「12話-奴隷-」(後編)
現在編では緑澤さんと相見えることになった騅、副総長。
彼らの運命は如何に?
……そうは言いつつも、緑澤さんのバックグラウンドにも問題があり……?
過去編では新たな人とご対面。
騅は初対面だが、会った事はある人は居るようで?
和服の男性とは一体誰なのか……? 神崎颯雅、菅野の意外な一面も。
※技などに拘り過ぎて50分遅刻、申し訳ございません。
※約9,500字です。
2018年4月某日 午後3時
貸倉庫 庭先
騅
日を改めて貸倉庫に行くと、緑澤さんは縁側にお尻を突き出す格好で座り庭先でデッサンを描いていた。
彼は昨日と同じ帽子をかぶっていて、洋服は上下真っ白だ。
上は半袖Uネック、ダボッとしていてサイズが1つ大きく見えるのもあってか尚更細く見える。
下は白のジョガーパンツ。靴下は見えないが、僕の印象からするに履いているだろう。
靴はカンバースの白で、靴ひもも白なのでかなり白が好きなのだろう。
そんな緑澤さんが僕ら2人に気付くと、絵を見せびらかすように掲げた。
そこにはここ、即ち貸倉庫の庭で僕と副総長の戦おうと構える姿。
それをそっと縁側に置くと、キャンパス台を畳みその代わりに鎌を拾い上げる。
「貴方たちの最期は……この絵です!」
緑澤さんは自然な笑顔で言い終わらないうちに刃を靴ベラ代わりに使うと、下段に構え僕目掛けて地面を蹴った。
「下がれ」
副総長は僕の前に立ち手で制すると、口パクで何か早口で言い、ひょいと頭を飛び越え帽子を引っ手繰った。
その勢いのまま彼の真後ろに着地し脇を小突くと、緑澤さんは呆気に取られていた僕の胸倉を掴んだ。
「ひっ!!」
歯を見せない笑顔のまま片腕で空中に揺られ、僕はあまりの怖さに意識を飛ばしそうになった。
だが副総長は慌てることも無く、目にも留まらぬ速さで彼の周りに桜の花びら型のマキビシを撒くと、
「ご自由に」
と、あろうことか僕に背を向けて家に入っていこうとするので、僕は首に手がかかった緑澤さんの笑顔越しに副総長の姿を追うことしか出来なかった。
「……」
僕は彼の三日月形に曲がった鎌の刃が自分の視界、それから右腕をもスローモーションで掠め、血を吹きだして人生を終えるのだと目を閉じた。
しかし一向に下される気配も、血が出ている感覚も無い。
「え……?」
疑問に思った僕が目を開けると、視界はぐにゃぐにゃに歪み自分の体を見下すと大きく波打っていた。
「捻じ曲がっちゃいましたね」
嫌な汗を掻く僕を見上げ、緑澤さんは鎌の刃を下半身に当てた。だがすぐに離すと、
「腹痛ではつまらない……ここでいいでしょう」
と、胃がある辺りを横に切り裂き、クセなのか帽子の鍔があった辺りを指が掠めた。
「う……ぅ……」
その光景と胃に異常があったのか、気持ち悪くなってしまった。
何とかしようと右腕を上げようとしてみればゴキッという背中がじんわり寒くなる音がし、そっと持ち上げてみれば通常では有り得ない方向に曲がっていた。
……ということは、骨折したのか?
たった一振りで? とは言っても緑澤さんの鎌は身長と同じくらいあった。
有り得なくは、ない?
「……!」
緑澤さんは突然表情を苦悩へと歪めると、バッと玄関先に何となく見える副総長を見据えた。
「……?」
だが僕は緑澤さんが再び胸倉を掴み直しはしたが全く追撃してこない事と、歪んでいても見えている景色が同じなら緑澤さんが何故突然後ろを向いたのか、不思議に思った。
僕が能力も何も持たないただの一般人だと思っているのか、それとも副総長の計略に嵌った……あれ?
今、緑澤さんは背を向けている。
ということは……僕の能力の範疇に入ったのだ。
――"背を向けると存在が消える"能力の。
「今度緑澤さんの絵、描かせてください。存在が薄い人に怯えるその顔を……」
僕は彼の真似をして笑顔を浮かべると懐に隠していたナイフを左手に持ち、右手首を斬りつけた。
大したダメージにはならないが、痛みによる反射神経で僕を解放した緑澤さんは斬られた箇所を擦った。
「は……!? 君、卑怯じゃありませんか!?」
僕が若干距離を取って着地し歪む視界の中縁側の方に歩いていると、彼は一歩踏み出して指を差した。
その一歩先には……桜の花びら型マキビシがあるのに。
「っ……! 放火未遂もして……卑怯者ばかり……!」
緑澤さんはマキビシを投げ捨てて足元を見、周囲にばら撒かれていることに気付くと、マキビシエリアを飛び越えて僕に斬りかかろうとした。
しかし桜の花びらとマキビシが風によって舞い上がり、副総長が左腕で目元を隠すと緑澤さんの目元も同じように桜によって覆われる。
ただ、それは道端に落ちている花びらではない……マキビシだ。
「ああぁぁぁぁ!!!!」
マキビシの刃が僕を斬ろうと鎌を構えたままの緑澤さんの目元を貫いた。
「あ……あぁ!!」
名状しがたい痛みにうつ伏せで倒れこんでしまうと、花びらたちは彼の首元をグルグルと高速回転をし始める。
僕の視界が悪いせいでよく分からないが、桜の花びら同士がくっつき合い、鎌から手を離さない彼の首を勢いのままスパンと斬り落とした。
ゴロンとこちらを向く彼はあんなに笑顔を浮かべていたのに、泣き喚ききった、それこそ歪んで捻じ曲がった顔になっていた。
それを見た副総長は、引っ手繰った帽子を上に被せてしまわれた。
するとパッと視界が晴れ、折れていたと思われた腕も通常運転に戻った。
これは……厄介な能力者だった。死ぬまで解除されないなんて……。
「副総長……」
僕はボヤを起こしている玄関先を見遣り、心配から声を掛けたのだが、副総長は縁側に置かれていた絵をお手に取られた。
「完璧すぎた、画家……」
副総長はそう呟くと、僕に油絵を手渡された。
よく見ると、細かい表情までよく似ていて……だから帽子のリボンがキャンパス生地だったんだと気付き、大きく頷いておいた。
「騅は知らないけど、彼は……いくつもの賞を獲った、本物の画家だったんだ」
それから続けてそう言うと、畳んだキャンパス台を広げて隈なくお調べになった。
そして指差す先には、『緑澤尊 祝! 殿堂入り』と、達筆で書かれていた。
「ほら。これを書いたのは後鳥羽家の後見人、裾野聖の父親。字、似てる」
副総長は複雑そうな顔をし、僕に字をお見せなさるとすぐに畳んで縁側に置いてしまった。
「あの……ボヤが」
僕は火事でも起こすのか、と怖くなって声を掛けたのだが、今度は首を横に振ってくださった。
「あれはただの忍者道具。狼煙もどき。昨日彼が言ってた、この家調べていいって。入ろう」
副総長は段々小さくなる煙を微笑みながら見て言うと、忍び足で腰を低くして入って行った。
……クセ、なんだろうな。
僕はそう思いながら、彼の後を追った。
それにしても玄関先といい、廊下といい、階段といい……緑澤さんのと思われる絵が沢山飾られていた。
なるほど、だからボヤ騒ぎのときに僕から目を離したのか。
ということは、昨日副総長が確認したのは絵の場所ということか……駄目だ、僕には全く見抜けなかった。
やがて階段に差し掛かるとき、僕は思わず副総長を呼び止めていた。
「あの! 何故緑澤さんは後鳥羽家からこのようなものを?」
すると副総長は音も立てずに首だけ振り返ると、
「緑澤尊は後鳥羽尊になるかもしれなかったから」
と、儚げな表情を浮かべて呟いた。
「え、それって――」
僕はすかさず声を掛けたが、副総長は僕の言葉を聞くことなく歩を進めてしまった。
その後何も声を掛けられず、階段を上りきるとすぐ目の前にあり、扉が向こう側に開いていたゲストルームに足を踏み入れた。
足元はオフホワイトの毛足の長いカーペット、入って右側に真っ白のシングルベッドがあるが、それ以外に家具が無い。
ベッドの上をよく見ると、整えられた掛け布団の上に1冊の白いキャンパスノートが置いてあった。
タイトル欄には、「はじめて筆を折った日」と母親のような優しい丸字で書かれていた。
早速手に取り、副総長と共に黙読することになった。それをざっくりまとめると……。
光明寺家に生を受けた光明寺尊は人間オークションに出され、後鳥羽家と緑澤家が再三争ったが後者に買い取られた。
なので緑澤家の養子となり、名字が変わった。"印"は商人の趣味で左胸に筆の形で付いている。
だが引き取った名家・緑澤家は女性しか居らず男子が欲しかった為、緑澤さんをたいそう大事に育てた。
そのうえ姉や妹たちからも慕われ、緑澤家の跡継ぎとしてメキメキ力をつけていた。
それに学問にも長けレベルの高い大学も卒業、何度も絵画の賞も連覇するなど……。
その才色兼備さから、メディアの取材も絶えなかった。
緑澤さんはそれこそ絵に描いたようなエリート道まっしぐらで、将来は緑澤家の家業である証券会社を継ぐ予定だった。
そんな彼の人生が180度変わった出来事……それは5年前の2013年、次男・光明寺優太、長男・光明寺光司の死を養母・養父から20歳の誕生日と共に教えられた事。
次男については犯人も判明し、解決したと聞いたことから踏ん切りはついたが、長男の死の真相はあやふや。
そこで最後に仕えていた後鳥羽家に乗り込もうとするも、防衛力が高すぎて歯が立たなかった。
その頃、彼の中に眠っていた――"捻じ曲げる"能力が覚醒したという。
そして弟であった光明寺誠を能力で自分の奴隷として従えさせ、エリートと能力者の二足の草鞋を履いた。
ただ、名家同士の集まりで"BLACK"で判明した、と噂になったことから……光明寺家の名誉と光明寺光司の死の真相を僕に極秘で訊こうとしていた。
それでも彼の真摯な気持ちが歪んだのは、光明寺家が頼りにしている外国人マフィア組織の情報だった。
「騅はろくに戦ってもいないのに、"BLACK"の偽物の情報を世間に流している。そこでお前が素人を消し、正しい情報を同じアカウントから流せ。あくまでも、ユーカリが育つまでがタイムリミットだ」
この日、クリーンなイメージがある画家という仕事を汚したくなくて筆を折った。
……ここで筆跡は終わっている。
それなのにどうして僕らの油絵を描いてくださったのだろう?
もしかしてこの絵を描いたということは……どこかで自分の命の終わりが近いことを悟っていたのかもしれない。
ユーカリが育つのは5月5日。今日は……もう1か月も無いのか。
それにしても何故?
「僕を狙う目的も理由も分かりましたけど、どうしてユーカリを期限にするんでしょうか?」
僕がノートをそっと布団の上に戻しながら言うと、副総長は一瞬だけ眉を潜め顎を擦った。
それから数秒程考え込むと、
「兄にどこまで話していいか訊かないと言えない。今は……何も。申し訳ない。明日、兄に訊いてくれ」
と、語尾を濁して頭を深々と下げ、5秒ほどしてから上げた。
その事に僕は心底慌ててしまい、
「い、いえいえ! 顔を上げてください! きっと大事な情報があるんですよね!」
と、腕を様々な方向へと振ってしまったが、流石にここで訊かなければならない事ならある。
「じゃあ他の事で……外国人マフィアはどこの国で、本国の拠点は――」
と、僕が言いかけたところで、副総長は左の掌を上にし向かい側の開いている窓から桜を誘いほのかに掌を桃色染めると、流し目で僕を捉えた。
「これからは外出する時、許可を兄から貰ってくれ。ここからはこっちの仕事だ」
そう続ける副総長は、バスケットボール程集まってきた桜を僕の顔の目の前に翳した。
――そこで僕の記憶は途切れてしまった。
2018年4月1日 14時頃(事件当日)
片桐組 狼階2階食堂
騅
周囲は異様とも言える程片が付き、各々に傷を負い互いに応急処置をしあっていた。
円になる僕らの傍らに倒れていたのは、1人の男。
そこで話されていたのは、神崎颯雅という謎の人物の能力や武器についての事だった。
その光景は最早……尋問さながらのものであった。
「あてもあんたの事、全く知らんかったわ。そろそろ教えて貰えん?」
この尋問から遡ること30分、ちょうど太田雄平さんを倒した後。
1階中庭から強すぎる気配を感じて全員が振り向くと、そこには赤鬼の面を被る和服の男の人が見えた。
髪色は染めた事の無さそうな黒で左長めのアシメントリー。前髪も仮面の上部にかかっている為長い。
顔は隠れている為分からないが、上から見ているせいか大剣を背負っているのが見える。
着物はパープルシャドウだが裾にかけてイブニングブリーズにグラデーションになっている。
長襦袢の半衿から左肩口を覆うようにグレイッシュスカイの満月が大きく刺繍されている。
帯はグラデーションのままではなく、髪色と同じ黒を合わせている。
足袋は裾のイブニングピンクと同系統、下駄は面と同じ色で天狗が履くような一本歯下駄だ。
「誰や、あいつ……?」
菅野さんはくり抜かれた窓から目を細めて見下すが、男性はそのまま建物に向かってゆっくりと追い詰めるように歩いてくる。
「……」
そのとき仮面の男がこちらを向き、名乗らずに大剣を途中まで抜き凝視している事に僕は胃がせり上がる感覚を覚え、菅野さんの背後に隠れた。
そこから周りを見渡してみると、鳩村さんが雄平さんの遺体を退けようと亡霊たちに指示を出している。
もし攻撃が当たってしまえば、彼に対するオーバーキルになるからだ……僕にはそんな気遣いは出来ないから、本当に尊敬する。
「へ……?」
だが僕が目を瞑ってうんうんと頷いていると、鳩村さんの間抜けた声が聞こえ目を開くと、雄平さんも運ぼうとしていた亡霊たちも消えてしまっていた。
さっきまでそこに居たのに、どうしてだ……? まさか、あの男性の能力か?
それからもう1つ驚いた事がある。
……中庭に居た筈の男性が食堂の入り口、即ち僕らの背後を取っていたのだ。
すると間近で見たことが刺激になったのか、夕紅さんが血相を変えてダブルセイバーに噛り付き形を電柱に変えると、
「こいつや! こいつや!! あてを牢獄にぶちこんだんは!!」
と、今にも攻撃しかねない状態で当たり散らすように叫ぶ。
これは一体どういうことだろう? 仮面越しでも分かるとは……それともそのときも同じ仮面を付けていたのだろうか?
「待って……い、鴨脚さ――」
鳩村さんは毎回対峙する人たちの能力や技の事を調べてくださるが、今回は調べてからの方がいいと判断したのか、青ざめた顔で手を伸ばして制止しようとした。
その様子を見て菅野さんと颯雅さんも異常を感じたのか、彼女の肩を掴もうとするがそれをすり抜けて男性に斬りかかる鴨脚さん。
その顔は鬼気迫るものがあり、相当怖い目にあった事が窺い知れる。
それでも……危険すぎる行動だ。
仮面で表情の見えない男性は、無慈悲にもダブルセイバーを高く上げる彼女を縦に真っ二つに斬るように大剣を2回振り下ろした。
しかしスッと姿勢を元に戻す男性と、構えたまま血を出すことも無く動かない夕紅さんに僕らは目を疑った。
「……?」
菅野さんは首を傾げ、背中をちょんと小突くと夕紅さんは急に肩を大きく上下させ苦しそうに呼吸し始めたのだ。
「がっ……はっ……はぁ……!! き、斬られて、ない……やと!?」
夕紅さんは項に大量の汗を掻き、武器を握り直し構えた。
どういうことか? 何故斬られていないのに、彼女は背中が濡れる程の汗を掻くのか?
「空気、液体……」
男性は仮面越しのくぐもった無感情な声で言うと、剣先を地面スレスレに沿わせるように横に構えた。
「菅野、くん」
鳩村さんは夕紅さんの影に隠れながら菅野さんの右横に来ると、スマフォを素早くタップして画面を見せようとしたが、男性が夕紅さんを押しのけて刀を振り下ろした為2人は別れてしまった。
だが運良く僕側に転がり込んだのが鳩村さんだった為、机を物音を立てずに倒して物陰を作り見せてもらうと、
「太田紅平さん……月を斬る? どういうことですか?」
僕には名前以外良く分からず、何度か読んでしまったがそれでも理解出来なかった。
鳩村さんはそんな僕に対し、2,3回も頷くだけで答えてくれはしなかった。
しばらく沈黙の空気が流れると、ガタッと物音がしてオレンジ色の髪が見えふぅと息をつくと、
「悪い、頼んでもいいか?」
と、全身汗ばんだ状態の夕紅さんを御姫様抱っこし、こちらに運んできてくださったのは颯雅さんだった。
「……はい」
鳩村さんはしばらく視線を泳がせてから頷き、彼女を回復体位にするように言うと、夕紅さんはガバッと起き上がり、
「あてはまだ……!」
と、元の形に戻ったダブルセイバーを握り立ち上がろうとするが、すぐに倒れてしまう。
それをすかさず支えた颯雅さんは、それを僕に託し、
「無理して勝てる相手じゃない。その体じゃ、相手に失礼だぜ?」
と、ウィンクして去っていったが、どこか怒りが籠っていて……それはきっと夕紅さんに対してじゃなくて、紅平さんに向けられたものなのだろう。
それからは夕紅さんの検査を亡霊たちがし、そこで分かったのは――肺と胃が切断されていたことだった。
「つ、月……って?」
と、僕が無表情の鳩村さんの顔を覗き込んで恐る恐る訊くと、鳩村さんは咳ばらいをしてからこう言った。
「漢字の、月を斬る能力だよ」
と。
一方物陰の外では、颯雅さんと菅野さんが紅平さんと向き合っていた。
颯雅さんは後ろから見ていても分かる程怒りに震えていて、酷く感情的に見えた。
「なんで……菅野を売ろうとした!?」
拳を白くなる程握る颯雅さんは、怒りを抑えるので必死になっている事が窺えた。
それに対し、紅平さんは大剣を横に構えたまま微動だにせず、
「なんで……か。目玉商品だったから」
と、淡々と言葉を紡いだ。
その言葉を聞いた菅野さんは槍の柄で肩をトントンと叩き、
「あぁ、お前が無口野郎か!」
と、衝動的に口走っていた。
実際彼を売ったのは女性グループと仰っていたから、そこまで恨みはないのだろう。
「なんでこないなとこに居るん? まさかお前も裾野のこと……邪魔や思てんねんな?」
だがここに居る人たちは裾野さんをよく思わない集団ということを思い出したのか、槍を構え直した。
「そう言われると否定したくなるが、あいつは人間オークションそのものを無くそうとしている」
紅平さんがまたしても無感情のまま言葉を紡ぐと、紅平さんは「そう言えば……」と、菅野さんを左手の小指を指差し、
「貴族、名家がお前ら庶民に渡す指輪の意味……知らないで付けているのか?」
と、この言葉に菅野さんは首を横に振るが、その先を聞きたくないと言うと、
「自分の奴隷、"商品"である"印"だ!」
と、大剣で斬りかかられ、あっけにとられつつ反射神経で何とか避けた菅野の前髪は毛先が切れてしまう。
「奴隷……? って、うっわ何すんねん!?」
菅野さんは自身の見た目を気にするから、多少悔しそうにはしていたが、すぐに手に力を込め颯雅さんの表情を伺う。
ただ、彼の表情は俯いているせいか分からず、そのうえ先程よりも震えが酷くなっている。
「どんな理由であれ、人を売っていい理由にも裾野を殺していい理由にもならねぇだろうが!!」
そうして爆発した怒りにより、颯雅さんは尋常ではない速さで斬りこみ、金属音が食堂全体に響き渡った。
僕は窓側に物陰を作っていたが、入り口付近で戦う2人の息遣いがここまで聞こえてきそうな程、一太刀一太刀が重く鈍い音を立てた。
「人は正論を大声で且つストレートに叩きつけられると、反論したくなって意固地になる。注意した方がいい」
だが紅平さんは冷静に、というよりも無の状態で受け流し、颯雅さんの刀を弾き飛ばしそうな程の重そうな薙ぎ払いをした。
それでも隙を見せず、面を割にかかる颯雅さんからは僕でも分かる程憤怒のオーラが出ていた。
「待って! 颯雅さん!」
そこでオーラに異常を感じ取り菅野さんが全力でタックルをすると、紅平さんの攻撃は本来なら脳をかち割る位置にあったが、運良く左腕の表面を掠める程度で済んだ。
「……菅野、か?」
これが良い刺激になったのか、颯雅さんが冷静さを取り戻し、菅野さんもほっと一息をついて立ち上がった。
「せやで。ごめん、パターン2で頼むわ」
それから僕らに向かって呼びかけた"パターン2"という言葉。
これは藍竜組独自の交代のサインで、入隊するとすぐに習うものである。
数字には人数を当てはめるので、1人交代したかったらパターン1と言えばいい。
「分かった。1で、お願い……」
鳩村さんは僕に会釈をすると、夕紅さんを診るように目で訴えた。
僕は即座に夕紅さんの側に寄りつつ、戦況を見守ることにした。
「おっけー! 颯雅さん、夕紅さんと騅を頼みます」
菅野さんは鳩村さんが出てくると同時に誘導し、深々と礼をした。
「行くで~! Eで頼むわ!」
菅野さんは一気に紅平さんとの距離を詰め、たと思いきや急に後退すると、鳩村さんが夥しい亡霊と共にぬっと下から現れた。
紅平さんは亡霊たちを薙ぎ払うが、もちろん実体が無い為ふわっと消えては現れる。
ちなみにEは、援助だ。
「C作る! 〈怨霊屋敷〉」
鳩村さんが床にストンと座り込み、徐に腕を縛った状態で高くあげると、菅野さんは背後に回りこみ地面を矛先で音が立つか立たないかギリギリの距離で叩いた。
すると地面から紫がかった怨霊の腕が44本生え、紅平さんに襲い掛かった。
Cはチャンス。藍竜組同士が組むと用語が飛ぶので大変だ……。
だが紅平さんも仮面に手を添えながら、慎重に躱していき、
「〈四肢斬り〉」
と、鳩村さんの魂が入り込んで襲ってくるタイミングを狙って腕を刎ねていき、走り回りながら鳩村さんとの距離を詰めていた。
「じゃ、お返しするで。ほっらやるや~ん! 次はこっちや!」
菅野さんは近くにあった椅子を投げつけ、槍を一旦ケースにしまってからその隙を狙うと仮面で目が出ている部分スレスレに両手を翳した。
「びっくりした?」
そして急に手を離し眩しい笑顔を見せつけると、紅平さんは脚を狙って下段斬りをしたが、菅野さんはひょいとその上に乗った。
紅平さんは続けて大剣から振り落とそうとするが、菅野さんは元から運動神経が良い為そう簡単には落ちない。
「俺はお前が何で人間オークションに拘るかどうかとか、どうでもええねん……裾野が幸せになれんなら、そないな考え要らんわ!」
菅野さんはサーカスのように刀芸を楽しみながら真剣な表情で言うと、彼の背後にはほぼゼロ距離で立っている鳩村さんに目配せをした。
「Cあり……がとう。〈浮遊霊化(強制死亡)〉」
最後まで無表情だった彼の心臓あたりに手を当てコツンと頭をぶつけると、紅平さんは何も言うことなく膝から崩れ落ちた。
「鳩村はん、やっぱ怖いわ~」
菅野さんは既に冷たくなっている事を確認すると、物陰の僕らを手招いた。
「そ、そんな……菅野くん、のおかげ……」
それから鳩村さんは円になるようにジェスチャーをすると、彼の能力についてスマフォの画面を見せて説明してくださった。
これは僕は見ている為割愛するが、夕紅さんは医者の亡霊たちの処置が良かったのか、彼の死をもって能力の効果が解除されたのか、すっかり元気になっていた。
「あて、無理矢理あいつに片桐組に入れさせられたんやわぁ。ダンサーやったんやけど、大都府に片桐組の縄張りあるなんて知らんくてなぁ。それでつい、カッと……その、ごめんなさい」
夕紅さんは軽くターンを見せながら話し始めてくれたが、相当怖い思いをしているのだ。紛らわせるのも大変な筈。
なるほど、彼女が菅野さんと颯雅さんの制止をすり抜けられたのも……この身のこなしのおかげか。
「ええでええで、大変やったやろ。それよりも、颯雅さん何であんな怒ってくれたん? 俺そこまで気にしてへんのやけど……」
へにゃりと微笑む菅野さんは一仕事した後のサラリーマンを彷彿とさせるような胡坐の掻き方で、見ているこちらの気が抜けてしまう。
僕もそれは気になっていた。どうして当人より怒っているのか?
ふと鳩村さんの方を見ると、霊化した紅平さんが騒いでいるのか空中に向かって宥めている。
「……」
颯雅さんは息をつき、覚悟を決めたのか口を開こうとしたが、そこで夕紅さんは体育座りをして手を挙げた。
「あてもあんたの事、全く知らんかったわ。そろそろ教えて貰えん?」
作者の趙雲です。
50分でしたか……。申し訳ございません。
個人的には間に合うと思っていたのですが、戦闘シーンに拘りだすと止まらないんですよ。
そうなってしまうと何時間も掛かるので、あまり拘らないようにスルーしながら書いていました。
今回もまた次回が気になるようなお話になれれば幸いです!
次回投稿日は、17日(土)か18日(日)です。
遅れたら間食抜きなので、今週で痩せそうですが……ストレスが溜まりそうです。
それでは良い一週間を!
趙雲




