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第3話.帰還少年はセンチメンタル?

ようやく魔法少女物(それ)らしくなって……きたんたろーか?

 イディアノイアで過ごす最初の一日が終わり、まさに日付が変わったばかりの深夜。

 寝付けない……と言うか、正確には一度は眠りについたものの、喉の渇きと頭の痛みで源内は目を覚ました。

 「うぅ、み、水が欲しい……って、イタタタ。これが二日酔いってヤツなのか?」

 子供のころからワインをお茶も同然に飲み慣れているイディアノイアの少年達と異なり、源内は今日初めてアルコールを口にしたのだ。飲んだ量が少なかったとは言え、軽い頭痛程度で済んだのは僥倖だろう。

 「水道は……あるわけねーか。確か裏庭の方に井戸があるって言ってたよな」

 ベッドから起き上がったゲンは、水を求めてフラフラと寮の外へと歩き出した。

 幸い今夜は満月のおかげか辺りは明るく、さして迷うこともなく井戸端まで来れた。

 慣れぬ手つきで釣瓶をとって桶に水を汲み、井戸水をがぶ飲みすると、源内もようやく人心地ついた。

 「しっかし、なぜか言葉通じるし、魔法の国の住人にしては会うヤツみんな妙に現実くさいから、内心ドッキリ疑惑が抜けなかったんだけど、コレを見たらさすがにここが異世界──少なくとも地球じゃないと、信じるしかないよな」

 そのまま何とはなしに井戸端に腰かけて夜空を見上げた源内は溜め息をつく。

 「ほえ? どうしてなのですか?」

 「そりゃ、地球にみっつも月があるはずが……」

 何気なく答えかけて、源内はピタリと口をつぐむ。

 (い、今の某腹ペコシスターっぽい女の子の声、後ろのかなり高い位置、明らかに空中から聞こえなかったか?)

 そう、まるで幽霊か何かの如く宙に浮いてるような。

 (……って、そっか。ここは魔法の国だっけ)

 大方、女子生徒の誰かが夜の空中散歩でもしてて、自分を見とがめたのだろう。

 思い切って後ろを振り向く源内。

 やはり真後ろには誰もいない。うん、ここまでは予想どおり。

 さらに視線を上の方に上げていくと……いた!

 どのような理屈からか、ほとんど翼も動かさずに上空5メートルほどの位置にホバリングしている全長6メートル近くありそうな翼竜(ワイバーン)が。

 「う゛え゛ぇぇぇぇーーーーっ!?」

 今日一日で、いい加減非常識には慣れたつもりだったが、さすがにビビった。

 (あぁ、モ●ハンでクック先生討伐に失敗する初心者ハンターを馬鹿にしてたけど、反省する。この大きさでも、マジこぇ~! こんなんとガチでタイマン張れば、そりゃ負けてもしょーがねぇよ)

 何やら視線の焦点が定まらずブツブツ言ってる源内。そのままなら、下手したら精神崩壊の危機に陥ったかもしれないが、背後から聞こえる優しい女性の声が彼のピンチを救ってくれた。

 「大丈夫ですよ、少年。彼女はおとなしくて賢い竜です。それに、貴方と同じくこの学院の生徒の随伴者になりましたから、そんなに怖がることはありませんよ」

 穏やかで温かみに満ちた、まるで慈母か女神のようなその声に、なんとか源内も自分を取り戻す。

 「あ…ああ、そうなんですか。すみません、つい慌てちゃって」

 決まり悪げに頭をかく源内を見て、声の主がクスクスと上品に笑う。

 「いえ、少年はチキュウから来たのでしょう? ならば無理もありません」

 どうやら年上──声の調子や口調からして、おそらく20代始めくらいだろうか?──らしい彼女は、彼の事情を知っており、馬鹿にしてはいないようだった。

 声の印象からは、清楚で知的な眼鏡美人を連想させる。

 「お、お見苦しいところをお見せしました。俺の名前は、源内。杉田源内です」

 美人の前で醜態をさらしたのは少し決まり悪かったが、源内はある意味、恩人ともいうべきお姉さんにお礼を言おうと振り返る。

 「ゲン・ナインさん、ですか。不思議な響きの名前ですね」

 しかし、源内の背後には誰もいなかった。

 「え!?」

 まさか、本物の幽霊? とパニックになりかけた源内だが、その声が、目線よりもっと下の方から聞こえていることに気がつく。

 「わたくしは……そうですね、主がつけてくれた「ダーナ」という名前で呼んでください。本当の名前は人間の方には少々発音しづらいでしょうから」

 源内に話しかけ勇気づけてくれたのは、つぶらな瞳が愛らしいジャイアントモール──地面から顔を出した巨大なモグラだったのだ!


 * * * 


 「う、うーーーん……」

 夕方の酒が抜けきっていなかったのと、精神的ショックのダブルパンチで、ついに目を回してしまった源内だが、気がつけば、何やらあたたかい物の上に寝かされているようだった。

 「大丈夫ですか、ゲンさん?」

 どこかで聞き覚えのある優しい声にまぶたを開けると、横になった彼の顔を切れ長の目をした美女が上から覗き込んでいた。

 「え? あれ??」

 一瞬、自分の状況がわからず、戸惑う源内。

 「ごめんなさいね、最初からこの格好でお話すればよかったんですけど……」

 申し訳なさそうに謝る美女。位置関係から、どうやら自分が彼女に膝枕されているらしいことに、源内は気づいた。

 (す、するとこの後頭部に感じる柔らかい感触は……)

 もちろん、彼女の太腿である。視線を上げれば、彼女の顔とのあいだにたゆんと揺れる双つの物体も確認できる。

 (ちょ……これ、なんてエロゲ!?)

 生まれて初めて触れる成熟した女体の感触は心地よかったが、さすがにこの状態をキープしたまま、平然と話ができるできるほど源内は枯れてはいない。

 「えっと、どうも有難うございました。あの……どちら様ですか?」

 名残惜しかったが、礼を言いつつ身体を起こす。

 「あら」

 二十歳をいくらも出ていない年頃の土色の髪をした美女は目をパチクリとさせたのち、ワザとらしく目を伏せる。

 「ゲンさん、ひどいです。わたくし、先ほど名乗ったばかりですのに」

 (え? え?)

 そう言われても心あたりがない。しかしながら、彼女は自分の名前を知ってるようだし……。

 (……!)

 「も、もしかして、ダーナ、さん?」

 まさかと思いつつ、おそるおそる尋ねる。

 「はい♪ よくできました」

 頼む、外れていてくれという源内の祈りは、どうやら神には届かなかったらしい。

 ダーナによると、魔法使いの随伴者となった動物は、ほぼすべてが人間の言葉をしゃべれるようになるのだとか。また、その中でも比較的魔力が高い随伴者は、ゲンが仔犬の姿になったのと逆に、人間の姿をとることができるそうだ。

 言われてみれば確かに、そのテのアニメの小動物達は皆しゃべったし、人に化けられるタイプもいたと思う。

 (は……はは、なんだ。意外にセオリー守ってるんじゃねーか)

 と、その時、

 「ぶぅ~~! ふたりばかりお話してて、ズルいのです!」

 ゲンの頭のあたりにツィーーッと飛んできた小動物が、不満の声をあげた。

 「えっと、コイツってまさか……」

 「ええ、先ほどゲンさんが見て驚かれた、翼竜の娘です」

 「フローラです! よろしくなのです」

 「あ、ああ、よろしく」

 しかし、本当にこの30センチくらいの大きさの、ぬいぐるみみたいなファンシーなチビ竜が、先ほどのワイバーンと同一人物(竜物?)なのだろーか? 

 なんでも、あまり大きい随伴者は、普段から魔法少女の傍にいるには不便なので、こういう風に小型化するための術もあるとのこと。

 「ゲンさんは主殿ともご友人になられた様子。同じ随伴者同士、わたくしも以後よろしくお願いしますね」

 聞くところによると、ダーナの主はシャルルらしい。

 「ええ、もちろんです。よろしくお願いします、ダーナさん」

 彼のことは良いヤツだと思うし、ダーナには色々世話になったから、源内にも異論はなかった。

 「むむっ? なんかゲンの態度がフローラと違うのです!」

 「へ? いや、別にそんなつもりはないんだけどな」

 ──もっとも、いかに本体はモグラとは言え、いま目の前でニコニコしているのは年上の優しいお姉さんにしか見えない美人なのだ。女慣れしていない源内が、つい丁寧な口調で対応してしまうのも、無理のない話であった。

 そのあたりの対応の差を敏感に感じ取ったのだろうか。翼竜の仔といえど、立派な(メス)ということか。

 「ズルいのです! しょせん(オス)は見かけが大事なのですね!」

 プンスカ怒るフローラをなだめようと、目の前にふわふわ浮かんでいる彼女の頭を右手でポフポフと撫でてやる源内。

 その瞬間、彼の右手が淡く光る。

 「あ……」

 途端にしおらしくなるフローラ。

 いきなりもぢもぢし始めたかと思うと、クルンと空中でトンボ返りした瞬間、ちょうどレミリアたちと同じ13、4歳くらいの緑の髪の美少女に変化した。

 「ゲンの手、気持ちいいのです。もっと撫で撫でして?」

 「うわっ、ちょっ、おま……やめてくれ、離れろって!」

 ──ただし、布一枚まとわない全裸姿ではあったが。

 年下とは言えあられもない姿の美少女(しかもレミリアより格段に胸が大きい子)に抱きつかれて、源内とてうれしくないわけではないのだが、さすがに刺激が強すぎる。

 「あらあら……フローラちゃん、ゲンさんが困ってますから、少し落ち着いて、ね?」

 見かねたダーナが間に入ってくれる。

 本来、人化の際に随伴者は決まった服装──たとえばダーナなら毛織布(ウール)でできたワンショルダーのワンピースになるのだが、フローラがまだ若い竜で未熟だったことから、どうやら服の形成にまで魔力がうまく回せなかったらしい。

 「それに、服着るの嫌いなのです!」

 ──むしろ、確信犯なのかもしれない。これがせめて、3、4歳くらいの幼児なら、ヤンチャでほほえましいと笑って見逃せないこともないが……いや、やっぱ無理か。

 やたらとじゃれつきたがるフローラを何とか押しとどめながら、源内は自分の右手をじっと眺めた。

 「うーーむ」

 フローラの様子が一変したのは、彼がこの手で彼女の頭を撫でてからだ。その時、彼自身も、何か“力”のようなものが掌から流れて行ったような気はしていた。

 「ゲンさん、どうかされましたか?」

 ひとりで悩んでいても仕方ない。ゲンは先ほど自分が感じた疑問をダーナに明かしてみた。

 「それでしたら、実験してみてはいかがでしょう?」

 「え? どうやってです?」

 けげんそうな顔で問いかける源内に、彼女はニコニコ笑って自分の顔を指差した。

 「ええっ、まさか……」

 「はい、わたくしの頭を右手で撫でてみてください。もしそれでわたくしまでゲンさんにメロメロになったら、ゲンさんの右手に特殊な能力があるとわかるでしょう?」

 本人の了承を得ているとはいえ、さすがに人体(動物だけど)実験のような真似ははばかられる。

 「大丈夫ですよ。それに、もし万が一のことがあっても、わたくし、ゲンさんなら、そうイヤじゃありませんから」

 「万が一って何!?」と思いつつ、それでも好奇心に負けて右手をダーナの頭に伸ばす源内。

 つい先刻まで土の中にいたはずなのに、サラサラでしなやかな彼女の髪に触れ、ゆっくりと頭頂部を撫でる。

 先ほど同様、右掌が淡く輝き、同時に目を閉じたダーナの表情が、いかにも気持よさそうな安らいだものに変化する。

 「ほんと……きもちいい、ですね……」

 そう呟く彼女のほんのり紅潮した頬が、なんだか色っぽい。

 このヘンで止めないと、本気で「万が一」の事態に及んでしまいそうなので、源内は慌てて手を離した。

 「あ……」

 僅かに残念そうな声を漏らしながら、ダーナは目を開いた。

 「コホン……しかし、これでハッキリしましたね。ゲンさんの右手には、撫でた相手をリラックスさせ心地よい気分にする効果があるようです」

 たぶん、それが貴方の随伴者としての特殊能力なのでしょう、と告げるダーナ。

 「でも、それって役に立つのか?」

 某製パン漫画の“太陽の手”の方が、まだ使い勝手がよさそうだ。

 「でもでも、ゲンに撫で撫でしてもらうと、疲れがとれて、すっごく元気になるのです!」

 ──マッサージ師か整体師の真似事くらいはできるのかもしれないが、ファンタジー世界の特技としては、なんだか微妙である。

 まして、“魔法少女の随伴者”としては、どうなのだろうか?

 (戦いとか魔法の使い過ぎで疲労したご主人様を、「俺がこの黄金の右手で癒してあげます!」ってか? ……ちょっとイイかも)

 年齢もあってまだ女らしさにはイマイチ欠けるが、それでも申し分のない美少女であるレミリアの肢体を思い浮かべて、つい頬が緩む源内。

 「──ゲン、鼻の下が伸びてるのです。浮気者、浮気者!」

 「こらこら、誰が浮気者か。第一、おまえと恋人同士になった覚えはねー!」

 「はいはい、ふたりとも落ち着いて。

 フローラ、殿方というのは、まことに色欲関連の誘惑には弱いのですから、あまりゲンさんを責めるのは酷というものですよ。

 ゲンさんも、くれぐれもその右手を悪用するような真似は、謹んでくださいね」

 「「はーーーい」」

 ともあれ、そろそろ遅い時間だ。

 明日は朝早くに起きて、自分を起こせと言われている源内は、ふたり(2体?)と別れ、自分の部屋へと戻り、ベッドに入った。

 激動のイディアノイア一日目が終わろうとしていたが、源内は、それがこれから始まるとんでもなく騒々しい日々の始まりであると、その時は気づいていなかった。


 * * * 


 (ホント、いろんなコトがあったよなぁ……)

 ナンシーとシャルルの決闘騒ぎ、偽怪盗事件、秘密の妖精島(アヴァロン)行、謎の秘密結社との戦い、人魚の少女との出会い、暗躍する教皇……などなど。あわただしくも愉快な日々の思い出が、源内の胸に去来する。


 彼の主となった少女レミリアは、彼を召喚した翌年、見事に魔法少女見習いの資格を得て、地球に降り立った。無論、随伴者である彼もそれに同行している。

 レミリアの受け持ち区域は残念ながら日本ではなくパリの北部ではあったが、それでも同じ地球に帰って来れたことは、源内のストレスを大幅にやわらげてくれた。

 一度だけ、フランスから実家に手紙を出すこともできた。

 そして、一年間の見習い実習を終えて一人前の魔法少女(メイジ)となったレミリアは、再びイディアノイアに来ないかと彼を勧誘した。

 「伝説の再来」と呼ばれるようになったレミリア。その優秀な随伴者として、源内の名もイディアノイアでそれなりに有名になっていたのだ。

 源内自身、希少な人間の随伴者(犬にも変身できたが)ということで、一部トラブルはあったものの、それなり以上にレミリアの助けに(とくに地球に実習に来てからは)なれたと思う。

 しかし、彼はイディアノイアではなく地球での暮らしを望んでいた。

 レミリアが彼のことを、いつしか兄のように頼りにしていることは知っていたし、彼自身も彼女のことを妹のように大切に思っていた。

 実際、パリのとあるアパートの一室に下宿している間は、周囲には異母兄妹だと説明してあり、レミリアも彼のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたのだ。

 だが、それでも彼女と一生を共にするほどの覚悟はなかったし、彼女の方もそれは同様だろう(と彼は考えていた。真相はレミリアのみぞ知る、だが)。

 幸い地球(こちら)でレミリアは2体目の随伴者と契約できている。自分がいなくても、なんとかなるだろう。

 戦友にして相棒、そして兄代わり(もしかしたらそれ以上)の少年との別れを惜しみつつも、レミリアは当初の約束どおり随伴者契約を破棄し、彼に感謝しながら、ひとつの魔法をかけて、イディアノイアに帰っていった。


 そして、気がつけば、源内は2年前まさに召喚された場所、秋葉原に戻されていたのだ。

 逸る気持ちを懸命に抑えつつ、源内は懐かしき我が家へと帰る。

 この2年間で多少背が伸び、体も幾多の戦いを経験したことで鍛えられてはいたものの、それでも別人というほどではない。

 両親や知人たちは驚きいぶかりながらも、2年ぶりに帰還した彼の存在を(1年前地球に来たとき、手紙は出してあったこともあり)受け入れてくれた。

 さすがに留年した形になる元の高校へは少々行きづらく、源内は転入試験を受けて別の高校で2年生からやり直すこととなった。

 幸いにして転校先の高校は、のんびりしたいいところで、それほど違和感なくなじめた……はずなのに、どこか源内は物足りなさを感じていた。


 向こうにいたころはあれほど帰りたいと思っていた日本の日常なのに、いざ帰ってみればそこに戸惑いを覚えている自分に、源内は苦笑する。

 (まぁ、それだけ刺激的で濃い2年間だったってことか……)

 シャルル、マンカイン、ギムレットといった、一緒にいろいろな馬鹿をやりつつ、親交を深めた男子生徒達。

 主のレミリアをはじめ、ルミナス、ナンシー、ノエル、パトリシアといった、個性的でやや扱いづらいが皆根はいい子で、妹のように思っていた女生徒達。

 優しいお姉さん格のダーナや、元気で明るいフローラ、厳格ではあるが頼りになる兄貴分のアラストルといった随伴者仲間達。

 愉快なケリュケイオン先生。歳のわりにお茶目なマーリン学院長と、その有能な秘書のミス・ウェルズ。いろいろ気を使ってくれたミセス・ハイヴに、高飛車だけど実は生徒思いなミス・フォートレス。

 イディアノイアで会ったさまざまな人々の顔が、時折脳裏に浮かんでくるのだ。

 「やべぇ……俺、なんだかホームシックみたいじゃん」

 自分の家はココにあるはずなのにな……と、苦笑いを浮かべる。


 ──それでも、二度と会えない、会うはずのない人々。彼らのことを忘れるつもりはないが、それにとらわれずに前を向いて歩いていこう。


 そう、自分に言い聞かせながら、源内はベンチから身を起こし、家に帰ろう……としたところで、身を強張らせた。

 「! この感覚は……魔力の“匂い”? しかも、この気配、誰か魔法少女候補生が近くで戦ってるのか?」

 随伴者契約を解除し、正規の随伴者ではなくなったとは言え、訓練も含めて2年間に蓄積された戦闘経験は、今も源内の身に宿っている。

 魔法に関する研ぎ澄まされた勘や感覚はいまだ健在だった。

 何をどうするという意図もないまま、それでも源内は“気配”の方へと駆け出していた。

 「あった!」

 魔法少女が、地球に於けるその“敵”との戦闘時に、一般人が入れないよう展開するBS(バリア・スペース──結界のようなもの)は、すぐに見つかった。

 「間違いないか。……ん? ココから入れるな」

 幸か不幸か、このBSを張った主がまだ未熟だったため、源内は何とかBSの隙間(比喩的な意味だ)を見つけ、半ば無理やり結界内に侵入することができた。


 そこでは、予想した通り魔法少女(見習い)と思しき金髪の女の子が、翼の生えた山猫のような“敵”と戦っていた。

 夕日に煌めくエメラルドグリーンのフリフリドレス(動きやすさのためかスカート丈は短め)を着た女の子は、懸命に魔法を使って、山猫モドキを空から落そうとしているのだが、BSを見てわかるとおり未熟なのか、イマイチ効果的な攻撃ができていない。

 よく見れば、彼女は背後に別の少女を庇っているようだ。その事実もまた、彼女の集中力を奪っているのだろう。

 「チッ、しょーがねーよなぁ」

 口ではそう言いながらも、どこか嬉しそうに源内はポケットから革製のバンドのようなものを引っ張りだす。

 否──それは本来、首輪だった。

 いまの彼の首にはめるには小さすぎるそれを右手首に巻くと、源内は深呼吸して、変身のためのキーワードを唱える。

 「──Rena-Ni-Nuikade!!」

 ボムッ! という爆発音ともに、彼の姿が白煙に包まれ、やがて煙が晴れた時、そこには精悍な面持ちの大きな犬が立っていた。

 一見、秋田犬と似ているが、体長は一回り以上大きく、また四肢が若干太く短めだ。毛並みは金に近いキツネ色で、胸から腹にかけてのみ雪のような白さを保っている。

 これこそが、源内がイディアノイアにおける1年あまりの修練を経て、地球での実習期間に手に入れた、随伴者としての戦闘モードだった。

 本来、変身には主の魔力による助けが必要なのだが、レミリアから贈られたこの首輪に込められた魔力の助けを借りて、短時間に限り現在の源内も変身可能なのだ。

 (まずは、空から引きずり下ろすか)

 『ウォオオオオオーーーン!』

 ゲン犬が空に向かって遠吠えをあげると、それだけで山猫モドキは、たちまち飛行のコントロールを失ってフラフラとよたつき始める。

 地球生まれで生来の魔力に乏しい源内が得た数少ない特技が、この「抗魔の咆哮」だ。犬形態の源内のハウリングは、電磁波に対するジャミングの如く、声が響いた空間の魔力制御を数秒間乱すのだ。

 魔法使いや魔力を行使中の魔物と敵対するときには、かなり有効な手段だった。

 「え? えぇ!?」

 「見知らぬ少女よ、いまだ、とどめを!」

 思わぬ援軍に、ちょっとしたパニックになっている魔法少女候補生に向かって、ゲン犬は、かつての同僚アラストルを真似た“渋い歴戦の勇士”口調で声をかける。

 「は、ハイッ! ──【斧撃(スケッギョルド)】!!」

 少女の詠唱とともに、虚空から現れた3つの斧が、縦に回転しながら山猫モドキの背中に深く突き刺さる。

 『GYaeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!』

 聞くに堪えない叫び声をあげながら、山猫モドキは絶命して墜落し、まもなくその亡骸は虚空へ溶けるように消滅した。

 「ふむ。やはり、マガモノの類いであったか。む……どうした?」

 ベテラン戦士の如き演技(もっとも、実際ゲンは実戦だけでも50を越える修羅場を乗りきっており、その意味ではあながち“ベテラン”というのは誤りでもない)を続けつつ、ゲン犬は、気が抜けたのか地面にヘタリこんだ少女に話しかけた。

 「あ、あのぅ……」

 「もしかして、命のやりとりは初めてか? 腰でも抜けたか?」

 「え、ええ……あ、いえ、初めてじゃなく2回目ですし、一応、腰は抜けてません!」

 「そうか。うむ、その気丈さは、なかなか好ましい」

 興がノッてきたのか、“戦う者としての先輩格”な演技に入り込むゲン犬。

 「あ、ありがとうございます! それで、えっと、貴方は……」

 「フ……なに、名乗るほどの者じゃない。通りすがりの、元・随伴者さ」

 「カッコよく決まった」とゲンは思ったし、実際、目の前の少女も尊敬するような眼差しで彼を見ている。

 だが……。

 「えーと……せっかくカッコつけてるところ申し訳ないんですけど、あなた、ゲンさんですよね?」

 「「!?」」

 少女の背後から、苦笑するような女性の声が聞こえてきた。

 「「ダーナ!?」」

 異口同音にふたりの口から、女性の名前が飛び出す。

 「え、ゲンさん……って、もしかしてゲンくん!?」

 「ん? ダーナさんがココにいるってことは……まさか、お前、シャルルか!?」

 互いを指さし(いや、ゲンの方は前足指しだが)て、先ほどの山猫モドキに劣らぬ大声をあげるふたり。


 ──ポンッ!

 ──シャラ~ン!


 ちょうど時間的な限界が来たのか、ゲン犬が人間の姿・源内に戻り、一方、シャルル(?)は、魔法少女のコスチュームから、白いブラウスにクリーム色のジャンパースカートを着た16、7歳の美少女にしか見えない姿に変わる。

 「し、シャルル、その格好は……」

 「あ、いや、そのぅ、ボクにも色々あってだね……」

 姿が戻っても硬直したままの、友人と主に苦笑しながら、ダーナは、BSを解いて、どこか落ち着ける場所で話をすることを提案した。

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