかじゃ埋まらない程の恨みを持っているから、野放しにすればいつか、いやすぐにでも背後を取って殺しにかかるだろう。
だから菅野さんは全員倒すと仰ったのだ。幸せになれないから、と武器を強く握りながら。
「何が言いたい訳? 後醍醐傑こそ、総長に怨みがあるんでしょ。その――」
月道は腕を組み直し、背負っているスナイパーの銃口に目を時折やりつつ続きを口にしようとすると、傑さんは目にも留まらない速さで月道の胸倉を掴んだ。
「てめぇ……総長と寝でもしたか?」
そうして声を押し殺しつつ威圧感のある声色で言う傑さんは、隊服を引きちぎらんばかりの力で月道を窓際に追い詰めた。
「急に何? そんな無駄な事しないけど。それに裾野に味方するのは弱みのせいなんかじゃないし」
月道はワイパーのように手を動かし拘束を逃れると、チラと目の端で角に居る僕を見据えた。
そして元の菅野さんと反対側の場所に移動し、挟み撃ちの形に戻すと、
「強いて言うなら、騅が一緒に居てくれるのは裾野側だから」
と、胸に手を当てて言う月道の目線は、傑さんを通り越して僕に注がれていたことが言葉に出来ない程嬉しかった。
「へぇ、氷山に咲く高嶺の花みてぇなお前がそんな人間みてぇな事言うんだな」
傑さんはコルトパイソンを懐から出し、トリガーホルダーに指を入れてクルクルと回すと、自分の方に向け煙草に火を付けた。
あぁなるほど、銃型ライター……だったのか。
「悪い?」
月道は背負っていたスナイパーを取り出して構えると、スコープを覗いて調節した。
「いや、悪くねぇな……最後の一服が終わったら、どっからでも攻撃してみろよ。ま、お前らじゃ総長と副総長には勝てねぇからよ」
傑さんは天を仰いで両手を高く挙げると、口の端から毒煙を吐き出した。
すごい、という一言に集約されてしまう程の自信に、僕は足が竦んでしまい座り込んだ。
僕ならどっからでも攻撃してみろだなんて、絶対に言えないから……。
するとずっと窓の外を見ていた菅野さんが槍を構え直し、傑さんの名を呼ぶと、
「2人の話はよう分からんかったけど、どんな裾野でも俺は会わんとあかんねん。せや、お前は裾野の何に怨みを持ってんねん」
と、煙草を天井に向かって吹かして振り向く傑さんに、覇気の籠った声色で言った。
「昔の事でだよ。世話になっただろうに、御家事情なんかで詠飛兄さんを傷つけやがって……ただじゃおかねぇよ、あいつ!!」
傑さんは比較的冷静に煙草を噛みちぎる勢いで叫ぶと、菅野さんは何の事か想い出せたのか、槍を持つ手が一瞬だけ震えたのが見てとれた。
……いや、僕もそれは知っている。
裾野さん、弓削子さん、そして"印"を触った太田雄平によって操られた菅野さんによって……お見合いに応じない詠飛さんを瀕死の状態にしたうえで、婚約者を目の前で殺したあの忌まわしい事件。
僕はあのとき寝ていたが、夢で詠飛さんが殺されかけたのだ。
同じ光景かは分からないが、当時は3人を恨んだ。でも裾野さんは仕事において情を交えない。ただのターゲットとしか思っていなかった。
「それは申し訳あらへん。依頼人もやりすぎやと思う……」
菅野さんは当時の記憶はほぼ無いが、それでも裾野さんの代わりに謝ってくださっている。
本当に成長された。菅野さんはなかなか謝れない人だったから。
「お前に謝ってもらっても意味ねぇよ。月道は裏切り者だし、お前は裾野の代わりに始末されてもらおうじゃねぇか」
だが菅野さんを一瞥しつつ、吸い殻を足で踏みつけると、
「来世のてめぇらは銃がトラウマになっちまうな!!」
双方に向かって実弾入りと思われるコルトパイソンを向け、爆音を立てて火を噴いた。
菅野さんも月道もそれぞれ弾を防ぎはしたが、廊下には一切物が無い。
教室は全て施錠済みなのか、月道が菅野さんに対してハンドサインを送っている。
だが伝わっていないのか、首を横に振っている。
「月道てめぇ、片桐組のハンドサインなんてこいつに分かる訳ねぇだろ!!」
傑さんはハンドサイン通りに教室の鍵穴を撃ち抜くと、中で待機していたと思われる片桐組の隊員たちが10人程2人に襲い掛かった。
「別に……馬鹿だからじゃなくて?」
だけど月道は水のように落ち着いていて、スナイパーの銃口すぐ下から鋭い銃剣をスライドして出し、隊員たちを慈悲も無く斬り捨てた。
「うわ! やっぱお前嫌いやわ!」
菅野さんも負けじと薙ぎ払い、月道の頭に手を置いて逆立ち状態になり飛び越えながら言った。
「いいから働いて」
月道はお返しとばかりに菅野さんの肩を踏み台にし、隊員たちを片づけた。
その間も傑さんの銃口は2人を狙っていたし、何回どころか何十回も発砲している。
つまり、銃弾を防ぎながらアクロバットに動いていたのだ。
「はぁ……菅野は裾野を助けたいんでしょ?」
僅かに頬を赤く染めた月道は教室の扉を盾にして、銃弾をやり過ごしながら反対側の扉に隠れる菅野さんと言葉を交わしていた。
「せやで。ちょっとの間でええから協力せんと、俺ら絶対負けるで」
菅野さんは槍で時折流れ弾を防ぎつつ、月道の方を見ずに言った。
「分かった。目的が同じなら協力する。ハンドサインも使わないから、感覚で働いて」
月道は呆れかえる傑さんを睨みながら言うと、菅野さんも目を合わせずに大きく頷いた。
それからの2人の連携プレーは粗削りながらもやはりプロで、相手に合わせる行動がよく出来ていた。
「ったく、女じゃねぇのに待たせんじゃねぇよ。こっちは時間制限ねぇし、もっと狂ってみようぜ!」
傑さんは2人の動きを読みつつ、挟み撃ちにしようとする直前で避けるなどこっちがヒヤヒヤする避け方をしながら言った。
そして距離と取って攻撃に備える月道の下半身からつま先まで目線をじっくりと動かすと、
「女じゃねぇ今、お前の能力は菅野より使えねぇな?」
と、コルトパイソンではなく背負っていたショットガンと素早く持ち替えると、至近距離で引き金を引いた。
月道はスナイパーで何とか頭部などの急所を守り攻撃に耐えると、菅野さんは後ろから槍を薙ぎ払い月道から距離を取らせると、
「別にお前も能力使わんと勝てるから問題無いで……ほら、俺ら早う裾野に会わんとあかんから退けや」
と、傑さんの首元に矛先を向けて言った。
僕はあまりの迫力に今度は腰が抜けてしまって立ち上がれなくなったが、裾野さんが聞いたらきっと喜ぶと思う。
「言うなぁ……また俺に負けに来たくせにな」
だが傑さんは菅野さんにも至近距離でショットガンを撃ち、背後から迫る月道さんにもコルトパイソンの銃口を向け応戦しながら襲い掛かると、菅野さんは槍を回転させて30cm程宙に体を浮かせた。
「もうあん時の俺やないで!! 歯ぁ喰いしばれや外道!!」
菅野さんは回転させた槍の間から半分程の大きさの槍を無差別且つ大量にばら撒き、
「〈虎子四散、虎穴に帰る〉!!」
と、技宣言をすると、傑さんは銃で槍を撃ち落としつつ後退した。
月道は教室のドアを閉め、菅野さんの攻撃をやり過ごしている。
「それだけやないで……」
菅野さんは若干顎を引き槍を逆回転させると、地面に刺さったり転がったりしていた筈の槍が震えながら矛先を菅野さんの方に向け、磁石のように勢いよく彼の方に戻っていったのだ。
「虎穴に帰る言うたやろ!?」
傑さんは技を見切りつつ、いくら銃弾を浴びせても勢いが止まらない槍の大群に傑さんは腕、脚などに負傷を負いながらも銃剣で攻撃を一時的に食い止めるなどしていた。
やはり……今までの方々とは強さが段違いだ。
「面白ぇな、裾野の相棒なだけあるぜ」
傑さんは槍を回収し終えた菅野さんを見上げて言うと、口の端か頬を切ったのか袖で荒っぽく拭いた。
「知ってっか? 俺は戦闘的な意味では無能力者だ。月道と一緒でな」
と、傑さんは続けて言うと、教室から出てきた月道を睨むようにというよりは、同類を見るような憐みの視線を向けた。
それに対し月道は小さく頷くと、
「女を虜にする能力でしょ。じゃあ、何歳ぐらいが好き? ……8歳、16歳、24歳、48歳なら」
と、指を向こうに向かって折りながら冷気の籠った声色で言った。
月道の事をさぞかし憐れんでいた傑さんは、その質問に対し何も疑う事なくこう言い放った。
「8歳と16歳はロリコンだからな、かといって48は遊びから外れる……そん中なら24だな!」
その言葉を聞いた月道は無表情のまま何度か頷き、「良い趣味、してると思う」と、ほんの僅かに口の端を上げて言った。
しかし傑さんは会話を終えても一向に銃口を2人に向けない。
どうしたのだろう……突然の静寂に僕は戸惑い、思わず振り返ったがそこには誰も居らず、依然として続く刀のぶつかり合いのみであった。
そうしてしばらく膠着状態が続いていたが、傑さんが肩を震わせ始めたと思いきや天を仰いで高笑いをすると、
「どうして俺が笑ってるか分からねぇだろ!? もう遅ぇよ、手遅れだよ! ……敗者はお前ららしいな!!」
と、そのまま先程したように手を高く挙げると、天井の防音用の穴から一斉に40口径程の銃口が顔を出し、2人目掛けて一斉に銃弾の雨を降らせたのだ。
とてつもない爆音と、銃口のフラッシュで五感が可笑しくなりそうだった。
そして傑さんの高笑い……もう駄目なのだろうか?
きっと教室の穴あき板からも撃たれていたのだろうから……。
僕はとにかく耳を塞ぎ、目を閉じてじっと爆音が止むのを待っていた。
雨なんていつか止むんだからと信じて。
やがて雨がピタリと止むと、傑さんも高笑いをせずに周囲の気配を伺い始めた頃……僕もようやく煙の影から2人の姿を探そうと思ったが、一向に2人の姿は見えない。
「……」
僕は血眼になって2人の影を探していたが、月道が教室の影から足取りも覚束ない状態で出てきたので、傑さんは勝利を確信したのか左目に銃口を向けた。
煙も晴れてきたので月道の姿をじっと見てみたが、彼は至る箇所から血を流していて口からも悶絶しつつ血を吐いていた。
「まずはお前の負けだ」
僕はその光景に耐えられず、思わず地面を蹴っていたが傑さんは僕の姿に全く気が付いていない。
これなら……これなら!!
やっと月道を助けられるんだ。
僕は満ち足りた気持ち半分と、復讐心半分で傑さんの背中にナイフを突き立てようとすると、突然傑さんがこちらを振り向いたのだ。
「騅、ごめん!」
それは菅野さんが僕の背後に立ったからだ……。
僕が勝手に出しゃばったから、仕方なかったのだ。
「へぇ、居たんだな?」
しかし傑さんは銃口を僕に向けたまま、金縛り状態の僕はナイフを両手に持ったままで死を迎えようとしていた。
ここで迷惑を掛けたうえに死ぬなんて嫌だ。
だけど言葉が出てこないというか、口が開かない。
体も思ったように動かない。何も出来ない。
どうして?
「ば……か……きんきら騅!」
だけどそのとき、天使とも思える温かい声がして、僕はきっと菅野さんに背後から抱きかかえられて廊下の角まで脱出した。
すると体が元の通り動くようになっていた為、再び背後を取り直そうと地面を蹴った時だった。
それでも無情にも銃声は鳴った。
「……っ!!」
何かが弾け飛ぶような音がし、肉片が廊下に散らばった。
「これで俺と同じ目に遭ったな……なんせ左目が利き目なのは知ってたからな!!」
傑さんは素早いリロードで風を切るように月道の眉間に銃口を突きつけて言うと、月道は雪のように白い肌に赤い筋を何本も付けながらも自信に満ちた目をしていた。
「あんたは……総長に、目を抉られた……んでしょ。同じ目になんか…………」
月道はそこまで何とか言葉を紡ぎ、再び嗚咽と共に血を吐くと、
「言ったでしょ? 女のときの能力はハニートラップだけど、男のときの能力は違う!! "スコープの倍率だけ倍返しにする能力"後醍醐傑の好みは24歳……そうでしょ?」
と、途端に楽になったのか膝をつかずむしろ腕を組んで余裕を見せ、戦慄いているであろう傑さんを睨み上げ、
「終わるのはそっちだから!! <24倍拡大鏡>!!」
そう宣言した途端起きた出来事は、文章では表現出来ない程の人間花火であった。
だが月道もダメージが蓄積されていたせいか、宣言し終えた途端膝から頽れ綺麗な顔を守る事もなく倒れてしまった。
そして倒れた衝撃で下肢が力なく跳ね上がり、狙撃銃を握ったまま意識を手放した1人の天才はここで果てたのだった。
「……おい」
菅野さんは傑さんだった物を踏む事無く駆け寄ると、何度も体を揺さぶった。
「しっかりせぇや……。裾野に会うんやろ、なぁ?」
「また悪態付いてみぃや。俺の事嫌いなんやろ?」
と、何度も何度も何度も呼びかけ、完全に腰を抜かして動けなくなっていた僕よりも懸命に月道の事を起こそうとしていた。
「俺のせいやん。騅の事邪魔しなければ……お前が犠牲にならんと済んだやん」
だけど一向に意識が戻らない月道を見下し、正座に座り直し半ば零れるように呟くと、月道は力を振り絞り菅野さんの膝を叩いた。
「生きてる、から……」
でもそれだけ言うと、再び吸い込まれるように腕を地面に強く打ち付けてしまった。
僕はこの状況を見ていても、涙が零れることも自殺願望が沸く訳でも無く……ただ、無の骨頂で立ちつくしていた。
するといつの間にか颯雅さん、夕紅さん、鳩村さんが駆け付け、涙を流して何度も袖で拭き取る菅野さんに代わって治療を始めた。
申し訳ないけど、ここで何が起きていて何を皆さんで話していたかなんて僕の記憶に無かった。
ただただ、死んでいる筈がないのだと言い聞かせて立っているのが限界だった。
それから僕の記憶が繋がるのは、15時半ぐらいだから戦闘終了後から30分以上経った後なのだ。
気付けば5階、次の階が無い為最上階に上がっていて、人を殺さない怪盗として有名な石河風音さんと何故か合流していた。
そこに月道の姿は無く、菅野さんも他のメンバーも平然と話しこんでいた。
僕は何も知らないまま、また……彼らが動けば後を付いて行った。
そうして屋上まで上がると、石河さんはレールガンを桃色のショートパンツから取り出し、
「こっから本部のお城まで行っちゃうよ!」
と、数十キロ先に聳え立つ城のような本部を指差し、ウィンクしながら隣の友人家に遊びに行くような明るい声色で言ったので、僕のぼやけていた筈の視界は晴れた。
「えぇ!?」
そして全員揃って同じリアクションをしていた。
そうだ、僕らの目的は変わっていない。
裾野さんに会って、彼を無事に連れ帰る事。
戦う展開になったとしても、全員で戦えば半殺しには出来る。
そうすれば連れ帰れるだろう。
だけどこのとき、僕の浅はかな考えがいかに甘かったかなんて知る由もなかった。
何度も遅刻して申し訳ございません。
作者です。
全ては要領が悪い自分自身のせいです。
多忙も勉学も言い訳になんて出来ません。
これからは書きおきしたものからなるべく変更が出ないように、メモの段階では別枠に理由を書き加えておくなど、対策を講じます。
ご迷惑をお掛け致しますが、今後も応援していただけたら更なる励みに繋がります。
次回更新日は、3月31日(土)です。
次々回に関しては、未定になるかもしれません。
どうなるかは次回のあとがきでお知らせ致します。
それでは良い一週間を!
趙雲




