「10話-賭け事-」
現在、過去編ともに何かで誰かが賭け事をしている。
そういったお話になります。
※投稿が遅れた代わりに文量マシマシにしてみました。
遅れて申し訳ありません。
※約9,000字です。
2018年4月某日 夕方頃
光明寺家付近 貸倉庫
騅
病院から歩いて15分程した光明寺家のある通りの1つ先にある貸倉庫に着いたのは、もう陽が傾き始めた頃だった。
ただでさえ駅も遠いし人通りが少ないから、帰宅ラッシュの時間とはいえ今までに数人としかすれ違っていない。
だけど春の割に肌寒いのが気になり、数歩右に離れた副総長の様子を伺っていると、気配を感じたのか振り返り、
「ちょっと……待てるか」
と、口パクで言い、唇に人差し指を軽く当てた。
次の瞬間彼の姿は瞬く間に見えなくなり、そこには死んだ桜の花びらが数枚残された。
それも数秒後に吹いた風により、どこかへ飛ばされてしまった。
先に偵察してきてくださるのは嬉しいが、僕に出来ることは無いのだろうか?
とはいえ、忍術を使える訳でもないから、どうしようもないのだけれど。
それにしても貸倉庫……には見えないなぁ。
どう見ても3階建ての一般的なモデルハウスだし、「あなたも見てみませんか?」と、ポップな字体で書かれたのぼりも6本置いてある。
それに石階段とその上にあるこじんまりとした庭、物干し竿は2本で1,000円くらいしそうなもの、外壁は真っ白、屋根も真っ白、ドアはオフホワイト……で、窓は無し。
でも……住宅地で人通りが少なくて、車も通れない場所なのにモデルハウス……たしかに、おかしいと言われればおかしいかもしれない。
「……誠はどうして」
僕はそこまで呟いてみて、自分の声が笑える程震えていたことに恥ずかしさから口を両手で覆った。
誠は小学校のときの同級生で、高校の時に再会して……それから後はよく分からない。
ただ、僕が犯罪を犯した事を知らないかもしれない。
それで何か訊きたくて……それじゃあ、感想欄で送ればいいだけだ。
……何か、強い力が働いている?
ううん、勝手に推測すると……フィルターが出来てしまうからこれ以上はやめよう。
それから5分もしないうちに副総長が物陰からこちらに風と一緒に走ってきた。
「2人、居る。とりあえず、間違えて来た人を装う」
副総長はスーツのジャケットとシャツをわざと開けさせ、ネクタイを緩めると、幅の狭い石階段を上り両膝に手を付いてからインターフォンを押した。
僕もそれに続き、慌てて帰宅した人のフリをすることにした。
「は~い! 今行きま~す!」
すると誠の快活な声が聞こえ、僕は俯きながらもほっと胸を撫でおろした。
僕の命は狙われているけど……誠が元気そうで良かった。
それから数秒し、扉が大きくこちら側に開かれると、誠は僕を見て目を丸くした。
「え……す、騅……なの……? 本当に来ちゃった、の……」
誠の顔はみるみる内に青くなり、副総長は腰あたりを探って桜色の煙玉を出すと、煙が晴れた瞬間誠の姿が見えなくなっていた。
あと不思議なこと煙臭くないし……むしろ桜の香りがまだほのかに漂っている。
「あ、あれ?」
僕はその場から一歩も動いていない副総長のジャケットの裾をグイと引っ張ると、肩をビクッと震わせて若干不機嫌そうに振り返り、
「今、如月龍也に持っていかせたから」
と、気味悪そうに僕を見上げ、ネクタイを締め直しシャツもジャケットもビシッと着直している。
龍也さんは鳩村さんの肺も治した凄腕のお医者様だ。
何か訊きだせたら、きっとこちらに報告を入れてくれるだろうし……僕はよく知らないけど、良い人だとは聞いている。
「そうでしたか! えっと、たしかもう1人いらっしゃるんですよね?」
副総長の最初の言葉を思い出し、指折って確認すると、
「……厄介な能力かもしれない」
話す前に一度頷き、庭で舞っている桜の花びらを玄関から通しながら消え入る声で呟いた。
「厄介……とは?」
僕は首を傾げ、声を押し殺して言った。
自分の能力ほど使えないものはないと思っているけど、厄介な能力者ってどうしているんだろう?
地球にも危害が~とか、世界の人口比率を変えるとか……?
「賭け事よりも厄介……勝負すらさせる隙、無いかも」
賭け事についてはすぐ話すけど、それすら挟ませない能力とは一体?
流石に桜を誘う能力では、分析程度が限界だって以前仰っていたけど……。
「そうなんですね……」
僕は春なのに冷や汗で首元が濡れていたことに気付き、ジャケットのポケットに手を突っ込んだものの……その手すら濡れていて、ハンカチがなかなか残念なことになった。
「うん。騅はバックアップ、よろしく」
副総長は玄関に一歩踏み入れる前に、暗視ゴーグルで赤外線その他諸々を探しながら慎重に歩を進め始めた。
……この先に居るのは、一体誰でどんな目的で僕の小説連載を止めさせようとしているのだろうか?
そのときフワッと風が吹き、振り返ろうと首をぎこちなく動かしていると、
「君、賭け事は好き?」
と、言い、僕の恐怖の記憶を抉るかのような笑顔で睨む男性が居た。
2018年4月1日(事件当日)12時過ぎ
片桐組 狼階1階 ???
騅
照明が極端に落とされた部屋に入るとすぐ目の前に飛び込んできたのは、見慣れた背中と夥しい量の血。
そして廊下から差す僅かな光に照らされたルーレット台やチップ、カードの数々……。
もしかしてここは……!?
「君、賭け事は好き?」
そんな僕の真後ろにふわりと降り立つのに合わせて振り返ると、茶髪を低い位置で1つにまとめた青年が茶色がかった目を伏せていた。
僕は男性を見下し、あちらが目を上げるのと同時に首を横に振ると、
「そんな感じがした」
と、男性はお茶目に笑ってみせた。
それから遺体に目を移す僕の視線を追い、
「あ~……この人ね」
と、優越感のこもった声色でねっとりと言うと、
「如月龍也っていう男なんだって」
と、先に僕の反対側にあるカウンターを調べている菅野さんの方を見て続けて言った。
その声に振り返った菅野さんと側にいた鳩村さんは、すぐに遺体に疑いの目線を注いだ。
それと同時に男性によって明るくなった室内は、やはりカジノのような場所で色合いも赤と黒で統一されていた。
特に壁が赤で、床が黒という辺りセンスを疑う。
菅野さんは龍也さんの遺体をくまなく調べると、残念そうに首を横にゆっくりと振った。
鳩村さんはガックリと肩を落とし、治してもらった肺を愛おしそうに擦った。
僕も男性を見遣りながらも2人の元に駆け寄り、2人に合わせて合掌した。
するとそこに遅れてきた颯雅さん、夕紅さんがそれぞれ軽傷と重傷の狭間程度の怪我を負い、こちらにやってきた。
「忍さんでも駄目だったのね」
奥の方から、男性と女性の間のような……中性よりも男性よりの声がし、そちらに目を移せばそこには僕よりも背が高く横幅も広い男性が身長の半分程はある斧を持って歩いてきた。
斧は詳しくないからよく分からないが、刃はよく見ると何かの形……いや、唐辛子のようにも見える……。
格好は一言で言ってしまえば、ハバネロ色のスーツ、右の肩部分だけ分厚いパットがあるのはそこによく乗せているからだろう。
そして僕よりも明るく長い金髪を束ねているのは、女子が使ってそうな可愛らしいハート柄の深紅のシュシュ……。
肌はかなり日に焼けていて、自然に立たせている前髪のおかげで生え際の右側に大きめのほくろが見える。
眉は細く横一文字、眉頭から眉尻まで一貫して細さが変わらないが短く色が濃い。眉と目は適度に離れているて眉間も広い。
目は小さく瞳が大きい、くっきりとした二重で切れ長、寄り目気味だ。
小鼻、鼻の穴が大きく、穴は下を向いている。鼻筋は綺麗でなくどちらかと言うと団子鼻だ。
唇は上下共々厚く口角は上がっていて、ボルドーのリップを塗っているせいか厚ぼったく見える。
そのうえ常に歯が見えていて大きな唇をしているせいか、人中も短く見える。
顔の輪郭は卵型で若干面長、顎と口の距離は少し長い。
「そうみたいだね」
僕の傍にいる男性は束ねた方の明るい茶髪を指で梳きながら、ルーレット台に後ろ手をついた。
一方で中性的な方の男性は、茶髪の男性と合流すると並んで立ち、
「そいつ殺ったのは、この私たち。案外簡単に倒れたわよ……随分、そこのオレンジ髪の子が残念そうにしてるけど」
と、思わず泣き崩れる颯雅さんを憐れむような口調で言った。
すると茶髪の男性は僕たちの顔をぐるりと見回してから颯雅さんを見下すと、
「この人、神崎颯雅だったっけかな~。まぁいいじゃん、別に。俺はあことし~、こいつはゆーひょんね。2人とも片桐のエースで役員候補なんだ~! よろしく~」
と、遺体がすぐ側にあるのに可愛らしく両手を振ったので、僕は背筋が凍りそうになった。
それは鳩村さんもそうだったようで、僕の背中に隠れてしまった。
改めて……茶髪の男性は、あことしさん。金髪の男性は、ゆーひょんさんだ。
まずゆーひょんさんは颯雅さん、夕紅さんを呼び、
「あなたたちには耳寄りな話しないと、ね?」
と、重そうな斧を肩に乗せ直し、遺体を一瞥するとこちらから離れて奥の方へと歩いて行った。
それを見送ったあことしさんは、あまり話さない菅野さんの方を見ると、
「あれ……君が菅野くん?」
と、捨てた筈の人形が目の前に居るかのような恨み顔、声色で言った。
「せ、せやけど?」
菅野さんは未だ龍也さんの事で動揺が見える目の泳ぎ具合で、あことしさんを見下すので精一杯だ。
「俺ね……すそのんのんの同期なんだ~。ねぇ君、賭け事は好き?」
長くなった尻尾をちょろんと手で弄びながらも、背負った安物のスナイパーには手を掛けようとしない。
この人……ただ者ではない気がする。
「すそのん……裾野のことか! お前なら裾野の居場所、分かるやんな!?」
菅野さんはあことしさんに掴みかかり、必死に揺する。
するとあことしさんは颯雅さんたちと話し込むゆーひょんさんの方を目で確認してから、
「うん、知ってるよ。今から君が逝くところね」
と、カラッとした言い方に、満面の笑みで答えるあことしさんの目の奥は……殺気で満ちている!!
早く伝えないと……!
「は!? あいつが死ぬ筈ないやん!」
だけど菅野さんは、あことしさんのオーラを見る以前に嘘かもしれない言動に動揺してしまい、オーラを見抜けていない。
このままでは戦力でもある菅野さんが……!
そこで僕は、あことしさんの真横を歩いて通り、後ろから肩を叩き振り向かせると、
「どうして気付かなかったんですか?」
と、僕が嘲笑混じりに言うと、目を大きく見開き悔しそうな顔をするあことしさんの顔を見ずに、鳩尾に折り畳みナイフのエンドボルスターの先をめり込むように押し付けた。
「ガッ……!」
僕は人の体液が身体に掛かるのが嫌なので、すぐに菅野さんの側に走って難を逃れ、菅野さんに目配せをした。
視線に気づいた菅野さんはうつ伏せに倒れるあことしさんを見て、初めてオーラを読み取りあことしさんを睨んだ。
「居場所も知らんみたいやん……こいつ。それにな、龍也さんは死んでな~んかあらへんしな」
と、腕を組んでプイと顔を背ける菅野さんは、やっと起き上がろうとするあことしさんの首筋に槍の刃を当てた。
「そう……俺は最初から生きている、にレイズしていた。そして今、騅とかいう人に攻撃される以外は驚く程……思った通りなんだ」
と、若干嗚咽混じりに言うと、菅野さんの槍の柄を掴もうとし、その手が空を切った瞬間だった。
「手札は揃っていた……〈ブラックジャック〉!!」
あことしさんが力強く宣言すると同時にルーレット台に置かれていたカードたちが、僕目掛けて四方から顔目掛けて飛んできた為しゃがんで避けた。
だが視界が悪い為見上げてみると、トランプの山が僕の脳天を中心に出来ていたのだ。
そして菅野さんが外から槍で刺す度に、実際の大きさの何倍になって僕の全身を貫かれそうになるので、
「攻撃しないでください、お願いします~!」
と、かなり声を張って言って山をドンドンと内側から叩いたのだが、外には聞こえないのか攻撃が止む気配がない。
こちらから姿は見えずとも外の声は聞こえているのだが……。
それにこの山というかかまくらみたいなもの……壁が全部表側のトランプの柄になっている。
そのうえ、ドンドン叩けるということは普通の紙のトランプじゃないということだ。
「……」
どうしよう、それよりも避ける範囲はパーソナルスペースくらいしか無いのに何倍もの大きさになった槍が降ってくるのが恐ろしすぎる。
早く攻撃を止めさせないと……!
それからしばらく攻撃を何とか避けていると、急に攻撃が止んだと思えば次に流れ弾がとてつもない大きさで飛んできたりしたが、
「……〈送霊〉」
と、鳩村さんのか細い宣言が聞こえた瞬間、ぬっと山の中に触れそうなぐらいリアルな幽霊が1体入ってきたが、それは不思議な事に幼稚園ぐらいの子どもサイズ……だった。
幽霊は特にこの山の影響を受けないのだろうか?
「この山、壊す方法知ってるよ!」
水色のスモッグを着た幽霊は嬉しそうにピョンピョン跳ねながら言うと、
「ブラックジャックを作ればいいんだよ!」
と、スペードのエースを指差し、次に近くにあったスペードの10を指差す男の子の幽霊。
おそらく、頭脳は鳩村さんと連動しているのだろうか?
それにしても、元は人間だったのに幽霊になって操られるのは……どんな気持ちなのだろう?
「な、なるほど……ありがとうね」
僕はそんな思いは打ち切って早速2つのカードの上に指を置き、
「ブラックジャック!!」
と、幽霊と同時に宣言すると、山はトランプタワーのようにあっけなくパラパラと崩れ落ちた。
そのときには景色が一変していて、幽霊は側にいた鳩村さんの元に帰っていたし、あことしさんは虫の息の状態であった。
そんな彼を追い詰める菅野さんは、無傷で息もあがっていない……。
「もう終わりみたいやな……」
菅野さんはトドメの一撃を加えようとしていたが、あことしさんの様子がおかしい。
あんなに追い詰められているのに、全く諦める気も逃げる素振りも見せない。
「ブラックジャックを解くタイミング……早かった、みたい……だね! 〈バースト〉!!」
あことしさんがそう叫ぶと、トランプたちがあことしさんと菅野さんの周りをグルッと囲い、「〈ダウン〉!」と、金切り声で叫ぶ断末魔を最後に手榴弾並みの爆発が起きた。
爆風で天井に飾られているシャンデリアが左右に大きく揺れ、カードやルーレット台の上にあったチップたちは壁に叩きつけられた。
「か、菅野さん……!」
僕は爆風が止むと同時に菅野さんの姿を探そうとしたが、その必要は無かった。
むしろ四方の壁に大きな穴が開いていて、彼自身は全くの無傷だったからだ。
「俺はへーきやで! それよりもそっちに攻撃いかんかった?」
と、Vサインで喜びを表現しつつも、僕の真横の床に数センチ穴が開いているのを見つけると、「危なかったんやな~」と、ヘラヘラと笑う。
「大丈夫でした! 鳩村さんは……」
と、僕が隣にいる彼に目を遣ると、鳩村さん自身は無事だがそこかしこに実体を持ってそうな幽霊がゴロゴロと倒れていて……。
「鳩村はんは無事みたいやけどな……こりゃあ能力の無駄遣いというか何というか……」
と、後ろ頭を掻く菅野さんは、珍しく呆れているようだ。
「で、でも……けっ、こう飛んできたよ? か、菅野、くんの……」
鳩村さんはムスッとした表情で菅野さんを指差し、唇を軽く尖らせた。
「あと……」
と、続けて言うと、スマフォにものの2秒程度で文字を打ち込み、僕に画面を見せてくださった。
『あことしは賭け事をする能力。学習成績は常に1番下から2,3番目。さっきの〈ブラックジャック〉は、外からの攻撃を21倍にして中に通す技。〈バースト〉は、トランプを全部、散り散りも出来るらしいけど、とにかく集めて爆発させる。〈ダウン〉は、下の空間に逃げる技だけど反撃時にも使うらしい。カジノには逃げる専用の地下があるから、今回は本当にお手上げだったみたいだけどね』
と、そこにはあことしさんの技について書かれていて、僕はふんふん頷きながら菅野さんにも見せた。
すると菅野さんの顔がみるみるうちに青くなり、
「え!? 21倍!? 騅……ほんまごめん」
と、両手を合わせて謝ってくださった。
「大丈夫ですよ! 他にも技はあったんですか?」
僕は遭難していたから外の事を気にしていなかったし、他にもあるなら見てみたい。
そんな軽い気持ちで鳩村さんに訊いたのだが、菅野さんは首を捻った。
「な~んやったっけな~……閃光弾みたいなのと、2択選ばされたのと~ルーレットもやったけど……別にええんとちゃうん? 颯雅さんとかどうなったんか気になるし」
菅野さんは奥の部屋に目を向けて言うと、調べようとした鳩村さんの手を掴み中に入って行った。
僕もその後に続くことにした。
ゆーひょんさんと共に奥に行った颯雅さんたちはどうなっただろう?
奥の部屋もこちら側と同じ構造と広さだが、カジノの類は全く無く物も何も無い。
照明は部屋には似つかない程小さなシャンデリアで、辺りしか照らしていない。
僕、菅野さんと鳩村さんは、三手に分かれて辺りを探しながら気配をただただ捜し歩いた。
すると僕の足元に何かが当たり、ピクリと動いた。
「ひっ!!」
しゃがんでツンツンと指で突っついてみると、それは急に僕の指を折る勢いで掴んできた。
「む、むしゃかたふるえころっけぇぇぇぇ!!!!」
僕はよく分からない言葉を叫んでしまったが、すかさず飛んできた言葉には納得させられた。
「あんた、殺し屋の仲間ならしっかりしなさいよ……全く」
声の主は、まさかのゆーひょんさんでそのまま僕の指を支点にひょいと立ち上がった。
正直……折れるかと思った。
「まぁいいわよ。私、流れでこの集団入っちゃったし、さっきこの子たちには話したけど……負けちゃったからには、あんたたちにも洗いざらい話すから」
ゆーひょんさんは両手で全員に寄るようにジェスチャーで示すと、警戒しながらも集まった。
そして彼は綺麗に扇状に並ぶ僕たちを見て、はぁと長い溜息をついた。
なるほど、アレの説明とはそういうことだったのか。
「まず、私は政治家一家の出身で能力は皮肉・野次を飛ばすの。ただね、応用能力は嘘を言えない、言うと言葉そのものを失うという代償があるわ。だから安心してちょうだい。まぁ信じられないなら、そこにいる鳩村に訊きなさい」
と、背の高さに怯える鳩村さんを一瞥して言うと、鳩村さんはすぐに検索をかけて大きく縦に頷いた。
「……あんたたちが下で会った忍さん、私の相棒を含めた10人は……裾野を良く思わない集団としてここに派遣されたの。他には太田兄弟、謎の3人、あとはここには居ないけど司令塔の2人も居るわ……だから私はあことしのついでみたいなものね。だからこうして話しているのよ」
ゆーひょんさんはそこまで話すと、大きく息を吐いた。
「そもそもね……裾野は事件1週間前に、菅野なら気づくと思って司令塔の目を盗んで順路を付け加えたの。それで自分の仲間を各階に配置して、最上階で自分と合流させて片桐組自体を内部から壊す戦力にしようとしていたの……だけどね、私はいいんだけど相棒のあことしも一緒だった。それが間違いだったのよね、きっと」
と、菅野さんと一度目を合わせすぐに目を伏せて言うゆーひょんさんは、相棒の事を悪く言うことになるのでどこか言いづらそうだった。
「あの人……藍竜組からわざわざ抜けて、自分のトラウマどころか多くの人々のトラウマ製造機と化した片桐組を内部から壊そうとしていたの。特に教官と役員が強姦を容認しているから、もうどうにもならないって悟ったのよね。それを知ってもあことしはね……司令塔に密告したわ。裾野が妙な動きをしているってね。それからじわじわ苦しめられたんでしょうけど……昨日、順路を震える手で書く裾野を見たの。その側には司令塔の1人が居たわ」
寂しそうに言うゆーひょんさんはきっと……裾野さんを助けたかったんだと思う。
だけど相棒と違う行動をして、裾野さんに何か危害が加わることを懸念して動けなかった。そういうことだろう。
裾野さんのトラウマは……僕から話せる程軽いものじゃない。
「それで……順路のインクがよれたんやな!」
菅野さんは人差し指を立て、ふむふむと頷いて明るい口調で言っていたが、そのお顔は希望が薄れたようにも見えた。
「そうよ。それで司令塔は彼を隔離し、サイコパスの一面を殺して良心のみにさせる……あんた特製の平和なコンタクトを外して捨てたわ。……意味、分かるわよね?」
と、肩が顎にくっつきそうな程震える鳩村さんをジロりと見、声のトーンを落とすゆーひょんさんの言葉はここに居る全員の背筋を硬くさせた。
そうだ……トラウマの後藍竜組に移籍した裾野さんは、鳩村さんに平和コンタクトを作ってもらったんだった。
いつも優しいから忘れていた……。
「あんたたちが会いたがっている裾野は……いつものあの人じゃないってことよ。目が合えばその人の中に眠るトラウマを呼び起こす……司令塔が喉から手が出る程欲しがる瞳なの。そろそろここ片づけないとマズイから、名前は言えないけどね」
と、ウィンク混じりに言うゆーひょんさんは、カジノから龍也さんの死体を担ぎ上げてこちらに持ってくると、
「夕紅には無いけど、あんたらダテにそれ付けてるんじゃないんだから、しっかりやってきなさいよ! この人は私が預かっているから」
と、夕紅さんにも笑顔を見せ、僕たちにも微笑みを見せた。
すると颯雅さんがかしこまって涙を1,2粒流しながら、
「龍也を……兄を、どうか……どうかよろしく頼む……!!」
と、声を詰まらせながら頭を下げて言った。
颯雅さんのその言葉を微笑みながら聞いたゆーひょんさんは踵を返し、親指を立てた手を高くあげながら歩いて行き、そのまま部屋の奥の方に行ったのか地下に行ったのか姿が見えなくなった。
だがチラッと顔だけ覗かせると、
「聞きそびれていたけど、あんたらあの集団全員倒すの? まぁ裾野の居場所訊かれても、生きているとしか言えないけどね」
と、首から下は真っ暗な状態で言われ、僕はとても答えられる状況ではなかったのだが、菅野さんはここ1番の輝いた笑顔を見せ、
「裾野をよく思わん奴なんて要らんもん、ぶっ殺すだけや!」
と、なんとも殺し屋らしい発言で返していた。
するとゆーひょんさんはほっとした表情を見せ、また姿を消した。
「……いろいろ訊きたいことはあったんやけど、あいつめっちゃええやつやんな!」
菅野さんは嬉しそうに目を輝かせると、カジノまで走って行き思いっきりジャンプした。
「彼には出来ない事を……僕たちに託したんでしょうね」
僕は鳩村さんと颯雅さんを交互に見ながら微笑むと、夕紅さんは颯雅さんの横から僕の目の前に来て、
「せやねぇ……あ、颯雅なんとかさん、あての能力、ぼちぼちだったやろ?」
と、キャップのつばをグイと上げて言う夕紅さんは、結構お茶目に見えた。
たしかに、颯雅さんの名前って覚えにくいような。うん……前も誰か間違えていた気がする。
「すげー強かったぜ、おかげで助かった」
颯雅さんはそれに慣れているのか、笑顔で親指を立てた。
ただ、表情を緩めたことで涙がまだ1粒流れてしまい、よく見れば目元は腫れてしまっていた。
「み、みんな……つ、つぎ……も、がん、ばろ……」
鳩村さんは胸の前でぎゅっと拳を握ると、恥ずかしかったのか俯いてしまった。
「せや! 裾野の想い……絶対無駄にしたらバチ当たるし、どんな裾野でも今の俺には勝てん事分からせんとな!」
菅野さんは裾野さんから頂いた槍を大きく回すと、肩に乗せて胸ポケットに差した万年筆をひと撫ですると息をついた。
この先何が待っていたとしても、きっとどこかで裾野さんが救ってくれる。
僕たちはそう確信し、震える字で書かれた順路を追った。
いかがでしょうか? 作者です。
次回は誰が行く手を阻むのか!?
気になる展開になれたら幸いです。
長い間お休みしていましたが、その代わりに良い報告が出来そうなのでお楽しみに。
次回投稿日は、3月4日(日)or5日(月)です。
それでは良い一週間を。
趙雲




