オオカミ少年side
ボクはずっと独りだった
ボクは、産まれてすぐ人間の女にこの森で捨てられた。
そこを縄張りとする狼のボスがボクを育ててくれた。
でも、ボスは物心がつき始めた時に病気で亡くなってしまった。
……それからボクは独りぼっちになった。
新しいボスが、ボクのことを仲間はずれにしたんだ。
お前はオオカミじゃないと、他のみんなもボクを除け者扱いしてきた。
群れから追い出されたボクは、出来るだけ群れと鉢合わせしないように身を隠してひっそりと森で暮らすことにした。
ボクを捨てた人間も、オオカミも大嫌いだった。
長い月日が流れた。
ある日、森に赤い頭巾を被った女が片手にバスケットを持ちスキップしながら森を歩いてやってきた。
鼻歌交じりに森に咲くお花を摘みながら何処かへと向かっているようだ。
森で捨てられていた人間の服と思われるフード付きの服を着ていたボクは、フードを深く被り木の影からコッソリその女を見ることにした。
パッチリとした目と、スラットした鼻。腰まで伸びているブロンドの髪を三つ編みに結い、スラッとしたスタイル。
森の小鳥たちと戯れ花に囲まれた彼女の姿は
とても美しかった。
何なんだろう。この感情は?
胸の奥が温かくなっていく。
彼女に見惚れていたら、いつの間にか姿を見失っていた。
何処に行ったのかキョロキョロ辺りを見渡すと、突然声がした。
「貴方、誰??」
目の前に彼女が居た。
ボクが隠れていた木を覗き込むように、不思議のそうに、綺麗な色をした瞳がボクと目が合った。
「ヒィッ!!」
ボクは急いで更に奥の木に隠れた。
顔が見られないようにするためフードを更に深く被った。
女との距離は2本分の木を挟んだだけ
人間を嫌いと同時に恐れている僕にとったら近過ぎる距離だ。
「ねぇ?貴方誰??」
「………………」
ボクは逃げるようにその場を離れた。
次の日、彼女はまた森に来た。
ボクは、また木に隠れて見ていた。
「あー!昨日の!!」
そして見つかった
「ねぇねぇ!花は好き??この花びら綺麗な色してない??うふふ」
ふわふわとした笑顔で木の裏側にいるボクに花を持った手だけを差し出してきた。
「貴方、顔が見られるのが嫌なのね?だから昨日逃げたんでしょ?大丈夫よ!私絶対見ないから!」
いや、そういう問題じゃないんだけど…
それから彼女は毎日森に来ては、隠れているボクを見つけ、木を挟んで会っていた。
人間の言葉は、たまに森に来る人間達の話し声で学んだけど、発音の仕方、声の出し方、それを教えてくれる人は居なかったから、理解はできても話すことは出来なかった。
彼女が一方的に話して、ボクは木の影から首を縦に振ったり、横に振ったりしか出来なかった。それなのに、彼女は毎日毎日楽しそうに話しては帰っていった。
話しているうちに彼女の事を沢山知った。
森に一人で住んでいるお婆ちゃんのお見舞いで毎日来ている事
お父さんとお母さんは病気で彼女が小さい時に亡くなってしまい、唯一の家族はお婆ちゃんだけらしい。
今は、お婆ちゃんが病気で、彼女にも病気が移ってしまうかもしれないから、森でお婆ちゃんだけが隔離されていて、彼女は森の麓にある村で一人で暮らしている事。
確かに、森には1人だけ、人間が住んでいるとボクが小さい時、優しかったボスに教えて貰っていた気がする。森の頂上にポツンと建っていた家を、ボクは見たことがあった。
ボクが物心ついたばかりの時で、あまり覚えていないが……
「お婆ちゃん……治るかな」
いつも笑顔な彼女が、酷く寂しそうに見えた。
ボクは、木の影から手を差し出し、彼女の手を握った。
ビックリして目を見開いた彼女。
こっちを真っ直ぐ見つめてきた。
「ダ、、ィジョブ、?」
初めて、自分の声を発した。
発音もままならず、きっと彼女の耳には届いていないと思うくらい、か細く、小さな声だった。
「今……喋った……っ!?」
大きな瞳がユラユラ揺れている。
彼女の目から涙が零れ落ちた。
「あぁ……貴方の声って温かいのね。それに手も……触れてくれてありがとう」
彼女は花のようにボクに微笑んだ。
ドクン─────
キミと距離が近くなった。
ある日、木を挟んで背中合わせのようにして座り互いの片手同士を握りあって、いつものようにキミの話を聞いてると、突然
「……貴方の顔が見たいな……ッ」
震え混じりに、絞り出すようにしてキミはボクに言った。
急にどうしたのだろか
握っている手から、彼女の身体が震えていることが伝わってきた。
ボクが顔を見せたがら無いのは、会った時から分かってくれていたはずだし、今までだってキミはそんなボクを受け入れて毎日話してくれてたのに。
もし
キミと、木を挟みあわず、フードを取り、目を合わせて話すことが出来たらどれだけ幸せなんだろうか。
その柔らかい頬に触れ、その綺麗な瞳にボクが映り込み、細い指を絡め合い、この森でいつまでも一緒にいられたら、一体どれだけ幸せなんだろうか。
「ゴッメンッ……」
ボクは情けなく、消えそうな声で言った。
「……そうよね!!私ったら何言ってるのかしら!!今日はもう行くわ」
さっきまであった温もりが離れていった。
分かっているんだ。この関係には終わりがあるって。
彼女が森に来なくなったら終わるんだ。
ボクの顔に怯えて、キミがボクを捨てたオオカミや、お母さんがボクを見ていた冷たい目で見られると思うと、どうしょうもなく死にたくなる。
もし、顔を見せてキミが森に来なくなったらどうなるんだろうか。
もう2度と温もりは感じられないのだろう
もう2度と────
キミだから、キミを失いたくないから、木を挟むことでしか、フードを被ることでしか会えないんだ。
触れたい。見つめ合いたい。だけど出来ないんだよ。
今日はもう行くわと言った時のキミは、泣いているように見えた
顔を見せることを拒否した日から彼女は森に来てもボクの所には来なくなった。
ボクは、おばあちゃんの家に向かうキミを遠くから眺めては唇を強く噛み締めることしか出来ずにいた。
こんなに悲しい気持ちになるなんてッ
拒否したのは自分なのに───
嫌われたくなかっただけなんだ
なのに────
「さようなら」
彼女にそう言われた気がした。
姿を見れば辛くなるだけになったボクは、彼女を忘れる事にした。
ある日、餌を求め山を歩いていると、無意識に頂上に向かっていた。
彼女が毎日通っている道を、ボクは歩いていた。
彼女に毎日愛でられている花や蝶に囲まれながら。
頂上までもう少しとなった所で突然
ズキッ─────
頭をカナヅチで殴られた気分になった。
道を進めば進むほど…………頭の痛みは増すばかり。
やがて、1軒の家が視界に入った。
赤ずきんが毎日お見舞いに行っているおばあちゃんの家──────
ボクがこの家を見たのは、まだ小さくて物心も付いて間もない頃……優しかったボスに連れられてやってきた時だけのはず…………
なのに何でだろう。
何かを忘れている気がしてならない。
──どーして……っ──
頭の奥で、、、誰かが泣き叫ぶ声が木霊している。
頭を抱えながら、ボクはおばあちゃんの家のドアを開けた。
ボクは、涙が止まらなかった
何度も何度も、泣き叫んだ
時には吐き
時には床に思いっきり拳をぶつけた
あぁ……ボクは、キミに……キミと……
「思い出した……?」
会っては行けなかった