「9話-阻む者-」
現在編では藍竜総長&副総長兄弟の意外な過去が明らかに。
"BLACK"にて、裾野さんが示す「順路」を辿る4人に新たな迷い人が加わる!?
※約6,600字です。
※30分遅れました、申し訳ございません。
2018年4月某日
総合病院
騅
扉がゆっくりと開ききる直前に、副総長は風のようにこう囁いた。
「お見苦しいかも」
それは喋るのが得意でない自分に対してか、将又ご家族が重病で寝たきりだからか……。
その答えは嫌でも患者が入ってきた瞬間に分かってしまった。
「あんた、誰か知らねぇから出て行きな!」
声的にお母さまだろう。隣にはお父さまもいらっしゃるのか、宥める声が背後から聞こえる。
ただ、2人から感じる覇気のようなもの……憶測だけど、ご両親は元殺し屋?
僕は声を聞いてから即座に振り返り、車椅子に腰かけるお母さまに向かい、
「ご、ごめんなさい。藍竜組の騅です。きょ、今日は付き添いで……」
と、慌てて説明すると、その傍に立つお父さまはにっこり微笑んでくださった。
「そうかい。桜、こちら騅さん。司の所の隊員さんだって」
お父さまにそう言われると嬉しいが、藍竜総長の下の名前は司、と言うんだなぁ……。
相当誇らしい息子さんなのだろうが、どうして目の前に居る副総長の名前は出てこないんだろう?
「そう、いつも司がお世話になっております。……じゃあ、こいつは?」
僕に対し、お母さまである桜さんは微笑みを浮かべてくださったが、副総長を見る目が……どう考えてもこの世のものとは思えない恐ろしさだ。
「……うん、桜?」
お父さまは副総長を気遣い、想い出すように促しているあたり……アルツハイマーか認知症だろう。
それにしても、どうして?
「知らねぇよ、こんな男。見ているだけで知らねぇ筈なのに反吐が出んだよ、帰れ!」
それどころか、あろうことか帰そうと出口を指差したり、車椅子から立ち上がろうとする始末。
「お母さん、あの……」
副総長は寂しそうな表情はしているものの、唇を噛むと、
「息子の、司の弟の暁だ!」
と、桜さんとよく似た声で叫んだ。
すると表情が益々憎悪のものとなり、車椅子の肘掛けを指が白くなるまで強く握ると、
「あの、声の嫌いな男か!! てめぇの声は嫌いって言ったよな!? 誰の許可を得て喋ってんだよ!! また……殴ってやろうか!?」
と、廊下にまで響いているであろう大声で叫び、物騒な事を言っているからか、看護師さんも部屋に入り肩や腕を叩いて落ち着かせようとしている。
どうして……副総長だけこんな事に?
僕は今にも泣きだしそうになっていたが、副総長は拳を強く握り押し黙っている。
「……」
その間にも傍にいるお父さまは桜さんを宥めている。
そのとき、副総長は僕を覚悟を決めた目で見上げ、
「母親の介護で大変だけど、一瞬でも育ててくれた。……顔見ると安心するんだよね」
と、呟く副総長の声色には若干の安堵が見える。
こうしてみても、やはり"BLACK"の時より顔色がいい。
だからこそ、訊いてみたかった。どうして貴方だけ、こんな扱いなのかと。
だけど病室に再び静寂が訪れてしまい、それを訊く機会は失われ、代わりに機嫌を取り戻した桜さんからは僕に対し、藍竜司総長の話しかされなかった。
まるで弟など居なかったかのように。
それでも暁副総長は入口付近で黙って聞いていて、ときどき振り返ると生き生きとした桜さんの顔を見てほっとした表情を浮かべていた。
だが手元をよく見ると、腕時計を指差していた為、
「あ、そろそろ……また来ますね!」
と、2人に礼を言い、そっと部屋を後にした。
暁副総長は、どんな扱いを受けようと……きっと恩に報いるつもりなのだろう。
もしくは、迷惑を掛けたから?
あまり詳しい事情も知らないのに、推測で話を進めちゃ駄目だ。
いつかお話してくださるときに。
さて、誠のところに行こう……全てを白黒つけるために!!
2018年4月1日(事件当日) 12時頃
片桐組 庭
騅
裾野さんが遺したと思われる順路を追っていく菅野さん、僕、鳩村さんに颯雅さん。
道中で後ろから、「お~い」と、低めの女性の声がして振り返ると、そこには腰程まである長く艶のある赤髪をポニーテールにし、髪色と同じゴムで結んだ女性が居た。
モスグリーンのキャップで隠れてしまっているが、前髪は無く右に多めに分けてある。
眉は綺麗に太めのアーチを描き、眉との距離が近い目は細く、黒目も小さくて一重で鼻に寄っている。
鼻根は低く鼻先が整っている為、鼻自体も小さく見える。
唇は上が厚く下が薄いが、口角が下がっているからか、怖い印象を受ける。
輪郭はほんのり四角く、顔は小さいが顎と下唇の距離が遠いせいか大きく見えなくもない。
よく見れば耳は福耳で、土星のイヤリングは右にしか無い。
体型はそこまで細くなくて健康的な印象で、小麦色の肌がよく似合う。
「あて、鴨脚夕紅言います。順路と逆行くから、心配したんや。方向音痴なんじゃないのって」
夕紅さんは本気で心配していたらしく、帽子の下でも分かるぐらい眉が下がっている。
すると菅野さんは裾野さんの名前は一切出さずに、
「こっちやと思た~」
と、思い切り惚けた。
「あんさん、裾野聖ん相棒? 名前忘れたやけど」
と、夕紅さんがバカにしたように若干誇張したような大都弁で言うと、
「ほんま大都は言葉遣いと、はんなりイメージだけで関東の支持を得てやがる……」
と、歯ぎしりしつつ僕にしか聞こえない呟き、
「菅野です~」
と、笑顔で答えた。その裏にはきっと沸々とした怒りが籠っていただろう。
それから若干気まずい空気が流れた為、
「あの、僕は騅で、この方は鳩村さん、そして颯雅さんです。颯雅さん以外は藍竜組です」
と、僕が助け舟を出すと、夕紅さんは「そっか」と、大都のイントネーションで打ち切り、
「あては無所属や」
と、帽子を目深に被りながら言うが、菅野さんは「嘘やな」と、人指し指を振る。
「片桐あたりやろ」
そうオーラで見抜いたであろう菅野さんに対し、夕紅さんはため息をついて肩をすくめる。
「使える能力ん人はええなぁ。あ、能力はぼちぼちせやかて、あて強いし一緒に行動させて欲しいんや」
と、帽子を取って一礼する礼儀正しい一面がある夕紅さん。右手には彼女の身長程ある緋色のダブルセイバーが握られている。
両端の刃の部分が若干電柱の先に似ていて、少し可愛らしい。
ただ、菅野さんは夕紅から見える微力なオーラに警戒し、
「夕紅とか言うたな? ……お前――」
と、一歩ずつじりじりと詰め寄ると、鳩村さんの隣に立って肩をポンと叩き、
「鳩さんは学校の先輩なんや」
と、帽子のつばで見えづらい細い目を僅かに鋭くした。
そんな彼女から感じる仄かな優越感……そして支配欲!! この人は凄腕か、或いは。
それは菅野さんも感じ取っていたようで、睨みながら様子を見ている。
「その人は――」
鳩村さんの事を考えると居たたまれなくなり声を荒げようとする僕に、首を横に振って制するよう懇願したのは鳩村さんだった。
「…………」
ただ、その口元に目を遣ると、口パクで何かを伝えようとしている。
「……はい」
僕は意志の強い目を向ける鳩村さんの言葉こそ、いや裾野さんの意思だと思い、菅野さんにも強く頷いてオーラを読み取ってもらった。
すると菅野さんは首を捻りはしたが、「しゃーないなー」と、左耳の後ろあたりを掻いた。
「何や? お話は済んやか?」
夕紅は長く真っ赤なポニーテールの毛先を撫でながら言うと、鳩村さんの肩に寄り掛かり、
「鳩さんもほしてええですか?」
と、顔も見ずにそっぽを向いたまま訊く夕紅さんは、鳩村さんの"何か"を握っているのか、それともただの後輩の好か。
「うん……」
鳩村さんも手こそ震えてはいるが、変なことはされていないみたいで表情はそこまで暗くない。
その様子を静観していた颯雅さんは、菅野さんを輪の外に呼び出した。
僕はそれがバレないよう、鳩村さんと夕紅さんに話題を振ることにした。
「夕紅さん、鳩村さんは学校ではどんな方でしたか?」
学校とは言えども小学校だろうから、そこまではっきりとした印象は言われないだろうが、何も話さずに近づくだけ、というのもかなり怪しい。
だがこんな話題なのに夕紅さんは、少し考え込んでから眉を潜めてこう言い放った。
「そないやな、面白かったよ。いつも誰かと話しいやたし! 楽しそないやったなぁ!」
大都弁のやんわりとした感じからは想像もつかない口調の強さに、僕はぐっと顔に力が入ってしまった。
だが鳩村さんは何か考え事でもしているのか、「順路」と裾野さんの達筆な字で書かれた文字を頻りに目で追っている。
「……」
マズい、何か話さないと……。
鳩村さんはその字を見終えると、僕と目を合わせ名残惜しそうに目を逸らす。
きっと何か話して欲しいのだろう、それなのに何にも出来ない自分に苛立つ。
それからは1人でテンパってしまい、2人の方を思わず見てしまったが、運が良い事に2人はちょうどこちらに戻ってきたところだった。
「どないしたん?」
菅野さんは冷や汗を掻いている僕のオーラを読み取ったのか、心配そうに眉を下げ駆け寄りながら言った。
「えっ、いやその……お2人が離れても退屈しないように、と……」
と、僕が口ごもらせながら言うと、菅野さんは不思議そうな顔をしたが、颯雅さんはニッと歯を見せて笑ってくださった。
「初対面の奴と話すのって緊張するよな!」
しかも共感の言葉とは……僕にはなかなか出来ない気遣いだ。
それを聞いて僕が恥ずかしそうにしていた理由が分かったのか、菅野さんは苦笑いしながら謝ってくださった。
「んじゃ、行くか」
颯雅さんは自ら先頭に立ち、引き締まった声で言った。
「ええなぁ」
と、左の掌に右手拳をパンと打ち付けて菅野さんが後に続くと、2人に道を譲られたので菅野さんの隣を歩くことにした。
鳩村さんと夕紅さんは、何だかギクシャクしてそうだったが、菅野さんは微笑みながら「心配要らないで」と、肩に軽く手を置いた。
晴天の中、もう桜が咲いてもおかしくない程の陽気の筈だが、ここは何故だが――以前からもそうだが――外気とは気温が違う。
不思議な事に何度か低く、門を隔てた先では桜が舞うのにここには一切植物も根を下ろしていない。
「……」
そのうえ、人工の土なのか、その香りも逆にコンクリートの香りもしない……ましてや血の臭いもせず無臭で保たれている。
これはきっと誰かの能力か何かで保っているのだろうが、どうして植物すらも侵入を許さないのだろう?
見たところ動物も居ないので、本当に人間だけの世界で……ペット同伴可で様々な種類の植物が生えている藍竜組では考えられない事だ。
……これじゃあ息が詰まるだろう。
僕はため息をつきながらそんな事を考えていると、菅野さんに脇腹を小突かれた。
「片桐組って、外から人の臭いもせえへんからさ、最初全員ロボットやと思っててん。せやけど、藤堂さんみたいな人も居るからほんまは人間味のある人が居ってもおかしないやん? そこが不思議やねんなぁ……」
菅野さんはロボットの動きも交えながら話してくれたが、たしかにその通りだ。
裾野さんも所属していたし、話に出てきた元同期のあことしさん、ゆーひょんさんは人間味がありそうだ。
「……どうやっているんでしょうね」
僕は頻りに鼻をヒクつかせてもみたが、何も漂ってはこない。
それが可笑しかったのか、菅野さんはプッと吹き出し肩を震わせて笑いを堪えた。
「人の臭いって、そうやって嗅ぐもんとちゃうわ。もっと野性的な感覚なんやわ……俺もどうやって習得したんかは知らんけど、今はとにかく背後を取られてることだけ考えてもらえる?」
菅野さんは時折後ろを振り返りながら声を押し殺して言うと、耳元に顔を近づけ、
「殺し屋の勘やけど、あいつとんでもないぐらい強いで」
と、白目を剥いて倒れたくなるような事を言われ、僕は益々鳩村さんの事が心配になったが、僕なんかが心配せずとも鳩村さんだって強い御方だ。
大丈夫、大丈夫……ふぅ……。
僕が鎖骨辺りを撫でて気持ちを落ち着けていると、菅野さんは消え入るような声で、
「除霊されてそうやな……」
と、呟いたのを聞き逃さなかった僕は、彼の両肩を掴んで振り向かせると、
「それなら……言い方悪いですけど、ここで霊になった人で十分だと思います!」
と、鳩村さんの方を一瞬振り返って言うと、菅野さんは目を見開きながら何度か頷いた。
「せ、せやな……。強い霊がぎょうさん、やろな……」
だけど菅野さんの表情は雲っていたことで、僕の言葉が違う風に捉えられた事に……どうしてこの時は気づかなかったのだろう?
このとき、菅野さんは……最悪の場合、即ち裾野さんが霊になった事を考えていただろうに。
それなのに僕は、とっても不躾な発言をしていたうえに気付かなかっただなんて。
だけど僕が鈍感であることにいち早く気付いた颯雅さんが歩きながら振り返り、
「裾野なら大丈夫だぜ」
と、親指を立てて笑ったことで、菅野さんはまた笑ってくれるようになった。
いつもなら本名で呼ぶけど、夕紅さんが居るから気を遣ったのだろう。
「せやな! あいつは死なへん!」
今考えれば、菅野さんは相当精神的に追い詰められていたのだろう。
思い出してみても、どの笑顔も……心の底から笑っているという雰囲気は感じられない。
「はい!」
だけど僕は……いつも知るのが遅いから、元気になったと思って頷いたんだ。
それから時々現れる裾野さんの字で書かれた「順路」を追っていくこと数分、長方形の4つの建物の内の最も右上にあり、「狼階」と家の門にあるような長方形の表札のように貼られた木製のそれを見ると隊員をそこまで大切にしていないな、という怒りが沸いてくる。
「……ここに入れ、か」
颯雅さんが狼階の建物の前に置かれた札に気付き、軽く人差し指で小突くと菅野さんは「裾野の字……」と、複雑そうな顔を浮かべて字を指でなぞる。
するとインクなのか墨なのか、とにかく字がよれて読みにくくなったことで、菅野さんの表情はパッと明るくなった。
「まだ新しいやん!」
菅野さんはインクの付いた指を眺め、目を輝かせる。
「はい! よかったです!」
僕もそれが嬉しくて、菅野さんと肩を組んで喜んだ……が、僕の方が15cm以上も高いせいか、菅野さんはしばらくすると「辛いわ~」と、苦笑いしながら腕を下した。
「へぇ、狼階ねぇ……」
そんな中、夕紅さんは帽子をグイグイ弄って腕を組んでいた。だが腕を組んだことで薄手のモスグリーンのカーディガンの袖が捲れると、鬱陶しそうに袖を引っ張ったので内心は心配なのかもしれない。
そして各々が期待と不安を抱えながら狼階に入ると、電気が消えているせいか近くに居た上半身が黒い人影が見えた。
その人物は僕らの事も見ずに鼻にかかったSっ気のある声でこう言った。
「無能な殺し屋は良い子にワンワン順路を辿りゃいいのになぁ?」
下に視線を移せば、スラッとした脚の側に見える長く棘のある革紐が見えたと思った瞬間、僕は音もなく既に空中に舞い上がっていた。
「えっ……!?」
それから痛みよりも驚きが先に来、1秒もせずに倒れて初めて痛みを感じ、打たれた脛を擦った。
この人、絶対にドSだ!!
「貴様……俺の脚を無許可で見るとはいい度胸だ。いいだろう、相手してやらんでもない」
男の人は棘がある筈の鞭を素手で撫で、僕らを見下した風に見えた。
「いちびるな!! あんた、夜月忍やろ!? 声で分かるわ! ……あてが足止めしいやあげるから、おさきに行きよし!」
そのときに僕らを押しのけ前に出たのは、鴨脚夕紅さん。
赤いポニーテールを揺らし、ダブルセイバーを一回転させるその姿は正しく菅野さんの勘通りかなり強そうだ。
その勇ましい言葉に、一刻も早く裾野さんに会いたい僕、鳩村さんと菅野さんは会釈をして走り去ったが、気配がないと思い振り返ると颯雅さんは立ち止まっていた。
「夜月忍って、赤穂組の門番やろ? 俺、オーラも相性も勝てへんかったから助かったわ……」
菅野さんは肺が弱い鳩村さんをおんぶして走っているが、全く息が切れていない。
「う、うん……門番さん」
鳩村さんは腕に括り付けた液晶分離型ノートパソコンを立ち上げると、すぐに正しい情報を調べてくださった。
だがずっと真っすぐ走っていて良いものか。
「あ、あの、順路大丈夫です?」
僕が若干引き返し、「順路」の文字を探していると、菅野さんはその場で足踏みしながら待っていてくださった。
……どうやら偶然にも道は合っているようだ。
だけどこのまま真っすぐ行くと、壁にぶつかるような……?
首を捻りながら走り続けると、目の前にヌッと看板が現れて「左の部屋に入れ」と、またもや裾野さんの字で書かれていた。
僕らは部屋の前で呼吸を整えてから入ったのだが、そこに広がっていたのは……!?
作者です。
大変申し訳ございませんが、次回投稿日は26日(月)です。
お待たせしてしまいますが、試験の関係上そうせざるを得ない状況となっております。
何卒ご協力のほど、よろしくお願いいたします。
それでは、良い一週間を!!
作者 趙雲




